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#5

ー/ー



>>Iris:2 Days ago

 トワの過去にまつわる話を耳にし、私の心は穏やかではいられなかった。それでも、どこかで合点がいってしまう自分がいた。
 件の遺跡以外には荒れ果てたこの星には先史文明の痕跡は一切確認されていない。もし地上に古代の文明が存在していたなら、都市遺構や遺物のような何らかの生活の痕跡が点在しているはず。しかしそれが存在しない以上、その「遺跡」は単なる地上の遺物ではなく、遥か宇宙から訪れた宇宙船であった可能性が高いのではないか……。
 そして、それが意味することは。

「帰らないと」

 あの時トワが呟いたその一言は、おそらくあの子の運命を示すものだったのだ。遠い昔、大宇宙(おおぞら)の果てからCM41F3C(ここ)へ流れ着いたトワには、やはり帰るべき場所があるのだ。この星ではない、どこかに。

 普段は何も考えていないように見えるトワだけど実のところ頭の回転は早く、物事を見抜く洞察力にも優れている。多少言葉足らずな所はあるけど……でも、そんな彼女がこの事実に気付かないはずがない。

 ああ、ついにこの時が来たのだ。覚悟も準備も全て終えている。帰るべき場所へと向かうあの子に寄り添い、共にその道を征く。それが私の望みなのだから。


 とは言うものの、この星を離れるにはそれなりの理由が必要だ。最も簡単で現実的な理由は「ギルドを脱退する」こと。この星はギルドによって管理されており、ギルドに属していない者はここに留まる権利を持たない。そのため、ギルドの一員ではなくなった人間は星を去る義務が生じる。
 実際、この星から離れて惑星外へ移住しようとする多くの若者は、ギルドを脱退する手続きを踏むことでこの星を去っている。

 しかし、この方法には大きな問題がある。ギルドという有力な後ろ盾を失うことは、小娘2人で大宇宙を旅するにはあまりにもリスクが大きすぎると言うことだ。
 それにギルドはシンガーとして活動する権利や仕事の許可を管理しているから、脱退してしまうと私やトワが旅の途中で路銀を稼ぐためにシンガーとしての能力を表だって発揮することが難しくなる。ギルドを脱退するということは、その権利を放棄するということなのだから。

 だからギルドの一員としての立場を維持しながら、この星を離れるための正当な理由が必要だ。例えばギルドの任務としての旅というのがその一例だろう。
 幸い、トワは最高位のシンガーであり、恒星間通信装置の調律などの高難度任務を理由に星々を巡ることは可能だ。私自身も管理官としての身分があるから、特定の星に定住せず巡回監察任務として様々な星へ移動することも可能だろう。

 しかし、これらも決して最善策とは言えない。なぜならギルドが都合よく私たち2人に星外任務を割り当ててくれる確率は低いし、任務である以上は行き先の選択権を基本的ギルドに委ねることになるからだ。その結果、トワの目的を達成するための自由が大きく制限され、かえって足枷となる可能性が高いし、そもそも私達2人の任地が同じになる事もないだろう。

 なので私たちが取るべき選択肢は……多少強引なこじつけになるが、一つしだけしかなかった。
 「駐屯地を襲った未確認の敵について、ギルドへの報告に必要な星外調査を自由意志で行う」。この調査はギルドの指示に従った任務とは異なり、私たち自身の判断に基づく自主的な活動として提案を行う。

 トワの出自は隠しつつ、遺跡から現れた未知の機械生命を重大な脅威とし、その正体についての詳細な調査と報告を行うために星外での情報収集が不可欠だとする訳だ。ギルドへ正式な手続きを経た上での調査であれば、正当かつ合法的な星外への移動であり、またギルドの支援を受けつつ私たち自身の裁量で目的地を選ぶことができる。それは、トワの目的を達成する上でも有効な手段となるだろう。
 無理筋であることは判っているけど、それを押し通すために私は権力を求めたんだ。たとえ職権乱用だと非難されても、そこだけは譲ることができない。そもそもこれが通らないなら、私には管理官になる理由なんてなかったんだから。

 私は頭の中で思考を整理しながら、そう結論づけた。深く息をつき、意を決して席を立つ。トワにこの考えを伝えるには、直接話すのが一番だ。私は彼女の部屋を訪れるつもりでデスクから離れ、扉に向かった。
 ドアのノブに手をかけようとした瞬間、軽くノックの音が響いた。ドアを開けるまでもなく、扉の向こう側にはすでにトワが立っているであろうことが何故かわかった。

 私は一瞬、その意外なタイミングに驚き心の中で小さく笑った。きっと彼女の方も同じようなことを考え、足早に私の部屋を訪れてきたのだろう。私は気持ちを落ち着け、扉をゆっくりと開けた。

「アイリス、話がある」
「タイミングいいね、私もだよ。入って」

 トワを室内に招き入れた。二人並んでベッドに座るのが私達がここで話をする時の定位置。これまで何度もこうやってトワと話をした。2人で約束した通り、一切の隠し事無く。
 時に笑い、時に泣き、喧嘩をしたこともあった。でも、仲直りをしたのも、この場所だ。私達が大切な話をするのに、ここ以上に相応しい場所は無かった。

「あのね」
「うん」
「私、この星を出ようと思う。ううん、出て行かないといけない」
「うん」
「理由、聞かないの?」
「聞かなくてもわかってるよ。『帰らないといけない』んでしょ?」
「……知ってたの?」
「小さい頃、2人で星空を見上げた時にトワが言ってたからね」
「そっか……やっぱり、アイリスは気付いてたんだ」
「当たり前でしょ?私はあなたの幼馴染みにして親友、そしてお姉ちゃんなんだから」
「行くなって、言わないの?」

 トワの声は、わずかに硬さを帯びていた。彼女はいつも通り表情を表に出していないが、なぜか今は無理に感情を押し殺しているようにも見える。きっと本心では出立を止めて欲しいと思っているのだろう。私は虹色のままで多色に揺れるその瞳をまっすぐに見つめ、静かに言葉を返した。

