#138 聖女と皇后 (テルサ視点)
ー/ー「それで皇后様、どのようなお話でしょうか?」
尋ねると、レヴィア皇后の瞳が一瞬だが妙な輝きを放った気がした。
「テルサ様の双子の姉君、カグヤ様に関してです」
このような社交の場でその名が出て来るとは思わず、心臓がピクンと跳ねた。
「……彼女は私に巻き込まれる形で召喚されたに過ぎず、もう元の世界に帰ってしまいました。そのような者を皇后様がお気になされるのは何故でしょうか?」
「『聖女』ではなくとも、異世界から来た方ですもの。あちらのことについて色々と聞いてみたかったのよ」
「それでしたら私の方から栄耀教会に色々とお話ししております。ご興味がおありなら教皇様に相談なさっては如何でしょうか?」
初代『聖女』も、アイスクリームの作り方など異世界の知識や情報を当時の栄耀教会に語って聞かせたようだが、その多くは栄耀教会が独占してしまって世間には浸透していない。
「理由は他にもありますわ。わたくしも陛下も、承諾も無くこの世界に召喚してしまったことへのお詫びやお別れの挨拶くらいはさせて頂きたかったのだけれど、教皇猊下と来たら、我々に一言の相談も無いままカグヤ様を勝手に帰してしまいました。まるで我々と彼女を会わせたくなかったかのように……」
私が栄耀教会にカグヤの暗殺を依頼したこと、彼女が聖騎士団の襲撃を逃れて今もどこかに潜伏していることを知るのは、栄耀教会の最高幹部など極少数の関係者だけだ。
事実を知るラウルを一旦置いてきたのは正解だった。
「この件について、テルサ様はどうお思いかしら?」
「そう仰られても……私は『旭日』以外に取り柄の無い女ですので、政治的なことは全く分かりません」
などと、頭が弱い風を装ってとぼけてみせたが、
「では質問を変えましょう。本当にカグヤ様は元の世界に帰られたのかしら?」
「それは……一体どういう意味でしょうか?」
カグヤが元の世界に帰ったという公式発表が真っ赤な嘘だと、レヴィア皇后は勘付いている。
「『招聖の儀』は異世界からこの世界に人物を呼び寄せるだけの技術で、その逆はできないと予てより窺っておりました。しかしテルサ様が『旭日』をお披露目したあの日、教皇猊下は『テルサ様の御力をお借りすることでカグヤ様を帰すことに成功した』と仰いました」
「仰る通りです。しかし、それは元々あちらの住人だったカグヤだからこそ成功したのであって、この世界の住人を送り出すことは不可能だと聞いております」
そうした会話があったということはラモン教皇から聞かされていたため、口裏を合わせるのは容易い。
「だとすれば、テルサ様はカグヤ様がお帰りになる瞬間をご覧になったはず。どうなのですか?」
「どう、とは?」
「カグヤ様がお帰りになるまさにその瞬間を、テルサ様は見送られたのですか? それとも見送りはされなかったのでしょうか?」
さて、私はどう答えるべきか。
「見送った」と嘘を吐くか、それとも「見送らなかった」と正直に言うべきか。
「──いいえ。帰還のために力を貸しはしましたが、見送りはしていません」
ここで「見送った」と答えると、後で辻褄が合わなくなって嘘がバレるかも知れない。
下手な嘘は吐かない方が賢明だ。
「それは、見送る機会が無かったということかしら? それとも自らの意思で見送りを控えたのですか?」
「後者です。そのような気など毛頭ありませんでした」
「お別れの挨拶もなさらなかったのですか? ご姉妹なのでしょう?」
私の答にも、レヴィア皇后はどこか懐疑的だ。
「……残念ながら、私とカグヤは仲の良い姉妹などではありません。その辺りの事情は既にお聞き及びかと思うのですが……」
「ええ。ご両親とお世話になっていた教主様の三人を、カグヤ様が残虐なやり方で手に掛けたそうですね」
「そうした事情故に、彼女のことは二度と思い出したくない、最も不快な話題なのです。どうかお察し頂けないでしょうか」
「考えてみればそうでしたね。そんな当たり前のことにも気付かず、失礼な質問を重ねて気を悪くさせてしまいまして、本当に申し訳ございません」
相手の本心を引き出す方法の一つとして、挑発して怒らせるというものがある。
私が気分を損ねると踏んだ上でカグヤの話題を振り、質問攻めにしてボロを出さないか反応を窺っていたのだろう。
この人とは極力関わらない方が賢明だと、脳内の要注意人物リストに名前を記し、アンダーラインを引いておく。
「……そろそろ宜しいでしょうか? 予約待ちの殿方が大勢居らっしゃいますので」
「『聖女』様は人気者ですものね。ごめんなさいね、お時間を取らせてしまって。引き続き舞踏会をお楽しみ下さいませ」
一礼して、私は速やかにその場を後にした。
帰ったら念のため、ラモン教皇に報告する必要がありそうだ。
その後も名立たる家の貴公子たちと踊り続け、レヴィア皇后の提案通りケルド帝とも一曲踊り、初の舞踏会は無事に終了した。
ただ、ケルド帝と踊っている最中、何度かステップのタイミングを誤って彼の足を踏みそうになったことは、私の自信とプライドに小さな傷を付けた。
