>>Iris
ジョッシュの運転するバギーに乗った私達は、四つ脚の群れがいたと言うエリアを目指していた。
位置関係としては、居留地を中心とすると東方にあたる岩場にC3採掘場があり、採掘場と居留地の中間地点が比較的開けた土地であったため、軌道ステーションへの物資搬出に使うHLV発着場になっている。そして反対側である西方面はまばらな木々が生えるだけの荒れ地と、岩が広がる丘陵地帯になっているけど……今回はその岩場が狩り場になる。
めぼしい資源もない荒れ地に用のある人間は少なく、時折出没する原生生物を目当てに狩りに出る物好きぐらいしか訪れる事は無い。まぁ、その物好きのうちの一組が、今の私達というわけなんだけど。
今回のメンバーのうち、ジョッシュと私、そしてトワは狩りがメインだけど、最後の一人であるヘルミナの目的はおそらく別のことだろう。というのも彼女はギルドの中でもかなり知られたガンマニアであり、ガンスミスでもあり……ついでに奇人としても有名なのだ。
資材部でブラスターの整備・調整を担当していると聞くけど、おそらくそれは趣味の延長。つまり趣味を仕事にしているタイプの人間だというのが周囲の人物評で、仕事の日も、休日も、日がな一日ブラスターを弄っている。それを変人と言わずになんと呼ぶのか。まぁ、昔大変な事があったらしいので、気持ちはわからなくもないけどね。
それにヘルミナほどではないにしてもスクールでも男子生徒の多くはブラスターに夢中だったから、何か心躍るものがあるのだろう。
――ブラスター。
辺境では一般的な個人用携行兵器。銃本体、もしくはカートリッジに充填された光子エネルギーをC3で増幅・変調し破壊エネルギーとして放出する銃で、民間で用いられる護身用のモデルから軍用の殺傷力が高いモデルまで様々なグレードのものが流通している。
ギルドではスクールの専門課程に進む10歳の時点で民間グレードの標準的なハンドガン型ブラスター……の子供仕様である、Xthキャリバーという銃が支給される。10歳で支給されるから「テンス」だけど、字面がXthなので、生徒達はみな「エクス」キャリバーと呼んでるけどね。
ともあれ、Xthに代表されるブラスターは内蔵されたC3によって性能や特性が変化するから、自分の扱いやすいように調整・改造を施すことが一般的になっている。そういう点も含めてブラスターに慣れるための「教材」がXthキャリバーな訳だ。
もっともXthは子供用だから普通はスクールを卒業する時点で新しいブラスターに持ち替えることが一般的だ。だが、ジョッシュと私は未だにXthを使っている。ジョッシュは専用のブラスターの取り寄せが間に合っていないという理由で。私は……小柄で手が小さいから普通のモデルよりXthの方が使いやすいから。もっともカスタムはしてあるから、私のXthでも軍用モデル並の出力は出るけどね。
ちなみにトワが使うブラスターはXthではない。本来であればまだスクールに在籍しているトワはXth以外を持てない決まりだけど、トワの場合は……亡父であるアルフレッドおじさんの形見をそのまま使っている。私も何度か撃たせて貰ったことがあるけど、大人用の軍用モデルだけあって、重いし取り回しは難しいし。トワは良くアレを片手で撃てるものだと驚いた記憶がある。
私もトワもそれぞれ自分で調律したC3をブラスターに組み込んでいる。私のブラスターは朱のC3を内蔵した、チャージと呼ばれる一射あたりの威力を増幅させる仕様。
トワのブラスターは……表向きはラピッドと呼ばれる、碧のC3を内蔵した連射仕様ということになっている。実際はまるで別物だと言う事を知っているのは、本人と私、あとは父さんだけだけどね。
そして、問題はヘルミナだ。彼女が今回持参したものは、パーツ交換によってブラスターとしての原型をとどめないレベルにまで改造されたもの。両手持ちの大型モデルに見えるそれはもはやブラスターではない別物で、軍用兵器である上位モデルのアサルトに近い仕様になっている。
