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#6

ー/ー



>>Iris

 採掘されたC3を衛星軌道上の航宙船発着プラットフォームである軌道ステーションまで運ぶためには重量物打ち上げロケット、つまりHLVが用いられる。このHLVは星外へ搬出する鉱物資源だけでなく、半年ごとに交代する軌道ステーションのスタッフをはじめとした人員も運ぶことができる構造になっている。この星から星外へ向かう人は多くないとはいえ、その僅かな需要に応えるために、HLVには小型ながら乗客用のキャビンが備えられているんだ。

 私が重い荷物の搬入を終えてキャビンに足を踏み入れると、既にトワがシートに座っているのが目に入った。トワはその小柄な体をすっぽりとシートに沈め、窓の外をじっと見つめていたが、私に気付くと声を掛けてきた。

「アイリス、遅かったね」
「荷物の確認と搬入をしてたからね。ところでトワ、忘れ物はない?」
「ない。必要なものは全部持ってきた」
「本当に?」
「うん」
「そう。じゃあ、鋼の獣(メタルビースト)の残骸……必要じゃ無かった?」
「……あ」

 いつもの無表情で出来うる限りの様子でしまった、という顔をするトワ。星外での調査任務に赴く大義名分になる鋼の獣(メタルビースト)を格納したコンテナを自宅の倉庫に置き忘れていたことに気づいたのだろう。トワが先に出立し、最終確認を任された私がそのコンテナがひっそりと放置されているのを見つけた時の驚きと言ったら。
 この子、本気で出発準備が万全だったと思ってたんだろうな……と少し呆れもしたけれど、それ以上に私が同行することにして本当に良かったと胸を撫で下ろした。
 だって私がいなかったらきっと、星外に出てから気づいて途方に暮れていたに違いないからね。トワが無事に旅立てるのも、私が一緒にいるからだって思えるのは少しだけ誇らしい気もする。そう思うと、自然と安堵と嬉しさが心に広がったけど、こんなこと本人に言えるはずもない。

「トワはしっかりしてる時と抜けてるときの落差が激しすぎるよ」
「ごめん」
「まあその分、お姉ちゃんの私がしっかりして……あっ」
「ん?」
「もう私、トワのお姉ちゃんじゃなかったね」

 トワが私と同じブースタリア姓では無くなったということは、姉妹ではなくなったということだ。少し寂しいけど、父さんの庇護下から離れて自立したトワのことはもう、妹と呼んでいけないんだ。

「どうして?アイリスは今でも私のお姉ちゃん」

 小首をかしげてそう言うトワ。その瞳は虹色のままで感情が読めない。

「いいの?」
「むしろ、どうしてそういう話になるかわからない。そもそも私とアイリスは血が繋がってないけど姉妹。なら、名前が変わったぐらいで何か変わるとは思わない」
「でも世間の人達はそう思ってくれるかな……」
「私達の関係は世間が決めることじゃない。私達自身がどう思っているかが全て。だからこれまでも、これからも私はアイリスの妹」
「……そっか。私、これからもお姉ちゃんでいていいんだ。じゃあ、トワ。これからもお姉ちゃんってよ――」
「それは無理」
「ええぇ……即否定?ここは素直にお姉ちゃんって呼ぶところでしょ?」
「くせになったら、良くないから」

 同じ姓だから姉妹なのではなく、私とトワだから姉妹。そういうことなのかな。でも姉呼びして欲しいという私の要望は話の途中で遮られ、否定された。全くひどい妹だよ、トワは。


 私が軌道ステーションへ来るのは2度目だ。スクールの初等科で行われている社会見学で訪れたきりなので、前回の訪問はもう6年ほど前のことだろうか。
 HLVから漂うように降りると、そこは無重力状態。観光客はおろかビジネス客も寄り付かない辺境、さらには乗り継ぎ便も無い行き止まりの星に置かれた軌道ステーションなので、ここにあるのは必要最低限の設備だけだ。
 貨物の積み下ろしと航宙船の物資補給を行う作業デッキ、フォトンエネルギーの生産施設、あとは数名の常駐職員のために用意された小さな居住空間。

 一応、航宙船の乗務員向けの休憩スペースを兼ねた待合室的なものも用意されているけど、ショップやレストランのような気の利いた旅客向けサービスの類いは当然用意されていない。そもそも来ないしね、旅客。
 移民者が来る予定も無い資源惑星に配備された、必要最低限の機能だけをコンパクトにまとめた仮設ステーションに多くを求めるのは酷な話で、その「必要最低限」の中には人工重力は含まれていないという訳だ。

「アイリス、ここ何も無い」
「そう?ちゃんと空気はあるじゃない」
「それは盲点」

 トワが言うように、一見するとここには何も「ない」。でも、ここには私達人間が生きるために必要な「空気」がある。
 これから私達が旅をする宇宙空間では、その空気すら無い、本当に何も無い空間だ。そういう意味では、空気も、生存に必要な熱も存在しているこのステーションには十分「ある」と言えるだろう。たぶん、そういう認識に切り替えないと宇宙では生きていけないからね。

