#5
ー/ー>>Towa
自警団の嫌がらせからアリサを救い出したものの、次の行く先のあても浮かばないので結局私は彼女を宿へ連れて戻ることにした。連中が追ってくる可能性は低いとは思うけど、あの場で感じた冷たい疎外感……人々がアリサに向ける冷たい視線は忘れられなかった。だから、あの場で話をする気にはなれなかったし、アリサを置いて立ち去るなんていう選択肢は考えるまでもなかったんだ。
突然現れて勝手に連れまわす私に、アリサは特に抵抗する様子もなくただ黙ってついてくる。何か声を掛けた方がいいとは思うけど、未だに私の頭には怒りがくすぶっていて、何をどう聞いたらいいのか適切な言葉がうまく浮かんでこない。たぶん、今無理に声を掛けるときっとアリサを怖がらせてしまうよね。なので結局、ただアリサの手を握り二人とも無言のまま宿の部屋へと戻る事になった。
幸いアイリスはまだ帰っていないようだ。予定にはないことだったけど、アリサをこの場に連れ込んでしまった以上は事情を聞いておくべきだろう。
「座って」
「はい」
そういえば私、まだ名乗ってなかった。そんな基本的な礼儀すら忘れるぐらい、怒ってたのかな、私。これ以上礼を失するのも良くないので、まずは名乗ることにした。
「私はトワ。ギルドのシンガー」
「……トワ、様」
アリサは私と同じように、感情が表に出にくい人なのだろうか。やつれたような表情に少し青白い肌、そして淡々とした言葉。しかし眼鏡越しに覗く綺麗な青い瞳には、どこか深い感情が宿っている気もする。
なんだか不思議な印象だ。初対面の私に対して拒絶する様子もなく、むしろ妙に好意的な雰囲気さえ感じる。まぁ、助けに入ったというのもあるんだろうけど、この瞳の輝きは……確か、最初に声をかけた時からこうだったような気もする。
「急に連れてきてごめん。見過ごせなかった」
「いえ……助けていただいて、ありがとう、ございます。でも、気にされなくても、大丈夫……です。彼らの言うように、私は……その、罪人、ですから……」
「路地裏の子供達に聞いた。アリサは優しい人」
自らを罪人である、救う価値のない人間だと卑下するアリサに、スラムで出会った子供達の事を教える。アリサは一瞬、驚いたように目を見開いた。
「あの子たちが、そんなことを……?」
どうやらアリサもあまり口数の多い方ではないらしい。街の噂でも彼女はいつも無口で、誰かと話している様子は無いと言う事だった。話すことに慣れていないのか、会話は断片的でこちらの質問にうまく答えられないみたいだ。
……まぁ、私も人の事は言えないけどね。
それでも少しずつ、私がなぜ彼女を助けたのか、何が知りたくてここまで来たのかを伝えていく。けれど、アリサは頑なに、自分の立場を「罪人」だと言って譲らない。感謝はしてくれているのに、まるで自分がこの街で疎まれるのは当然だとでも言うかのように。
「あの……トワ様は、お一人で、この星へ?」
「ううん、連れがいる。大事な人」
「えっ……」
なぜか絶句するアリサ。さっきまでの彼女の瞳にはかすかな喜びの色が浮かんでいたように思っていたけど、一瞬で瞳に暗い影が差し込んだように見えた。どうしてそんな顔をするんだろう?
私には理由がわからなかった。普通、小娘一人で星々を渡り歩く方がむしろ変だと思うんだけど。もしかして、私に「大事な人」がいると知って、自分には頼れないと思ってしまったとか?
