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#4

ー/ー



>>Iris

『アイリス』
『何かあった?』
『ごめん』
『どうしたの?急に』
『無茶をしないといけない』
『えっ? ちょっと、どういう事っ!?』

 私の目の前でトワが急に酸素供給フィールドを緊急展開し、コスモスーツを脱ぎ始めた。

『嬢ちゃん!?』
『トワっ!?何してるの!?』

 その場にいた全員が突然のトワの行動に驚愕し、一瞬動きが止まった。その間にトワはまるで赤子を抱くかのようにC3を優しく抱きしめ、そして歌い始めた。……そうか、そういうことか。

『でっかい嬢ちゃん!あんな急激なフィールド展開だと、酸素濃度が!』
『大丈夫、あの子を信じてあげて。ああするしかないって、あの子が判断したんだから!』

 トワが危険な状態にあることは誰よりも私が理解している。フィールドを急激に広げたことで内部の気圧と酸素濃度は急激に低下しているはずだ。通常なら酸素濃度を安定させるために触媒が空気を補ってくれるはずだけど元々劣化していたトワの触媒はもう限界に近いだろう。通信チャンネル越しに絶え間なく鳴る警告音が、その事実を冷酷に告げている。

 しかも、その警告音は『1つ』だけ。片方の酸素供給装置は既に停止しており、もう一方もいつ機能を失ってもおかしくない。トワが使える酸素はもともと2時間分だと言っていたけど、緊急モードで展開したフィールドの体積を考えると……触媒全てを使い切っても内部の酸素濃度は到底正常には戻らない。むしろ、酸素濃度は3割以上も薄まる計算になる。フィールド内のトワは既に中度の酸欠状態に近づいているかもしれない。

 そんな状況下でトワはなおもC3の調律を続けている。


 私の全ての酸素を今すぐにでもトワに与えたい。だけど、今近づいて助けようとしたら彼女の集中を途切れさせてしまう。決死の覚悟で挑んでいるあの子の決意を無にしてしまう。それはトワが命をかけて守ろうとしているものすべてを裏切ることになる。

 焦る心を必死に押さえ込み、通信機から流れてくるトワの歌声に耳を澄ます。その歌声が響いている限り私の大切な妹はまだ大丈夫だ。そう自分にそう言い聞かせる。今の私に出来ることはいつでもトワを救助できるように、少しずつ酸素供給フィールドを拡張し、空気を満たしてゆくことだけだ。

 やがてトワが抱くC3の放つ光は、落ち着いた蒼へ、さらに白へと変化した。再調律(リチューン)は成功したようだ。EVAに出ている私達、そしておそらく船内で見守っているであろう船長さんやジョウさんも。優しくも力強いその白い輝きに目を奪われた。

『……らくだは……ふた……び……あゆみ……はじ……る……』

 かすれたトワの声が耳に入った瞬間、私はハッとしてC3の輝きから目を引き剥がした。気づけばトワの歌は途切れていて、彼女はぐったりとC3に寄りかかりながら薄れゆく意識の中で何かを呟き続けていた。その力の抜けた姿に、私は一瞬で現実に引き戻された。

『トワ!』

 胸が凍りつくような感覚を振り払い、私は緊急事態(エマージェンシー)モードを展開、スラスターを一気に吹かし、妹の元へと跳んだ。ぐったりとしたトワの体をC3から引き剥がし、しっかりと抱きかかえると自分のフィールド内に収めた。
 彼女のフィールドは酸素濃度が限界まで低下している。私は躊躇なく彼女のフィールドを解除し、自分のフィールドで彼女を包み込んだ。応急措置だが、これで私の側の空気が彼女の酸素不足を少しは補えるはずだ。だが、トワの目はほとんど閉じかかっている。意識はわずかに残っているようだが、トワの呼吸はとても浅い。

『あとはお任せします!』
『わかった! 嬢ちゃんを早く船内へ!』

 副長の返事を待たず、私はすぐにスラスターを最大まで吹かしてエアロックに向かった。静かに眠ったトワを感じながら、私は必死に進む。早く、早く!

 エアロックを抜けた先で、ジョウさんが手持ち式の酸素吸入装置を持って待機していた。意識を失ったトワに素早くマスクを当て、酸素を供給する。しばらくの間、ジョウさんも私も息を詰めて見守るしかなかった。

「トワちゃん……」

 ジョウさんの眉間には深いしわが刻まれている。1分、2分……酸素がトワの体に送り込まれているのに、彼女の目は閉じたままで反応がない。その小さな体がただ静かに宙に浮かんでいるのを見ていると、胸の奥に焦りと不安がじわじわと広がっていく。

 3分が経過した頃、ようやくトワの指先がかすかに動いた。

「トワ……?」

 私がそっと呼びかけるとトワのまぶたがゆっくりと震え、少しずつ開いていく。焦点が合わない目でぼんやりとこちらを見て、ようやく声が聞こえた。

「ア、イ……リス……?」
「おはよう、トワ。ずいぶんと……お寝坊さん……だ、ね」

 その言葉がやっとのことで出てきた。喉が詰まって、涙と震えを抑えるのが精一杯だった。
 5分が経ち、彼女はようやくぼんやりと意識を取り戻し、ふわりとした表情でこちらを見つめ返してくれた。トワが無事に戻ってきた。目から涙が溢れ出しているのがわかるけれど、気にしないことにした。まだぼんやりしているトワには私の泣き顔なんて見えていないだろうから。
 傍らでジョウさんがほっとした顔で息を吐いたのを横目に、私はただトワをぎゅっと抱きしめた。

 しばらくして、C3の再取り付け作業を終えた副長とボースンさんが船内に戻ってきた。副長は早くレゾナンスドライブの起動試験を行いたい様子だったが、ボースンさんがそれを諫めてくれた。トワの体調を気遣ってくれるボースンさん。でも一方で、トワの再調律(リチューン)が完璧であると信じて、すぐにでも試験をしたいという副長の信頼も、うれしかった。
 どちらに感謝するのが正しいのだろう?ギルドの管理官として、それに姉として。トワの頭を抱きかかえ、優しく撫でながら私がそんなことにぼんやりと思い巡らせていると、トワに声を掛けられた。

「アイリス」
「うん?」
「ごめん」
「無事に帰ってきてくれたから、許してあげる」
「でも、泣いてた」
「……っ!?」
「だから、ごめんね」
「……なら、もう無茶はしないでね?」
「善処する」
「そこは約束してよ……」

 どうやら泣いていたところをしっかり見られていたらしい。妹の前で涙を流すのは姉失格だけど、今回は仕方ない。うん、仕方ないんだ。

「嬢ちゃん!もう大丈夫か?」
「心配掛けた。お腹すいたこと以外は、もう大丈夫」
「そ、そうか……スラリー(どろどろ)しか無いが、後でたっぷり食べてくれ」
「アイリス、ボースンがいじめる」
「いや、いじめてはないよね?アドバーグさん、トワももう大丈夫そうなので試験稼働しましょう」
「おう、ちっこい嬢ちゃんに何かあったら直ぐ声を掛けてくれよ?」

 副長はそう言うとブリッジへ向かい、しばらく後にレゾナンスドライブが起動したことが感じられた。出航したときは体に響くような重い共鳴波を感じたけど、今のこれは……とても心地よく、軽やかで癒やしに満ちた音楽のように思える。