 私達が便乗させてもらうキャメル067と言う名の航宙船は既に入港しているようで、ペレジスから運んできた荷物をHLVに、HLVからはC3コンテナが航宙船の貨物室に、それぞれ運び込まれている様子が見えた。鋼の獣(メタルビースト)のコンテナもC3と同じように貨物室へ搬入される事だろう。
 積み込み作業が行われている間に私とトワは待機室で着替えをすませることにした。宇宙空間で過ごす際に地上と同じような衣服を着ているとさまざまな問題が生じる。生存性の面にも問題があるけど、無重力だとスカートは厳しいからね。
 だから万が一の事態に備えた生存率の向上を目的に、専用船内服「コスモスーツ」の着用が推奨されているんだけど……無重力って着替えをするのも一苦労なんだ。頭では判ってたけど、そういうことを改めて思い知った。
 社会見学の時にも一度コスモスーツは着たことあるけど、あの時は地上で着替えて軌道上へ上がってたからね。うん、これは子供には無理だ。トワはもう子供じゃないけど、隣で悪戦苦闘してるし……。

「手伝おうか?」
「むー。とりあえず、がんばる」
「そう?もし無理ならちゃんとお姉ちゃんに言うのよ?」
「子供扱いは、よくない」
「子供扱いじゃないよ?妹扱いだよ?」
「……それなら、いいけど」

 コスモスーツは気密性と保温性に優れた特殊素材で全身を覆うように設計されていて、宇宙空間での急激な温度変化や空気漏れに対して保護機能を発揮してくれる。
 襟元には機密ヘルメットの代わりになる酸素供給(エア)フィールド発生装置が左右に一つずつ、合計二基装着されている。この装置には呼吸に必要となる酸素を供給する触媒が内蔵されていて、フィールドが展開することで突然の減圧や真空環境に晒されても数時間なら生命を維持することが可能なのだそうだ。
 コスモスーツを渡してくれたステーションの職員からは、短時間であれば船外活動(EVA)にも使えますよと説明を受けたけど……これに頼ってEVAしたり、船外に放り出されて命を繋いだりする事態は避けたいものだ。

 コスモスーツには他にも宇宙空間での暮らしをサポートする機能がある。「一般的な」低重力の軌道ステーションや、無重力の航宙船内でスムーズに移動するためには訓練が必要だけど、当然私達はそんな訓練を受けたことが無い。だからHLVからここへ移動する短距離の間にも結構苦労した。
 そんな移動をサポートしてくれるのがコスモスーツのブーツ。靴裏に微弱な磁気を発生させることで歩行をサポートしてくれる。宇宙慣れしていない旅人には必須の装備だよね、これ。

 ちなみに私が着ているのは全体的に丈を詰めた、白に近いライトグレーを基調として赤いラインが入ったコスモスーツ。機能上、体にフィットするデザインになっているため、どうしてもボディラインがはっきり出てしまう。
 私は自分のスタイルには自信がある方だけれど、こうして体に密着するスーツで四六時中生活することを考えると、やはり少し恥ずかしい気もする。特に胸のあたりが少しきつくて、動きにくいのも正直ストレスだ。下にアンダーウェアは着てるから必要のないときは胸元までチャックを開けて少しでも楽にしておきたいけど、それはそれで扇情的に見えるだろうし。
 ……航宙船のクルーがどういう人かも判らない以上、そういうのはまずいかな、と思う。紳士的な人ばかりならいいんだけど、そういう訳にもいかないだろうしね。

 しばらく格闘して、どうにか独りで鈍いグレーに青いラインが入ったコスモスーツを着用し終えたトワは……私とは違って体型がスーツにピッタリと馴染んでいる。凹凸が少ない控えめなスタイルのおかげで私よりもずっと動きやすそうだ。今に限って言えばちょっと羨ましく思うくらいに。まったく、こういう状況では控えめ(・・・)な方が有利なんて、皮肉なものだ。

「アイリス、何か失礼なこと考えてる?」
「何のことかな?」
「見てた。特に、胸のあたり」

 トワに真顔で追求された。どうやら目線の動きで何を考えていたか悟られたらしい。どうしてこういうときだけカンが良いのだろう、この子は。若干の申し訳なさを誤魔化すために別の話題を振っておこう。

「ところでトワ、機内持ち込みの手荷物がやけに少ないようだけど」
「大丈夫。いるものは全部持ってきた」
「私が用意した着替えのトランクは?貨物室に預けたの?」
「あれは置いてきた」
「えっ?」
「着替えは自分で用意した」
「その小さなトランクに?ちなみに、どれぐらい着替えを持ってきたの?」
「換えのTシャツが入ってる」
「それ以外は?」
「それだけ」
「…下着は?」
「今、履いてるよ?」

 うん、知ってた。こういう子だという事は。だからちゃんとした服や下着を新しく用意して、トランクに詰めて、トワの部屋に用意しておいたんだけど。忘れた、ではなく置いてきた、という事はもちろん故意だろう。今頃、父さんもびっくりしてるだろうなぁ……。

「オシャレ担当はアイリスに任せてる」
「いや、そういうレベルの話じゃないでしょ?ペレジスで乗り換え(トランジット)待ちしてる間にちゃんとした服を買うからね」
「えー」
「コスモスーツは着るのに、なんで普通の服は嫌がるの……」
「これは無いと困る服。普通の服や下着は無くても困らない」
「いや、人として困るからね?服着てないと文明人と認めて貰えないからね?」
「私は誰もが服を着ない、むしろ着ると失礼になる星で生まれた」
「その設定、今思いついたよね?それに故郷の星をそんな奇妙な星にするのはやめてあげてね?」
「私の星では自由が尊ばれる」
「そもそもどこの星なのよ、それ」
「これからそれを探しに行く」

