#139 愛と洗礼 (テルサ視点)
ー/ー 舞踏会の数日後、サウレリオン大聖堂にて洗礼の儀が執り行われ、私はそれに立ち会った。
「新たに生を受けし者、エクノーラ・イル・ズンダルクにサウル神の御加護があらんことを」
白布に包まれて差し出された赤子に、ラモン教皇が少量の聖水を掛ける。
堅苦しい文言や仰々しい儀式は無く、これにて洗礼は終了だ。
私が生まれた時も、両親はわざわざ大金を払って悪徳教主に私への洗礼と入信の儀を依頼し、娘の人生の幸福を願った。
引き換えに授かったのが宗教三世という奴隷身分と、あの暗澹たる青春だったというのだから、今でも最高に愚かな最低の親という感想しか出て来ない。
「ありがとうございます、教皇猊下」
赤子を抱き、感涙に咽んでラモン教皇に礼を述べる彼女は、ザッキスの妻でこの赤子エクノーラの母親、エニーシャ・ファン・ズンダルク。
たった一人の赤子のために、教皇が時間を割いて直々に洗礼を行って名も与えるなど、相手が皇族でもなければまず有り得ないことだそうだが、同じズンダルク一族、それも自分の曾孫となれば話は別なのだろう。
「何と可愛らしい……。我らズンダルクの家に生を受けた其方は実に幸運な娘、神の祝福を賜りし寵児であるぞ」
『聖女』を得た栄耀教会を牛耳る『聖なる一族』、その筆頭格であるズンダルク家は、今最も勢いに乗っている貴族と言っても過言ではない。
「テルサ様のお陰で、我らズンダルク家には更なる隆盛が約束されている。この子が成人を迎える頃には、帝国随一の一族へ上り詰めていることであろう」
その頃には、新生児エクノーラの祖父であるオーレン大司教がラモン教皇の後釜に座り、栄耀教会の頂点に君臨していると思われる。
「しかしザッキスよ、望んでいた男子ではなくて、少し残念なのではないか?」
「確かに男子が良いと思ってはいましたよ? しかし、初めてこの子に触れた瞬間、そんな些細なことは綺麗に吹き飛びました。今はただ無事に生まれてきたことへの感謝と喜びで胸が満ちています。性別など問題ではありません」
無事に生まれてきた我が子を抱き上げる。
人間が最も幸福を感じる瞬間の一つだろう。
「それもそうだな。余計なことを言って済まなかった。エクノーラよ、誰もがお前の誕生を喜び祝っているぞ。どぉれ、ベロベロバァ~!」
オーレン大司教がその高貴な位に相応しくない変顔をしてみせると、無垢なる孫娘はキャッキャッと期待通りの可愛らしい笑い声を響かせ、場を和ませた。
「やりますな、父上。では私も……グニャア~ッ!」
ザッキスの本気の顔芸にもエクノーラは大笑い。
罪の無い平民女性に平然と暴力を振るい、その恋人の腕を切断して楽しむような残虐な性質を持ちながら、妻に対しては夫として愛情深く気を配り、娘の誕生には心の底から喜んで最高の笑みを浮かべる。
矛盾しているようだが、実はそんなことは無い。
ザッキスは──と言うよりラモン教皇やオーレン大司教もだが、彼らズンダルク家の人間は一族意識がとにかく強いのだ。
自分と身内の『天国』がこの世の何よりも大事であるが故に、それ以外のことに対してはどこまでも鈍感かつ排他的になれてしまい、他の者がどれだけ『地獄』を味わおうとも、虫ケラの悶絶でも見るかのように全く平然としていられるのだ。
私の両親や祖父母もそうだった。
家族愛の強さ故にああも信仰を強制して、従順な良い子を演じていた私には御仏のように接して可愛がり、真っ向から反発していたカグヤには悪鬼の如き形相を向けて虐待も厭わなかった。
天使と悪魔は同一人物、光と闇は一枚のカードの裏表。
愛や善意、正義や信仰といった美しい絵柄も、反対側からは憎悪、欺瞞、狂気、盲信という形で醜く映る。