あれって、年に何度か居留地を襲撃してくる、オーガと呼ばれる大型の原生生物と正面から戦えるレベルの火力じゃないだろうか。四つ脚相手だと、全弾当てたら挽肉になるんじゃないかとも思うけど……いや、食べるは良いかもしれないけど、回収するのも持ち歩くのも大変だよ、それ。
それにいかにギルドの人間であっても重要拠点を守る保安部のスタッフ以外は軍事モデルの所有は禁止されている。当然ヘルミナもその事は知っているはずだけど……えっ、知ってるよね?ヘルミナ?……ともあれ、きっとギリギリ民間モデルの範疇に収まっているのだろうと信じたい。
以前彼女のブラスターを見かけたときはまだブラスターとしての原型を保っていたので、最近大幅な改良を加えたはず。なので、今回は狩りを名目とした試射こそがヘルミナの目的だと推測したわけだが……。
「アイリス」
バギーを運転するジョッシュと助手席に座ったヘルミナを見ながらそんな事を考えていると、隣に座ったトワに声を掛けられた。
全くと言っていいほど手入れしていないのに長く綺麗な柔らかい銀髪。そしてまるで水晶のように虹色に輝く瞳を持つ、私より少し背の高い華奢な女の子。すらっとした肢体は私にはとても綺麗に見えるけど、多分男性受けはしない。主に胸回りが。そんな彼女は、私の幼なじみにして親友。そして誰よりも大事な義妹だ。
そんなトワは黙っていれば美少女なのだが、しゃべるとおかしな事をよく口走る。そのくせ表情をあまり表に出さないので、何を考えているのか良くわからないと周りから評されることが多い。そんな私の妹だが、実際はとても豊かな感情表現をする。
確かにトワは感情を顔に出さない。というよりトワがいうには出せないらしい。そのせいかどうかは判らないけど、トワの感情は瞳に出る。虹色の瞳は元々光の加減によって様々な色に変化して見え、トワの瞳の色は定まった色を持たない。あえて言うなら虹色、という表現が妥当なのだろうけど……そんか彼女が強い感情を抱くとトワの瞳は彼女の感情を反映した色に染まる。
もちろん、多くの人はそれに気付いていない。なにせ微妙な変化だからね。気付いているのはたぶん、私と父さんぐらいじゃないだろうか。ちなみに今、トワの瞳は暗緑色になっている。これはやる気が失せている時に見せる色だ。
どれどれ、お姉ちゃんが妹の心理分析をしてあげよう。今の状況を考えると……このバギーは実用性重視の無骨な作りだからシートのクッションもサスペンションも必要最小限のものしか装備されていない。それが悪路を行くわけだから、当然のことながら半端な揺れじゃない。それに加えてトワは薄着、いやそれ以前にボトムスを履いてないし、クッションになる程肉付きが良い訳でもない。現にフレームむき出しの車体に体のあちこちをぶつけている。と言うことは、座り心地の悪いシートにお尻のあたりが痛くなっているのだろう。で、結果として気分が萎えている、と。よし、この線で確認してみよう。
「……お尻、痛くなった?」
「うん」
簡潔に答えつつ、頷くトワ。正解だったようだ。まぁ、トワの考えていることはこんなに冷静に推理しなくても、大抵は手に取る様に判るけどね。ただ、このままだと到着する前にやる気を無くして帰ると言い出しかねない。仕方がないので効果は少なくてもケアはしておこうか。
「ほら、支えててあげるから、私のジャケットをシートに敷いて、この上に座って」
「うん」
単調な返事を繰り返すトワの声には相変わらず感情の起伏が見えないけど、暗緑色だった瞳が鮮やかな黄色に変わってゆく。これは喜んだり、気分が上向いたりしたときの色だ。座り心地が劇的に改善した訳じゃないだろうから、たぶん私がトワを気に掛けた事が嬉しいんだろう。そう考えると、私の顔にも自然に微笑みが浮かぶ。コロコロと色を変えるトワの瞳は、本当に見ていて飽きない。