「言わないよ。でも、その代わりに」

 少し間を置いて、私ははっきりと言い切った。確認でも依頼でも質問でもない。断言だ。

「私も一緒に行くから」

 不安の色、希望の色、戸惑いの色、喜びの色。その瞬間、それまで緩やかに揺らめいていたトワの瞳が激しく揺れた。彼女は息を飲むように動きを止め、私の顔を見つめたまま固まった。トワの顔は普段と変わらない無表情なままだが、不思議と今は少しだけ感情が浮かんでいるようにも見える。

 きっと、ずっと独りで星外へ出ることを考えていたのだろう。私がそれを阻むのではないかと心配し、どう説得しようかと思い悩んでいたのかもしれない。そして独りで旅をすることへの不安や恐怖も。しかし、私が同行するという予想外の言葉を耳にしたトワは、完全に言葉を失っていた。

 私はそのまま彼女の視線を受け止めながら、静かに笑みを浮かべた。トワは瞳に戸惑いの色を残したまま、何かを言おうとしているようだったけど、口を開くことはなかった。私の言葉はトワが考えていた予想とはずいぶん異なるものだったんだろう。トワの心が揺れ動いているのが、伝わってくるようだった。

 だが、やがて意を決したようにトワが口を開く。

「きっとここへは二度と帰ってこれない」
「そうだね」
「目的地がどこなのか、私にもわかってない」
「そうだね」
「未知の病気で倒れるかもしれない」
「そうだね」
「宇宙の旅は命を落とすことだってある」
「そうだね」
「鋼の(メタルビースト)みたいな敵にまた襲われるかも」
「そうだね」
「なのに、どうして」
「私が、あなたの幼馴染みで親友で、姉だから。それが理由じゃ、だめ?」
「……アイリスの気持ちはとても嬉しい。でも、私のわがままで、アイリスの……お姉ちゃんの未来を縛るのは……怖い」

 目をそらし、小さな声で呟くトワ。そんな彼女に私は告げる。私がトワの隣にありたいと願う理由を。

「私たちはお互いに隠し事をしないって約束したから。だから、正直に話すね?私もね、本当はずっと『ここではないどこか』へ行きたいって思ってたんだよ。ギルドはシンガーとしての能力を何よりも重視するでしょ?私は団長の娘として期待されてたけど、トワも知ってる通り正直私の力はそれに応えられるほど強くない。今はそうでもないけど、小さい頃は周りには『期待外れ』って思われてたんだよ」

 言葉に出しながら、私は昔の事を思い出していた。大人達の期待と、それに応えられないと判ったときの失望。私に向けられる身勝手な他人の視線は、子供だった私にも理解できる――心の傷になるものだった。

「父さんは大丈夫だと言ってくれたけど、それでも私は自分が一人の自立した人として、『アイリス』として見てもらえる場所が欲しいと思ってた。ここじゃないどこかで、親の名前や血筋に縛られず自分自身の力で認めてもらえる場所を探したかったんだ。でもね、私が本当に求めている場所はただの遠い場所じゃないことに気付いた。トワ、私はあなたと一緒に『ここではないどこか』で新しい自分を見つけたいんだ。それが私が望む、私の未来」

 私の言葉にトワは一瞬驚いたように目を見開き、すぐに視線を伏せる。トワの手は小さく震えながら胸元でぎゅっと握りしめられ、感情の揺らぎが瞳だけでなくその仕草にも現れている。微かに唇を噛んでから、意を決したように顔を上げ私を見つめる。戸惑いと期待が入り混じった不安定に揺れる瞳で。

「私と一緒で、いいの?」

 私が肯定の意志を込めて肯くと、トワは私の胸に飛び込んできた。細い腕が、私の背中にぎゅっとしがみつく。

「トワの隣が、いいんだよ」

 私は彼女の温もりを感じながら、優しく抱きしめ返す。少し乱れた彼女の銀髪に手を伸ばし、そっと撫でるとトワが少しだけ安心したように体の力を抜くのが分かった。胸の中で感じる鼓動が、私たちが共にいることの証のように響いている。

「……プロポーズみたい」
「言われてみれば確かにそうだね」
「でも私、そういう趣味はない」
「奇遇だね、私もそうだよ」
「死が2人を分かつまで?」
「まあ、結婚するわけじゃないけど……姉妹(きょうだい)として永遠に、どこまでも一緒にいこうね」

 しばらく抱き合ったまま、普段通りの甘やかなじゃれ合いを。こうして私とトワは共に旅立つことを誓い合った。


>>Towa:Today

 2人で旅立つ事を決めた後、お義父さんにその事を報告した。CM41F3C(ここ)を出て行く理由としてアイリスが考えてくれた「自由意志での調査任務」をお義父さんに提示し、許可を得た。
 心配性なお義父さんが特に反論する事もなく頷いたことに驚いたけど、この時何故お義父さんがあっさり同意したのか、私はその理由に気付く事はできなかった 事情を知った後になって振り返ってみれば、このときのお義父さんには反論や拒否する余地は無かったと判ったんだけどね。

 調査活動で向かう最初の目的地はここから8パーセク……26光年ほど離れたところにあるクレリスという名の、知の集積が行われている惑星だ。もちろん辺境の資源惑星から直行便が出ている訳じゃないから、乗り継ぎをしながらの旅になるらしい。まずはこの星から直接向かうことが出来る唯一の星、割と大きなギルド支部があるペレジスという星へ向かい、そこから先は航宙船の発着状況によって臨機応変に変更する事になるだろう、ってアイリスが言っていた。

 ……私の旅なのに、旅立ちの許可申請や移動の手配は全部アイリスに頼ってしまった。アイリスは本当頼りになる。実務処理能力をはじめとした頭脳面は言うまでもないし、ブラスターの腕前や戦闘でも。あれ、じゃあ私は何の担当なんだろう。シンガーとしての能力は旅の役には立たないし……癒やし担当かな?
 私がアイリスに心労を掛け、私がアイリスを癒やす。見事な自作自演だ。さすがに自重しないといけないし、頼り切りになるのも良くない。私もアイリスのために、できることをしないと。