 真顔で押し切るトワに思わず吹き出してしまった。以前からトワはこんな調子だけど、私をからかっているのか、それとも本気で服を着るのが嫌なのか正直よくわからなくなってきた。でもまあ、トワのことだから仕方ないのかもしれない。いくら言い合ってもこのままじゃれ合って終わるし、いつも最後は笑ってしまう。だからそれでいいのだろう、きっと。

 着替えた服をトランクにしまい、キャメル067への乗船手続きを行った。手続きと言っても出国……いや出星ゲートのようなものがある訳でも、チェックインカウンターがある訳でもない。なにせギルドの直轄地だからね、うちは。
 なので手続きといっても、船のエアロックで船長に名前と身分を告げ、ギルド章を提示するだけ。教えてくれた父さんによると、これは古来から続く伝統的な作法らしい。

「アイリス・ブースタリア、モーリオンギルドの管理官です。乗船許可願います」
「おう、若き管理官殿か。乗船、許可する」
「トワ・ブース…じゃなくてトワ・エンライト。クリスタルシンガー」
「シンガー殿も、歓迎だ。俺はキャメル067の船長、オットーだ。乗船を許可する」

 オットーと名乗った船長さんは体格の良い40代ぐらいの男性だ。もっとも亜光速船の乗員なので戸籍上の年齢はもっと上……たぶん300歳とか400歳とかだろうけど。ともあれ堅苦しくなさそうな人なので、ちょっと安心した。船長に案内されてエアロックから乗船、私達は船上の人になった。

「ここからペレジスまでは亜光速で飛ばしても船内時間で2ヶ月ちょっと掛かる。狭い船内でたいした娯楽もないから退屈だと思うが、まぁゆっくりと船旅を楽しんでくれ」
「はい、船長のご厚意に感謝します」
「あー、あとその堅苦しい話し方は勘弁してくれると助かる。俺たちもそれに合わせて丁寧に返さないといけなくなるが、正直そういうの苦手でな。下手に気を使って、かえって失礼なこと言っちまうかもしれないからな」
「わかったよ。正直、私もかしこまった話し方は好きじゃ無いから、気楽にいかせてもらうね」
「おう、ありがとうな嬢ちゃん。なんかそっちの方が『管理官殿』って感じがしなくて、安心するぜ。しかし、2人ともその年で黒水晶(ギルド章)持ちとは、なかなかのもんだな?ここから何人か乗せたことはあるが、若い連中はみんなギルドを抜けたやつばっかだったからな」
「アイリスは超優秀。私はただの付き添い」
「いや、逆だよね?トワの用事で星外に出るんだよね?」
「そういう説もある」
「はははっ、仲が良いんだな」
「私達、姉妹だから」
「ん?ああ、そうか……なるほど」

 一見すると大雑把そうな船長さんだが、さすが宇宙を飛ぶ船の管理を任された人だけの事はある。乗船許可の際にトワが言い間違えた名前と今の言葉から、私達の事情と関係をある程度推測したのだろう。

「この船のクルーは俺を含めて4人、全員が男で航行中は二交代で回してる。残りの3人は積み込み作業中なんでな、出航準備が整ったら改めて紹介する」

 船長はそう言いながら、船内の廊下を進む。廊下は狭く、無駄のない設計だ。左右に4つずつ計8つに区切られたスペースが整然と並んでいる。どうやらあれが船員用の簡易ベッドなのだろう。
 各スペースの通路側には透明なシールドが設置されているが、おそらく就寝時には不透明になって外部の光や音を遮断する仕組みなんだろう。いくら航宙船とはいえ、プライバシーは必要だからね。
 この手の装置の常として密閉状態で内部の気圧や温度が快適に保たれるのは当然として、横になったまま照明や温度などを調整したり、必要に応じて娯楽コンテンツ等を表示したりして長い航行中に少しでもリラックスできるよう工夫されているはずだ。

「今通ったエリアがクルーレスト、寝室みたいなもんだ。個室を取れる程スペースが無くて申し訳ないが、嬢ちゃん達にも専用のスペースを割り当ててあるから後で確認してくれ。で、ここがラウンジ。ブリーフィングルームも兼ねている」

 気密性の高そうな扉の先には比較的広めな空間になっていた。テーブルと四人分の椅子が中央に機能的に配置されている。航行中の揺れに対応できるように床に固定された椅子には回転機構が付いており、座ったまま方向を変えられるようになっているようだ。
 よく見ると座面にマジックテープの様なものがついている。これで椅子とコスモスーツを緩やかに固定するんだろうか?無重力だと椅子はいらないように思えるけど、立ったままより座ったポーズの方が気分的に楽なんだろうね、きっと。

 ラウンジはブリーフィングルームを兼ねているのでテーブルには操作卓が、壁面には大型のホロディスプレイが備え付けられている。今はホロディスプレイに外部カメラ経由の積み込み作業の様子が映し出されいるけど、オットー船長の説明によれば航行中はブリッジで扱う情報なんかも表示もできるようになっているらしい。食器やツール類は全て壁面の収納に収められて普段はパネルで覆われているとの事だ。