私が一歳年下のトワと出会ったのがいつの頃だったのかは覚えていない。なにせ、物心ついた頃には既に私達はいつも一緒にいたからだ。最初は幼なじみのお友達として。ここの開拓団団長である私の父さんと、トワの父親であるアルフレッドおじさん――アルフレッド・エンライトは友人だったから、その関係で私達はいつも一緒に遊んでいたんだ。
そして彼女が7歳になった年にアルフレッドおじさんが亡くなり、トワが天涯孤独の身となった時、当然のように私はトワが自分の妹になるのだと思った。そしてその願いは叶い、トワ・エンライトはトワ・ブースタリアになり、それ以降は家族として一緒に暮らしている。
父親を失った彼女のそばで、友として姉として、私の人生はずっとトワと共にあった。家族を失い、漆黒に――絶望の色に染まっていたトワの瞳に、元の虹色を取り戻すことが出来たことは、私にとって何よりの誇りだ。
そんなトワの事を想うときに頭から離れない出来事がある。あれは……私が5歳の誕生日を迎える前の日のことだ。鉱山で希少な高ランクC3の鉱床が見つかったとかで、父さんが泊まりの仕事に行き、留守番をする私のところへトワがお泊まりに来た、その夜の出来事。
トワと二人、夜更かしして満天の星空を眺めながらいろんな話をした。あの星々のいくつかは人が住む惑星を持っていて、遠い星の世界にも私達と同じ人類が生活している。辺境で何も無いCM41F3Cとは違い、華やかな文明や賑やかな大都市、芸術にあふれた星や優れた技術を持つ星も多いという、そんな遠い世界の物語を。
遠くの星に憧れる子供は多くて、実際に成人を迎えて自らの人生を選ぶ権利を手にした若者がこの星を去ることも決して珍しいことではない。星空の下、そんな話をしていたときに、遠くを見る目でトワは言った。
「……帰らないと」
それまでにも、そしてその後にも。同じような話をした友達は何人もいた。
「遠くへ行ってみたい」
「この星の外へ出てみたい」
「外の世界で自分を試してみたい」
星を離れたいと考える者が星空に憧憬の眼差しを向けながら口にするのは、大抵そういう言葉だ。あくまでもCM41F3Cが自分のホームだと認識した上で、外の世界、他の世界を求める憧れの言葉を皆は語った。だが、トワは違った。
どういう意図をもってトワがその言葉を発したのかはわからなかった。でも、幼い頃から聡明だった彼女が言い間違えたとは思えない。
トワの言葉はいつも必要最小限だけど、それ故に彼女が要点を外した曖昧な事を言ったことは無かったし、それは今でもそうだ。だからこそ「帰らないと」という言葉は、自然に……心の底からあふれ出た、トワの切実な願いだということは、幼い私にも理解できた。そう、その言葉が意味するのは……トワにとってのホームはCM41F3Cではないということなんだって。
トワがCM41F3Cを去り、どこへ帰ろうとしているのはわからない。けれど彼女がそれを望むのであれば、友として、姉として。トワが望む場所へ帰る手助けをしてあげたい。それに……誰にも言った事は無かったけど、私自身も団長の娘という立場にそぐわぬ自らの才能の平凡さからここを逃げ出したいと思った事が何度もあったから。
だから私はある決心をした。小娘が宇宙を旅するためにギルドの後ろ盾は必要だ。だけど単なるギルドメンバーや下級シンガーに自由に星を渡る旅が許可されるはずもない。トワは幼い頃からC3に高い親和性を示していたから、きっと自らの意志で旅をすることが許される高ランクのシンガーになるだろう。でも、私は?
期待外れと言われた私だって、それなりの、あくまでも平凡なシンガーになることはできるだろう。でも、「それなりのシンガー」ではトワの隣に居続けることはできない。ならばどうする?
