#3
ー/ー>>Iris
ラウンジに戻った瞬間、トワに体当たりをされた。いや、体当たりのように抱きつかれた。
「『初めて』の船外活動、どうだった?」
「あはは……バレてた?」
「隠し事はしないことになってる」
「……そうだね。ごめん」
船長達を安心させるための嘘だったけど、トワにはお見通しだったようだ。少し拗ねたような口調のトワに、素直に謝っておく。
「で、嬢ちゃん、ボースン、どうだった!」
ボースンさんがラウンジに戻ってきたタイミングで船長さんが待ちきれなかったように声を掛けてきた。
「結論から言うと、かなり絶望的な状況だ。推進用C3に異常がある」
「……くそっ」
「まず、現状について俺の判る部分を報告する。C3を固定する器具に劣化による緩みが出ていた。その状態でレゾナンスドライブを稼働させ続けたせいで、C3が振動して細かな傷が入っちまってる。取り付け器具は手持ちの資材で修復できるが……肝心のC3はどうにもならん」
ボースンさんの言葉通り、固定が不十分だったせいでC3が振動し、表面に細かな傷が無数に出来てしまっていた。でも、本来ならその程度では異常共鳴を起こすような状態にはならない。
「C3については私から説明します。本来、C3には多少の損傷があっても動作に支障をきたさないように余裕が設けられています」
「だったら、なぜ?」
「それは……おそらく、この船のC3を調律したシンガーが優秀であり、同時に愚かだったことが原因ではないかと」
「優秀で、愚か?」
船長がそう聞き返してくる。まぁ普通はその二つはあまり同時に評される形容詞じゃないから、疑問に思うのも当然だ。だけど今回は優秀で愚かとしか評することが出来ない状況だった。なので、私は軽く肯いてから説明を続ける。
「そうです。そのシンガーはC3の性能を極限まで引き出す、きわどい調律を施していました。普通ならば、多少の損傷や不測の事態に対応できるよう余裕を持たせた調律をするものですが……この船のC3にはその余裕が無かった」
「どういうことだ?」
「これはギルド外にはあまり知られていないことなのですが、C3はその限界を超えた調律を施されると構造が不安定になり、場合によっては文字通り砕けてしまう性質があるんです。シンガーはその限界を慎重に見極めて調律するのですが、この船のC3はその限界ギリギリまで調律されていました」
「じゃあ、傷が入ったら、限界を超えてしまうってのか……?」
「はい。 C3は品質やサイズによって受け入れられる調律の限界が決まりますが、表面の欠損はその限界点に影響を与えうる要素です」
いつだったか、トワがやらかしたオーバーチューンと似た現象。C3が調律を受けるキャパシティは品質とサイズによって変化する。つまり、ひっかき傷によってサイズがほんの少しでも小さくなると、それに連動してC3のキャパシティも少なくなるんだ。だから……。
「通常、推進装置に使うC3には多少の損傷では動作に影響しない程度のマージンを残しておくものですが、今回は性能優先の調律だったのかその余裕が全くありません。つまり、無数の傷によってC3が限界を超えてしまい、負荷に耐えられなくなっているんです。おそらく航行スケジュールの遅れを取り戻すためにドライブの出力を強化されたと思いますが、それもC3に悪影響を及ぼしていると考えられます」
私の言葉に船長達は言葉も出ないようだ。わずかな傷が推進システム全体に影響を及ぼし、遅れを取り戻すための対策が元で自分たちが危機に瀕している。軌道ステーションや宇宙ドックならまだしも、漂流中の状態ではC3の修理も交換も不可能だ。
どうして安全マージンを無視するような調律を行ったのだろうか?私は名も知れぬそのシンガーに強い憤りを感じた。確かに見かけ上高性能なC3は高値で売買される。ギルドとしての利益を考えれば安全マージンよりも性能を重視したほうが利益は大きくなる。
だが、それが人命の掛かった不測の事態を招きうる要素になるとしたら?それは決して許される事ではない。それは、愚かとしか言い様がない行為だ。
「ギルドの管理官として、このような問題を引き起こしたことを深く陳謝いたします」
だが、シンガーへの個人的な憤りよりも先にすべきことがある。私は、管理官としてギルドの不手際によって迷惑を掛けてしまっている事を謝罪せずにはいられなかった。
「いや、これは嬢ちゃんのせいじゃない。むしろ器具の劣化に気づけなかった、俺たちの落ち度だろう」