「まぁ食器を使うことなんて殆ど無いけどな」
「ご飯、出ないの?」

 トワの瞳が悲しみを示す深い蒼になっている。いやいや、食事が無かったら生きていけないでしょう。

「心配無用だ。ちゃんと毎日3食あるぞ。楽しみにしておいてくれ」
「わかった。超期待する」
「トワ、たぶん超期待するとあとでがっかりするんじゃないかな?」
「どうして?宇宙でご飯。超期待」

 まぁ、妹の夢をわざわざ壊すこともないか。どうせ、最初の食事で壊れることになるだろうし。
 そんなことを考えながら改めて見回したキャメル067の船内は全体的に金属や樹脂の質感が際立つ無機質な空間だけど、必要なものはすべて手の届く範囲に揃っていて機能性を極限まで追求したデザインになっていだ。
 まあ航宙船っていう存在自体が合理性の塊だから当然と言えば当然なんだけど。男所帯と聞いて乱雑な船内を予想してたんだけど、思ったよりも整然としている事に驚くと共に安心した。ここで2ヶ月を過ごすことになるのだから、快適であって困ることはないからね。

 船内の案内――といっても立ち入れるスペースは限られているため見て回るのにそう時間はかからなかったが――を受けた私達は割り当てられた簡易ベッドスペースへ手荷物を放り込み、ラウンジで一息ついた。


 その後、出航前のブリーフィングが行われクルーの紹介を受けた。
 副長兼航宙士であるアドバーグさん。おそらく50代。オットー船長より年上でベテランの航宙船(ふな)乗り、それも叩き上げらしいので、色々と面白い話が聞けそうだ。

 医療の心得がある機関士、ボースンさん、40代後半ぐらい。甲板長(ボースン)も兼任しているのかと聞いたらニヤリと笑って「そうそのボースンだが、俺の仕事は機械と人体の修理なんでな、名前で混乱するなら機関士ドクター・ボースンって呼んでくれ」と返され、トワが混乱していた。どうも鉄板のネタらしい。見た目は厳ついけど、お茶目な人なんだろうな。

 最後に新人で通信士兼デッキクルーを務めているジョウさん。新人と言っても26歳だそうで、私よりも10歳も年上だ。いかにも船乗りといった様子の先輩3人と違って物静かな印象の人だ。

 出港時や入港時は全員勤務、亜光速航行中は二交代制のシフト勤務で、船長と新人のジョウさん、アドバーグさんとボースンさんが組になって当直を務めているらしい。乗客である私達はシフトに関係無いから好きな時間に寝起きしてくれていいと言われたけど、どうせなら全員と話をしたいのでシフト交代のタイミングを挟んだ時間帯で起きていることにした。ブリーフィングが終わり船長さん達はブリッジへ向かい、私達はラウンジでブリッジと軌道ステーションのやりとりが中継されている壁面ホロディスプレイを見ながら待機することになった。

「いよいよ出発だね」
「私達の旅はこれからだ?」
「いや、それコミックとかの打ち切り常套句でしょ」
「アイリス先生の次回作にご期待下さい?」
「次回作って何よ……」

 トワとのいつものじゃれ合いをしているうちに出港準備が整ったようだ。ホロディスプレイにジョウさんとステーション側の管制官がやりとりする様子が映っている。今日の担当管制官は私の顔見知りだ。そう親しいわけでもないけど、彼の顔を見るのもこれが最後になるかと思うと少し感慨深く感じる。

『ポートコントロールよりキャメル067、出航前最終確認を行う。推進システムおよび通信システムの状態を報告願う』
『こちらキャメル067、システムオールグリーン。出港準備完了しています』
『キャメル067、発進ルートはクリア、出航を許可する。いつもの通り安全運航と定時到着を祈る。それと……うちのお嬢様方のエスコート、よろしく頼む』
『キャメル067、船長のオットーだ。よろしく頼まれた。団長殿に任された、と伝えておいてくれ』
『了解、交信終了』

 最後に交信に割り込んだオットー船長が一言付け加え、ステーションとのやりとりは終了した。さあ、出航だ。

 レゾナンスドライブが作動し、共鳴波が低く響き始めた。C3がその力を解き放ち、船全体が共鳴するように振動を始める。微かな低音が骨を伝って体の奥に響く。体の奥にこだまするその音は旅の始まりの合図であり、そして故郷から旅立つ瞬間であるという実感を私の体に刻み込んでゆく。

 深く息を吸い込む。航宙船のエアコンから吹き出す空気は冷たく、微かに金属とオゾンの匂いが混じっていた。

 気付けばホロディスプレイに映し出された軌道ステーションと、その向こうに見えるCM41F3C(ふるさと)がどんどん小さくなっていた。トワと私が食い入るようにホロディスプレイを見つめる間にも見慣れた星々が遠ざかり、星の海が視界いっぱいに広がってゆく。

「ありがとう、そして。
 ――さようなら」

 隣に座るトワが小さく呟いた言葉に、私は黙って彼女の手を握った。ぎゅっと握り返すトワの手は微かに震えていたけど、視線はホロディスプレイに映るCM41F3C(ふるさと)から離れない。

