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#136 舞踏会 (テルサ視点)

ー/ー



 賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ。


 歴史は繰り返すものだから、歴史を学べば未来が予見できる。
 予見した未来に対して有効な手を打てる者こそが真の賢者であり、最終勝者になり得るのだ。


 私が生まれた世界の歴史でも、「宗教」と「軍事」は密接に絡んでいた。
 それが顕著に表れていたのが十六世紀、大航海時代のスペインとポルトガルだ。
 両国では、侵略してきたイスラム教徒をキリスト教徒が駆逐する『国土回復運動(レコンキスタ)』が約八百年掛けて達成され、その過程で充満した軍事力と領土欲を国外へ放出する方策を取った。


 それが『征服者(コンキスタドール)』と呼ばれる軍人たちによる植民地開拓である。


 未開の民族に神の教えを広めて救済する、という名目で行われたが、その実態は神どころか悪魔の所業だった。
 当時最先端の軍事力でキリスト教への改宗と服従を強要、反抗する者には拷問や虐殺を働き、現地の文化や信仰には弾圧を加えて破壊、資源の接収に金品の略奪、原住民は奴隷にして虐使するか異国で売り払うなど、白人に非ずんば人に非ずと言わんばかりの差別的な蛮行が、征服者(コンキスタドール)たちによって中南米や東南アジアを中心に繰り広げられた。


 神と宗教という聞こえの良い大義名分の下、弱者を虐げて何もかもを奪っていったのだ。
 そう、あの教団が私にしてきたように。


 このように大航海時代とは、スペインとポルトガルによる「布教」と「侵略」の時代でもあった。
 そしてその世界情勢は、極東の日本に於いても無関係ではなかった。


 大航海時代の日本は戦国時代、天下統一を目前に控えた織田信長は、来日したイエズス会の宣教師に「天下統一後は一大艦隊を編制して中国を武力で征服する」という『唐入り』の構想を語っていた。
 信長の死後、天下統一を成し遂げた豊臣秀吉も、現地に於ける布教許可を条件に、イエズス会に軍船と航海士の提供を要請して『朝鮮出兵』を決行──という具合に、同時代の天下人二人が征服者(コンキスタドール)の海外侵略史に着想を得た『唐入り』へと舵を切っていたのだ。





 流れ出した生演奏の音色に合わせて、真紅のドレスの裾が流麗に舞う。


 顔が映るほどピカピカに磨かれた大理石の床に、今日に備えて足に覚え込ませたステップを刻んで、相手のリードを崩さないように立ち回る。


 ここは皇宮の舞踏場、今まさに宴が始まった所だ。
 居並ぶ紳士淑女の視線、その多くは一人の人物に注がれていた。


 優雅に踊るウルヴァルゼ帝国の第三皇子ミルファス──ではなく、彼と踊るこの私、薔薇の如き真紅のドレスを纏った『聖女』テルサに。


「流石はテルサ様、初めての舞踏会でも全く緊張が見られませんね」
「殿下のご指導の賜物です」


 予定通り、最初のダンスパートナーはミルファス第三皇子。
 ダンス講師として何度も踊った相手なので互いの呼吸は知り尽くしており、ミスは決して有り得ない。


 やがて曲が終わり、私たちは離れて(うやうや)しく一礼する。


「お相手ありがとうございました、テルサ様。実に楽しい一時(ひととき)でした」
「こちらこそ、ミルファス殿下」


 舞踏会は、ただ料理や酒に舌鼓を打ったり、華美な服飾品やダンスステップを見せびらかすだけの娯楽の場ではなく、主たる目的は人脈作りや根回しといった政治や外交だ。


「流石は『聖女』様。見事なダンス、感服致しました」
「お褒めに(あずか)り光栄ね、エルゲン様」


 戻って来た私に拍手を送るこのダンディーな紳士の名は、エルゲン・マッジ・ズンダルク伯爵。
 ラモン教皇たちの出身であるエルハ本家ではなく分家の当主で、社交界デビューを果たしたばかりの私のためにと、今回は私の傍に付いてくれている。