「…ねぇ、トワ?どんな再調律(リチューン)したの?」
「んー。……女神の祝福?」
「何、それ」
「年寄りラクダに祝福を与える。そう歌ったら、こうなった」
「なんというか、いつも通り『トワの歌』って感じだね……」
「褒められた」
「うん、今のは褒め言葉だね」

 普通のシンガーは、調律の品質を保つために決まった歌詞と音程を持つ定型の歌をきっちり歌うものだ。歌う歌こそシンガーごとに異なるが、調律のたびに同じ歌を正確に再現することで安定した調律が行える、というのはシンガーの常識でもある。
 でも、トワの調律は違う。彼女は状況や目的に応じて、まるで自分の想いを歌に乗せるように、その場で新たな歌を即興曲として紡ぎ出す。トワのその自由な歌い方こそが、彼女の持つ再調律(リチューン)混合(ブレンド)の秘密だと思って、私も真似てみたけれど……当然のようにCランクの私では定型外の歌では調律すら叶わなかった。
 だから、これはトワだけに許された特別な歌。彼女の持つ、誰にも真似できない力なのだろう。幼いころにそれを悟ったからこそ、私はシンガーの道を早々に諦めて管理官を目指したんだ。

「嬢ちゃん達!いや、シンガー殿、管理官殿!ゾナンスドライブは起動できたが……異常は感じられないだろうか?」

 ブリッジの方から船長が私達のところへやってきた。そこはかとなく不安げな表情なのは、彼らにはC3の共鳴波が感じられないからだろう。もし感じられるなら、今の安定した音に不安を抱くはずが無いのだから。

「……ちょっと異常なところはある、かな?」
「なっ!?ちっこい嬢ちゃんが体張ってくれたってのに……失敗か……」
「くそっ……でも、悔いは無い。そうだろ、オットー」
「おうとも。嬢ちゃん達がここまでしてくれたんだ、悔いはねぇさ」
「僕もです……みなさんと一緒に働けて良かった」
「ジョウ……お前はまだ先があったのに、すまねぇな……」

 何やら男泣きしながら盛り上がっている船長さん達の様子に、掛けるタイミングが遅れた。

「あの、話は最後まで聞いてね?異常というのは、出発時に重々しかった共鳴波が、びっくりするぐらい軽やかになってるってことだよ」
「「「「えっ?」」」」

 息ぴったりに声が揃った四人。同じ職場で長く働くと気が合うんだろうか。

「だからね?トワが頑張ったから、この船は修理されたんじゃなくて、前よりもずっと良くなってると思うよ」
「うん、がんばった。白くて通常の3倍」
「いや、亜光速の3倍になったら光速超えるからね?でも少なくとも状態が改善してるのは共鳴波だけでも判るよ」
「……アドバーグ、ボースン、ドライブの出力上げて全速航行だっ」
「お、おう」

 船長の指示を受け、副長がブリッジに、ボースンさんが機関室へ駆け込む。待つまもなく、共鳴波の響き方に変化があった。

「……すごいね、これ」
「C3が本気出すとすごい」
「いや、前にも言ったけど。すごいのはトワだよ?」

 船が、歌っている。先ほどまでの苦悩に満ちた、泣き声のような共鳴波ではなく。今この瞬間、船体全体を震わせ響き渡る振動は、老いた駱駝であったこの船が新たな力を手にして大宇宙(おおぞら)へと再び踏み出す喜びそのものだ。船体から静かに歓喜の歌声が聞こえるように感じる。まるでこの船が、全身で宇宙を征く歓びを奏でているかのように。

 私とトワが二人、船の奏でる喜びの歌に耳を澄ましていると、副長とボースンさんが戻ってきた。最初に口を開いた副長の顔には、驚き、呆れ、そして抑えきれない喜びが入り混じっていた。

「船の航行速度が3倍になるような劇的な変化じゃねぇが、加速時の反応速度と制御の精度が飛躍的に改善してやがる。以前は推進力の調整に手こずってたんだが、今は指示を出してからの反応がほとんど瞬時だ。こんな精密で滑らかな操縦系なんて、新造船でも見たことねぇぞ」

 ベテランである彼は状況改善の異常さを知りながらも、性能向上自体には抗いがたい満足を感じているようで頬を引きつらせつつも、どこか嬉しそうだ。

「これなら操船ミスの余地もねぇ。とんでもねぇな、嬢ちゃん……」

 思わずこぼれるその言葉には、これまで幾度も船を操ってきた彼が初めて味わう「未知の感覚」に対する喜びなのだろうか。一方、ボースンさんの声にはどちらかというか喜びよりも疑念がこもっていた。

「高負荷の加速時でもエネルギー消費が驚くほど抑えられてる。以前なら推力を上げるたびにフォトンの消費量が跳ね上がってたんだが、推力と消費の計算が全く合わねぇレベルで効率が良くなってやがる。まるで魔法としかいいようがないぞ、こいつは」

 船の性能が向上していることは明らかなのだが、彼の表情にはむしろ戸惑いが色濃く現れている。技師である彼の役回りは冷徹な数字と理論で物事を把握することだ。いつもなら、性能向上は計算や合理性の範囲で語れるものであって、「魔法」などという言葉は彼ら技術者の口から出るものではない。なので、実際の数値を見ても今回の変化には到底納得がいかないのだろう。
 眉間にしわを寄せながら、まるで原因不明の不具合を疑うように推進系の数値をにらみつけている。

「光速を超えられなかった。残念」
「いや、無理だからね?光速超える技術なんて無いからね?」

 そんな二人の様子を尻目に、トワは少し残念そうだ。私はそう言ったものの、内心ではもしかしたらトワならいずれ超光速航行を実現してしまうかも知れないとも思ったりもした。

「そういえばちっこい嬢ちゃん、体に異常はないか?記憶が途切れたり、ふらついたりすることは無いか?」
「特にない」
「そうか……後遺症は必ず残るって訳でもないが、しばらくは経過観察をしないとな」

 ボースンさんの言葉から察するに、トワの酸欠状態はそれなりに危険な状況だったのだろう。おそらく、後遺症が残るレベルの。
 幸いな事にトワに異常は無さそうだけど、少しでも可能性があるなら気をつけておいてあげないと。私ならこの子のちょっとした変化にでも気付く事が出来るし、それにいつも一緒に行動しているからね。経過観察を行う役目には最適だろう。


>>Towa

 光速を超えるという私の野望は達成できなかった。C3が3倍頑張れば速度も3倍になって、30日掛かる距離を10日で行ける……と思ったんだけど、世の中はそう甘くはなかったらしい。残念だ。
 それでもこの船(キャメル067)が再調律したC3を喜んでくれているのは伝わってくるから、満足のいく仕事が出来たと言えるかな。船が調子を取り戻してから2日経つけど、今のところ特に問題も出ていないようだし、この件については一件落着だ。
 ……そう思っていた時期が私にもありました。

「それでシンガー殿、今回の事に関する謝礼なんだが」

 真顔の船長さんにそう切り出された。船長さんが私のことをちっこい嬢ちゃん、ではなくシンガー殿、と呼ぶときはとても真面目な、本気の話。茶化したらいけないというのはこれまでの経験で判っている。

「……アイリス?」
「トワもギルド憲章は知ってるよね?ギルドメンバーは無償奉仕を行ってはいけない、必ず報酬は受け取るべしって」

 アイリスの言葉に私は小さく頷いた。そう、これはギルドの掟であるギルド憲章に書かれているものだ。シンガーが無償で働いたなんて話が広まれば、他のシンガーやギルド全体が無償奉仕を強要されかねない。だからどんな場合でも働きに見合った報酬を必ず受け取らなければならない。それは「報酬を貰う権利」じゃなくて「報酬を貰う義務」なんだって。
 私もこれまでもC3の調律で報酬(お小遣い)を受け取ってきたし、そういうものだと理解はしている。だけど今回のことは……ちょっと違うんだよね、私としては。
 確かに命がかかった仕事ではあったけど、それは私自身、そして何よりアイリスのための行動だった。だから船長さんたちから報酬をもらうのは、なんだか気が引けるんだよ。しかもこの案件、規則通りに計算したらきっととんでもない額になるんじゃないかな?

