#2
ー/ー>>Towa
出発から2週間ほどが経った別のある日。その日のランチメイトは副長のアドバーグさん。バディを組んでるボースンさんは半舷休憩中だというのに機関室でお仕事らしい。
それを聞いて、休憩中であっても働かないといけないぐらい忙しいなら、暇を持て余している私達が何か手伝った方が良いんじゃないか、と言う話しを持ちかけてみた。ボースンさんには乙女の尊厳的な恨みはあるけど、まぁそれはそれだ。うん、私は心が広いからね。
もちろん私は航宙船の操作なんて出来ないけど、たとえば監視用レーダーを見て異常が無いか確認するぐらいのことなら出来そうな気がしたんだ。だからそれをアドバーグさんに提案してみたんだけど、忙しい合間を縫って逆に話をしてくれることになったんだ。おかしい、手伝いをしたかった荷に邪魔をしてる気がするのはどうしてだろう……。
「まず最初に嬢ちゃんが知っておくべきなのはこの船も含めた航宙船のセンサーの話だな。実は広域探査センサーは流星雨みたいな小物はかなり近づかないとはっきり探知できねぇんだが、実際の所レーダーに引っかからない程度のモノならレゾナンスフィールドで防げちまう」
「レゾナンスフィールド、すごい」
「ああ、全くだな。で話をセンサーに戻すぞ?センサーに引っかかって、かつ探知して回避する必要があるのは岩塊や氷塊、小惑星とかの大きめなヤツだが、そういうデカブツなら大体1光日先ぐらいまでなら見つけることができるんだ」
レゾナンスドライブで航行する船の航行速度は光速の99.9%。そして1光日先の障害物を見つけられるということは、衝突する1日前には見つけられるってことだ。うん、その程度ならスクールの授業で居眠り常習犯だった私でも判る。それぐらい余裕があるなら、私達が監視業務を代わっても対応できそうな気がする。
「あー、ちっこい方の嬢ちゃん。安心してるところ悪いんだかな、実際のところは嬢ちゃんが思ってるほどの余裕は無いんだ」
私の考えていることが判ったのか、アドバーグさんは苦笑しながらそう言った。あれ、私アイリスだけじゃなくてアドバーグさんにも心を読まれてる?故郷では無表情で何考えてるかわからないってよく言われてたはずなんだけど。
「航行速度が光速に近づく程、船内の時間は遅くなるってのは知ってるだろ?つまり『船外の時間』としては1日の猶予があるんだが、『船内にいる俺たちの体感時間』でみれば……」
「……光速の99.9%だと、64分ぐらいかな?体感の猶予時間」
「まさか暗算で計算したのか?すげぇな、でっけぇ嬢ちゃん…」
良くわからないけど、何やらアイリスはすごい計算をサラっとこなしたようだ。さすが私のアイリス。うん、私の親友にして姉な事はある……私の親友で姉っていうのはアイリスの優秀さとあまり関係はない気はするけど。アイリスのすごさは一旦横においておいて、問題はそこじゃない。
この前から気になってたんだけど、どうしてアイリスが『でっけぇ嬢ちゃん』で私が『ちっこい嬢ちゃん』なのか。どうみても私の方が背が高いのに。腑に落ちない。
いや、そのこともどうでも良かった。今は時間の話だ。
「1時間強しか余裕が無いから、障害物を見つけても回避できない?」
「いや、1時間って言うのは亜光速で飛び続けた場合の時間だ。ヤバそうだと判ったらその時点で減速するなり、亜光速航行を停止すればなんとでもなる。問題は減速やら停止やらを判断し、実行できる人間がコクピットにいるかどうか、って事だ」
うん、私は素人だからそんな操作も判断もできないね。
「コクピットに素人しかいないと、判断は遅れる」
「まぁ、そういうことだ。だからコクピットでの当直は俺達航宙士に任せておいてくれ。嬢ちゃん達は大人しくお客さんをやっててくれた方が、俺たちにとっても嬢ちゃん達にとっても安心安全ってことだ」
「わかった。余計なこと言った。ごめんなさい」
「なに、俺らを気遣ってくれたんだろ?気持ちだけでも十分嬉しいぜ。それにな、実際の所俺達が今飛んでるような場所は深宇宙って呼ばれるんだ。深宇宙の意味はわかるか?」