ギルドの掟が私の未来を妨げるのであれば、私はギルドの掟に縛られない立場になればいい。父さんのような管理官?いや、もっと上位の、ギルドの幹部と呼ばれるような立場になることが出来れば。そうすれば、私はずっとトワの側にいられる。
――トワが成人を迎え、この星を去る前に。それがどれだけ無理筋な事であったとしても。そして、私は――。
「アイリス?」
物思いにふけっていると、再び名を呼ばれた。目をやるとトワの瞳の色は虹色、平常運転に戻っていた。何か問題がある訳ではないようだ。どうしたんだろう。
「どうしたの?」
「着いた」
確かに、いつの間にかバギーは止まっていた。
ジョッシュが四つ脚を見かけたのはバギーを止めた場所から5分ほど歩いたところにある洞窟の近くらしい。四つ脚は洞穴に営巣して繁殖する習性があるから、おそらくその洞窟がねぐらなんだろう。だとすれば今もその洞窟の中か、周辺にいる可能性が高い。
逃がすとせっかくのGC……いや、売るより晩のおかずにした方がいいかな?ともあれ、獲物が逃げてしまう。だから、気付かれないようにここから先は徒歩で行くことになった。
ブラスターは小型だが継戦能力はそれなりに高い。だから数頭の四つ脚ならブラスターの予備カートリッジは不要だと言ってジョッシュとヘルミナの二人はブラスターだけを手に洞窟へ向かおうとしている。確かに二人の腕であれば特別な用意は必要ないのかもしれないけど、私は念のためホットパンツのポケットに放り込んでいた予備カートリッジを確認した。
備えあれば憂いなしとも言うし、たいした荷物ではないものを持ち運ぶことを面倒がったせいで万が一の時に備えが不足して後悔するのは愚か者のすることだからね。トワはさらに慎重だったようで、ジャケットのポケットに予備カートリッジとメディキットを放り込んでいたようだ。出発前に下着を買ったとき、ついでに調達したらしい。
「あんた達、えらく慎重なのね。そんなにビビらなくても大丈夫よ?」
「まあそう言ってやるなよ、ヘルミナ。トワはまだスクール生だし、アイリスも事務職だから実戦経験は少ないだろうからな」
ヘルミナとジョッシュが私達の準備をみて呆れる様な、からかう様な声でそんなことを言っている。まぁ、好きに言わせておくよ。
「トワのブラスターって、ラピッドだっけ?今回は私のアサルトちゃんが大活躍するからきっと出番無いわよ」
「ほほう」
なにやら好き放題言われて私は少しムカついたが、トワは気にした様子もない。こういう所は妹を見習わないとダメかな。そんな事を思っている間もヘルミナは一人で何事かを喋り続けていた。
「フォトンキャパシタを軍用モデルに交換してあるから連射速度は普通のブラスターの1.7倍!バレルも連射に対応できる強度のやつだし、さらにね――」
その後も続くヘルミナの武器自慢を適当に聞き流しながら、私達4人は洞窟に向かって進む。そして……洞窟にかなり近づいた時点で、私は二つの事に気がついた。
「ジョッシュ、ちょっと止まって」
「なんだ?」
かすかな……湿った土の臭いというか、錆びた鉄のような臭いが漂っている。そして、四つ脚が複数いるにしてはあまりにも静かすぎる。だが私が停止を求めた理由を告げる前に、トワが口を開いた。
「静かすぎ。おかしな臭いもする」
「トワの言うとおりだよ。何かが錆びたような臭いというか、湿った土のような臭いというか。あまり気持ちいい臭いじゃないよ、これ」
野生児のように感覚が鋭いトワは当然のように臭いに気付いていたようだ。……これはたぶん、血の臭いだ。私はそうジョッシュに告げる。
「四つ脚は肉食獣じゃないし、この辺りには四つ脚を捕食するような大型はいないはずだが……」
「わからない。けど、でもとても嫌な感じ。警戒強めた方がいい」