幸せそうなズンダルク家の面々を眺めながら、一人そんなことを考えていると──
「どうぞ、テルサ様も抱いてやって下さい」
「えっ……?」
唐突にエニーシャが赤子を差し出してきて、思わず素っ頓狂な声が出た。
「そう言われても……実は私、赤ちゃんというものを今までに抱いたことが無くて……」
「まあ。ではこの子がテルサ様の初めてということになりますね。光栄ですわ」
全く引く気の無いエニーシャに少し辟易したものの、ラモン教皇もオーレン大司教もザッキスも、是非お願いしますという視線を向けてくるため、根負けして恐る恐る赤子を受け取った。
人生で初めて抱いた赤子は、同じ人間とは思えないほど軽く、そして布越しでもほのかな熱を感じた。
力加減を誤ってうっかり首でも捻ってしまわないかと、不安と緊張で少し手が震えている。
「『聖女』様に抱いて頂けるとは、真に果報者なり。サウル神に愛されしエクノーラよ、其方の将来は日輪の如く眩いものとなるであろうな」
ラモン教皇も慈愛に満ちた笑みを浮かべ、曾孫の柔肌を指先で愛おし気に撫でる。
この赤子エクノーラが辿る人生は容易に想像できる。
『聖なる一族』の令嬢に相応しい教育を施され、先祖たちに倣って栄耀教会に加わり、実家が決めた名門出の男子と婚姻を結び、生まれた子にも同じように洗礼と入信の儀を受けさせ、信仰と奉仕の宿命を課す──。
ラモン教皇もオーレン大司教もザッキスもエニーシャも、この場には居ないゼルレーク聖騎士団長やラウル、サファース枢機卿にリナリィなど、私の身近に居る全員が当然の如く、同様の宿命の下で育てられてきた。
私もいつか結婚して母親になれば、やはり我が子に同じことをするのだろう。
親から与えられた宿命を子が喜び受け入れるかは、また別の話だが。
「新たに生を受けし者、エクノーラ・イル・ズンダルクにサウル神の御加護があらんことを」
白布に包まれて差し出された赤子に、ラモン教皇が少量の聖水を掛ける。
堅苦しい文言や仰々しい儀式は無く、これにて洗礼は終了だ。
私が生まれた時も、両親はわざわざ大金を払って悪徳教主に私への洗礼と入信の儀を依頼し、娘の人生の幸福を願った。
引き換えに授かったのが宗教三世という奴隷身分と、あの暗澹たる青春だったというのだから、今でも最高に愚かな最低の親という感想しか出て来ない。
「ありがとうございます、教皇猊下」
赤子を抱き、感涙に咽んでラモン教皇に礼を述べる彼女は、ザッキスの妻でこの赤子エクノーラの母親、エニーシャ・ファン・ズンダルク。
たった一人の赤子のために、教皇が時間を割いて直々に洗礼を行って名も与えるなど、相手が皇族でもなければまず有り得ないことだそうだが、同じズンダルク一族、それも自分の曾孫となれば話は別なのだろう。
「何と可愛らしい……。我らズンダルクの家に生を受けた其方は実に幸運な娘、神の祝福を賜りし寵児であるぞ」
『聖女』を得た栄耀教会を牛耳る『聖なる一族』、その筆頭格であるズンダルク家は、今最も勢いに乗っている貴族と言っても過言ではない。
「テルサ様のお陰で、我らズンダルク家には更なる隆盛が約束されている。この子が成人を迎える頃には、帝国随一の一族へ上り詰めていることであろう」
その頃には、新生児エクノーラの祖父であるオーレン大司教がラモン教皇の後釜に座り、栄耀教会の頂点に君臨していると思われる。
「しかしザッキスよ、望んでいた男子ではなくて、少し残念なのではないか?」
「確かに男子が良いと思ってはいましたよ? しかし、初めてこの子に触れた瞬間、そんな些細なことは綺麗に吹き飛びました。今はただ無事に生まれてきたことへの感謝と喜びで胸が満ちています。性別など問題ではありません」