 私よりもこう言うことに詳しいアイリスに、ギルドの規定に従って算出してもらったところ、高難易度に分類される航宙船用のAクラスC3の調律、しかも突発の緊急対応で、危険な宇宙空間での作業……っていう条件になるらしい。この条件で算出された正規の報酬がどれほど莫大な金額になるか、怖くて計算できない。少なく見積もってもこの船自体の価格に匹敵するぐらいの額にはなるんじゃないかな。

 ため息が出そうになりながら、私は隣にいるアイリスに助けを求めるように視線を送った。アイリスは、少し考えた後に、いつものようににこっり笑って言った。

「報酬は必ずお金で受け取る決まりじゃないよ。だからね、報酬に見合う価値のある他の物でもいいんじゃないかな?」
「さすがアイリス。好き」
「ありがとう、でも今は告白タイムじゃないからね?」
「アイリスにふられた」

 そのやり取りに船長は一瞬目を瞬かせたが、すぐに真剣な顔に戻った。

「……それで、報酬はいかほどに」
「うん、船長。頂く報酬は決めた」
「お、おう。俺たちの全財産をかき集めても足りなけりゃ、会社からも可能な限り引っ張るつもりだ!」

 船長の気迫に、微笑みがこぼれそうになる。

「トワ、真顔だからちょっと船長さんビビってるよ?」
「私はいつもこういう顔」
「知ってるけどね。でもトワ、面白がってるでしょ」

 自分では判らないけど、たぶんアイリスには私の瞳が金色に見えているんだろう。

「船長秘蔵の品を要求する」
「秘蔵……?なんのことだ?」
「船長が秘蔵しているグラット(満足)が今回の報酬」

 グラット(満足)。宇宙食の中でも美味と評判の高級品であるそれを、船長が特別な日のためにこっそりと自分用にストックしている。副長さんからその事を聞いていたから、いつかおねだりしてみようと思っていたんだ。

「なっ……そんなものでいいのか?」
「この数光年で唯一のグラット(満足)。私の憧れであるグラット(満足)。これ以上の報酬は考えられない」
「あはははっ、トワ、最っ高!うん、管理官としてその提案を承認するよ!」

 もちろん、私だって分かっている。高級品とはいえ所詮は民間人に手の届く一食分の食事だ。報酬額としては到底足りないことは誰の目にも明らかだ。
 でも、船長たちに負担をかけるわけにはいかない。それに、これなら希少性が高いからギルドに対しても『特別な価値』があると言い張ることもできる。そしてグラット(満足)は、私がどうしても食べてみたいものでもある。なら、これ以上の落としどころはないよね。
 私の要求にアイリスも大爆笑している。彼女も船長さん達への負担は避けたいと思っていんだろうな。

「俺達としてはありがてぇ話だが……」
「船長さん、トワがそれでいいって言ってるんだから、それでいいんだよ」
「そう、か……判った。シンガー殿、管理官殿の厚意に感謝する」

 船長さんだけでなく、話の行く末を黙って見守っていた副長さんやボースンさん、ジョウも揃って頭を下げてくれた。そんなに改まって礼をされると居心地悪いんだけどな……。


 そして、その後の食事には待望のグラット(満足)が供された。1ヶ月ぶりのチューブ入りではない、普通の食事。ああ、歯ごたえのある食事がこんなに美味だったなんて。
 結局船長さんもグラット(満足)は1食分しかストックしていなかったそうなので、その貴重な1食をアイリスと二人で味わった。そんな私達の様子を苦笑いしなが見ていた船長さんが声を掛けてきた。いまさらグラット(満足)を返せといっても返さないからね!?

「食事でそこまで喜んでもらえるなら、ストックを放出する価値はあったが……。しかし嬢ちゃんたち、色んな意味で規格外だな。俺たちもギルド関係の仕事を長くやってきたが、ここまでくるともう笑うしかねぇぞ」
「さすが船長、その通りです。まあ私のことはさておき、このトワは確かにとんでもない人材ですよ。ただし、宇宙食の味には常にケチをつけるわがまま人材ですけど」
「アイリス、宇宙食ネタはもう聞いた。繰り返しはお笑い芸人として失格。芸の道は厳しい」
「私はお笑い芸人じゃないから大丈夫だよ。芸の道はトワが一人で極めてね?」
「お姉ちゃんの裏切り者」
「だから、こういう時だけ姉呼びするのやめてってば……」

 大宇宙(おおぞら)を翔る駱駝に運ばれながら、和やかな時間が過ぎてゆく。目的地まではあと一月の旅路だ。


「……そう思っていた時期が私にもありました」
「なに、唐突に……」
「いや、だって暇すぎる」

 そう、暇なのだ。食事時に雑談をするとは言え、毎回同じ顔ぶれでは話題も尽きる。最初の頃は初めて聞く話しばかりで面白かったのだけど、最近は話のネタも尽きてしまった。そしてペレジス到着まで、あと5日は掛かる。

「僕たちは仕事中でもあるから、半舷休憩の時は暇な方が気楽なんだけどね。でもトワちゃん達はずっと休憩中みたいなものだから……」
「宇宙の旅がこんなに暇だったなんて」
「ははは……大空白以前にあったと言われる超光速航行なら暇を持て余す間もなく目的地に着くんだろうけどね。今は亜光速航行だから、遠くへ行くほど時間が掛かるのは仕方ないよ」
「アイリス、内職したい。コンテナ開けて、未調律のC3を調律する」
「いや、封印してあるし、未加工納品のやつを勝手に調律したらダメだからね?」
「ははははは……」

 今日の話し相手はジョウだ。確かに一日の半分は仕事をしている乗組員の人達と、日がな一日暇を持て余している乗客の私達では時間の感覚が違うというのは判る。

「ジョウさん、長旅で暇を持て余してる乗客って普通はどうやって時間を潰してるの?CM41F3C(うち)とペレジスの航路って恒星間航行としては割と近場だと思うけど、もっと長距離路線だと体感時間で数ヶ月とか年単位とかザラだと思うんだけど」
「そうですね……今回は体感時間が2ヶ月ぐらいなので普通に過ごしてもらっていますが、長距離航路だと『特等』と『下等』っていう旅の仕方があるんです」

 アイリスがふった話題にジョウさんが答えてくれる。この話はまだ聞いた事が無かったかな?うん、暇つぶしに飢えてる私はジョウの言葉に耳を澄ませた。

「特等というのは低速代謝薬と呼ばれる特殊な薬品を使って乗客の体感時間を短縮する方法ですね。薬品を使っていない乗員から見ると、乗客の人達は時間が止まっているように見えるそうですよ。乗客の体感的には数日とか数時間で目的地に到着するためストレスが少ない旅行方法だと言う話です」

 ジョウの言葉が伝聞なところをみると、この船にはその何とかという薬品は積んでないし、ジョウも経験した事が無さそうだ。「特等」ということは、お高いんだろうか?