 もうすでに小さな点にしか見えない星を、2人でずっと見つめながら。

 ――私達は、星々の世界へと、旅立った。



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>>Iris
 採掘されたC3を衛星軌道上の航宙船発着プラットフォームである軌道ステーションまで運ぶためには重量物打ち上げロケット、つまりHLVが用いられる。このHLVは星外へ搬出する鉱物資源だけでなく、半年ごとに交代する軌道ステーションのスタッフをはじめとした人員も運ぶことができる構造になっている。この星から星外へ向かう人は多くないとはいえ、その僅かな需要に応えるために、HLVには小型ながら乗客用のキャビンが備えられているんだ。
 私が重い荷物の搬入を終えてキャビンに足を踏み入れると、既にトワがシートに座っているのが目に入った。トワはその小柄な体をすっぽりとシートに沈め、窓の外をじっと見つめていたが、私に気付くと声を掛けてきた。
「アイリス、遅かったね」
「荷物の確認と搬入をしてたからね。ところでトワ、忘れ物はない?」
「ない。必要なものは全部持ってきた」
「本当に?」
「うん」
「そう。じゃあ、|鋼の獣《メタルビースト》の残骸……必要じゃ無かった?」
「……あ」
 いつもの無表情で出来うる限りの様子でしまった、という顔をするトワ。星外での調査任務に赴く大義名分になる|鋼の獣《メタルビースト》を格納したコンテナを自宅の倉庫に置き忘れていたことに気づいたのだろう。トワが先に出立し、最終確認を任された私がそのコンテナがひっそりと放置されているのを見つけた時の驚きと言ったら。
 この子、本気で出発準備が万全だったと思ってたんだろうな……と少し呆れもしたけれど、それ以上に私が同行することにして本当に良かったと胸を撫で下ろした。
 だって私がいなかったらきっと、星外に出てから気づいて途方に暮れていたに違いないからね。トワが無事に旅立てるのも、私が一緒にいるからだって思えるのは少しだけ誇らしい気もする。そう思うと、自然と安堵と嬉しさが心に広がったけど、こんなこと本人に言えるはずもない。
「トワはしっかりしてる時と抜けてるときの落差が激しすぎるよ」
「ごめん」
「まあその分、お姉ちゃんの私がしっかりして……あっ」
「ん?」
「もう私、トワのお姉ちゃんじゃなかったね」
 トワが私と同じブースタリア姓では無くなったということは、姉妹ではなくなったということだ。少し寂しいけど、父さんの庇護下から離れて自立したトワのことはもう、妹と呼んでいけないんだ。
「どうして?アイリスは今でも私のお姉ちゃん」
 小首をかしげてそう言うトワ。その瞳は虹色のままで感情が読めない。
「いいの?」
「むしろ、どうしてそういう話になるかわからない。そもそも私とアイリスは血が繋がってないけど姉妹。なら、名前が変わったぐらいで何か変わるとは思わない」
「でも世間の人達はそう思ってくれるかな……」
「私達の関係は世間が決めることじゃない。私達自身がどう思っているかが全て。だからこれまでも、これからも私はアイリスの妹」
「……そっか。私、これからもお姉ちゃんでいていいんだ。じゃあ、トワ。これからもお姉ちゃんってよ――」
「それは無理」
「ええぇ……即否定?ここは素直にお姉ちゃんって呼ぶところでしょ?」
「くせになったら、良くないから」
 同じ姓だから姉妹なのではなく、私とトワだから姉妹。そういうことなのかな。でも姉呼びして欲しいという私の要望は話の途中で遮られ、否定された。全くひどい妹だよ、トワは。
 私が軌道ステーションへ来るのは2度目だ。スクールの初等科で行われている社会見学で訪れたきりなので、前回の訪問はもう6年ほど前のことだろうか。
 HLVから漂うように降りると、そこは無重力状態。観光客はおろかビジネス客も寄り付かない辺境、さらには乗り継ぎ便も無い行き止まりの星に置かれた軌道ステーションなので、ここにあるのは必要最低限の設備だけだ。
 貨物の積み下ろしと航宙船の物資補給を行う作業デッキ、フォトンエネルギーの生産施設、あとは数名の常駐職員のために用意された小さな居住空間。
 一応、航宙船の乗務員向けの休憩スペースを兼ねた待合室的なものも用意されているけど、ショップやレストランのような気の利いた旅客向けサービスの類いは当然用意されていない。そもそも来ないしね、旅客。
 移民者が来る予定も無い資源惑星に配備された、必要最低限の機能だけをコンパクトにまとめた仮設ステーションに多くを求めるのは酷な話で、その「必要最低限」の中には人工重力は含まれていないという訳だ。
「アイリス、ここ何も無い」
「そう?ちゃんと空気はあるじゃない」
「それは盲点」
 トワが言うように、一見するとここには何も「ない」。でも、ここには私達人間が生きるために必要な「空気」がある。
 これから私達が旅をする宇宙空間では、その空気すら無い、本当に何も無い空間だ。そういう意味では、空気も、生存に必要な熱も存在しているこのステーションには十分「ある」と言えるだろう。たぶん、そういう認識に切り替えないと宇宙では生きていけないからね。