 それはさておき。ペレジスへ向かうにはこの星で採掘したC3をギルド支部に届ける定期輸送船に便乗させてもらうしかないけど、これはこの星を出て行く人が皆使うルートらしい。タイミングの良いことに半年間隔で運行されている定期輸送船が次に軌道ステーションを訪れるのは2週間後の予定だ。そう待たずに私達は出発することが出来る。

 私には出発までの間にやっておきたい事があった。3ヶ月前の戦いで使った、ブラスターのカートリッジを用いた簡易グレネードを発展させる研究開発だ。
 事件の直後に思い立って、細々と研究を続けていたあれを仕上げておこうと思った。前回はカートリッジを直接銃撃するという緊急手段だったが、もしあの爆発を任意に引き起こすことが出来れば。そしてC3で効果を付与することができれば。再び鋼の(メタルビースト)と戦う事があるかどうかはわからないけど、宇宙を旅する以上は他の危機に遭遇する可能性だって考えられる。
 万が一のために自衛の、そしてそれ以上にアイリスを守るための手段を確保することは必要だ。急いで開発を進めないと。

 フォトン・イグナイトと名付けたこの武器はこれまでの試行錯誤の結果、カートリッジに取り付ける「C3内蔵の小型発火装置(イグナイト)」を使って属性付与の爆発を任意のタイミングで起こせるところまで開発が進んでいた。そして戦いのあとからちまちまと作業をしていたので何種類かのイグナイトが実用レベルになるところまで研究は進んでいた。

 朱は爆発による広域攻撃。普通のグレネードと同じようなものだけど、小型で一見すると爆発物には見えないので持ち運びが便利だ。C3の調律次第で威力と範囲を調整できるので状況に応じて臨機応変に使い分けできるのが魅力的。
 実験の時に家の裏庭に大穴を開けてお義父さんとアイリスにひどく怒られたのは懐かしい記憶だ……いや、大穴は今でもまだ埋め戻されていないから、割と現在進行中の記憶だけど。

 蒼は冷凍グレネードになると思っていたけど、実際使ってみると効果範囲内の時間経過を鈍化させる停滞(ステイシス)フィールドの効果が発揮されて驚いた。こちらはC3の調律による範囲変化はあまり無くて、遅延効果の強さと効果時間が変化するようだった。
 意外性がありすぎて、最初は何が起きたのか理解できなかったけど、機能を知るほどにこれは使えると思った。

 碧……これは効果が良くわからなかった。作動していることは確認できたけど、効果範囲内に目立った変化が見られない。蒼の反対で加速効果があれば支援用グレネードになるんじゃないかと期待していたんだけど。
 ここ最近、碧の研究に熱中していたけど、今のところ確固たる手がかりはつかめていない。

 混合(ブレンド)も試してみたけど、こちらは各色の効果が互いに相殺し合うのか、今のところうまく発動していない。まあ無理矢理効果を引き出す乱暴な手法だから仕方ないけど、まだまだ研究の余地がありそうだ。
 ただ全色調律(フルチューン)した白だけは効果があった。カートリッジを直接炸裂させた時と同じような閃光はそのままに、光圧による衝撃を音に変換したような閃光手榴弾(フラッシュバン)とでもいえる効果が。
 これが誤爆してひどい目に遭ったことはあまり思い出したくない。現象的にも、お説教的にも……ほんと、ひどい目にあった。ともあれ、非殺傷の停滞フィールドと使いどころは似ているけど、状況に応じて使い分けることが出来れば戦術の幅が広がるかもしれない。

 鋼の(メタルビースト)の防御フィールドに直接干渉できるような効果が得られれば言うこと無しなんだけど、流石にそう都合のいいものが開発できる訳もないし、そもそも稼働している鋼の(メタルビースト)がいないと分析や検証もできない。なので今回は対鋼の獣(メタルビースト)用としては停滞グレネードを当てることにする。
 以上のことをとりまとめてアイリスに報告したら、ものすごく怖い顔をされた。

「トワ、それ絶対に他人に製法教えちゃだめよ?現物を渡したり、見せるのも」
「特許とるの?」
「ちがう!そんな小型で、爆発物と認識できないもの、テロや犯罪に使い放題でしょうが!」

 言われてみればそうだ。武器が持ち込めない場所であっても、日用品の動力源に見せかけてフォトンカートリッジを持ち込むことは認められるだろうし、発火装置(イグナイト)の方は単体では単なるC3内蔵のスイッチでしかないから手荷物検査をされても余裕でパスすると思う。そしてその二つを組み合わせると、強力な爆発物になり得る。
 研究成果を出すことに集中しすぎてそんな簡単なことを見逃していた。これじゃ、アイリスの癒やし担当どころか、心労担当になっちゃうよ。

「それは、考えてなかった」
「はぁ……とりあえず、これは普段使い厳禁ね。他に手が無い時、周りに他の人がいない時以外は使わないように」
「……わかった」
「あとね」
「うん」
「ありがとう。私を守るためにがんばってくれたんでしょう?」
「……うん」

 そして開発を急いだ理由もしっかりと見抜かれていた。やっぱり、私はお姉ちゃんにはかなわないようだ。

 出発予定日が近づいた。このところアイリスは一人で出かけることが多くなった。何をしているのか聞いたら、アイリスはにっこりと微笑んで、ただ「思い出作り」って答えた……なんだろう、それ。

 そして私達はお義父さん……いや、開拓団長から星外任務へ就くギルドメンバーに与えられる「ギルド章」を受け取った。ギルド章は、モーリオン(黒水晶)ギルドの名の由来である漆黒の水晶を削りだしたペンダントの形をしている。その黒水晶、すなわちC3はギルドの象徴そのものであり、特別な存在としての証でもある。
 通常、ギルドメンバーは活動拠点としている惑星の外に出ることはまれだから日常的に身分証を必要としないし、またそもそも貸与されることもない。しかし星外任務を受けるギルドメンバーが担う任務の重要性から他支部やギルド外からも支援を迅速に受けられるように、また必要に応じてその地位を示すためにギルド章が特別に貸与されることになっているそうだ。