無事に生まれてきた我が子を抱き上げる。
人間が最も幸福を感じる瞬間の一つだろう。
「それもそうだな。余計なことを言って済まなかった。エクノーラよ、誰もがお前の誕生を喜び祝っているぞ。どぉれ、ベロベロバァ~!」
オーレン大司教がその高貴な位に相応しくない変顔をしてみせると、無垢なる孫娘はキャッキャッと期待通りの可愛らしい笑い声を響かせ、場を和ませた。
「やりますな、父上。では私も……グニャア~ッ!」
ザッキスの本気の顔芸にもエクノーラは大笑い。
罪の無い平民女性に平然と暴力を振るい、その恋人の腕を切断して楽しむような残虐な性質を持ちながら、妻に対しては夫として愛情深く気を配り、娘の誕生には心の底から喜んで最高の笑みを浮かべる。
矛盾しているようだが、実はそんなことは無い。
ザッキスは──と言うよりラモン教皇やオーレン大司教もだが、彼らズンダルク家の人間は一族意識がとにかく強いのだ。
自分と身内の『天国』がこの世の何よりも大事であるが故に、それ以外のことに対してはどこまでも鈍感かつ排他的になれてしまい、他の者がどれだけ『地獄』を味わおうとも、虫ケラの悶絶でも見るかのように全く平然としていられるのだ。
私の両親や祖父母もそうだった。
家族愛の強さ故にああも信仰を強制して、従順な良い子を演じていた私には御仏のように接して可愛がり、真っ向から反発していたカグヤには悪鬼の如き形相を向けて虐待も厭わなかった。
天使と悪魔は同一人物、光と闇は一枚のカードの裏表。
愛や善意、正義や信仰といった美しい絵柄も、反対側からは憎悪、欺瞞、狂気、盲信という形で醜く映る。
幸せそうなズンダルク家の面々を眺めながら、一人そんなことを考えていると──
「どうぞ、テルサ様も抱いてやって下さい」
「えっ……?」
唐突にエニーシャが赤子を差し出してきて、思わず素っ頓狂な声が出た。
「そう言われても……実は私、赤ちゃんというものを今までに抱いたことが無くて……」
「まあ。ではこの子がテルサ様の初めてということになりますね。光栄ですわ」
全く引く気の無いエニーシャに少し辟易したものの、ラモン教皇もオーレン大司教もザッキスも、是非お願いしますという視線を向けてくるため、根負けして恐る恐る赤子を受け取った。
人生で初めて抱いた赤子は、同じ人間とは思えないほど軽く、そして布越しでもほのかな熱を感じた。
力加減を誤ってうっかり首でも捻ってしまわないかと、不安と緊張で少し手が震えている。
「『聖女』様に抱いて頂けるとは、真に果報者なり。サウル神に愛されしエクノーラよ、其方の将来は日輪の如く眩いものとなるであろうな」
ラモン教皇も慈愛に満ちた笑みを浮かべ、曾孫の柔肌を指先で愛おし気に撫でる。
この赤子エクノーラが辿る人生は容易に想像できる。
『聖なる一族』の令嬢に相応しい教育を施され、先祖たちに倣って栄耀教会に加わり、実家が決めた名門出の男子と婚姻を結び、生まれた子にも同じように洗礼と入信の儀を受けさせ、信仰と奉仕の宿命を課す──。
ラモン教皇もオーレン大司教もザッキスもエニーシャも、この場には居ないゼルレーク聖騎士団長やラウル、サファース枢機卿にリナリィなど、私の身近に居る全員が当然の如く、同様の宿命の下で育てられてきた。
私もいつか結婚して母親になれば、やはり我が子に同じことをするのだろう。
親から与えられた宿命を子が喜び受け入れるかは、また別の話だが。
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