「……ごめんなさい。あなたが、違う人だなんて、思わなかったから。やっぱり、私は……救いなんて、望むべきじゃなかった……」
うつむいてそう呟くアリサのかすれた声に、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。彼女が語る救いに、私は応えられないのかな。私はただ、自分の思い付きでその場にいる人たちに手を差し伸べてきただけで、未来を変えたりする力なんて持ってないんだ。
スラムで出会った子供たちの姿が頭に浮かぶ。彼らの笑顔も一時のものだ。食べ物を分け与えたところで、それが彼らの生活を支えられるわけじゃない。私はただ通り過ぎる存在で、あの子たちがこの先どうなるかなんてわからないまま、この星を出て行くことになるんだろう。
アリサもまた、私の手をほんの一瞬の温もりとしか思っていないんだろう。私が期待を抱かせたことで、逆にアリサや子供たちを傷つけてしまったのかもしれない。そんな考えに思わず唇を噛む。
何か言わなければと思うのに、言葉が出ない。どんな言葉をかけても、その言葉自体が彼女から最後の希望を奪ってしまうかもしれないという恐れが、私の心を竦ませていた。
ーーコンコン……ココン
抑揚を付けたノックの音。アイリスと決めた合図だ。手詰まりを感じていたこの場面で帰ってきてくれるとは、私のお姉ちゃんは本当に頼りになる。
いや、今は本当なら頼っちゃだめな場面だということはわかってる。でも、アイリスが帰ってきてくれたことが嬉しかった。
……まさか、ウォルターさん同伴だとは思わなかったけど。
>>Iris
「アリサさんがここにいる理由はわかったよ。トワがアリサさんの事を助けたいと思ってることも、ね」
トワから一通りの事情を聞き出し、妹の唐突な行動に頭痛を感じながらも私は話を進める事にした。
ウォルターさんが敵ではなく味方である可能性が高いことは理解しているけれど、彼の本心がどこにあるのかまでは読み切れない。
そしてそれはアリサという少女も同様だ。無言でベッドに腰掛けた彼女の雰囲気と、街で聞いた忌まわしい噂がどうにも結びつかない。しかしそれでも、支部長交代劇の背後に彼女が関わっている可能性は捨てきれない。
正直、今の段階では完全には信頼しきれない2人を目の前にして情報交換をするのはリスクが伴う。どちらか一人だけならまだしも、2人が相手となると少々やっかいだ。だけど、今は情報収集が何よりも重要だし、なによりこの場でしか得られない手がかりは多いだろう。ここで臆して黙り込むわけにはいかない。
もっとも、私達の方は彼らに知られて困るような情報はそれほど多くはない。万が一、手の内を少しさらしたところで大きな支障はないし、いざとなったら管理官の強権を発動して荷物を奪還してこの星を離れれば良い。そうすれば、トワの事を守れる。そう判断して、私は話を切り出す決意を固めた。
「私とトワは他の星から来た旅行者ですが、ギルドの一員でもあります。トワは高位のシンガー、そして私はギルドの管理官です」
首元から黒水晶を取り出し、アリサとウォルターさんに見えるように提示しながら、私は二人の反応をうかがった。
「その若さで管理官ですか……?もしかして、ブースタリア管理官?」
「ええ、アイリス・ブースタリア。二等管理官です」
ウォルターさんは私の名前を知っていたようで、私の名乗りに少し驚きながらも納得した表情を浮かべた。歴代最年少の年齢で二等管理官の資格を取った時に一時的にギルドネットで私の事が話題になったことがあるので、情報に敏感な人なら知っていても不思議ではないだろう。あまり悪目立ちしたくなかったから、ギルドの広報情報には管理官権限を行使して顔写真の掲載を止めたんだけどね。
アリサも軽く目を見開いたが、何かを言うことはなく、ただ黙って聞いている。
「私とトワはある物資をクレリスに搬送するために旅をしているのですが、その物資がこちらの入管で没収されてしまいました。それを取り戻すためにこの星へ降りることになりました。ギルド伯の話はウォルターさんに聞くまで知りませんでしたが、職務上今はもう見過ごすわけにはいかないと考えています」
「そうでしたか。なるほど、事情がわかりました。では、私も名乗らせてもらいます」
そういうとウォルターさんは静かに頷き、こちらを見据えた。
「私の名前はウォルター・クレマン。ヘリオス広域支部所属の監察官です。統括局の命によりペレジスへ派遣されました」
そう言うとウォルターさんも黒水晶を掲げる。ギルド章に刻まれた文字とウォルターさんの名乗りには相違点は無い。