「ただこの低速代謝薬というのが結構なお値段なので、富豪でもないととても手を出せない代物なんですよね……。当然、そんな富豪が乗るはずもない定期輸送船には低速代謝薬は積んでません」
グラット(満足)よりもお高い?」
「ええ、もちろん……と言うよりも比べものにならないぐらい高価ですね。そもそも特等旅行に対応している航宙船は豪華客船ですから、食事もグラット(満足)どころか疑似重力のレストランで地上の一流レストラン並の食事が提供されるそうですよ」
「なにそれ、乗ってみたい。アイリス、次は特等に乗る」
「いや、毎回特等に乗ってたら行く先々で仕事引き受けないとダメじゃない。ジョウさん、もう一つの下等っていうのは?」
「下等は……冷凍睡眠ポッドを使うんです。これだと眠っている間に目的地に着くんだけど……」
「寝てる間に着くなら、退屈しなくていい。むしろ、お腹も空かないから、お得」
「いや、やめとけやめとけ。嬢ちゃんたちならいくらでも稼ぐ手段があるだろ?あんたたちは特等で快適に旅した方がいいさ」

 ラウンジに入ってきた船長さんが、横から話に入ってきた。どうやら「下等」は気軽に勧められるものじゃないらしい。

「確かに下等なら寝てる間に目的地に着くし運賃も安いがな、その安さには理由があるんだよ。荷物扱いみたいなもんだ」
「それが避ける理由?」
「それもあるが……冷凍睡眠ってのはな、100%安全ってわけじゃないんだ。確率は低いが、失敗することもある」
「失敗……」

 思わず言葉を飲み込む。冷凍睡眠の失敗、それはすなわち死を意味するからだ。

「どうして失敗するのかは正確にはわかってないが、搭乗時の体調や本人の体質、年齢とかな、いろんな要素が絡むらしいんだよ。あとは機材の調子なんかもあるから、不確定要素が大きすぎるんだ。だから、お勧めできる方法じゃない。カネがなくて選択肢がない喰いつめ者が仕方なく乗る手段ってわけだ」
「僕もこの会社に就職する時に下等で旅をしたんですが……。同乗していた乗客が一人、結局起きてこなかった」
「俺も若い頃に何度か下等で移動したが、あれは正直いい気分じゃない。たとえ知らないヤツでもな、人が帰ってこないのを見るのはやりきれない。だから嬢ちゃんたちは、避けられるなら避けた方がいい」

 ジョウも船長さんも、その時のことを思い出しているのか、表情が曇っていた。たとえ見知らぬ人でも、旅の途中で誰かが命を失うのは決していい思い出にはならないのは当然だろう。

 ただ、体質と言う点ではたぶん私は問題無いと思う。なにせお義父さんの話によれば、私は赤子の時に千年単位で冷凍睡眠してたらしいし。冷凍睡眠に適した体質と言っても過言では無いだろう。

「トワ、何考えてるか判るけど……ダメよ?」
「わかってる」

 アイリスが釘を刺してくる。そりゃそうだ。いくら戸籍年齢数百歳の人がごろごろいる世の中とはいえ、自分が何千年も前に生まれた人間だなんて、そう簡単に話せるわけがない。体質以前の問題だ。私も軽く頷いて、話をしないでおこうと決めた。
 少し気まずい空気が漂ったところで、ジョウが場を取り持つように話題を変えた。

「そういえば、この船にも緊急用の冷凍睡眠ポッドがあるんです。航行中にもし船内の医療設備じゃ対応できない急病や重傷者が出た時に、一時的に身体機能を停止させるためのものが」
「それだけじゃないぞ?航行中に船体が致命的な損傷を受けた場合、一時的に乗員を全員冷凍ポッドに入れて、救助を待つ手段としても使われる。まぁ助かる可能性なんてほぼ無いが一縷の望みに賭けて、ってやつだ」

 ジョウの言葉を引き取り、船長さんが続ける。あれ、という事はもしかして……?

「船長さん、ならこの間のレゾナンスドライブの件は……」

 アイリスも気が付いたようだ。そう、航行中のレゾナンスドライブのトラブルはまさにその緊急避難に該当する事態だよね?

「もし乗客が嬢ちゃん達じゃなかったら。もし嬢ちゃんが失敗してたら。今頃は冷凍睡眠中だったろうな」
「そうだったんだ……」
「まぁ俺とアドバーグのやつは不寝番だがな」

 アイリスの言葉に、船長はにやりと笑って軽くそう言う。

「不寝番って……つまり、船長さんたちは冷凍睡眠しないってこと?」
「ああ。この船には4つしかポッドがないからな。嬢ちゃんたちとジョウを入れたら、残りのポッドは一つだけだ。となると俺と、アドバーグかボースンのどっちかが残ることは確定だからな」

 船長は淡々と言ってのけたが、それが意味することはあまりにも大きい。この船で最も経験豊富な彼らが、緊急時に自分たちを犠牲にして私達と若いジョウに生存のチャンスを譲るつもりでいたっていうことだから。
 船長さんが私達のためにそこまでしてくれるつもりだったとは。初めての船旅がこんな温かい人達と一緒で、乗ったのがこの船だったことがとても幸運だと思えた。C3の調律で彼らに少しでも恩返しができていたらいいんだけど。


 残りの船旅は何事も起こらず、順調に目的地であるペレジスに到着した。未知の領域を征く探検航行ではない、普通の定期輸送便なのだから何事もないのが当たり前なんだけど。

 ラウンジの大型モニタに映し出されたペレジスの軌道ステーションの姿がどんどん大きくなっている。軌道ステーションから惑星上に伸びた柱のような構造体が見える。あれはスクールで習った軌道エレベータというやつだろうか。そんな事を考えていると、ラウンジに入ってきたボースンさんが声を掛けてきた。

「ああ、ちっこい嬢ちゃん、最後に聞いておきたいんだが。この船のC3、ドックの連中に見せても問題無いのか?」

 ボースンさんの心配ももっともだ。過剰調律(チューン)されたC3の存在がバレると面倒なことになる。会社からギルドに同じような調律依頼があっても、対応できるは人いないだろうしね。

「大丈夫。ドライブ停止中は色が判らないように偽装してある」
「マジかよ…C3の偽装なんて聞いた事ねぇぞ……」
「C3は本気出すとすごい」
「いやだから、それはトワが……っていいけどさ」

 アイリスがいつものツッコミを入れてくる。だけど、本当にすごいのはC3だと言うのは私の偽らざる思いだ。C3は私の気持ちに、願いに応えてくれる。まるで命や意思があるかのように。


 船が軌道ステーションに接舷し、エアロックがドッキングポートに連結される。寄港時の一番忙しいタイミングだというのに、降船する私達を船長さん達全員が見送りにきてくれた。