 私達が便乗させてもらうキャメル067と言う名の航宙船は既に入港しているようで、ペレジスから運んできた荷物をHLVに、HLVからはC3コンテナが航宙船の貨物室に、それぞれ運び込まれている様子が見えた。|鋼の獣《メタルビースト》のコンテナもC3と同じように貨物室へ搬入される事だろう。
 積み込み作業が行われている間に私とトワは待機室で着替えをすませることにした。宇宙空間で過ごす際に地上と同じような衣服を着ているとさまざまな問題が生じる。生存性の面にも問題があるけど、無重力だとスカートは厳しいからね。
 だから万が一の事態に備えた生存率の向上を目的に、専用船内服「コスモスーツ」の着用が推奨されているんだけど……無重力って着替えをするのも一苦労なんだ。頭では判ってたけど、そういうことを改めて思い知った。
 社会見学の時にも一度コスモスーツは着たことあるけど、あの時は地上で着替えて軌道上へ上がってたからね。うん、これは子供には無理だ。トワはもう子供じゃないけど、隣で悪戦苦闘してるし……。
「手伝おうか?」
「むー。とりあえず、がんばる」
「そう?もし無理ならちゃんとお姉ちゃんに言うのよ?」
「子供扱いは、よくない」
「子供扱いじゃないよ?妹扱いだよ?」
「……それなら、いいけど」
 コスモスーツは気密性と保温性に優れた特殊素材で全身を覆うように設計されていて、宇宙空間での急激な温度変化や空気漏れに対して保護機能を発揮してくれる。
 襟元には機密ヘルメットの代わりになる|酸素供給《エア》フィールド発生装置が左右に一つずつ、合計二基装着されている。この装置には呼吸に必要となる酸素を供給する触媒が内蔵されていて、フィールドが展開することで突然の減圧や真空環境に晒されても数時間なら生命を維持することが可能なのだそうだ。
 コスモスーツを渡してくれたステーションの職員からは、短時間であれば|船外活動《EVA》にも使えますよと説明を受けたけど……これに頼ってEVAしたり、船外に放り出されて命を繋いだりする事態は避けたいものだ。
 コスモスーツには他にも宇宙空間での暮らしをサポートする機能がある。「一般的な」低重力の軌道ステーションや、無重力の航宙船内でスムーズに移動するためには訓練が必要だけど、当然私達はそんな訓練を受けたことが無い。だからHLVからここへ移動する短距離の間にも結構苦労した。
 そんな移動をサポートしてくれるのがコスモスーツのブーツ。靴裏に微弱な磁気を発生させることで歩行をサポートしてくれる。宇宙慣れしていない旅人には必須の装備だよね、これ。
 ちなみに私が着ているのは全体的に丈を詰めた、白に近いライトグレーを基調として赤いラインが入ったコスモスーツ。機能上、体にフィットするデザインになっているため、どうしてもボディラインがはっきり出てしまう。
 私は自分のスタイルには自信がある方だけれど、こうして体に密着するスーツで四六時中生活することを考えると、やはり少し恥ずかしい気もする。特に胸のあたりが少しきつくて、動きにくいのも正直ストレスだ。下にアンダーウェアは着てるから必要のないときは胸元までチャックを開けて少しでも楽にしておきたいけど、それはそれで扇情的に見えるだろうし。
 ……航宙船のクルーがどういう人かも判らない以上、そういうのはまずいかな、と思う。紳士的な人ばかりならいいんだけど、そういう訳にもいかないだろうしね。
 しばらく格闘して、どうにか独りで鈍いグレーに青いラインが入ったコスモスーツを着用し終えたトワは……私とは違って体型がスーツにピッタリと馴染んでいる。凹凸が少ない控えめなスタイルのおかげで私よりもずっと動きやすそうだ。今に限って言えばちょっと羨ましく思うくらいに。まったく、こういう状況では|控えめ《・・・》な方が有利なんて、皮肉なものだ。
「アイリス、何か失礼なこと考えてる?」
「何のことかな?」
「見てた。特に、胸のあたり」
 トワに真顔で追求された。どうやら目線の動きで何を考えていたか悟られたらしい。どうしてこういうときだけカンが良いのだろう、この子は。若干の申し訳なさを誤魔化すために別の話題を振っておこう。
「ところでトワ、機内持ち込みの手荷物がやけに少ないようだけど」
「大丈夫。いるものは全部持ってきた」
「私が用意した着替えのトランクは?貨物室に預けたの?」
「あれは置いてきた」
「えっ?」
「着替えは自分で用意した」
「その小さなトランクに?ちなみに、どれぐらい着替えを持ってきたの?」
「換えのTシャツが入ってる」
「それ以外は?」
「それだけ」
「…下着は?」
「今、履いてるよ?」
 うん、知ってた。こういう子だという事は。だからちゃんとした服や下着を新しく用意して、トランクに詰めて、トワの部屋に用意しておいたんだけど。忘れた、ではなく置いてきた、という事はもちろん故意だろう。今頃、父さんもびっくりしてるだろうなぁ……。
「オシャレ担当はアイリスに任せてる」
「いや、そういうレベルの話じゃないでしょ?ペレジスで|乗り換え《トランジット》待ちしてる間にちゃんとした服を買うからね」
「えー」
「コスモスーツは着るのに、なんで普通の服は嫌がるの……」
「これは無いと困る服。普通の服や下着は無くても困らない」