 ミルファス殿下とのダンスは曲と共に終わったが、舞踏会はまだ続き、間も無く次の演奏が始まる。
 同じ相手と何度も踊るのは好ましいことではないため、曲ごとにパートナーチェンジするのが基本。


「『聖女』様、次は私と踊って頂けますか?」


 次なるダンスパートナーとして颯爽と進み出たのは、エルゲンの息子。
 勿論これは事前に打ち合わせしていたことであり、彼とはここへ来る前にも言葉を交わしていた。
 自慢や将来設計の話ばかりで正直退屈だったが、それを表情に出してしまうほど私は子供ではないし、本心を秘めて作り笑いを浮かべることには慣れている。


「ええ、お願いしますわ」


 にこやかに彼の手を取り、再び私は豪奢なシャンデリアの真下へ。
 曲調に合わせて、魔法技術が施された壁や天井、シャンデリアなどの照明具が明度や色彩を絶妙に変化させ、集まった貴人たちを優雅な雰囲気に浸らせてくれる。


 その後も、同年代の貴公子たちから誘われるがまま代わる代わる踊ったが、言うまでも無く全員が『聖なる一族』のような、栄耀教会に属する家の出だ。
 そもそも栄耀教会の意に沿わない貴族は今回の舞踏会にほとんど招待されておらず、辛うじて招待された者たちも、『聖女』に近付くことを禁ずる、とでも釘を刺されたのだろう、私を遠巻きに眺めるばかりで寄って来る様子が見られない。


『聖女』テルサを擁する栄耀教会の意向には、皇室と言えども従わざるを得ない。
 それがこの国の現状だ。


「『聖女』様、次は私と踊って頂けますか?」
「いえ、私が」
「君たち、先に待っていたのは私だぞ。順番は守ってくれ」


 踊り続けて流石に少し疲れが来たが、目の前の『聖女』の気を引くことに気が行っている貴公子たちは全く気付かず、愛想の良い笑みを浮かべて誘ってくる。
 ここで断って相手に恥を掻かせるのも気が引けるので、差し出された手の内の一つを渋々取ろうとした時、割って入る人物が現れた。


「申し訳ございませんが皆様、テルサ様は少々踊り疲れてしまったご様子。お誘いは一旦お控え頂けますか?」


 護衛として同行してきたラウルだった。
 場に合わせて礼服を身に着けてはいるが、腰にはしっかりと剣を携えている。
『聖女』がこの国に於ける最重要人物とは言え、このような社交の場でも帯剣した警護がすぐ傍に控えているなど、従来の舞踏会では有り得ないことだそうだ。


 誘ってきた貴公子たちは、そういうことなら仕方無いと苦笑いを浮かべて引き下がって行った。


「ありがとう、ラウル。助かったわ」
「恐縮です」


 今回の舞踏会だが、私がウィルドゥ領へ遠征に出ている間、皇宮内に侵入者が現れたということで、開催が数日延期された経緯がある。
 警備の騎士が何人か昏倒させられていた以外に被害が無かったため、こうして開催された訳だが、犯人は未だ捕まっておらず目的も正体も不明のまま。
 舞踏会を襲撃する下見だった可能性もあるということで、この舞踏場の内外には普段以上の帝国騎士が配置され、そこに聖騎士も加えるという警備の増強が為された。
 こうしてラウルがSPの如く私に張り付いているのもその一環だ。


「でも、もう少し早く助けてくれても良かったんじゃないかしら?」
「申し訳ございません。あちらの令嬢に、その……口説かれてしまいまして……」
「そう? しっかりしてね。今日はザッキスが居ないから、護衛はあなただけなのよ」


 ラウルと同じく『聖女』直属の護衛であるザッキスが何故不在なのかと言うと、彼の妻がまさに今日出産を迎えるということで、ラモン教皇が配慮してそちらを優先させたのだ。
 舞踏会という場で護衛が二人も居ると流石に物々しくて雰囲気を損なう気がするので、私としてもむしろ有り難いとさえ感じる。