尋ねると、レヴィア皇后の瞳が一瞬だが妙な輝きを放った気がした。
「テルサ様の双子の姉君、カグヤ様に関してです」
このような社交の場でその名が出て来るとは思わず、心臓がピクンと跳ねた。
「……彼女は私に巻き込まれる形で召喚されたに過ぎず、もう元の世界に帰ってしまいました。そのような者を皇后様がお気になされるのは何故でしょうか?」
「『聖女』ではなくとも、異世界から来た方ですもの。あちらのことについて色々と聞いてみたかったのよ」
「それでしたら私の方から栄耀教会に色々とお話ししております。ご興味がおありなら教皇様に相談なさっては如何でしょうか?」
初代『聖女』も、アイスクリームの作り方など異世界の知識や情報を当時の栄耀教会に語って聞かせたようだが、その多くは栄耀教会が独占してしまって世間には浸透していない。
「理由は他にもありますわ。わたくしも陛下も、承諾も無くこの世界に召喚してしまったことへのお詫びやお別れの挨拶くらいはさせて頂きたかったのだけれど、教皇猊下と来たら、我々に一言の相談も無いままカグヤ様を勝手に帰してしまいました。まるで我々と彼女を会わせたくなかったかのように……」
私が栄耀教会にカグヤの暗殺を依頼したこと、彼女が聖騎士団の襲撃を逃れて今もどこかに潜伏していることを知るのは、栄耀教会の最高幹部など極少数の関係者だけだ。
事実を知るラウルを一旦置いてきたのは正解だった。
「この件について、テルサ様はどうお思いかしら?」
「そう仰られても……私は『旭日』以外に取り柄の無い女ですので、政治的なことは全く分かりません」
などと、頭が弱い風を装ってとぼけてみせたが、
「では質問を変えましょう。本当にカグヤ様は元の世界に帰られたのかしら?」
「それは……一体どういう意味でしょうか?」
カグヤが元の世界に帰ったという公式発表が真っ赤な嘘だと、レヴィア皇后は勘付いている。
「『招聖の儀』は異世界からこの世界に人物を呼び寄せるだけの技術で、その逆はできないと予てより窺っておりました。しかしテルサ様が『旭日』をお披露目したあの日、教皇猊下は『テルサ様の御力をお借りすることでカグヤ様を帰すことに成功した』と仰いました」
「仰る通りです。しかし、それは元々あちらの住人だったカグヤだからこそ成功したのであって、この世界の住人を送り出すことは不可能だと聞いております」
そうした会話があったということはラモン教皇から聞かされていたため、口裏を合わせるのは容易い。
「だとすれば、テルサ様はカグヤ様がお帰りになる瞬間をご覧になったはず。どうなのですか?」
「どう、とは?」
「カグヤ様がお帰りになるまさにその瞬間を、テルサ様は見送られたのですか? それとも見送りはされなかったのでしょうか?」
さて、私はどう答えるべきか。
「見送った」と嘘を吐くか、それとも「見送らなかった」と正直に言うべきか。
「──いいえ。帰還のために力を貸しはしましたが、見送りはしていません」
ここで「見送った」と答えると、後で辻褄が合わなくなって嘘がバレるかも知れない。
下手な嘘は吐かない方が賢明だ。
「それは、見送る機会が無かったということかしら? それとも自らの意思で見送りを控えたのですか?」
「後者です。そのような気など毛頭ありませんでした」
「お別れの挨拶もなさらなかったのですか? ご姉妹なのでしょう?」
私の答にも、レヴィア皇后はどこか懐疑的だ。
「……残念ながら、私とカグヤは仲の良い姉妹などではありません。その辺りの事情は既にお聞き及びかと思うのですが……」
「ええ。ご両親とお世話になっていた教主様の三人を、カグヤ様が残虐なやり方で手に掛けたそうですね」
「そうした事情故に、彼女のことは二度と思い出したくない、最も不快な話題なのです。どうかお察し頂けないでしょうか」
「考えてみればそうでしたね。そんな当たり前のことにも気付かず、失礼な質問を重ねて気を悪くさせてしまいまして、本当に申し訳ございません」
相手の本心を引き出す方法の一つとして、挑発して怒らせるというものがある。
私が気分を損ねると踏んだ上でカグヤの話題を振り、質問攻めにしてボロを出さないか反応を窺っていたのだろう。
この人とは極力関わらない方が賢明だと、脳内の要注意人物リストに名前を記し、アンダーラインを引いておく。
「……そろそろ宜しいでしょうか? 予約待ちの殿方が大勢居らっしゃいますので」
「『聖女』様は人気者ですものね。ごめんなさいね、お時間を取らせてしまって。引き続き舞踏会をお楽しみ下さいませ」
一礼して、私は速やかにその場を後にした。
帰ったら念のため、ラモン教皇に報告する必要がありそうだ。
その後も名立たる家の貴公子たちと踊り続け、レヴィア皇后の提案通りケルド帝とも一曲踊り、初の舞踏会は無事に終了した。
ただ、ケルド帝と踊っている最中、何度かステップのタイミングを誤って彼の足を踏みそうになったことは、私の自信とプライドに小さな傷を付けた。
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