「何も無い所?」
「まぁ、概ねそうだな。ヴォイド空間みたいな大規模に虚無が広がってる場所とは違うが、基本的に深宇宙もまぁ何も無い所だ、それに探検航行ならまだしも俺達が飛んでるのは定期航路だからな。基本的にセンサーが反応するような障害物はこの先もまず出くわさないってことだ。だからまぁ、安心してホロムービーでも見ててくれ」
そう言うとアドバーグさんはぬるぬる……じゃなくてどろどろのチューブを機関室のボースンさんに届けに行った。
どうやらいくらここが定期航路とは言え、私が手伝いをすると逆に大変な事になりかねないらしい。まぁ私は宇宙の素人だから仕方ないかな。たぶんアイリスはそのあたりの事を判っていたから、口出ししなかったんだろうな。
「さ、今日はもう寝ようか?」
「うん」
反省している私の肩にぽんと手を乗せてアイリスがそう言った。口には出さないけど、私の気持ちを理解して、ただ受け入れた上で慰めてくれてる。私の姉、いい女すぎるでしょ。
その後、割り当てられたスペースで寝ようとしたものの、どうにも眠れなくてつい起き出してしまった。ふと、アイリスもまだ起きているかもしれないと思い立ち、彼女のブースを軽くノックしてみた。返事がありシールドが開くと、案の定アイリスも起きていて、左手にはめたフォトンタブのホログラムに何かを映し出していた。
「アイリス、それなに?」
私が指さすと、アイリスは私にも見やすいように投影していたホロディスプレイをこちらに向けてくれる。
「思い出」
優しく微笑むアイリスの視線の先には、故郷の景色が映っていた。どこか懐かしい、荒涼とした星の風景。CM41F3Cは名前すら与えられていない辺境の星だけど、そこは私たちの生まれ故郷で……あれ?私は生まれてなかったっけ?ともあれ育った場所で、たくさんの思い出が詰まった場所だ。
「出発前の思い出作り、これ?」
「うん……色んな場所をまわって、風景とか会った人たちとか撮影したんだよ。記憶って、いつか薄れちゃうかもしれないでしょ?だから残しておこうと思って」
そう言ってアイリスは映し出す写真を切り替えてゆく。
見知った風景。見知った人。
見知らぬ風景。見知らぬ人。
全部、私達の故郷の一部だ。
何枚か画面が切り替わった後、急にアイリスのウィンク写真が現れた。ばっちり決め顔した自撮りだね。
「……これも思い出?」
「ち、違うよ! これはカメラの写角を確認してただけで……!」
「でも、完璧な決め顔」
「もう……!いいでしょ、別に!後で消しておくから、勘弁してよ……」
「消さなくていい。アイリスのドヤ顔は、宇宙の宝」
「ドヤ顔なんかしてないし!」
お互い笑いながら、いつものふざけ合いが続く。こうして「夜」が更け、私たちの一日は終わった。
――その日は久しぶりに、故郷の夢を見た。
>>Iris
出発から1ヶ月が経った。船長の見立てによると到着が予定より少し遅れる可能性が高いらしい。そういえばCM41F3Cへ来た時も2日ほど到着が遅れていたっけ。これまでに何十年も運行されている定期航路なら到着予定はかなり正確に割り出せるはずなのに、立て続けに遅れるというのは、何か原因があるのかもしれない。
トワが船酔いだか頭痛だとか言って寝込んでいるので、暇を持て余した私は船長に話を振ってみた。
「この船の名前はキャメル067、つまりうちの会社で運用してる輸送艦、キャメル級のナンバーシップの一つってことになる。嬢ちゃん達の星とペレジスの間の定期航路は半年ごとに船が到着するように15隻の船が就航してるんだが、他の惑星との航路もまぁ似た感じでな。キャメルトレーダーは結構手広く業務展開をしてる会社なんだ」
確か彼らの所属するキャメルトレーダーという恒星間企業は私達が向かうペレジスのお隣にあたるヘリオスという交易ハブを担う惑星に本部があって、ヘリオスのギルド広域支部と提携して近隣の星との輸送網の維持を委託されていると聞いた記憶がある。今の船長の話からすると、ギルド以外とも提携しているのかもしれないね。
でも子の話と遅延に何か関係があるんだろうか?