 叶うことの無い再会を願う別れの言葉を交わし、私達はこの船を降りる。きっと船長さん達と私達の人生が再び交わることはないだろう。でも、それでも。

 ――いつかまた、大宇宙(おおぞら)のどこかで。


 ジョウがエアロックのところまで私達の手荷物を運んでくれた。

「お二人とも、ありがとうございました。こうやって生きてたどり着けたのはお二人のおかげです」
「もっと褒めて」
「もう、トワったら……。確かにがんばったのは認めるけど、あんまり調子に乗らないの。それにジョウさん、お礼はもう十分にしてもらってるから」
「はい……でも、本当にお二人は一体……」
「私達はギルドに所属している、ただの小娘」

 そう言ってアイリスはジョウに綺麗なウインクを決め、私達はペレジスの入星ゲートへ向かった。

「ただの小娘……?いやいや、むしろ僕たちにとっては女神ですよ」

 ――後ろから、そんな声が聞こえた気がした。




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 しかも、その警告音は『1つ』だけ。片方の酸素供給装置は既に停止しており、もう一方もいつ機能を失ってもおかしくない。トワが使える酸素はもともと2時間分だと言っていたけど、緊急モードで展開したフィールドの体積を考えると……触媒全てを使い切っても内部の酸素濃度は到底正常には戻らない。むしろ、酸素濃度は3割以上も薄まる計算になる。フィールド内のトワは既に中度の酸欠状態に近づいているかもしれない。
 そんな状況下でトワはなおもC3の調律を続けている。
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 焦る心を必死に押さえ込み、通信機から流れてくるトワの歌声に耳を澄ます。その歌声が響いている限り私の大切な妹はまだ大丈夫だ。そう自分にそう言い聞かせる。今の私に出来ることはいつでもトワを救助できるように、少しずつ酸素供給フィールドを拡張し、空気を満たしてゆくことだけだ。
 やがてトワが抱くC3の放つ光は、落ち着いた蒼へ、さらに白へと変化した。|再調律《リチューン》は成功したようだ。EVAに出ている私達、そしておそらく船内で見守っているであろう船長さんやジョウさんも。優しくも力強いその白い輝きに目を奪われた。
『……らくだは……ふた……び……あゆみ……はじ……る……』
 かすれたトワの声が耳に入った瞬間、私はハッとしてC3の輝きから目を引き剥がした。気づけばトワの歌は途切れていて、彼女はぐったりとC3に寄りかかりながら薄れゆく意識の中で何かを呟き続けていた。その力の抜けた姿に、私は一瞬で現実に引き戻された。
『トワ!』
 胸が凍りつくような感覚を振り払い、私は|緊急事態《エマージェンシー》モードを展開、スラスターを一気に吹かし、妹の元へと跳んだ。ぐったりとしたトワの体をC3から引き剥がし、しっかりと抱きかかえると自分のフィールド内に収めた。
 彼女のフィールドは酸素濃度が限界まで低下している。私は躊躇なく彼女のフィールドを解除し、自分のフィールドで彼女を包み込んだ。応急措置だが、これで私の側の空気が彼女の酸素不足を少しは補えるはずだ。だが、トワの目はほとんど閉じかかっている。意識はわずかに残っているようだが、トワの呼吸はとても浅い。
『あとはお任せします!』
『わかった! 嬢ちゃんを早く船内へ!』
 副長の返事を待たず、私はすぐにスラスターを最大まで吹かしてエアロックに向かった。静かに眠ったトワを感じながら、私は必死に進む。早く、早く!
 エアロックを抜けた先で、ジョウさんが手持ち式の酸素吸入装置を持って待機していた。意識を失ったトワに素早くマスクを当て、酸素を供給する。しばらくの間、ジョウさんも私も息を詰めて見守るしかなかった。
「トワちゃん……」
 ジョウさんの眉間には深いしわが刻まれている。1分、2分……酸素がトワの体に送り込まれているのに、彼女の目は閉じたままで反応がない。その小さな体がただ静かに宙に浮かんでいるのを見ていると、胸の奥に焦りと不安がじわじわと広がっていく。
 3分が経過した頃、ようやくトワの指先がかすかに動いた。
「トワ……?」
 私がそっと呼びかけるとトワのまぶたがゆっくりと震え、少しずつ開いていく。焦点が合わない目でぼんやりとこちらを見て、ようやく声が聞こえた。
「ア、イ……リス……?」
「おはよう、トワ。ずいぶんと……お寝坊さん……だ、ね」
 その言葉がやっとのことで出てきた。喉が詰まって、涙と震えを抑えるのが精一杯だった。
 5分が経ち、彼女はようやくぼんやりと意識を取り戻し、ふわりとした表情でこちらを見つめ返してくれた。トワが無事に戻ってきた。目から涙が溢れ出しているのがわかるけれど、気にしないことにした。まだぼんやりしているトワには私の泣き顔なんて見えていないだろうから。
 傍らでジョウさんがほっとした顔で息を吐いたのを横目に、私はただトワをぎゅっと抱きしめた。
 しばらくして、C3の再取り付け作業を終えた副長とボースンさんが船内に戻ってきた。副長は早くレゾナンスドライブの起動試験を行いたい様子だったが、ボースンさんがそれを諫めてくれた。トワの体調を気遣ってくれるボースンさん。でも一方で、トワの|再調律《リチューン》が完璧であると信じて、すぐにでも試験をしたいという副長の信頼も、うれしかった。
 どちらに感謝するのが正しいのだろう?ギルドの管理官として、それに姉として。トワの頭を抱きかかえ、優しく撫でながら私がそんなことにぼんやりと思い巡らせていると、トワに声を掛けられた。
「アイリス」
「うん?」
「ごめん」
「無事に帰ってきてくれたから、許してあげる」
「でも、泣いてた」
「……っ!?」
「だから、ごめんね」
「……なら、もう無茶はしないでね?」
「善処する」
「そこは約束してよ……」
 どうやら泣いていたところをしっかり見られていたらしい。妹の前で涙を流すのは姉失格だけど、今回は仕方ない。うん、仕方ないんだ。
「嬢ちゃん!もう大丈夫か?」
「心配掛けた。お腹すいたこと以外は、もう大丈夫」
「そ、そうか……|スラリー《どろどろ》しか無いが、後でたっぷり食べてくれ」
「アイリス、ボースンがいじめる」
「いや、いじめてはないよね?アドバーグさん、トワももう大丈夫そうなので試験稼働しましょう」
「おう、ちっこい嬢ちゃんに何かあったら直ぐ声を掛けてくれよ?」
 副長はそう言うとブリッジへ向かい、しばらく後にレゾナンスドライブが起動したことが感じられた。出航したときは体に響くような重い共鳴波を感じたけど、今のこれは……とても心地よく、軽やかで癒やしに満ちた音楽のように思える。
「…ねぇ、トワ?どんな|再調律《リチューン》したの?」
「んー。……女神の祝福?」
「何、それ」
「年寄りラクダに祝福を与える。そう歌ったら、こうなった」
「なんというか、いつも通り『トワの歌』って感じだね……」
「褒められた」
「うん、今のは褒め言葉だね」