「ボースンの言う通りだ。それに、今この状況で誰を責めても事態が好転するわけじゃないからな……まずはなんとか生き延びる方法を考えるのが先決だ」
お前達のせいだと、半狂乱になって責め立てられる事も覚悟していた。しかしボースンさんも、船長さんも私達を責めるような事は一切口にしない。無言のままでいる副長さんも。……ジョウさんは流石に顔色が悪くなってるけど。
――そしてトワは。
「アイリス、C3の詳しい情報を知りたい」
「推進装置のC3はAランク、上限ギリギリまで蒼で調律されてたよ。損傷度合いから考えると今は1段階感度が落ちてると思う」
「安全マージン考えると、2段階ぐらいバッファ必要?」
「そうだね。でも2段階も落としたら速度がガタ落ちになるよね?食料も水も酸素も、そんなに余分は積んでないと思うし」
「蒼の推進系は燃費と安定性重視。朱で出力と速度を上げれば、十分に間に合う。ただ細かいコントロールが難しくなる。だから碧も必要」
「感度を落としつつ、全体的に底上げ強化で再調律するイメージ?」
「うん」
私とトワの会話が理解出来ないのか、船長も副長も黙ってこちらを見ている。だが、機関長であるボースンさんは私達の会話が意味することを理解したようだ。
「おい、ちょっと待て……何の話をしてる?まさかC3に手を加えるつもりか?」
「うん。ギルドのシンガーとして、責任をとる」
「馬鹿な……さっきでっかい嬢ちゃんが言った通り、船の推進システムで使ってるC3はAランクだぞ?AランクのC3を扱えるシンガーなんてペレジスにも一人もいねぇ。いや、シンガー全体でも何万人に一人のレベルだって聞いてるぞ?」
「……そうなの?」
「そうだよ!第一、でっかい嬢ちゃんだってCランクだ。ならちっこい嬢ちゃんだって……」
「私はSランク。ギルド章、見る?」
「な、何っ!?……おいおい、本当にSランクになってるぞ……」
目を白黒させるボースンさん。船長達も唖然としている。うん、それはそうだ。Sランクのシンガーは私達の星区では両手で数えられるぐらいしかいない貴重な存在なのだから。私の妹には全くその自覚が無いようだけど、それでも彼女は伝説級のシンガーなんだ。
「信じがたいが……確かにSランクってのは本当だとしても、だ。それでも無理だ。調律済みのC3に後から手を加えるなんて聞いた事がない。そうだよな、でっかい嬢ちゃん!?」
「たしかに、私も再調律が出来る人なんて聞いた事ないかな」
「そうだよな、無理だよな?」
「……トワ以外では」
「な……に……?」
「だから、トワ以外には出来ないって」
「じゃあ、ちっこい嬢ちゃんは……出来るのか?」
「できる。あと、私はちっこくない」
なぜか再調律は無理だと同意を求めてくるボースンさんだが、トワの方はまるで当たり前かのようにできるとあっさり断言する。ちっこい胸を張りながら。
確かに普通に考えればあり得ない話だけど、実際にトワは出来るからね、再調律。C3の損傷を知ってなお、私があまり焦っていなかったのはトワのこの能力を知っていたからだ。
異常共鳴でC3が砕ける前にドライブを停止できれば、トワの再調律でなんとか出来る。そう思っていたからこそ私が最初に船外活動へ出て、トワを温存したんだ。
「……今の話、正直理解出来たとは言わんが……。要するに俺達はとんでもなく幸運だった、と理解していいのか?」
「その通りです、船長。なんとこの船には、C3の調律を極めた伝説のシンガーが偶然にも乗っていたんです。ただし宇宙食の味にケチをつける、わがまま人材ですけど」
「アイリス、宇宙食の話は関係無い」
いつも通りのやりとりをする私達をなんとも言えない表情で見つめる船長達。変に崇拝されたりするのも居心地が悪いし、ちょっと変わった小娘達ぐらいに思われているぐらいが丁度良い。
いや、宇宙で数人と言う時点で、ちょっと変わったというレベルではないのは判ってる。でも私は急に態度を変えられるのは嫌だし、トワだってそんな事は望んでいない。ならいつも通りの私達でいるのが一番だ。
「と、ともかく作業手順の確認をさせてくれ。ボースン、推進装置の方の修理はすぐにできるか?あとちっこい嬢ちゃんはEVAの準備をたのむ。ジョウ、手伝ってやってくれ」
「わかりました。トワちゃん、こちらへ!」
「うん」
さぁ、生き延びるための戦いだ。……あれ、でもこの段階になると私にはすることがないね。トワの応援でもがんばろうかな。