「で、運行してるキャメル級もかなりの数になるんだが、今うちで一番新しいやつは確か300番台の前半なんだ。……まぁ、そこまで言えば嬢ちゃんならわかるだろ?」
ああなるほど、そういうことか。この船はキャメル「067」、つまり67番目に就航した船。どれぐらいのペースで船が就航、退役するのかはわからないけど、300番台の新しい船と比べたらかなりの年代物である可能性は高い。つまり……。
「この船はかなりの老兵ってことだよね?」
「そういうことだ。俺も正確なところは知らんが、二桁ナンバーの船で現役なのはこいつとあと数隻しか残ってないらしい」
「なるほど、つまり老朽化で予定通りの航行速度が出ていない、と」
「情けないことに、その通りだ。まぁこれまでに大きな事故を起こしたことはないから、会社としては多少の遅れは気にせずに使えるうちは使おうっていう腹づもりなんだろうぜ」
船長の言葉を聞きながら、私はふと考える。老朽化した船でも事故がないというならそれは安心材料かもしれない。しかし毎回少しずつ遅れるといることは、決して無視できない要素だ。いや、そもそも老朽化の影響って航行速度に出るものなんだろうか?
「これまでも到着遅れはあったの?」
「数時間単位なら。これまでにもちょくちょくあったな。だが2日も遅れたのは今回が初めてだ。ペレジスについたらこの老いぼれ駱駝もオーバーホールしてやらないといかんだろうな」
オットー船長はそう言うと、まるで古い友人を撫でるかのように優しく船の壁に手を触れた。少しばかり荒れた、長年の経験が刻み込まれた船乗りの手に込められた愛情は見ていてもわかる。船が老朽化していることは事実だが、それでも船長としては何度も航行を共にしたこの船には特別な思いがあるのだろう。
確かに、この船はどこかくたびれた印象がある。壁やテーブルには小さな擦り傷がいくつも刻まれているし、収納パネルのハッチにガタが来ているような箇所も見受けられる。それでも船内設備に明らかな故障や大きな不調は見られないし、少し古びてはいるけど手入れは行き届いていて、むしろ温かみさえ感じる。
内装の色褪せも長い年月が過ぎた証だし、私にはどこか懐かしくすら思えた。船長とクルーがキャメル067を大切に扱っていることは肌で感じられるし、老朽化が進んだ老いぼれ駱駝であってもこの船は彼らの誇りであり、仲間であることがひしひしと伝わってくる。
だけど、ふと胸の奥に小さな疑念が芽生える。もし、この遅れが単なる老朽化以外の問題だったら…?そう考えると、私も少し頭が痛くなってきた。トワほどでは無いけど、航宙船酔いしたのかもしれない。
翌日のランチメイトはボースンさんだ。アドバーグさんはブリッジで船長と航行計画の見直しを行っているらしい。
今日はトワも同席しているけど、彼女の顔色はお世辞にも優れているとは言えない。瞳の色は心底疲れているのか黒に近い色になっているし、時折眉間やこめかみを押さえる仕草からも体調が芳しくことが見て取れる。それでも食事だけは欠かさないのはさすがだと思うけど。
「むー。頭痛い」
「うん、見るからに調子悪そうだよね。もう少し寝てたら?」
「寝てても頭痛い……」
船医も兼務しているボースンさんは眉をひそめ、少し考え込むように腕を組んだ。彼の視線がトワの顔色や姿勢を細かく観察しているのがわかる。
「航宙船酔いにしては、少々腑に落ちない点がある」
「というと?」
「普通、航宙船酔いってのは出航して直ぐに発症するもんだ。重力の変動に不慣れだと三半規管が異常を感知してバランスが崩れちまって、そいつが原因で頭痛や吐き気が起こる。だから普通なら出航後数時間から半日で一番ひどくなって、時間が経てば自然と体が順応して改善される。なのにちっこい嬢ちゃんは出航してずいぶん経ってから発症したし、それからしばらく経つのにむしろ悪化してるたろ?」