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 歴史は繰り返すものだから、歴史を学べば未来が予見できる。
 予見した未来に対して有効な手を打てる者こそが真の賢者であり、最終勝者になり得るのだ。
 私が生まれた世界の歴史でも、「宗教」と「軍事」は密接に絡んでいた。
 それが顕著に表れていたのが十六世紀、大航海時代のスペインとポルトガルだ。
 両国では、侵略してきたイスラム教徒をキリスト教徒が駆逐する『|国土回復運動《レコンキスタ》』が約八百年掛けて達成され、その過程で充満した軍事力と領土欲を国外へ放出する方策を取った。
 それが『|征服者《コンキスタドール》』と呼ばれる軍人たちによる植民地開拓である。
 未開の民族に神の教えを広めて救済する、という名目で行われたが、その実態は神どころか悪魔の所業だった。
 当時最先端の軍事力でキリスト教への改宗と服従を強要、反抗する者には拷問や虐殺を働き、現地の文化や信仰には弾圧を加えて破壊、資源の接収に金品の略奪、原住民は奴隷にして虐使するか異国で売り払うなど、白人に非ずんば人に非ずと言わんばかりの差別的な蛮行が、|征服者《コンキスタドール》たちによって中南米や東南アジアを中心に繰り広げられた。
 神と宗教という聞こえの良い大義名分の下、弱者を虐げて何もかもを奪っていったのだ。
 そう、あの教団が私にしてきたように。
 このように大航海時代とは、スペインとポルトガルによる「布教」と「侵略」の時代でもあった。
 そしてその世界情勢は、極東の日本に於いても無関係ではなかった。
 大航海時代の日本は戦国時代、天下統一を目前に控えた織田信長は、来日したイエズス会の宣教師に「天下統一後は一大艦隊を編制して中国を武力で征服する」という『唐入り』の構想を語っていた。
 信長の死後、天下統一を成し遂げた豊臣秀吉も、現地に於ける布教許可を条件に、イエズス会に軍船と航海士の提供を要請して『朝鮮出兵』を決行──という具合に、同時代の天下人二人が|征服者《コンキスタドール》の海外侵略史に着想を得た『唐入り』へと舵を切っていたのだ。
 流れ出した生演奏の音色に合わせて、真紅のドレスの裾が流麗に舞う。
 顔が映るほどピカピカに磨かれた大理石の床に、今日に備えて足に覚え込ませたステップを刻んで、相手のリードを崩さないように立ち回る。
 ここは皇宮の舞踏場、今まさに宴が始まった所だ。
 居並ぶ紳士淑女の視線、その多くは一人の人物に注がれていた。
 優雅に踊るウルヴァルゼ帝国の第三皇子ミルファス──ではなく、彼と踊るこの私、薔薇の如き真紅のドレスを纏った『聖女』テルサに。
「流石はテルサ様、初めての舞踏会でも全く緊張が見られませんね」
「殿下のご指導の賜物です」
 予定通り、最初のダンスパートナーはミルファス第三皇子。
 ダンス講師として何度も踊った相手なので互いの呼吸は知り尽くしており、ミスは決して有り得ない。
 やがて曲が終わり、私たちは離れて|恭《うやうや》しく一礼する。
「お相手ありがとうございました、テルサ様。実に楽しい|一時《ひととき》でした」
「こちらこそ、ミルファス殿下」
 舞踏会は、ただ料理や酒に舌鼓を打ったり、華美な服飾品やダンスステップを見せびらかすだけの娯楽の場ではなく、主たる目的は人脈作りや根回しといった政治や外交だ。
「流石は『聖女』様。見事なダンス、感服致しました」
「お褒めに|与《あずか》り光栄ね、エルゲン様」
 戻って来た私に拍手を送るこのダンディーな紳士の名は、エルゲン・マッジ・ズンダルク伯爵。
 ラモン教皇たちの出身であるエルハ本家ではなく分家の当主で、社交界デビューを果たしたばかりの私のためにと、今回は私の傍に付いてくれている。