 普通のシンガーは、調律の品質を保つために決まった歌詞と音程を持つ定型の歌をきっちり歌うものだ。歌う歌こそシンガーごとに異なるが、調律のたびに同じ歌を正確に再現することで安定した調律が行える、というのはシンガーの常識でもある。
 でも、トワの調律は違う。彼女は状況や目的に応じて、まるで自分の想いを歌に乗せるように、その場で新たな歌を即興曲として紡ぎ出す。トワのその自由な歌い方こそが、彼女の持つ|再調律《リチューン》や|混合《ブレンド》の秘密だと思って、私も真似てみたけれど……当然のようにCランクの私では定型外の歌では調律すら叶わなかった。
 だから、これはトワだけに許された特別な歌。彼女の持つ、誰にも真似できない力なのだろう。幼いころにそれを悟ったからこそ、私はシンガーの道を早々に諦めて管理官を目指したんだ。
「嬢ちゃん達!いや、シンガー殿、管理官殿!ゾナンスドライブは起動できたが……異常は感じられないだろうか?」
 ブリッジの方から船長が私達のところへやってきた。そこはかとなく不安げな表情なのは、彼らにはC3の共鳴波が感じられないからだろう。もし感じられるなら、今の安定した音に不安を抱くはずが無いのだから。
「……ちょっと異常なところはある、かな?」
「なっ!?ちっこい嬢ちゃんが体張ってくれたってのに……失敗か……」
「くそっ……でも、悔いは無い。そうだろ、オットー」
「おうとも。嬢ちゃん達がここまでしてくれたんだ、悔いはねぇさ」
「僕もです……みなさんと一緒に働けて良かった」
「ジョウ……お前はまだ先があったのに、すまねぇな……」
 何やら男泣きしながら盛り上がっている船長さん達の様子に、掛けるタイミングが遅れた。
「あの、話は最後まで聞いてね?異常というのは、出発時に重々しかった共鳴波が、びっくりするぐらい軽やかになってるってことだよ」
「「「「えっ?」」」」
 息ぴったりに声が揃った四人。同じ職場で長く働くと気が合うんだろうか。
「だからね?トワが頑張ったから、この船は修理されたんじゃなくて、前よりもずっと良くなってると思うよ」
「うん、がんばった。白くて通常の3倍」
「いや、亜光速の3倍になったら光速超えるからね?でも少なくとも状態が改善してるのは共鳴波だけでも判るよ」
「……アドバーグ、ボースン、ドライブの出力上げて全速航行だっ」
「お、おう」
 船長の指示を受け、副長がブリッジに、ボースンさんが機関室へ駆け込む。待つまもなく、共鳴波の響き方に変化があった。
「……すごいね、これ」
「C3が本気出すとすごい」
「いや、前にも言ったけど。すごいのはトワだよ?」
 船が、歌っている。先ほどまでの苦悩に満ちた、泣き声のような共鳴波ではなく。今この瞬間、船体全体を震わせ響き渡る振動は、老いた駱駝であったこの船が新たな力を手にして|大宇宙《おおぞら》へと再び踏み出す喜びそのものだ。船体から静かに歓喜の歌声が聞こえるように感じる。まるでこの船が、全身で宇宙を征く歓びを奏でているかのように。
 私とトワが二人、船の奏でる喜びの歌に耳を澄ましていると、副長とボースンさんが戻ってきた。最初に口を開いた副長の顔には、驚き、呆れ、そして抑えきれない喜びが入り混じっていた。
「船の航行速度が3倍になるような劇的な変化じゃねぇが、加速時の反応速度と制御の精度が飛躍的に改善してやがる。以前は推進力の調整に手こずってたんだが、今は指示を出してからの反応がほとんど瞬時だ。こんな精密で滑らかな操縦系なんて、新造船でも見たことねぇぞ」
 ベテランである彼は状況改善の異常さを知りながらも、性能向上自体には抗いがたい満足を感じているようで頬を引きつらせつつも、どこか嬉しそうだ。
「これなら操船ミスの余地もねぇ。とんでもねぇな、嬢ちゃん……」
 思わずこぼれるその言葉には、これまで幾度も船を操ってきた彼が初めて味わう「未知の感覚」に対する喜びなのだろうか。一方、ボースンさんの声にはどちらかというか喜びよりも疑念がこもっていた。
「高負荷の加速時でもエネルギー消費が驚くほど抑えられてる。以前なら推力を上げるたびにフォトンの消費量が跳ね上がってたんだが、推力と消費の計算が全く合わねぇレベルで効率が良くなってやがる。まるで魔法としかいいようがないぞ、こいつは」
 船の性能が向上していることは明らかなのだが、彼の表情にはむしろ戸惑いが色濃く現れている。技師である彼の役回りは冷徹な数字と理論で物事を把握することだ。いつもなら、性能向上は計算や合理性の範囲で語れるものであって、「魔法」などという言葉は彼ら技術者の口から出るものではない。なので、実際の数値を見ても今回の変化には到底納得がいかないのだろう。
 眉間にしわを寄せながら、まるで原因不明の不具合を疑うように推進系の数値をにらみつけている。
「光速を超えられなかった。残念」
「いや、無理だからね?光速超える技術なんて無いからね?」
 そんな二人の様子を尻目に、トワは少し残念そうだ。私はそう言ったものの、内心ではもしかしたらトワならいずれ超光速航行を実現してしまうかも知れないとも思ったりもした。
「そういえばちっこい嬢ちゃん、体に異常はないか?記憶が途切れたり、ふらついたりすることは無いか?」
「特にない」
「そうか……後遺症は必ず残るって訳でもないが、しばらくは経過観察をしないとな」
 ボースンさんの言葉から察するに、トワの酸欠状態はそれなりに危険な状況だったのだろう。おそらく、後遺症が残るレベルの。
 幸いな事にトワに異常は無さそうだけど、少しでも可能性があるなら気をつけておいてあげないと。私ならこの子のちょっとした変化にでも気付く事が出来るし、それにいつも一緒に行動しているからね。経過観察を行う役目には最適だろう。
>>Towa
 光速を超えるという私の野望は達成できなかった。C3が3倍頑張れば速度も3倍になって、30日掛かる距離を10日で行ける……と思ったんだけど、世の中はそう甘くはなかったらしい。残念だ。
 それでも|この船《キャメル067》が再調律したC3を喜んでくれているのは伝わってくるから、満足のいく仕事が出来たと言えるかな。船が調子を取り戻してから2日経つけど、今のところ特に問題も出ていないようだし、この件については一件落着だ。
 ……そう思っていた時期が私にもありました。
「それでシンガー殿、今回の事に関する謝礼なんだが」
 真顔の船長さんにそう切り出された。船長さんが私のことをちっこい嬢ちゃん、ではなくシンガー殿、と呼ぶときはとても真面目な、本気の話。茶化したらいけないというのはこれまでの経験で判っている。
「……アイリス?」
「トワもギルド憲章は知ってるよね?ギルドメンバーは無償奉仕を行ってはいけない、必ず報酬は受け取るべしって」
 アイリスの言葉に私は小さく頷いた。そう、これはギルドの掟であるギルド憲章に書かれているものだ。シンガーが無償で働いたなんて話が広まれば、他のシンガーやギルド全体が無償奉仕を強要されかねない。だからどんな場合でも働きに見合った報酬を必ず受け取らなければならない。それは「報酬を貰う権利」じゃなくて「報酬を貰う義務」なんだって。
 私もこれまでもC3の調律で|報酬《お小遣い》を受け取ってきたし、そういうものだと理解はしている。だけど今回のことは……ちょっと違うんだよね、私としては。