>>Towa
ボースンさんが担当する作業が終わり、私の出番がやってきた。一時的に船体から取り外された状態になっているC3を船外で再調律、その後推進装置に固定する。本当なら船内で調律したほうが楽なんだけど、大きなC3を搬入できるスペースが確保できなかったんだ。
取り外しや取り付けは乗組員のみんながやってくれるから、私が担当するのはC3に関する部分だけ。調律はいつもやっていることだ。難しくない。大丈夫だ。きっと。
「……大丈夫、トワなら出来るよ」
アイリスが手を握ってそう言ってくれる。私が不安に思っている事を察してくれたんだろう。
「心配しないで。私も一緒に船外へ出てアシストするから」
「うん」
「酸素フィールドの触媒は確認した?」
「2時間ぐらいなら持つ」
「新品に交換しておかないと……」
「船にスペア無かった」
ジョウに探してもらったんだけど、予備が積まれてなかったんだよね。普通は航行中にEVAすることなんてないし、今この船は経費不足らしいし。
「そっか……。でも、結構消耗してるね?いつ使ったの?」
「寝込んでたとき」
「なるほど、頭痛の緩和か……。でも、原因が異常共鳴じゃ効果なかったんじゃない?」
「うん。ボースンに騙された」
「いや、騙したわけじゃないでしょ?」
毎度のじゃれ合いをしているうちに不安も緊張感も自然とほぐれていった。さぁ、シンガーとしての仕事の時間だ。
エアロックの扉がゆっくりと開くと、私の視界は漆黒の空間が広がった。目を凝らしても深宇宙にほど近いこの宙域では目印になるような星も数えるほどしか見当たらず……圧倒的な暗闇がただ広がっているだけ。
大仰なヘルメットでも被っていれば少しは安心できるのかも知れないけど、無色透明の酸素供給フィールドで守られている状態では視界を遮るものがない。本来なら景色の良さを楽しめるんだろうけど、今は直接宇宙に接しているような、得も言われぬ不安を感じる。
心臓の鼓動が速くなる。体一つで、この闇へ飛び込む……?宇宙で溺れることを防いでくれるのはたった一本の命綱だけ……?震えを抑えようとするけれど、エアロックのハンドレールを握ったままの手がかすかに震えているのが自分でもわかる。その時、耳元に優しい声が聞こえた。
「大丈夫、ちゃんと隣にいるよ」
それはアイリスの声。隣に立つ彼女がそっと私に頭を寄せ、フィールドを同調させてくれていた。そうだ、大丈夫だ。アイリスがいてくれるなら。私はゆっくりと息を整える。
この場に立っているのは、自分から申し出たことだ。私にしか出来ない役目を果たすために。自分と、船長さん達と。そして何よりも大事な姉を救うために必要な役割。だから怖くても今この瞬間だけは自分を信じて進まなくちゃいけない。
「行ってくるね、アイリス」
「あれ、お姉ちゃんを置いていくつもり?トワが宇宙で溺れないように手を引いてあげるよ?」
「それ、逆に危ないやつ」
「ふふっ…緊張ほぐれたみたいで良かったよ。でも、無茶はしないでね?」
「わかってる」
私の言葉に彼女はそっと微笑んでうなずいてくれた。フィールドの同調を解除し、アイリスと握りこぶしをそっと打ち合わた私はエアロックから足を踏み出した。
コスモスーツの腰に装着したスラスターを少しずつ吹かしながら、船尾へとゆっくりと向かう。アイリスには私の後方、少し離れた位置に待機して、万が一に備えてもらっている。推進装置の周辺ではすでにC3の取り外し作業を終えた副長さんとボースンさんが待機しているのが見えた。
『取り外しと器具の交換は完了してるぜ。嬢ちゃん……いや、シンガー殿、あとはお任せする』
『任された』
ヘッドセットを通じてブリッジにいる船長さんの言葉が届いた。どうやら今回は船内からも作業状況をモニタリングできるようにしているらしい。
取り外された水晶柱が宇宙の闇の中に静かに浮かんでいる。遠くから見たときは頼りなく小さく見えたけど、実際に近寄ると私の背丈をゆうに超える圧倒的な存在感があった。その蒼く輝く表面の、金具で固定されていた側には、小さくも深い傷が刻まれているのがはっきりと見える。小さな傷とはいえ、推進機関の心臓部であるC3とってはかなり痛手だろう。
本来であればこのC3は落ち着いた蒼の輝きを静かに放っているはずなのに、今はその輝きが乱れて蒼色の光が水晶の内側で渦を巻くように激しく脈動している。光はまるで内側から沸き立ち、揺れ、時折不規則に明滅して、苦しんでいるかのようだ。