 ミルファス殿下とのダンスは曲と共に終わったが、舞踏会はまだ続き、間も無く次の演奏が始まる。
 同じ相手と何度も踊るのは好ましいことではないため、曲ごとにパートナーチェンジするのが基本。
「『聖女』様、次は私と踊って頂けますか?」
 次なるダンスパートナーとして颯爽と進み出たのは、エルゲンの息子。
 勿論これは事前に打ち合わせしていたことであり、彼とはここへ来る前にも言葉を交わしていた。
 自慢や将来設計の話ばかりで正直退屈だったが、それを表情に出してしまうほど私は子供ではないし、本心を秘めて作り笑いを浮かべることには慣れている。
「ええ、お願いしますわ」
 にこやかに彼の手を取り、再び私は豪奢なシャンデリアの真下へ。
 曲調に合わせて、魔法技術が施された壁や天井、シャンデリアなどの照明具が明度や色彩を絶妙に変化させ、集まった貴人たちを優雅な雰囲気に浸らせてくれる。
 その後も、同年代の貴公子たちから誘われるがまま代わる代わる踊ったが、言うまでも無く全員が『聖なる一族』のような、栄耀教会に属する家の出だ。
 そもそも栄耀教会の意に沿わない貴族は今回の舞踏会にほとんど招待されておらず、辛うじて招待された者たちも、『聖女』に近付くことを禁ずる、とでも釘を刺されたのだろう、私を遠巻きに眺めるばかりで寄って来る様子が見られない。
『聖女』テルサを擁する栄耀教会の意向には、皇室と言えども従わざるを得ない。
 それがこの国の現状だ。
「『聖女』様、次は私と踊って頂けますか?」
「いえ、私が」
「君たち、先に待っていたのは私だぞ。順番は守ってくれ」
 踊り続けて流石に少し疲れが来たが、目の前の『聖女』の気を引くことに気が行っている貴公子たちは全く気付かず、愛想の良い笑みを浮かべて誘ってくる。
 ここで断って相手に恥を掻かせるのも気が引けるので、差し出された手の内の一つを渋々取ろうとした時、割って入る人物が現れた。
「申し訳ございませんが皆様、テルサ様は少々踊り疲れてしまったご様子。お誘いは一旦お控え頂けますか?」
 護衛として同行してきたラウルだった。
 場に合わせて礼服を身に着けてはいるが、腰にはしっかりと剣を携えている。
『聖女』がこの国に於ける最重要人物とは言え、このような社交の場でも帯剣した警護がすぐ傍に控えているなど、従来の舞踏会では有り得ないことだそうだ。
 誘ってきた貴公子たちは、そういうことなら仕方無いと苦笑いを浮かべて引き下がって行った。
「ありがとう、ラウル。助かったわ」
「恐縮です」
 今回の舞踏会だが、私がウィルドゥ領へ遠征に出ている間、皇宮内に侵入者が現れたということで、開催が数日延期された経緯がある。
 警備の騎士が何人か昏倒させられていた以外に被害が無かったため、こうして開催された訳だが、犯人は未だ捕まっておらず目的も正体も不明のまま。
 舞踏会を襲撃する下見だった可能性もあるということで、この舞踏場の内外には普段以上の帝国騎士が配置され、そこに聖騎士も加えるという警備の増強が為された。
 こうしてラウルがSPの如く私に張り付いているのもその一環だ。
「でも、もう少し早く助けてくれても良かったんじゃないかしら?」
「申し訳ございません。あちらの令嬢に、その……口説かれてしまいまして……」
「そう? しっかりしてね。今日はザッキスが居ないから、護衛はあなただけなのよ」
 ラウルと同じく『聖女』直属の護衛であるザッキスが何故不在なのかと言うと、彼の妻がまさに今日出産を迎えるということで、ラモン教皇が配慮してそちらを優先させたのだ。
 舞踏会という場で護衛が二人も居ると流石に物々しくて雰囲気を損なう気がするので、私としてもむしろ有り難いとさえ感じる。