ジョッシュの言うとおり四つ脚は雑食だが自衛以外で生物を襲うことは無い。そして居住地の安全確保のために定期的に保安部が巡回しているため、四つ脚を捕食するような大型原生生物がここにいれば、既に発見されていてもおかしくはない。となると、トワが言うように何か異常なことが起きている可能性も考えられるけど……。
ともあれ立ち止まっていても仕方ない。非番とは言えジョッシュは保安部のスタッフだ。危険があるなら最低でも確認だけはしておく義務があると言って、前進することになった。そしてしばらく進み、岩山に穿たれた洞窟の前にたどり着いた。
「これは……確かに血の臭いだな。アイリスもトワも、あんな遠くで良くわかったな?」
「私、鼻は利く」
「私もトワほどじゃないけど、感覚は鋭いほうかな?」
先ほどヘルミナに茶化されたので、意趣返しを込めて、そんなことを言ってみた。たぶん、トワも同じ気持ちだったんだと思う。
「しかし、ちょっとやそっとの量じゃここまで臭わないぞ……」
「引き返す選択肢もある」
「お遊びの狩りなら退いた方が良いんだろうけど、一応オレも保安部の所属だからな。ここで帰ったら団長に怒られる」
んー、うちの父さんはそんなことじゃ怒らないけどな。女の子3人連れて危ないところへ行ってきました、って言った方が怒る気がするけど、まあここはジョッシュに判断を任せよう。一応プロだからね、彼は。
実際のところトワが提案した撤退も、ジョッシュの言う前進も、どちらも一理ある。私がリーダーなら……いや、余計な口出しは止めておこう。男の子のプライドを傷つけると後でうるさいんだよ。特にジョッシュはスクール時代に何回かそれをやったせいで後々までしつこかった記憶があるからね。
それに実際問題として、四つ脚の群れをどうにかできるような凶暴な原生生物が居留地の近くにいるのであれば、せめて状況だけでも把握しておくべきなのは間違いないし。しかし、どういう状況なんだろう……なんて考えていると、ジョッシュと共に前を歩いていたヘルミナが声を上げた。
「あれ、四つ脚の……死体……というか残骸じゃない?」
彼女が指さす先、洞窟の少し奥まった箇所に凄惨な光景が広がっていた。
「これはまた……ざっと数えて四つ脚が6、7頭分かしら?ちっこいのも混じってるし、群れ全部がやられてるみたいね」
「外に逃げ出した跡は無かったな。ということは一瞬で群れが全滅してる可能性もあるのか……。見たところ爪だか牙だかで引き裂かれてるみたいだが、一体どんな原生生物が……?」
惨殺死体、いやもはや肉片としか呼びようの無いぐらいバラバラに解体され四つ脚達の死骸を検分するジョッシュとヘルミナ。二人はこれが凶暴な原生生物による襲撃だと思っているようだ。
――だが、違う。そうじゃない。私は違和感に気付いた。
「待って。これ、おかしい。原生生物のせいじゃない」
「トワの言う通りだと思う。どの死骸も食い荒らされた形跡が無いよ、これ。食べるために狩ったんじゃなくて、単に殺すために襲ってる。原生生物はそんな事しないし、やり口から見て人間の仕業とも思えない」
トワの言葉に私も同意し、推測を述べる。原因はわからないが、これが異常な事態である事は間違いない。
「……言われてみれば、そうだな」
「原生生物でもなくて、人でもない?じゃあ一体、何なのよ……」
私達の言葉にジョッシュもはっとした表情を浮かべるた。そしてヘルミナの疑問は全員の気持ちを代弁していた。
何か、とてつもなく良くない事が起きる気がする。当たって欲しくない私の予感は、その直後に的中した。
「奥、何かいる!!」
トワが鋭く警戒の声を上げる。気配は……何も感じない。でも、トワが言うならそれは事実なんだろう。慌てて身構えたジョッシュに向けて「何か」が飛び込んでくる!