 見た目はただの黒水晶のペンダントのようだからぱっと見には偽造が容易にも思えるかもしれない。けどこのギルド章に使われている漆黒の水晶は、最高品質である「SSランクのC3」であり、ギルド外ではほぼ入手不可能。さらにこのC3にはギルドの独自技術でしか施せない刻印が施されていて、その存在と刻印こそが真贋の証明でもあるとお義父さんは言った。
 さらにギルド章の内部には所有者のパーソナルデータと、その職種やランクに基づく「固有の証」が記録されている。そのため、たとえ他人がギルド章を奪ったとしても、それを用いて身分を偽ることは不可能なのだそうだ。

 ギルドにとってこの徽章以上に信頼のおける身分証明は存在せず、また貸与される事自体がギルドから深い信頼を得ているという証でもある。当然のことながらおいそれと貸与されるものではないそうで、実際これまでこの居留地でギルド章を持っていたのは管理官でもあるお義父さんだけだった。

「父さん……これ、かなり無理をしたんじゃないの?」
「大事な娘達の旅立ちだ。父親としてしてやれる最大限の事をしたまでだ」
「お義父さん、私の名前」
「ああ、この星で私の庇護下にあるお前は『トワ・ブースタリア』だ。だが星々の世界に旅立つのであれば、お前は『トワ・エンライト』を名乗るべきだ。アルフレッドもきっとそれを望んでいる」

 「エンライト」は私を最初に引き取ってくれたパパの姓で、7歳まで私はその名前で生きていた。その後、お義父さんの養子になり、アイリスと同じ「ブースタリア」の姓をもらったことは私にとって誇りだったし、心の底から嬉しかった。だって、大好きなアイリスと本当の姉妹になれたんだから。

 だからこそ今回お義父さんから私に再び「エンライト」の姓を名乗るようにと言われたことで、正直少し驚いたし寂しくもなった。もちろんお義父さんの元で過ごした時間は私にとってかけがえのないもので、今でも「ブースタリア」と名乗れた事を感謝している。
 でも、こうして旅立つ時に元の姓である「エンライト」を名乗らせてくれるというのは、お義父さんが私に「自由に、自分らしく生きていい」と言ってくれているのだと感じた。

 お義父さんは、私がどこへ行っても私が私自身でいられるように、そして私のルーツを大切に思い出しながら新しい道を進めるようにしてくれたのだと思う。お義父さんが私を信じて送り出してくれることに、心から感謝したいと思った。

「お義父さん、ありがとう。これまで育ててくれて。大事にしてくれて。どう感謝したらいいかわからないぐらい、感謝してる。そして恩を返せない事を、心から申し訳なく思う」
「気にする事は無い。親が子を慈しむのは当然のことだ。そして子はいつか親の元から巣立ってゆくものだからな。アイリス、私の娘であるトワの事をよろしく頼む。そしてトワ、私の娘であるアイリスの事をよろしく頼む」
「「はい」」

 私は、この人の娘でいられて本当に良かった。心の底から、そう思った。

「そうだ、最後に手向けの言葉として星々の世界を旅する者の挨拶を教えておこう。星を渡る者達は星で暮らす者達と異なる刻を生きる事になる。たとえ無事に故郷に戻れたとしても、すでに星では長い時間が過ぎ、知人も友人も全て過去のものとなっているだろうから」

 お義父さんが言う「刻の流れ」というのは亜光速航行に伴う時差、つまり時間の遅れ(タイムディレイ)の事だ。遠くへ、そして長く旅するほど惑星に住む人々との時間はどんどんずれていく。いずれ私達が故郷に戻る事があったとしても、自分を知る者はもう誰もいないかもしれない。
 だからこそ、星を旅する者たちの別れの言葉は再会を約束する「またね」ではなく、永遠の別れを意味する「さようなら」なのだと聞いたことがある。

「それでも、旅立つ者も、見送る者も、再会を願うのだ。それが叶わぬものと知りながら。星を渡る者達への離別の言葉、いつか再び巡り会う事を願う挨拶の言葉は……」

 旅立つ私も切に願う。

「いつかまた、大宇宙(おおぞら)のどこかで」

 ――お義父さんと、再会したいと。


「私はちょっと納得いかないかな……」

 お義父さんの執務室を退去し、自室へ戻る途中に少しむくれたアイリスがそう言った。長い付き合いなので、何を考えているかは大体わかる。

「名前のこと?」
「だって、姓が変わったら、私とトワが姉妹だって言えなくなるじゃない」
「名前が変わってもアイリスとの関係は変わらない。それに、姓が違うと結婚もできる」
「……へっ?」
「しないけど」
「トワぁぁぁ!」

 私の不意打ちに珍しく顔を真っ赤にして狼狽するアイリス。珍しいものが見れた。本当は、名前が変わってもアイリスは私のお姉ちゃん、と言いたかったのだけど、それは秘密だ。
 私達は隠し事をしない仲だとはいえ、そんな恥ずかしいことは面と向かって言えないからね。それに言葉は違えどアイリスの事を大事に思っているという事は伝えたつもりだから。


 軌道ステーションからの連絡で、定期輸送船の到着が予定日から2日ほど遅れそうだと連絡が入った。それぐらいの遅れは時折あることらしいので、特に気にする事も無いだろう。予定外のロスタイムを使い、友人達と最後の時を満喫した。多くの友人達は私達の旅立ちの前途を祝してくれたけど、エミリーだけは何故か、もうあと一月早ければ……と言って悔しそうに泣いていたのが印象的だった。


 ――そして旅立ちの朝。

 私は荷物を再確認する。パパの形見であるブラスター。いくつかのカートリッジと数個の試作イグナイト。以前購入したメディキット。あとは着替えを少々。小さなトランク一つに収まった。虹水晶のペンダントとギルド章を首から掛ければ、旅立ちの準備は終了だ。

 アイリスの助言を受けてイグナイトの研究資料は廃棄した。その他の身の回りのものは……お義父さんに頼んで処分しておいてもらおう。8年……人生の半分以上を過ごした部屋に一礼し、扉に鍵を掛けた。