統括局は各地に人員を配置しているため、通常であれば現地スタップが監察や対応を行う。にも関わらず、統括局が近隣星域の管理を行う広域支部から監察官を現場へ派遣すれるというのは……相当に重大な案件がある場合に限られる。つまり、ギルド伯の不正はかなり上部でも問題視されているということだろう。
「ギルド伯に関する調査ですか?」
私は確信を持ってそう問うた。だが、ウォルターさんの回答は、私の予想と少し違っていた。
「そうとも言えますが、そうではないとも言ええます。私が命じられたのは、この星で起きた支部長交代に関する調査です」
「それは9年前の事。どうして今頃?」
トワが疑問の声を漏らす。もっともな質問だけど、私には遅延の理由が理解できた。
「C3を使った亜光速通信のおかげで、統括局はペレジスで起きた異常事態をほぼリアルタイムで把握することができました。しかし、監察官を実際に現地に派遣するとなると話は別です」
そう、ペレジスでの事件は統括局に即座に伝えられたが、人の移動には物理的な制約がかかる。亜光速での恒星間航行には相当な時間を要するため、統括局が即座に監察官派遣を決定したとしても、こうして実際にウォルターさんが到着するまでには9年の歳月が流れてしまったというわけだ。
「それにしては私達と同時にこの星に着いたなんて、妙にタイミングが良かったように思いますけど。ウォルターさん、軌道エレベータの時点で私達がギルドの所属だと気付いてたでしょう?」
私の指摘にウォルターさんは少しだけ苦笑した。
「ああ、そのことですか。確かにあのときは『到着したばかり』と話しましたが……実を言うと、私がこの星に降り立ったのは3ヶ月前なんですよ」
そう言ってウォルターさんは肩をすくめた。彼がペレジスを訪れたと語った話には、おかしなところがあったことに私は気づいていた。彼はこの星に来る度にペレジスがおかしくなってゆくと言ったけど、実際にこの星の状況が悪化し始めたのは9年前。つまり数光年先の星とここを往復しているのなら、彼がペレジスの状況悪化を知ることができるのは今回が初めてのはずだから。
どうやら私達が旅慣れない小娘だと侮ったのだと思うけど、話の流れそのものはそう不自然ではなかったから、たぶんトワはだまされていたと思う。欺こうとされたのは気に入らないけど、むしろ状況に応じて最適な欺瞞を自然に行う彼の抜け目のなさ、したたかさを再認識させられた。
「じゃあ、3ヶ月も?」
トワが少し驚いたように訊ねる。
「ええ。到着して以来ずっと軌道ステーションを訪れてはで横領に関する内偵調査をしていました。そんな折にアイリスさん達がギルドの封印付き荷物についてトラブルに巻き込まれているのを見かけて、接触を決めたんです」
「ギルドの封印、ですか……」
私はその言葉に小さく頷く。なるほど、私達が封印付き荷物を運んでいると言う事を耳にして、私達がただの小娘、普通の旅行者ではないと察したのだろう。
「はい。ギルドの封印が施されているとなれば、それなりの立場か特殊任務の可能性が高いでしょう?それに、ギルドの物資がこうした状況下で押収されているのは見逃せませんからね」
ウォルターさんの説明を聞きながら、確かに話の筋は通っていると感じた。だがそれ以上に、彼が慎重に情報を伏せつつ状況を把握していく手腕に……彼の監察官としてのセンスを再確認した。
となると、公文書館で声を掛けてきたのも、偶然ではないということだろう。取りあえずウォルターさんの背後関係についてはこれぐらいでいいだろう。
問題は……会話に加わらず、黙ってトワの方を見つめたままのアリサだ。
「では、アリサさん」
「……は、はい」
皆の注目が自分に集まった事で彼女が緊張しているのがわかる。これから私が行う質問はアリサにとって不愉快で、秘密にしたい話題であることは重々承知している。だけどそれは、避けては通れないものだと私は考えている。
「あなたに関することを、少し尋ねさせてもらってもいいかな?もしかしたら、不躾で失礼な質問になるかもしれないけど」
「……かまいません」
アリサは一瞬だけ目を伏せ、しかし小さな声で静かに答えた。私の言葉を聞いた途端、隣にいるトワが私に咎めるような視線を送ってくる。
彼女がアリサに同情しているのはわかっている。でもこれは必要なことなんだ。トワも無言で我慢しているようだけど初対面であるアリサを守るために怒ることが出来るトワは……私の大事な妹は、本当に優しい子だと思った。
「ありがとう。誤解しないでほしいんだけど、興味本位で聞くわけじゃないから。あなたの事を知ることが、この星で起きている問題を解決する糸口になると私は信じている。だから……」