まるでC3が必死に息をしようとしているようにも見える。判ってはいたけどかなり良くない状態だ……。これだけ不安定だと、異なる波長を歌う複数のシンガーが近づくだけでも崩壊を誘発しかねない。アイリスに下がってもらっていて正解だった。
私は静かにC3に手を伸ばし、そっと触れてみた。硬い表面の向こうで何かが揺れているような気がするのに、コスモスーツの手袋越しではその感覚は伝わってこない。一瞬C3が反応しないことに戸惑ったけど、すぐにその理由を思い出した。スクールで学んだ通りC3の調律には直接的な接触が必要なんだ。
惑星上ではいつも素手にC3を握りしめて歌っていたから当然のこととして気にも留めなかったけど、歌声と共に「身体的な接触」が調律に欠かせない要素だということなんだろう。
しかも、今目の前にあるのはこれだけの大きさのC3だ。手だけで触れていては調律にかなりの時間がかかる上に、傷ついた状態での細かな再調律はむしろ不安定さを増してしまう可能性がある。そんな状態で一度に全体を整え、バランスを確保しながら進めるためには……。
そうか、それ以前にこのままでは私は「歌え」ない。覚悟を決める必要があるようだ。私は襟元の酸素供給フィールド発生装置に手をやり、少し後方で漂っているアイリスに通信を送る。
『アイリス』
『何かあった?』
『ごめん』
『どうしたの?急に』
『無茶をしないといけない』
『えっ?ちょっと、どういう事っ!?』
アイリスの問いに答えず、私はフィールド発生装置を緊急事態モードに切り替えた。宇宙空間に吸い出された他者を救助する時に使われる、フィールドを最大展開するモード。自分自身と、もう一人を包み込める程のサイズにフィールドが拡大し、同時に急激な酸素触媒の劣化と引き換えにフィールド内に空気が満たされて行く。
片側の発生装置は既に触媒切れで酸素供給を停止、もう片方も残量切れの警告音を発している。かまわずに私はコスモスーツのグローブを外し、スーツ前面のチャックを引き下げ、半身を宇宙空間に晒す。
『嬢ちゃん!?』
『トワっ!?何してるの!?』
船長やアイリスの声が聞こえるが、答えている時間も、酸素も無駄に出来ない。私は全身でC3を抱きしめると、心の奥底から湧き上がるアリアを口ずさむ。
『O ancient camel, my comrade of the stars』
(年老いた駱駝よ、我が宇宙の友よ)
『Thou who hast crossed countless nebulae and distant stars』
(幾千の星霧を越え、宇宙を渡りし者よ)
『Carrying us in thine ever-quiet, steady gaze.』
(深き静寂の眼差しに我らを宿す)
『So now, we offer thee our thanks and sacred praise』
(いざ、汝に感謝と祝福を捧げん)
『And blessings of rest for thy weary, timeless limbs.』
(疲れし四肢に安らぎの癒やしを)
『Rise once more, noble voyager, and reclaim thy stride』
(老いたる駱駝よ、再び歩みを進めよ)
『With strength renewed, journey proud through the stellar tide.』
(星々の道を勇ましく、進みゆけ)
最初は脈打つように荒々しい熱を放っていたC3は、私の歌に呼応するように、少しずつ穏やかになっていく。水晶の中を渦巻いていた蒼い光は揺れる波がしだいに凪ぐように、次第に静かに落ち着きを取り戻してゆく。そして冷たい蒼の光はやがて力強い白い輝きへと変化してゆく。
私の脳裏に、傷つき暴れていた一頭の駱駝が癒やしの手によって徐々に鎮まっていくイメージが浮かんだ。長き旅路を駆け続け、傷を負ったその駱駝が静かに膝を折り頭を垂れ、癒やしの祝福を受け入れる。祝福を得た駱駝は以前よりも力強く、再び歩み始める。そんな姿が。
霞む視界の中、新たに白い輝きをまとったC3が優しく、力強く輝いていた。
――そういえばいつの間にか警告音、止まってたな……
息苦しさと疲労感の中、そんな事を思いながら……私は……
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