 ――私がCM41F3C(ここ)ですべきことは、これで全て終わった。


 いつかまた、大宇宙(おおぞら)のどこかで。

 叶うことの無い再会を希う(こいねがう)別れの挨拶を居留地の皆に告げ、私は軌道ステーションへと向かうHLVへと乗り込んだ。



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 トワの過去にまつわる話を耳にし、私の心は穏やかではいられなかった。それでも、どこかで合点がいってしまう自分がいた。
 件の遺跡以外には荒れ果てたこの星には先史文明の痕跡は一切確認されていない。もし地上に古代の文明が存在していたなら、都市遺構や遺物のような何らかの生活の痕跡が点在しているはず。しかしそれが存在しない以上、その「遺跡」は単なる地上の遺物ではなく、遥か宇宙から訪れた宇宙船であった可能性が高いのではないか……。
 そして、それが意味することは。
「帰らないと」
 あの時トワが呟いたその一言は、おそらくあの子の運命を示すものだったのだ。遠い昔、|大宇宙《おおぞら》の果てから|CM41F3C《ここ》へ流れ着いたトワには、やはり帰るべき場所があるのだ。この星ではない、どこかに。
 普段は何も考えていないように見えるトワだけど実のところ頭の回転は早く、物事を見抜く洞察力にも優れている。多少言葉足らずな所はあるけど……でも、そんな彼女がこの事実に気付かないはずがない。
 ああ、ついにこの時が来たのだ。覚悟も準備も全て終えている。帰るべき場所へと向かうあの子に寄り添い、共にその道を征く。それが私の望みなのだから。
 とは言うものの、この星を離れるにはそれなりの理由が必要だ。最も簡単で現実的な理由は「ギルドを脱退する」こと。この星はギルドによって管理されており、ギルドに属していない者はここに留まる権利を持たない。そのため、ギルドの一員ではなくなった人間は星を去る義務が生じる。
 実際、この星から離れて惑星外へ移住しようとする多くの若者は、ギルドを脱退する手続きを踏むことでこの星を去っている。
 しかし、この方法には大きな問題がある。ギルドという有力な後ろ盾を失うことは、小娘2人で大宇宙を旅するにはあまりにもリスクが大きすぎると言うことだ。
 それにギルドはシンガーとして活動する権利や仕事の許可を管理しているから、脱退してしまうと私やトワが旅の途中で路銀を稼ぐためにシンガーとしての能力を表だって発揮することが難しくなる。ギルドを脱退するということは、その権利を放棄するということなのだから。
 だからギルドの一員としての立場を維持しながら、この星を離れるための正当な理由が必要だ。例えばギルドの任務としての旅というのがその一例だろう。
 幸い、トワは最高位のシンガーであり、恒星間通信装置の調律などの高難度任務を理由に星々を巡ることは可能だ。私自身も管理官としての身分があるから、特定の星に定住せず巡回監察任務として様々な星へ移動することも可能だろう。
 しかし、これらも決して最善策とは言えない。なぜならギルドが都合よく私たち2人に星外任務を割り当ててくれる確率は低いし、任務である以上は行き先の選択権を基本的ギルドに委ねることになるからだ。その結果、トワの目的を達成するための自由が大きく制限され、かえって足枷となる可能性が高いし、そもそも私達2人の任地が同じになる事もないだろう。
 なので私たちが取るべき選択肢は……多少強引なこじつけになるが、一つしだけしかなかった。
 「駐屯地を襲った未確認の敵について、ギルドへの報告に必要な星外調査を自由意志で行う」。この調査はギルドの指示に従った任務とは異なり、私たち自身の判断に基づく自主的な活動として提案を行う。
 トワの出自は隠しつつ、遺跡から現れた未知の機械生命を重大な脅威とし、その正体についての詳細な調査と報告を行うために星外での情報収集が不可欠だとする訳だ。ギルドへ正式な手続きを経た上での調査であれば、正当かつ合法的な星外への移動であり、またギルドの支援を受けつつ私たち自身の裁量で目的地を選ぶことができる。それは、トワの目的を達成する上でも有効な手段となるだろう。
 無理筋であることは判っているけど、それを押し通すために私は権力を求めたんだ。たとえ職権乱用だと非難されても、そこだけは譲ることができない。そもそもこれが通らないなら、私には管理官になる理由なんてなかったんだから。
 私は頭の中で思考を整理しながら、そう結論づけた。深く息をつき、意を決して席を立つ。トワにこの考えを伝えるには、直接話すのが一番だ。私は彼女の部屋を訪れるつもりでデスクから離れ、扉に向かった。
 ドアのノブに手をかけようとした瞬間、軽くノックの音が響いた。ドアを開けるまでもなく、扉の向こう側にはすでにトワが立っているであろうことが何故かわかった。
 私は一瞬、その意外なタイミングに驚き心の中で小さく笑った。きっと彼女の方も同じようなことを考え、足早に私の部屋を訪れてきたのだろう。私は気持ちを落ち着け、扉をゆっくりと開けた。
「アイリス、話がある」
「タイミングいいね、私もだよ。入って」
 トワを室内に招き入れた。二人並んでベッドに座るのが私達がここで話をする時の定位置。これまで何度もこうやってトワと話をした。2人で約束した通り、一切の隠し事無く。
 時に笑い、時に泣き、喧嘩をしたこともあった。でも、仲直りをしたのも、この場所だ。私達が大切な話をするのに、ここ以上に相応しい場所は無かった。
「あのね」
「うん」
「私、この星を出ようと思う。ううん、出て行かないといけない」
「うん」
「理由、聞かないの?」
「聞かなくてもわかってるよ。『帰らないといけない』んでしょ?」
「……知ってたの?」
「小さい頃、2人で星空を見上げた時にトワが言ってたからね」
「そっか……やっぱり、アイリスは気付いてたんだ」
「当たり前でしょ?私はあなたの幼馴染みにして親友、そしてお姉ちゃんなんだから」
「行くなって、言わないの?」