顎に手をやり考え込んだ表情のままボースンさんは、トワの目を見ながらさらに続ける。
「もちろん、個人差ってのはあるぜ?だが、ここまで普通と違うってのはお目に掛かった事がねぇし、聞いた事もねぇ。重力環境――というか無重力状態や気圧も今は安定してるし、航行中に大きな変動があったわけでもねぇ。そもそも無重力に対する感覚の問題なら酔い止めが効くはずなんだが、それでも改善しないってのは……」
いつもなら真面目な顔をしてジョークを飛ばすボースンさんだが、今日ばかりは表情に真剣な色が浮かんでいた。船員の健康管理を任されている彼が腑に落ちないと言うからには、何か別の原因があるのだろうか?
実のところ、ここ数日は私もずっと頭痛に悩まされていた。トワほど酷くはないけれど、どこか鈍く響くような痛みが断続的に襲ってくる。初めての宇宙空間へのストレスか、はたまた2人揃ってウイルス性の感染症にでも罹っているのだろうか。そんな風に考えていた矢先だった。「それ」が、突然襲いかかってきたのは。
「ガッ……っ!」
椅子に座ったままのトワの体が突然ビクンと跳ねた。まるで見えない何かに弾かれたように変調を来した彼女の大きく見開かれれ、瞳の光が次の瞬間には闇色に染まってゆく。
「ト、トワ…うッ!」
声をかけようとしたその瞬間、私の体にも「それ」が襲いかかる。耳鳴りが響くような、不協和音の波が頭の奥で弾け全身に痺れが走る。まるで神経の一本一本に針を突き刺されているような、そして体そのものが引き裂かれるような衝撃。頭だけじゃない、胸の奥、腹の底までかき乱される。
「これ……は……!」
喉の奥から苦鳴が漏れる。体が震え足が震える。息が詰まり空気が喉を通らない。衝撃の波が繰り返し襲い全身を容赦なく揺らす。
だが、全身の痛みが逆に頭の働きをクリアにしてくれた。これは……この共鳴波は…!
……警告しないと!
「レ、ゾナンス……ドライ……ブッ!とめ、て……ばく……は……つ……する……!」
肺の中に残っている空気をかき集めるようにして、絞り出す。
警告は届いたはず。ボースンさんか、あるいは船長なら、すぐに気づいて対応してくれる。そう信じるしかない。
視界の端でトワの体が力を失ったようにラウンジに漂うのが見えた。私よりもシンガー能力が高く、敏感な感覚を持つ彼女はもう限界だったのだろう。私の視界も徐々に狭まり、意識が遠のいていく。
――ここで私が倒れても、最悪の事態は避けられる。
どこかで、冷静に計算する自分がいることに気付く。もし今意識を失っても、警告が間に合っていれば。まだなんとかなる。
視界は完全に暗転し、意識は闇に沈んだ。
>>Towa
目覚めは最悪だった。ぼんやりとした感覚が頭の奥に広がり、覚醒したことを自覚すると同時に頭に鈍い痛みが響く。頭が重くて、まるで深い闇の底から無理やり引き上げられるような感覚。視界がぼやけていて、天井の光も霞んで見える。
「……ここ、は」
自分の声とは思えないぐらいかすれた声が出た。声はシンガーの商売道具なのに、こんな声じゃC3に嫌われてしまう。そんなどうでも良いことを考えながら、私はゆっくりと目を瞬かせる。そうだ、ここは航宙船のラウンジ……。
体中をかき回すように響いたあの不快な共鳴は……たぶん、C3の暴走によるものだ。だけど、今はその異常な共鳴波は全く感じられない。C3を使った装置が停止しているのか、それとも……。