「いや、人として困るからね?服着てないと文明人と認めて貰えないからね?」
「私は誰もが服を着ない、むしろ着ると失礼になる星で生まれた」
「その設定、今思いついたよね?それに故郷の星をそんな奇妙な星にするのはやめてあげてね?」
「私の星では自由が尊ばれる」
「そもそもどこの星なのよ、それ」
「これからそれを探しに行く」
 真顔で押し切るトワに思わず吹き出してしまった。以前からトワはこんな調子だけど、私をからかっているのか、それとも本気で服を着るのが嫌なのか正直よくわからなくなってきた。でもまあ、トワのことだから仕方ないのかもしれない。いくら言い合ってもこのままじゃれ合って終わるし、いつも最後は笑ってしまう。だからそれでいいのだろう、きっと。
 着替えた服をトランクにしまい、キャメル067への乗船手続きを行った。手続きと言っても出国……いや出星ゲートのようなものがある訳でも、チェックインカウンターがある訳でもない。なにせギルドの直轄地だからね、うちは。
 なので手続きといっても、船のエアロックで船長に名前と身分を告げ、ギルド章を提示するだけ。教えてくれた父さんによると、これは古来から続く伝統的な作法らしい。
「アイリス・ブースタリア、モーリオンギルドの管理官です。乗船許可願います」
「おう、若き管理官殿か。乗船、許可する」
「トワ・ブース…じゃなくてトワ・エンライト。クリスタルシンガー」
「シンガー殿も、歓迎だ。俺はキャメル067の船長、オットーだ。乗船を許可する」
 オットーと名乗った船長さんは体格の良い40代ぐらいの男性だ。もっとも亜光速船の乗員なので戸籍上の年齢はもっと上……たぶん300歳とか400歳とかだろうけど。ともあれ堅苦しくなさそうな人なので、ちょっと安心した。船長に案内されてエアロックから乗船、私達は船上の人になった。
「ここからペレジスまでは亜光速で飛ばしても船内時間で2ヶ月ちょっと掛かる。狭い船内でたいした娯楽もないから退屈だと思うが、まぁゆっくりと船旅を楽しんでくれ」
「はい、船長のご厚意に感謝します」
「あー、あとその堅苦しい話し方は勘弁してくれると助かる。俺たちもそれに合わせて丁寧に返さないといけなくなるが、正直そういうの苦手でな。下手に気を使って、かえって失礼なこと言っちまうかもしれないからな」
「わかったよ。正直、私もかしこまった話し方は好きじゃ無いから、気楽にいかせてもらうね」
「おう、ありがとうな嬢ちゃん。なんかそっちの方が『管理官殿』って感じがしなくて、安心するぜ。しかし、2人ともその年で|黒水晶《ギルド章》持ちとは、なかなかのもんだな?ここから何人か乗せたことはあるが、若い連中はみんなギルドを抜けたやつばっかだったからな」
「アイリスは超優秀。私はただの付き添い」
「いや、逆だよね?トワの用事で星外に出るんだよね?」
「そういう説もある」
「はははっ、仲が良いんだな」
「私達、姉妹だから」
「ん?ああ、そうか……なるほど」
 一見すると大雑把そうな船長さんだが、さすが宇宙を飛ぶ船の管理を任された人だけの事はある。乗船許可の際にトワが言い間違えた名前と今の言葉から、私達の事情と関係をある程度推測したのだろう。
「この船のクルーは俺を含めて4人、全員が男で航行中は二交代で回してる。残りの3人は積み込み作業中なんでな、出航準備が整ったら改めて紹介する」
 船長はそう言いながら、船内の廊下を進む。廊下は狭く、無駄のない設計だ。左右に4つずつ計8つに区切られたスペースが整然と並んでいる。どうやらあれが船員用の簡易ベッドなのだろう。
 各スペースの通路側には透明なシールドが設置されているが、おそらく就寝時には不透明になって外部の光や音を遮断する仕組みなんだろう。いくら航宙船とはいえ、プライバシーは必要だからね。
 この手の装置の常として密閉状態で内部の気圧や温度が快適に保たれるのは当然として、横になったまま照明や温度などを調整したり、必要に応じて娯楽コンテンツ等を表示したりして長い航行中に少しでもリラックスできるよう工夫されているはずだ。
「今通ったエリアがクルーレスト、寝室みたいなもんだ。個室を取れる程スペースが無くて申し訳ないが、嬢ちゃん達にも専用のスペースを割り当ててあるから後で確認してくれ。で、ここがラウンジ。ブリーフィングルームも兼ねている」
 気密性の高そうな扉の先には比較的広めな空間になっていた。テーブルと四人分の椅子が中央に機能的に配置されている。航行中の揺れに対応できるように床に固定された椅子には回転機構が付いており、座ったまま方向を変えられるようになっているようだ。
 よく見ると座面にマジックテープの様なものがついている。これで椅子とコスモスーツを緩やかに固定するんだろうか?無重力だと椅子はいらないように思えるけど、立ったままより座ったポーズの方が気分的に楽なんだろうね、きっと。
 ラウンジはブリーフィングルームを兼ねているのでテーブルには操作卓が、壁面には大型のホロディスプレイが備え付けられている。今はホロディスプレイに外部カメラ経由の積み込み作業の様子が映し出されいるけど、オットー船長の説明によれば航行中はブリッジで扱う情報なんかも表示もできるようになっているらしい。食器やツール類は全て壁面の収納に収められて普段はパネルで覆われているとの事だ。