 トワの声は、わずかに硬さを帯びていた。彼女はいつも通り表情を表に出していないが、なぜか今は無理に感情を押し殺しているようにも見える。きっと本心では出立を止めて欲しいと思っているのだろう。私は虹色のままで多色に揺れるその瞳をまっすぐに見つめ、静かに言葉を返した。
「言わないよ。でも、その代わりに」
 少し間を置いて、私ははっきりと言い切った。確認でも依頼でも質問でもない。断言だ。
「私も一緒に行くから」
 不安の色、希望の色、戸惑いの色、喜びの色。その瞬間、それまで緩やかに揺らめいていたトワの瞳が激しく揺れた。彼女は息を飲むように動きを止め、私の顔を見つめたまま固まった。トワの顔は普段と変わらない無表情なままだが、不思議と今は少しだけ感情が浮かんでいるようにも見える。
 きっと、ずっと独りで星外へ出ることを考えていたのだろう。私がそれを阻むのではないかと心配し、どう説得しようかと思い悩んでいたのかもしれない。そして独りで旅をすることへの不安や恐怖も。しかし、私が同行するという予想外の言葉を耳にしたトワは、完全に言葉を失っていた。
 私はそのまま彼女の視線を受け止めながら、静かに笑みを浮かべた。トワは瞳に戸惑いの色を残したまま、何かを言おうとしているようだったけど、口を開くことはなかった。私の言葉はトワが考えていた予想とはずいぶん異なるものだったんだろう。トワの心が揺れ動いているのが、伝わってくるようだった。
 だが、やがて意を決したようにトワが口を開く。
「きっとここへは二度と帰ってこれない」
「そうだね」
「目的地がどこなのか、私にもわかってない」
「そうだね」
「未知の病気で倒れるかもしれない」
「そうだね」
「宇宙の旅は命を落とすことだってある」
「そうだね」
「鋼の獣《メタルビースト》みたいな敵にまた襲われるかも」
「そうだね」
「なのに、どうして」
「私が、あなたの幼馴染みで親友で、姉だから。それが理由じゃ、だめ?」
「……アイリスの気持ちはとても嬉しい。でも、私のわがままで、アイリスの……お姉ちゃんの未来を縛るのは……怖い」
 目をそらし、小さな声で呟くトワ。そんな彼女に私は告げる。私がトワの隣にありたいと願う理由を。
「私たちはお互いに隠し事をしないって約束したから。だから、正直に話すね?私もね、本当はずっと『ここではないどこか』へ行きたいって思ってたんだよ。ギルドはシンガーとしての能力を何よりも重視するでしょ?私は団長の娘として期待されてたけど、トワも知ってる通り正直私の力はそれに応えられるほど強くない。今はそうでもないけど、小さい頃は周りには『期待外れ』って思われてたんだよ」
 言葉に出しながら、私は昔の事を思い出していた。大人達の期待と、それに応えられないと判ったときの失望。私に向けられる身勝手な他人の視線は、子供だった私にも理解できる――心の傷になるものだった。
「父さんは大丈夫だと言ってくれたけど、それでも私は自分が一人の自立した人として、『アイリス』として見てもらえる場所が欲しいと思ってた。ここじゃないどこかで、親の名前や血筋に縛られず自分自身の力で認めてもらえる場所を探したかったんだ。でもね、私が本当に求めている場所はただの遠い場所じゃないことに気付いた。トワ、私はあなたと一緒に『ここではないどこか』で新しい自分を見つけたいんだ。それが私が望む、私の未来」
 私の言葉にトワは一瞬驚いたように目を見開き、すぐに視線を伏せる。トワの手は小さく震えながら胸元でぎゅっと握りしめられ、感情の揺らぎが瞳だけでなくその仕草にも現れている。微かに唇を噛んでから、意を決したように顔を上げ私を見つめる。戸惑いと期待が入り混じった不安定に揺れる瞳で。
「私と一緒で、いいの?」
 私が肯定の意志を込めて肯くと、トワは私の胸に飛び込んできた。細い腕が、私の背中にぎゅっとしがみつく。
「トワの隣が、いいんだよ」
 私は彼女の温もりを感じながら、優しく抱きしめ返す。少し乱れた彼女の銀髪に手を伸ばし、そっと撫でるとトワが少しだけ安心したように体の力を抜くのが分かった。胸の中で感じる鼓動が、私たちが共にいることの証のように響いている。
「……プロポーズみたい」
「言われてみれば確かにそうだね」
「でも私、そういう趣味はない」
「奇遇だね、私もそうだよ」
「死が2人を分かつまで?」
「まあ、結婚するわけじゃないけど……|姉妹《きょうだい》として永遠に、どこまでも一緒にいこうね」
 しばらく抱き合ったまま、普段通りの甘やかなじゃれ合いを。こうして私とトワは共に旅立つことを誓い合った。
>>Towa:Today
 2人で旅立つ事を決めた後、お義父さんにその事を報告した。|CM41F3C《ここ》を出て行く理由としてアイリスが考えてくれた「自由意志での調査任務」をお義父さんに提示し、許可を得た。
 心配性なお義父さんが特に反論する事もなく頷いたことに驚いたけど、この時何故お義父さんがあっさり同意したのか、私はその理由に気付く事はできなかった 事情を知った後になって振り返ってみれば、このときのお義父さんには反論や拒否する余地は無かったと判ったんだけどね。
 調査活動で向かう最初の目的地はここから8パーセク……26光年ほど離れたところにあるクレリスという名の、知の集積が行われている惑星だ。もちろん辺境の資源惑星から直行便が出ている訳じゃないから、乗り継ぎをしながらの旅になるらしい。まずはこの星から直接向かうことが出来る唯一の星、割と大きなギルド支部があるペレジスという星へ向かい、そこから先は航宙船の発着状況によって臨機応変に変更する事になるだろう、ってアイリスが言っていた。
 ……私の旅なのに、旅立ちの許可申請や移動の手配は全部アイリスに頼ってしまった。アイリスは本当頼りになる。実務処理能力をはじめとした頭脳面は言うまでもないし、ブラスターの腕前や戦闘でも。あれ、じゃあ私は何の担当なんだろう。シンガーとしての能力は旅の役には立たないし……癒やし担当かな?
 私がアイリスに心労を掛け、私がアイリスを癒やす。見事な自作自演だ。さすがに自重しないといけないし、頼り切りになるのも良くない。私もアイリスのために、できることをしないと。