頭痛はまだ残っているし、体中が鉛のように重い。無理に動こうとすると、全身の力が抜けてしまいそうだ。周囲の様子を確認しようと身をもたげた私に気付いたジョウが飛び寄ってきた。
「トワちゃん、大丈夫!?」
「ア、イリス……は?」
周囲を確認するが、姉の姿は見当たらない。シンガーの能力はC3との共鳴を起こす能力。C3に与える影響も、C3から受ける影響も、どちらもシンガーとしての能力によるものだ。C3の異常共鳴は普通の人には感知できないものだけど、シンガーには極めて大きな悪影響を及ぼすと聞いたことがある。
今にして思えばこのところずっと続いていた頭痛はC3が暴走する予兆だったんだろう。どうして気付かなかったんだろう……。そして、アイリスもまたシンガー能力を持っている。当然、彼女も異常共鳴の影響を受けているはずだ。
「彼女も意識を失ったけど、直ぐに目を覚ましたよ。いまはボースンさんと機関室の様子を見に行ってくれている」
「……わかった」
アイリスが無事だったことに安堵する。私は深く息を吸い込み、軽く頭を振る。痛みは引かないけど、今はそれでもいい。とにかく、状況を確認しなきゃ。そう自分に言い聞かせながら、ゆっくりと体を起こした。
「トワっ! 良かった、目が覚めたのね!」
開け放しになっていた後部への扉からアイリスが飛び込んできた。顔色は少し悪いけと元気そうな様子を見て、少しだけ安心した。たぶんアイリスも同じように思っているのか、緊張していた顔がどことなく緩んだように見えた。
「ジョウさん、船長達を呼んできてくれる?状況を報告したいし、この後の対策も考えないと」
「わかりました!」
「トワ、具合はどう?大丈夫?」
「まだ少し頭痛い。でも大丈夫。アイリスは?」
「大丈夫、私はトワよりシンガー能力低いからね」
「という事は、やっぱりアレは」
「「C3の異常共鳴」」
私とアイリスの言葉が綺麗にハモった。
「予兆はあったんだよ……船の遅延、航宙船酔いにしてはおかしな頭痛」
「あと美味しくない宇宙食」
「それ、関係無いよね?」
「食事のストレスで頭痛が酷くなった」
「そう言われると無関係とも言い切れない……?いや、異常共鳴には関係ないよね?」
私達がそんなことを話していると、船長を含めた全クルーがラウンジに集まった。
「ちっこい嬢ちゃんも気がついたか……良かった。で、状況はどうなってる?」
「まず迅速にレゾナンスドライブを停止してもらった事に感謝を。たぶん、あのまま航行を続ければ異常共鳴の影響で推進装置のC3が崩壊、行き場を失ったフォトンエネルギーによって連鎖的にドライブが爆散していた可能性がありました」
船長達に報告するアイリスの口調がいつもより固い。それだけシリアスな状況だったと言うことなんだろう。
「俺には何も感じられなかったが……副長、ボースン、ジョウ、何か感じたか?」
「俺は船長と一緒だったからな、特に何も感じなかった」
「嬢ちゃん達が倒れるのを目の前で見てたが……俺にも何も感じられなかったな」
「自分もわかりませんでしたが、あ、でも船長達が話している時に通信機に軽いノイズが入ってたようにも思いました」
「ふむ……。と言うことは、もし嬢ちゃん達がいなければ俺達は異常に気付かず、そのまま……」
「そうなっていた可能性が高いと思います」
アイリスの言葉に青くなる一同。確かにシンガー、もしくは最低でもモーリオンギルドの人間が乗船していなければ、C3の異常共鳴に気付ける人はいなかっただろうからね。
「嬢ちゃん達は命の恩人だな。礼を――」
「いえ、礼を言われるのはまだ早いです。爆発は未然に防げましたが、レゾナンスドライブが使えなければ船は――」
「この宙域で漂流する事になる、か」
「残念ながら」