 確かに命がかかった仕事ではあったけど、それは私自身、そして何よりアイリスのための行動だった。だから船長さんたちから報酬をもらうのは、なんだか気が引けるんだよ。しかもこの案件、規則通りに計算したらきっととんでもない額になるんじゃないかな?
 私よりもこう言うことに詳しいアイリスに、ギルドの規定に従って算出してもらったところ、高難易度に分類される航宙船用のAクラスC3の調律、しかも突発の緊急対応で、危険な宇宙空間での作業……っていう条件になるらしい。この条件で算出された正規の報酬がどれほど莫大な金額になるか、怖くて計算できない。少なく見積もってもこの船自体の価格に匹敵するぐらいの額にはなるんじゃないかな。
 ため息が出そうになりながら、私は隣にいるアイリスに助けを求めるように視線を送った。アイリスは、少し考えた後に、いつものようににこっり笑って言った。
「報酬は必ずお金で受け取る決まりじゃないよ。だからね、報酬に見合う価値のある他の物でもいいんじゃないかな?」
「さすがアイリス。好き」
「ありがとう、でも今は告白タイムじゃないからね?」
「アイリスにふられた」
 そのやり取りに船長は一瞬目を瞬かせたが、すぐに真剣な顔に戻った。
「……それで、報酬はいかほどに」
「うん、船長。頂く報酬は決めた」
「お、おう。俺たちの全財産をかき集めても足りなけりゃ、会社からも可能な限り引っ張るつもりだ!」
 船長の気迫に、微笑みがこぼれそうになる。
「トワ、真顔だからちょっと船長さんビビってるよ?」
「私はいつもこういう顔」
「知ってるけどね。でもトワ、面白がってるでしょ」
 自分では判らないけど、たぶんアイリスには私の瞳が金色に見えているんだろう。
「船長秘蔵の品を要求する」
「秘蔵……?なんのことだ?」
「船長が秘蔵している|グラット《満足》が今回の報酬」
 |グラット《満足》。宇宙食の中でも美味と評判の高級品であるそれを、船長が特別な日のためにこっそりと自分用にストックしている。副長さんからその事を聞いていたから、いつかおねだりしてみようと思っていたんだ。
「なっ……そんなものでいいのか?」
「この数光年で唯一の|グラット《満足》。私の憧れである|グラット《満足》。これ以上の報酬は考えられない」
「あはははっ、トワ、最っ高!うん、管理官としてその提案を承認するよ!」
 もちろん、私だって分かっている。高級品とはいえ所詮は民間人に手の届く一食分の食事だ。報酬額としては到底足りないことは誰の目にも明らかだ。
 でも、船長たちに負担をかけるわけにはいかない。それに、これなら希少性が高いからギルドに対しても『特別な価値』があると言い張ることもできる。そして|グラット《満足》は、私がどうしても食べてみたいものでもある。なら、これ以上の落としどころはないよね。
 私の要求にアイリスも大爆笑している。彼女も船長さん達への負担は避けたいと思っていんだろうな。
「俺達としてはありがてぇ話だが……」
「船長さん、トワがそれでいいって言ってるんだから、それでいいんだよ」
「そう、か……判った。シンガー殿、管理官殿の厚意に感謝する」
 船長さんだけでなく、話の行く末を黙って見守っていた副長さんやボースンさん、ジョウも揃って頭を下げてくれた。そんなに改まって礼をされると居心地悪いんだけどな……。
 そして、その後の食事には待望の|グラット《満足》が供された。1ヶ月ぶりのチューブ入りではない、普通の食事。ああ、歯ごたえのある食事がこんなに美味だったなんて。
 結局船長さんも|グラット《満足》は1食分しかストックしていなかったそうなので、その貴重な1食をアイリスと二人で味わった。そんな私達の様子を苦笑いしなが見ていた船長さんが声を掛けてきた。いまさら|グラット《満足》を返せといっても返さないからね!?
「食事でそこまで喜んでもらえるなら、ストックを放出する価値はあったが……。しかし嬢ちゃんたち、色んな意味で規格外だな。俺たちもギルド関係の仕事を長くやってきたが、ここまでくるともう笑うしかねぇぞ」
「さすが船長、その通りです。まあ私のことはさておき、このトワは確かにとんでもない人材ですよ。ただし、宇宙食の味には常にケチをつけるわがまま人材ですけど」
「アイリス、宇宙食ネタはもう聞いた。繰り返しはお笑い芸人として失格。芸の道は厳しい」
「私はお笑い芸人じゃないから大丈夫だよ。芸の道はトワが一人で極めてね?」
「お姉ちゃんの裏切り者」
「だから、こういう時だけ姉呼びするのやめてってば……」
 |大宇宙《おおぞら》を翔る駱駝に運ばれながら、和やかな時間が過ぎてゆく。目的地まではあと一月の旅路だ。
「……そう思っていた時期が私にもありました」
「なに、唐突に……」
「いや、だって暇すぎる」
 そう、暇なのだ。食事時に雑談をするとは言え、毎回同じ顔ぶれでは話題も尽きる。最初の頃は初めて聞く話しばかりで面白かったのだけど、最近は話のネタも尽きてしまった。そしてペレジス到着まで、あと5日は掛かる。
「僕たちは仕事中でもあるから、半舷休憩の時は暇な方が気楽なんだけどね。でもトワちゃん達はずっと休憩中みたいなものだから……」
「宇宙の旅がこんなに暇だったなんて」
「ははは……大空白以前にあったと言われる超光速航行なら暇を持て余す間もなく目的地に着くんだろうけどね。今は亜光速航行だから、遠くへ行くほど時間が掛かるのは仕方ないよ」
「アイリス、内職したい。コンテナ開けて、未調律のC3を調律する」
「いや、封印してあるし、未加工納品のやつを勝手に調律したらダメだからね?」
「ははははは……」
 今日の話し相手はジョウだ。確かに一日の半分は仕事をしている乗組員の人達と、日がな一日暇を持て余している乗客の私達では時間の感覚が違うというのは判る。
「ジョウさん、長旅で暇を持て余してる乗客って普通はどうやって時間を潰してるの?|CM41F3C《うち》とペレジスの航路って恒星間航行としては割と近場だと思うけど、もっと長距離路線だと体感時間で数ヶ月とか年単位とかザラだと思うんだけど」
「そうですね……今回は体感時間が2ヶ月ぐらいなので普通に過ごしてもらっていますが、長距離航路だと『特等』と『下等』っていう旅の仕方があるんです」
 アイリスがふった話題にジョウさんが答えてくれる。この話はまだ聞いた事が無かったかな?うん、暇つぶしに飢えてる私はジョウの言葉に耳を澄ませた。
「特等というのは低速代謝薬と呼ばれる特殊な薬品を使って乗客の体感時間を短縮する方法ですね。薬品を使っていない乗員から見ると、乗客の人達は時間が止まっているように見えるそうですよ。乗客の体感的には数日とか数時間で目的地に到着するためストレスが少ない旅行方法だと言う話です」
 ジョウの言葉が伝聞なところをみると、この船にはその何とかという薬品は積んでないし、ジョウも経験した事が無さそうだ。「特等」ということは、お高いんだろうか?
「ただこの低速代謝薬というのが結構なお値段なので、富豪でもないととても手を出せない代物なんですよね……。当然、そんな富豪が乗るはずもない定期輸送船には低速代謝薬は積んでません」