 それはさておき。ペレジスへ向かうにはこの星で採掘したC3をギルド支部に届ける定期輸送船に便乗させてもらうしかないけど、これはこの星を出て行く人が皆使うルートらしい。タイミングの良いことに半年間隔で運行されている定期輸送船が次に軌道ステーションを訪れるのは2週間後の予定だ。そう待たずに私達は出発することが出来る。
 私には出発までの間にやっておきたい事があった。3ヶ月前の戦いで使った、ブラスターのカートリッジを用いた簡易グレネードを発展させる研究開発だ。
 事件の直後に思い立って、細々と研究を続けていたあれを仕上げておこうと思った。前回はカートリッジを直接銃撃するという緊急手段だったが、もしあの爆発を任意に引き起こすことが出来れば。そしてC3で効果を付与することができれば。再び鋼の獣《メタルビースト》と戦う事があるかどうかはわからないけど、宇宙を旅する以上は他の危機に遭遇する可能性だって考えられる。
 万が一のために自衛の、そしてそれ以上にアイリスを守るための手段を確保することは必要だ。急いで開発を進めないと。
 フォトン・イグナイトと名付けたこの武器はこれまでの試行錯誤の結果、カートリッジに取り付ける「C3内蔵の小型|発火装置《イグナイト》」を使って属性付与の爆発を任意のタイミングで起こせるところまで開発が進んでいた。そして戦いのあとからちまちまと作業をしていたので何種類かのイグナイトが実用レベルになるところまで研究は進んでいた。
 朱は爆発による広域攻撃。普通のグレネードと同じようなものだけど、小型で一見すると爆発物には見えないので持ち運びが便利だ。C3の調律次第で威力と範囲を調整できるので状況に応じて臨機応変に使い分けできるのが魅力的。
 実験の時に家の裏庭に大穴を開けてお義父さんとアイリスにひどく怒られたのは懐かしい記憶だ……いや、大穴は今でもまだ埋め戻されていないから、割と現在進行中の記憶だけど。
 蒼は冷凍グレネードになると思っていたけど、実際使ってみると効果範囲内の時間経過を鈍化させる|停滞《ステイシス》フィールドの効果が発揮されて驚いた。こちらはC3の調律による範囲変化はあまり無くて、遅延効果の強さと効果時間が変化するようだった。
 意外性がありすぎて、最初は何が起きたのか理解できなかったけど、機能を知るほどにこれは使えると思った。
 碧……これは効果が良くわからなかった。作動していることは確認できたけど、効果範囲内に目立った変化が見られない。蒼の反対で加速効果があれば支援用グレネードになるんじゃないかと期待していたんだけど。
 ここ最近、碧の研究に熱中していたけど、今のところ確固たる手がかりはつかめていない。
 |混合《ブレンド》も試してみたけど、こちらは各色の効果が互いに相殺し合うのか、今のところうまく発動していない。まあ無理矢理効果を引き出す乱暴な手法だから仕方ないけど、まだまだ研究の余地がありそうだ。
 ただ|全色調律《フルチューン》した白だけは効果があった。カートリッジを直接炸裂させた時と同じような閃光はそのままに、光圧による衝撃を音に変換したような|閃光手榴弾《フラッシュバン》とでもいえる効果が。
 これが誤爆してひどい目に遭ったことはあまり思い出したくない。現象的にも、お説教的にも……ほんと、ひどい目にあった。ともあれ、非殺傷の停滞フィールドと使いどころは似ているけど、状況に応じて使い分けることが出来れば戦術の幅が広がるかもしれない。
 鋼の獣《メタルビースト》の防御フィールドに直接干渉できるような効果が得られれば言うこと無しなんだけど、流石にそう都合のいいものが開発できる訳もないし、そもそも稼働している鋼の獣《メタルビースト》がいないと分析や検証もできない。なので今回は対|鋼の獣《メタルビースト》用としては停滞グレネードを当てることにする。
 以上のことをとりまとめてアイリスに報告したら、ものすごく怖い顔をされた。
「トワ、それ絶対に他人に製法教えちゃだめよ?現物を渡したり、見せるのも」
「特許とるの?」
「ちがう!そんな小型で、爆発物と認識できないもの、テロや犯罪に使い放題でしょうが!」
 言われてみればそうだ。武器が持ち込めない場所であっても、日用品の動力源に見せかけてフォトンカートリッジを持ち込むことは認められるだろうし、|発火装置《イグナイト》の方は単体では単なるC3内蔵のスイッチでしかないから手荷物検査をされても余裕でパスすると思う。そしてその二つを組み合わせると、強力な爆発物になり得る。
 研究成果を出すことに集中しすぎてそんな簡単なことを見逃していた。これじゃ、アイリスの癒やし担当どころか、心労担当になっちゃうよ。
「それは、考えてなかった」
「はぁ……とりあえず、これは普段使い厳禁ね。他に手が無い時、周りに他の人がいない時以外は使わないように」
「……わかった」
「あとね」
「うん」
「ありがとう。私を守るためにがんばってくれたんでしょう?」
「……うん」
 そして開発を急いだ理由もしっかりと見抜かれていた。やっぱり、私はお姉ちゃんにはかなわないようだ。
 出発予定日が近づいた。このところアイリスは一人で出かけることが多くなった。何をしているのか聞いたら、アイリスはにっこりと微笑んで、ただ「思い出作り」って答えた……なんだろう、それ。
 そして私達はお義父さん……いや、開拓団長から星外任務へ就くギルドメンバーに与えられる「ギルド章」を受け取った。ギルド章は、|モーリオン《黒水晶》ギルドの名の由来である漆黒の水晶を削りだしたペンダントの形をしている。その黒水晶、すなわちC3はギルドの象徴そのものであり、特別な存在としての証でもある。
 通常、ギルドメンバーは活動拠点としている惑星の外に出ることはまれだから日常的に身分証を必要としないし、またそもそも貸与されることもない。しかし星外任務を受けるギルドメンバーが担う任務の重要性から他支部やギルド外からも支援を迅速に受けられるように、また必要に応じてその地位を示すためにギルド章が特別に貸与されることになっているそうだ。