船長の礼を遮り、アイリスが現実を突きつける。宇宙空間での漂流。それも、辺境で恒星系からも遠く離れた、誰も通りかからない無人の深宇宙。ここで助けを求めても誰にもその声は届かない。
「ボースン、船の状況はどうだ?」
「さっき機関室周りを確認したが、フィールド発生ユニット周りと超光速通信装置には問題があるようには見えなかった」
「私も船内に配置されたC3の確認に立ち会いましたが、どれも問題無さそうでした」
レゾナンスフィールドはC3を使った航宙船用の航行システムと連動した防御システムで、宇宙塵や小隕石、スペースデブリといった小規模の障害物から船体を守る重要な装置だ。本来はレゾナンスドライブ本体と連動して動作する仕組みになっているらしいけど、緊急時に備えて単体でも動作する予備系が用意されているってボースンさんに聞いたことがある。
機関室でアイリス達が確認したのはその予備系で、これが稼働できれば航宙船が浮遊物で破壊される危険を大幅に低減することが出来るってことだ。
超光速通信はその名の通り光速を超える速度でのリアルタイム通信を可能とする装置で、こっちにもC3が使われてる。本来なら惑星上に設置されるもので恒星間通信を行うための大規模装置なんだけど、航宙船にはそれを小型化したものが搭載されている。でも出力が小さいから通信可能距離はせいぜい1光日程度で、今いる場所からは光年単位で人類の居住地が存在しないから、現状では救援を呼ぶこともできない。
「防護フィールドが動くなら差し迫った命の危険はなさそうだが、このままではじわじわと追い詰められて死を待つだけだな」
オットー船長の言葉が静寂を呼び、重い空気が船内に漂う。亜光速航行ができなければ、いずれ水や食料が尽き、酸素も枯渇する。そうなれば、ここで全員が命を落とすことになる。
「……とりあえず障害部分の切り分けをしておきたい。通信機とフィールド発生ユニットを最小限の出力で試験稼働だ。嬢ちゃん達、すまないが俺達には異常が感知できない。おかしなところが無いか、耳を澄ませておいてくれ」
その後、オットー船長の指示で二つの装置の試験稼働を行った。幸いな事にどちらも異常は無いようで、出力を上げて平常運転に戻しても不快な共鳴波は全く感じなかった。という事は、問題はやはりレゾナンスドライブなんだろうね。
「それで、本命のレゾナンスドライブの状況はどうだ?」
「船内からチェックできる限りでは、ドライブ機構そのものには異常は見当たらなかった。だが問題がC3ユニットにあるなら少々厄介だな。あれは船尾……というより船外の推進装置に取り付けられている。外に出て確認しない限り、状況は分からん」
「こんな大宇宙のド真ん中でEVAか……ぞっとしないな」
「軌道ステーションの周辺ならまだしも、辺境域での航行中EVAはなるべくなら避けたい。だが今回ばかりはそうも言ってられんだろう。それに前回と今回の遅れの原因がもし推進装置のC3なら……全部辻褄が合う」
「なら、ほぼ確定だ。あとはどうなってるか、だが……」
船長達が言うように、原因はおそらくレゾナンスドライブの中核となる推進装置のC3で間違いないと思う。だけど現状がどうなっているのかがわからなければ手の打ちようがない。ただでさえ危険な船外活動、それも外部からの支援が期待出来ない銀河辺境。おまけに単なる宇宙遊泳ではなくいつ崩壊するかわからない推進装置を相手にした作業。
あまりにもリスクが大きすぎる。それでも、誰かが状況を確認しにいかないといけないんだ。
「ボースン、頼めるか?」
「それはもちろんかまわんが……ただ、俺ではC3のことはわからんぞ?」