「まぁ食器を使うことなんて殆ど無いけどな」
「ご飯、出ないの?」
 トワの瞳が悲しみを示す深い蒼になっている。いやいや、食事が無かったら生きていけないでしょう。
「心配無用だ。ちゃんと毎日3食あるぞ。楽しみにしておいてくれ」
「わかった。超期待する」
「トワ、たぶん超期待するとあとでがっかりするんじゃないかな?」
「どうして?宇宙でご飯。超期待」
 まぁ、妹の夢をわざわざ壊すこともないか。どうせ、最初の食事で壊れることになるだろうし。
 そんなことを考えながら改めて見回したキャメル067の船内は全体的に金属や樹脂の質感が際立つ無機質な空間だけど、必要なものはすべて手の届く範囲に揃っていて機能性を極限まで追求したデザインになっていだ。
 まあ航宙船っていう存在自体が合理性の塊だから当然と言えば当然なんだけど。男所帯と聞いて乱雑な船内を予想してたんだけど、思ったよりも整然としている事に驚くと共に安心した。ここで2ヶ月を過ごすことになるのだから、快適であって困ることはないからね。
 船内の案内――といっても立ち入れるスペースは限られているため見て回るのにそう時間はかからなかったが――を受けた私達は割り当てられた簡易ベッドスペースへ手荷物を放り込み、ラウンジで一息ついた。
 その後、出航前のブリーフィングが行われクルーの紹介を受けた。
 副長兼航宙士であるアドバーグさん。おそらく50代。オットー船長より年上でベテランの|航宙船《ふな》乗り、それも叩き上げらしいので、色々と面白い話が聞けそうだ。
 医療の心得がある機関士、ボースンさん、40代後半ぐらい。|甲板長《ボースン》も兼任しているのかと聞いたらニヤリと笑って「そうそのボースンだが、俺の仕事は機械と人体の修理なんでな、名前で混乱するなら機関士ドクター・ボースンって呼んでくれ」と返され、トワが混乱していた。どうも鉄板のネタらしい。見た目は厳ついけど、お茶目な人なんだろうな。
 最後に新人で通信士兼デッキクルーを務めているジョウさん。新人と言っても26歳だそうで、私よりも10歳も年上だ。いかにも船乗りといった様子の先輩3人と違って物静かな印象の人だ。
 出港時や入港時は全員勤務、亜光速航行中は二交代制のシフト勤務で、船長と新人のジョウさん、アドバーグさんとボースンさんが組になって当直を務めているらしい。乗客である私達はシフトに関係無いから好きな時間に寝起きしてくれていいと言われたけど、どうせなら全員と話をしたいのでシフト交代のタイミングを挟んだ時間帯で起きていることにした。ブリーフィングが終わり船長さん達はブリッジへ向かい、私達はラウンジでブリッジと軌道ステーションのやりとりが中継されている壁面ホロディスプレイを見ながら待機することになった。
「いよいよ出発だね」
「私達の旅はこれからだ?」
「いや、それコミックとかの打ち切り常套句でしょ」
「アイリス先生の次回作にご期待下さい?」
「次回作って何よ……」
 トワとのいつものじゃれ合いをしているうちに出港準備が整ったようだ。ホロディスプレイにジョウさんとステーション側の管制官がやりとりする様子が映っている。今日の担当管制官は私の顔見知りだ。そう親しいわけでもないけど、彼の顔を見るのもこれが最後になるかと思うと少し感慨深く感じる。
『ポートコントロールよりキャメル067、出航前最終確認を行う。推進システムおよび通信システムの状態を報告願う』
『こちらキャメル067、システムオールグリーン。出港準備完了しています』
『キャメル067、発進ルートはクリア、出航を許可する。いつもの通り安全運航と定時到着を祈る。それと……うちのお嬢様方のエスコート、よろしく頼む』
『キャメル067、船長のオットーだ。よろしく頼まれた。団長殿に任された、と伝えておいてくれ』
『了解、交信終了』
 最後に交信に割り込んだオットー船長が一言付け加え、ステーションとのやりとりは終了した。さあ、出航だ。
 レゾナンスドライブが作動し、共鳴波が低く響き始めた。C3がその力を解き放ち、船全体が共鳴するように振動を始める。微かな低音が骨を伝って体の奥に響く。体の奥にこだまするその音は旅の始まりの合図であり、そして故郷から旅立つ瞬間であるという実感を私の体に刻み込んでゆく。
 深く息を吸い込む。航宙船のエアコンから吹き出す空気は冷たく、微かに金属とオゾンの匂いが混じっていた。
 気付けばホロディスプレイに映し出された軌道ステーションと、その向こうに見える|CM41F3C《ふるさと》がどんどん小さくなっていた。トワと私が食い入るようにホロディスプレイを見つめる間にも見慣れた星々が遠ざかり、星の海が視界いっぱいに広がってゆく。
「ありがとう、そして。
 ――さようなら」
 隣に座るトワが小さく呟いた言葉に、私は黙って彼女の手を握った。ぎゅっと握り返すトワの手は微かに震えていたけど、視線はホロディスプレイに映る|CM41F3C《ふるさと》から離れない。
 もうすでに小さな点にしか見えない星を、2人でずっと見つめながら。
 ――私達は、星々の世界へと、旅立った。