 見た目はただの黒水晶のペンダントのようだからぱっと見には偽造が容易にも思えるかもしれない。けどこのギルド章に使われている漆黒の水晶は、最高品質である「SSランクのC3」であり、ギルド外ではほぼ入手不可能。さらにこのC3にはギルドの独自技術でしか施せない刻印が施されていて、その存在と刻印こそが真贋の証明でもあるとお義父さんは言った。
 さらにギルド章の内部には所有者のパーソナルデータと、その職種やランクに基づく「固有の証」が記録されている。そのため、たとえ他人がギルド章を奪ったとしても、それを用いて身分を偽ることは不可能なのだそうだ。
 ギルドにとってこの徽章以上に信頼のおける身分証明は存在せず、また貸与される事自体がギルドから深い信頼を得ているという証でもある。当然のことながらおいそれと貸与されるものではないそうで、実際これまでこの居留地でギルド章を持っていたのは管理官でもあるお義父さんだけだった。
「父さん……これ、かなり無理をしたんじゃないの?」
「大事な娘達の旅立ちだ。父親としてしてやれる最大限の事をしたまでだ」
「お義父さん、私の名前」
「ああ、この星で私の庇護下にあるお前は『トワ・ブースタリア』だ。だが星々の世界に旅立つのであれば、お前は『トワ・エンライト』を名乗るべきだ。アルフレッドもきっとそれを望んでいる」
 「エンライト」は私を最初に引き取ってくれたパパの姓で、7歳まで私はその名前で生きていた。その後、お義父さんの養子になり、アイリスと同じ「ブースタリア」の姓をもらったことは私にとって誇りだったし、心の底から嬉しかった。だって、大好きなアイリスと本当の姉妹になれたんだから。
 だからこそ今回お義父さんから私に再び「エンライト」の姓を名乗るようにと言われたことで、正直少し驚いたし寂しくもなった。もちろんお義父さんの元で過ごした時間は私にとってかけがえのないもので、今でも「ブースタリア」と名乗れた事を感謝している。
 でも、こうして旅立つ時に元の姓である「エンライト」を名乗らせてくれるというのは、お義父さんが私に「自由に、自分らしく生きていい」と言ってくれているのだと感じた。
 お義父さんは、私がどこへ行っても私が私自身でいられるように、そして私のルーツを大切に思い出しながら新しい道を進めるようにしてくれたのだと思う。お義父さんが私を信じて送り出してくれることに、心から感謝したいと思った。
「お義父さん、ありがとう。これまで育ててくれて。大事にしてくれて。どう感謝したらいいかわからないぐらい、感謝してる。そして恩を返せない事を、心から申し訳なく思う」
「気にする事は無い。親が子を慈しむのは当然のことだ。そして子はいつか親の元から巣立ってゆくものだからな。アイリス、私の娘であるトワの事をよろしく頼む。そしてトワ、私の娘であるアイリスの事をよろしく頼む」
「「はい」」
 私は、この人の娘でいられて本当に良かった。心の底から、そう思った。
「そうだ、最後に手向けの言葉として星々の世界を旅する者の挨拶を教えておこう。星を渡る者達は星で暮らす者達と異なる刻を生きる事になる。たとえ無事に故郷に戻れたとしても、すでに星では長い時間が過ぎ、知人も友人も全て過去のものとなっているだろうから」
 お義父さんが言う「刻の流れ」というのは亜光速航行に伴う時差、つまり|時間の遅れ《タイムディレイ》の事だ。遠くへ、そして長く旅するほど惑星に住む人々との時間はどんどんずれていく。いずれ私達が故郷に戻る事があったとしても、自分を知る者はもう誰もいないかもしれない。
 だからこそ、星を旅する者たちの別れの言葉は再会を約束する「またね」ではなく、永遠の別れを意味する「さようなら」なのだと聞いたことがある。
「それでも、旅立つ者も、見送る者も、再会を願うのだ。それが叶わぬものと知りながら。星を渡る者達への離別の言葉、いつか再び巡り会う事を願う挨拶の言葉は……」
 旅立つ私も切に願う。
「いつかまた、|大宇宙《おおぞら》のどこかで」
 ――お義父さんと、再会したいと。
「私はちょっと納得いかないかな……」
 お義父さんの執務室を退去し、自室へ戻る途中に少しむくれたアイリスがそう言った。長い付き合いなので、何を考えているかは大体わかる。
「名前のこと?」
「だって、姓が変わったら、私とトワが姉妹だって言えなくなるじゃない」
「名前が変わってもアイリスとの関係は変わらない。それに、姓が違うと結婚もできる」
「……へっ?」
「しないけど」
「トワぁぁぁ!」
 私の不意打ちに珍しく顔を真っ赤にして狼狽するアイリス。珍しいものが見れた。本当は、名前が変わってもアイリスは私のお姉ちゃん、と言いたかったのだけど、それは秘密だ。
 私達は隠し事をしない仲だとはいえ、そんな恥ずかしいことは面と向かって言えないからね。それに言葉は違えどアイリスの事を大事に思っているという事は伝えたつもりだから。
 軌道ステーションからの連絡で、定期輸送船の到着が予定日から2日ほど遅れそうだと連絡が入った。それぐらいの遅れは時折あることらしいので、特に気にする事も無いだろう。予定外のロスタイムを使い、友人達と最後の時を満喫した。多くの友人達は私達の旅立ちの前途を祝してくれたけど、エミリーだけは何故か、もうあと一月早ければ……と言って悔しそうに泣いていたのが印象的だった。
 ――そして旅立ちの朝。
 私は荷物を再確認する。パパの形見であるブラスター。いくつかのカートリッジと数個の試作イグナイト。以前購入したメディキット。あとは着替えを少々。小さなトランク一つに収まった。虹水晶のペンダントとギルド章を首から掛ければ、旅立ちの準備は終了だ。
 アイリスの助言を受けてイグナイトの研究資料は廃棄した。その他の身の回りのものは……お義父さんに頼んで処分しておいてもらおう。8年……人生の半分以上を過ごした部屋に一礼し、扉に鍵を掛けた。
 ――私が|CM41F3C《ここ》ですべきことは、これで全て終わった。
 いつかまた、|大宇宙《おおぞら》のどこかで。
 叶うことの無い再会を|希う《こいねがう》別れの挨拶を居留地の皆に告げ、私は軌道ステーションへと向かうHLVへと乗り込んだ。