「はい」
アリサは覚悟を決めた瞳でこちらを見つめている。罪悪感を感じるが、踏み込むしかない。
「……あなたは、人間?」
「アイリスっ!」
すぐ隣でトワが声を上げる。どうやら、私の質問がアリサの尊厳を傷つけると感じたのだろう。その気持ちはわかる。だがアリサを守りたいからこそ、トワには辛抱してもらうしかない。
「トワ様、大丈夫です」
アリサがトワに向かって微笑みを見せ、毅然とした声で言った。
「私は……人間であって、人間ではありません」
「……テロマー」
私が口にした言葉に、アリサは少し驚いたようではあったが、黙って小さく頷いた。
やはり。私の推測は正しかった。
不老の存在について耳にした時に思いついた、二つの可能性。一つは人の形をした機械である、機族と呼ばれる存在。これは彼女の外見を見た今となっては即座に否定できる。
となると彼女の正体は、もう一つの可能性であるテロマーしかありえない。伝説の長命種。生身の人間でありながら、その寿命は私達とは比べ物にならないほど長く、千年を優に越えると言われている存在。彼女が少女の外見を保ったまま何十年も生きられる理由は、それだ。
「テロ、マー?」
「まさか……実在していたとは。なら、彼女も……?」
隣でトワが目を瞬かせながら呟く。ウォルターさんはさすがにテロマーという存在を知っていたようだけど、それでも驚きを隠せないようだった。
だが、今のつぶやきに含まれていた微かな違和感。「彼女も」?アリサではない、誰かを指している言葉の様に思えたが……。いや、今はそんな些細なことを考えている場合じゃない。
テロマー。それは宇宙へ進出した人類の中から出でし種族。宇宙の過酷な環境に適応し、人類を超えた能力を得たとされる、新しい人類。ギルドネットに散らばる、記録と呼ぶにはあまりに不確かな伝承。おとぎ話や神話のようにしか伝わっていない、遠い存在。それがテロマーだ。彼らはそのほとんどが大空白期に姿を消し、今では伝説の中にその残滓が残るだけ。
だが、私の目の前に、少女の姿をしたそのテロマーがいる。
「私の……両親は、どちらも普通の人間でした。ですが、二人ともテロマーの……因子のようなものを宿していたようで……。私は人間の、両親から産まれた……先祖返り、です」
「……わかりました。ありがとう、話しにくいことを教えてくれて。でもこれで、あなたが人々に忌み嫌われる存在ではないことははっきりしたよ」
アリサは黙って頷くだけだったけれど、少しだけ肩の力が抜けたようにも見えた。そのとき、これまでずっと黙っていたトワが急に口を開いた。
「私も」
……!私はトワが何を言おうとしているのか、気がついた。それは!
「トワっ!ダメっ!」
「私も、アリサと同じ。普通の人じゃない。千年以上冷凍睡眠してた。Sランクのシンガー」
「えっ……」
私の制止も聞かず、トワは平然と自分の秘密を口にした。千年単位で時を超え、人にはない特異な力を持つSランクのシンガー。彼女の出自を知ることが私達の旅の目的であり、そしてれは私が最も守りたかった秘密。だがトワは自分の秘密を守るよりも、人ではない孤独を抱えたアリサに寄り添うことを選んだのだろう。
うん、知ってた。そういう子だよ、トワは。しかしこの場にはもう一人秘密を聞いてしまった人物がいた。トワを守るためには強権を行使してでも口止めをしておくべきだろう。
「ウォルターさん、すみません。管理官としての権限を行使させて下さい。今の話は聞かなかったことにしてもらえますか」
「……ご命令に従います」
ウォルターさんは慎重に頷いたものの、わずかな驚きと面白がるような色がその瞳に浮かんでいた。
「いやはや……私が監察官だとカミングアウトしたときには、もう少しインパクトがあると思ったんですが。この場では私の告白が一番地味でしたか?」
ウォルターさんは冗談めかして微笑み、少し肩をすくめてみせた。もはや返す言葉も出てこない。
「……あははは」
笑うしかなかった。確かに、まさかこんな“伝説級”のカミングアウト合戦になるとは予想してなかった。
「私は席を外します。聞かない方が良い話も多そうですからね。情報整理もかねて一度宿に戻っていますので、後で要点だけお聞かせ願えますか?」
ウォルターさんはそう言って部屋を出て行った。流石は優秀な監察官。知るべきことと、知らなくて良いことの区別はしっかりしているようだ。
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