「くっ…!」
すんでの所で身を躱したジョッシュの眼前にいる「何か」。四本脚――ギルドの資料で見た、「犬」や「オオカミ」といった俊敏な動きをする狩猟型の生物のようにも見えるが、全身を覆うのは毛皮ではなく……金属?しかも、その表面は所々が破損しているようで、不気味に蠢く機械のような内部構造が見え隠れしている。
まるで動物を初めて見た誰かが、金属と機械で動物を再現しようと試みて失敗したかのような、不気味な存在。明らかに生物ではない。でも生物を真似て、その不出来さに故に生物を憎んでいる様な……そんな印象を受ける命無き物体がそこにいた。
前足に相当する部分から伸びる大きな金属の爪は赤黒く汚れている。おそらく、それが四つ脚獣を切り裂いた凶器なのだろう。
「ジョッシュっ!?大丈夫!?……こいつっ!」
ヘルミナが自慢のアサルトを構えると、鋼の獣とでも呼ぶべき「何か」は彼女の攻撃意思を察知したのか、素早く飛び退って距離を取った。獣の形こそしているけど、それはうなり声や鳴き声を出す訳でもなく、また機械仕掛けなのに駆動音も聞こえない。それどころか移動や着地の際の接地音すら聞こえない、恐るべき静音性だ。
一体誰がこんなモノを造った!?うちの居留地にはこんなものを造れる術も資材も存在していない。なら、どこかから運ばれてきたのだろうか?ギルドの開拓惑星を狙ってくる相手なんて、そういるはずもないけど……。
狭い洞窟なので後衛に位置している私達は直接戦闘に参加できない。だけど、一旦距離が離れた事で、ジョッシュも体勢を立て直すことに成功した。彼はブラスターを構えると立て続けに朱色のエネルギー弾を放つ。彼の持つXthもまた、かなりの改造が施されているのだろう。撃ち出されたエネルギー弾は初期状態のXthが放てる弾の数倍に達するサイズで、光弾の大きさと輝きの強さが威力の高さを示している。
そして、ヘルミナも自慢のアサルトで攻撃に加わる。連射速度を自慢していただけあって、ブラスターとは比較にならない速度で碧色のエネルギー弾が銃口から吐き出されていく。
だが、鋼の獣は朱色のエネルギー弾を全て機敏に回避する。なぎ払うように撃ち出された碧色のエネルギー弾はさすがに回避しきれなかったようだけど、着弾したにも関わらず、エネルギー弾がダメージを与えているようには見えなかった。あのアサルト、オーガでも倒せそうな勢いだったのに……!
トワと私も攻撃に参加しようとしたけど、狭い洞窟の奥に位置する鋼の獣と私達の間にはジョッシュとヘルミナがいる。機敏な動きをする相手では誤射の危険があるためここからでは迂闊に発砲できない。
「当たってるよね!?一体どうなってるのよ!」
「オレが知るか!」
撃ち出されるエネルギー弾を警戒しているのか、再度距離を取ってこちらの様子をうかがっている鋼の獣。落ち着いた様子の相手とは異なり、ジョッシュもヘルミナ平静を失いかけている。これは良くない。なにか打開策を考えないと。いや、それ以前にどうしてアレにはブラスターが効かない……?
「……アイリス。あれ、周りの空間揺らいでる。ヘルミナの弾、全部それで防がれた」
ブラスターを構えたまま鋼の獣を注視していたトワがそう呟く。言われてみれば確かに鋼の獣の周りの光景が少し歪んでいるようにも見える。今は動きを止めているから注視すると揺らいでいるのがかすかに判るけど、トワには動いている間にもあの揺らぎが見えてたの?
「それってレゾナンスフィールド……?あの鋼の獣はフィールドジェネレーターを搭載してるの!?」
「あんなサイズのフィールドジェネレーター、聞いたことない」
トワが言うとおり、主に航宙船に搭載されているC3を使ったレゾナンスフィールドジェネレータは船体を防護する効果をもつ障壁を発生させることができる。だけどそれは大がかりな装置なので、到底鋼の獣に内蔵できるようなものではない。
しかし、先ほどのヘルミナの攻撃は「着弾して効果が無かった」のではなく「着弾せずにかき消された」ように見えた。航行中の船体を宇宙塵や隕石から守るレゾナンスフィールドが持つ防御効果と同じように、揺らぎがブラスターのエネルギー弾に対して何らかの防御効果を発揮している。そう考えるのが正解なように思えた。
どうする…?4人がかりで攻撃したとしても有効なダメージが与えられるかどうかはわからない。撤退するにしても、あの俊敏性を前にすれば私達が走ったとしてもバギーまでたどり着くのは難しいし、仮にバギーに乗れたとしても居留地へ引き寄せてしまうと最悪の事態に繋がりかねない。
どうしたらいい?どうするのが正解?考えろ、私!