「|グラット《満足》よりもお高い?」
「ええ、もちろん……と言うよりも比べものにならないぐらい高価ですね。そもそも特等旅行に対応している航宙船は豪華客船ですから、食事も|グラット《満足》どころか疑似重力のレストランで地上の一流レストラン並の食事が提供されるそうですよ」
「なにそれ、乗ってみたい。アイリス、次は特等に乗る」
「いや、毎回特等に乗ってたら行く先々で仕事引き受けないとダメじゃない。ジョウさん、もう一つの下等っていうのは?」
「下等は……冷凍睡眠ポッドを使うんです。これだと眠っている間に目的地に着くんだけど……」
「寝てる間に着くなら、退屈しなくていい。むしろ、お腹も空かないから、お得」
「いや、やめとけやめとけ。嬢ちゃんたちならいくらでも稼ぐ手段があるだろ?あんたたちは特等で快適に旅した方がいいさ」
 ラウンジに入ってきた船長さんが、横から話に入ってきた。どうやら「下等」は気軽に勧められるものじゃないらしい。
「確かに下等なら寝てる間に目的地に着くし運賃も安いがな、その安さには理由があるんだよ。荷物扱いみたいなもんだ」
「それが避ける理由?」
「それもあるが……冷凍睡眠ってのはな、100%安全ってわけじゃないんだ。確率は低いが、失敗することもある」
「失敗……」
 思わず言葉を飲み込む。冷凍睡眠の失敗、それはすなわち死を意味するからだ。
「どうして失敗するのかは正確にはわかってないが、搭乗時の体調や本人の体質、年齢とかな、いろんな要素が絡むらしいんだよ。あとは機材の調子なんかもあるから、不確定要素が大きすぎるんだ。だから、お勧めできる方法じゃない。カネがなくて選択肢がない喰いつめ者が仕方なく乗る手段ってわけだ」
「僕もこの会社に就職する時に下等で旅をしたんですが……。同乗していた乗客が一人、結局起きてこなかった」
「俺も若い頃に何度か下等で移動したが、あれは正直いい気分じゃない。たとえ知らないヤツでもな、人が帰ってこないのを見るのはやりきれない。だから嬢ちゃんたちは、避けられるなら避けた方がいい」
 ジョウも船長さんも、その時のことを思い出しているのか、表情が曇っていた。たとえ見知らぬ人でも、旅の途中で誰かが命を失うのは決していい思い出にはならないのは当然だろう。
 ただ、体質と言う点ではたぶん私は問題無いと思う。なにせお義父さんの話によれば、私は赤子の時に千年単位で冷凍睡眠してたらしいし。冷凍睡眠に適した体質と言っても過言では無いだろう。
「トワ、何考えてるか判るけど……ダメよ?」
「わかってる」
 アイリスが釘を刺してくる。そりゃそうだ。いくら戸籍年齢数百歳の人がごろごろいる世の中とはいえ、自分が何千年も前に生まれた人間だなんて、そう簡単に話せるわけがない。体質以前の問題だ。私も軽く頷いて、話をしないでおこうと決めた。
 少し気まずい空気が漂ったところで、ジョウが場を取り持つように話題を変えた。
「そういえば、この船にも緊急用の冷凍睡眠ポッドがあるんです。航行中にもし船内の医療設備じゃ対応できない急病や重傷者が出た時に、一時的に身体機能を停止させるためのものが」
「それだけじゃないぞ?航行中に船体が致命的な損傷を受けた場合、一時的に乗員を全員冷凍ポッドに入れて、救助を待つ手段としても使われる。まぁ助かる可能性なんてほぼ無いが一縷の望みに賭けて、ってやつだ」
 ジョウの言葉を引き取り、船長さんが続ける。あれ、という事はもしかして……?
「船長さん、ならこの間のレゾナンスドライブの件は……」
 アイリスも気が付いたようだ。そう、航行中のレゾナンスドライブのトラブルはまさにその緊急避難に該当する事態だよね?
「もし乗客が嬢ちゃん達じゃなかったら。もし嬢ちゃんが失敗してたら。今頃は冷凍睡眠中だったろうな」
「そうだったんだ……」
「まぁ俺とアドバーグのやつは不寝番だがな」
 アイリスの言葉に、船長はにやりと笑って軽くそう言う。
「不寝番って……つまり、船長さんたちは冷凍睡眠しないってこと?」
「ああ。この船には4つしかポッドがないからな。嬢ちゃんたちとジョウを入れたら、残りのポッドは一つだけだ。となると俺と、アドバーグかボースンのどっちかが残ることは確定だからな」
 船長は淡々と言ってのけたが、それが意味することはあまりにも大きい。この船で最も経験豊富な彼らが、緊急時に自分たちを犠牲にして私達と若いジョウに生存のチャンスを譲るつもりでいたっていうことだから。
 船長さんが私達のためにそこまでしてくれるつもりだったとは。初めての船旅がこんな温かい人達と一緒で、乗ったのがこの船だったことがとても幸運だと思えた。C3の調律で彼らに少しでも恩返しができていたらいいんだけど。
 残りの船旅は何事も起こらず、順調に目的地であるペレジスに到着した。未知の領域を征く探検航行ではない、普通の定期輸送便なのだから何事もないのが当たり前なんだけど。
 ラウンジの大型モニタに映し出されたペレジスの軌道ステーションの姿がどんどん大きくなっている。軌道ステーションから惑星上に伸びた柱のような構造体が見える。あれはスクールで習った軌道エレベータというやつだろうか。そんな事を考えていると、ラウンジに入ってきたボースンさんが声を掛けてきた。
「ああ、ちっこい嬢ちゃん、最後に聞いておきたいんだが。この船のC3、ドックの連中に見せても問題無いのか?」
 ボースンさんの心配ももっともだ。過剰|調律《チューン》されたC3の存在がバレると面倒なことになる。会社からギルドに同じような調律依頼があっても、対応できるは人いないだろうしね。
「大丈夫。ドライブ停止中は色が判らないように偽装してある」
「マジかよ…C3の偽装なんて聞いた事ねぇぞ……」
「C3は本気出すとすごい」
「いやだから、それはトワが……っていいけどさ」
 アイリスがいつものツッコミを入れてくる。だけど、本当にすごいのはC3だと言うのは私の偽らざる思いだ。C3は私の気持ちに、願いに応えてくれる。まるで命や意思があるかのように。
 船が軌道ステーションに接舷し、エアロックがドッキングポートに連結される。寄港時の一番忙しいタイミングだというのに、降船する私達を船長さん達全員が見送りにきてくれた。
 叶うことの無い再会を願う別れの言葉を交わし、私達はこの船を降りる。きっと船長さん達と私達の人生が再び交わることはないだろう。でも、それでも。
 ――いつかまた、|大宇宙《おおぞら》のどこかで。
 ジョウがエアロックのところまで私達の手荷物を運んでくれた。
「お二人とも、ありがとうございました。こうやって生きてたどり着けたのはお二人のおかげです」
「もっと褒めて」
「もう、トワったら……。確かにがんばったのは認めるけど、あんまり調子に乗らないの。それにジョウさん、お礼はもう十分にしてもらってるから」
「はい……でも、本当にお二人は一体……」
「私達はギルドに所属している、ただの小娘」
 そう言ってアイリスはジョウに綺麗なウインクを決め、私達はペレジスの入星ゲートへ向かった。
「ただの小娘……?いやいや、むしろ僕たちにとっては女神ですよ」
 ――後ろから、そんな声が聞こえた気がした。