船長に指名されたボースンさんは承諾するが、彼の言うとおり船外活動はともかくC3については彼らではどうしようもないだろうね。これは、C3は、私達の専門領域だ。
「それはシンガーの役目。だから、私が同行する」
「ちっこい嬢ちゃん……いやシンガー殿。すまない、助力の申し出に感謝する」
私は椅子から立ち上がり、船外活動に自ら名乗り出た。船長の感謝の言葉に頷き返そうとしたが、頭の奥にまだ鈍い痛みが響いていて、無重力なのに少しよろけてしまった。それでも、気にしないふりをしてみせた。
「待って、トワはダメ。この子はEVAの経験がないし、何よりまだ体調が万全じゃない」
「アイリス?」
「私が行く。私は管理官だけど、Cランクのシンガーでもあるから調査はできる。それにEVAの経験があるから」
アイリスが強い口調で私を止めた。一度立ち上がった私は、少し悔しさを感じながらも彼女の言葉に押されて座席に戻った。そんなに私、頼りないのかな……。
「……違うよ。トワには、この後に大事な役目がある。だから、今はしっかり休んで力を蓄えておいてほしいんだ」
絶対アイリスは私の心を読んでる。私は少し頷き姉の思いやりに感謝しつつ、船内に留まることにした。
でもね、アイリス。私、知ってるよ?
アイリスが船外活動なんてしたことないって。ずっと一緒にいたんだし、それにそんな経験をしてたら、絶対私に話してるはずだから。
ラウンジの大型モニタには船外の映像が映し出されていたけど、推進装置はカメラの範囲外にある。エアロックを出て確認に向かうアイリスとボースンさんの姿が一瞬映ったけど……その後は星もまばらな冷たい宇宙が広がっているだけだ。
画面にはただの暗闇と無音が続いているだけなのに、私はそこに何かが見えないかと、じっとモニタを見つめ続けた。
――もし、何かが起こったら。
何度も頭の中に不測の事態が浮かび上がる。アイリスの命綱が何かに引っかかったら? 宇宙塵の小さな破片がアイリスを襲ったら? もしかしたら、推進装置が突然崩壊して飛び散った欠片が…?そんな現実味のない空想が次々と頭に押し寄せ、胸が締め付けられるような感覚に襲われる。
私は無意識にモニタに向かって耳を澄ましていたけど、もちろん真空の宇宙では音なんてしない。ただ静かに時間だけが過ぎていくけど、その時間はあまりにも重く、鈍い。時計を見てもたった5分しか経っていないのに、アイリスが船外に出てからもう何時間も経ったように感じられる。一秒一秒の時間経過が、私の中の不安を少しずつ大きくしていく。
と、船外カメラにわずかな動きが映り込んだ。画面の隅、暗闇の中にライトグレーに赤いラインのコスモスーツ。
「お姉ちゃん!」
気づいたら、声が出ていた。普段なら冗談で言う以外は姉呼びなんてしないのに、今回は抑えきれなかった。胸の中に溢れた感情が、言葉となって飛び出してしまった。一瞬で身体中に安堵が広がった。無事だった。本当に、無事だった!
カメラがアイリスの姿を捉えると、彼女はそれに気づいたのかモニター越しに笑顔でこちらに手を振った。その笑顔を見た瞬間、今まで抱えていた不安と緊張が一気に解けた。
と、同時に私は慌てて口を押さえた。船長達には聞かれてしまったけど、モニターが双方向でなくて本当に良かったと胸をなでおろしながら。
モニターの中のアイリスがエアロックに向かってゆっくりと戻ってくるのを見ながら、私は画面に映る彼女に向けて小さく手を振り返した。船外活動なんて初めてなのに、まるでベテランのように宇宙を進むアイリス。どんな事でも簡単そうにこなしてみせる。本当に天才だ、私の自慢のお姉ちゃんは。
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