#134 新たな同行者 (カグヤ視点)
ー/ー『リュミスの咢』に挑戦した翌日の夜、私とダスクはフェテログリムの地下水路にある『黄昏の牙』のアジトを訪れた。
薄暗い礼拝室に居るのは、私たちの他に『黄昏の牙』の頭目クレオーズとベリオのみ。
「ではこの後すぐ、私たちは帝都に帰ります。クレオーズ様やベリオさんにはお世話になりました」
一礼する私に、クレオーズは困ったように笑み、
「世話になったのはこちらの方。其方のお陰で我らとシュナイン家は危機を脱した。感謝しておるぞ」
「『黄昏の牙』はこれから、シュナイン家と共に栄耀教会への取り締まりを行っていくのですよね?」
「然様。其方のお陰で『リュミスの咢』を除く全ての源泉が鎮められた以上、シュナイン領の『邪神の息吹』はほぼ終息した。先頃、ヴェセル殿を通じてシュナイン家からも正式に要請が来た。当分は忙しい日々が続きそうじゃ」
実際、先程から地下水路内を、『黄昏の牙』の構成員たちが働き蟻の如く忙しなく動き回っていた。
「できれば、あんたにも一緒に来て貰いたかったんだがな。帝都にも『黄昏の牙』は潜伏してるそうじゃないか。あんたが来てくれればすぐにそいつらの加勢が得られた」
「行きたい気持ちはあるがな。カグヤの『夜陰を急ぐ密行者』ならいつでも行き来できるとは言え、頭が目の前の仕事を放り出して他所へ向かっては、部下に示しが付かぬ。この街が落ち着くまでは離れられぬさ」
「それに大将の図体じゃ悪目立ちしちまうしな」
シュナイン家が陰ながら後ろ盾になってくれていたこのフェテログリムならともかく、帝都エルザンパールではすぐに通報されてしまう。
「代わりと言っては何だが、其方らにはベリオを付けよう。好きに使ってやってくれ」
「えっ、俺が?」
突然の提案にベリオが素っ頓狂な声を上げる。
「我らの内、誰か一人はカグヤの傍に居た方が何かと都合が良い。それには其方が適任じゃ。それに……久し振りに妹の顔を見たかろう?」
栄耀教会の謀略によってファーツ家は滅亡に追い込まれ、生き残った一族はベリオとサリーのみ。
『黄昏の牙』に加わったベリオはフェテログリムを拠点に活動を続けてきたため、遠い帝都エルザンパールで匿われていた妹とは何年も顔を合わせていなかった。
「儂の署名が入った委任状じゃ。其方を儂の代理に任命し、その指示に従うよう記してある。これを見せれば各地の同志たちが助力してくれよう」
「……ありがとよ、大将。任されたからにはきっちり果たしてみせるぜ」
ベリオを私たちの同行者に選んだのは、勿論彼の人柄と能力を信頼してのことだが、クレオーズなりの粋な計らいでもあるのだろう。
私たちとしても、面識の無い他の構成員よりもベリオの方が安心できる。
「何じゃ、儂の顔をまじまじと見て?」
ダスクの視線に気付いたクレオーズが首を傾げる。
「いや。俺がこれまでに会ったズンダルク家の出身者──ラモン教皇と孫のザッキス、ルーンベイルのヌンヴィス司教の三人と、あんたは随分と人間性が異なるんでな。少し不思議に思っていた」
「私もです。何故でしょうか?」
ダスクが挙げた三人の悪行の酷さと、『聖なる一族』の筆頭として栄耀教会を主導していたことで、ズンダルク家に対しては今も良いイメージを持っていない。
血統だけでその者の性質や運命が決定されることなど無いが、私の両親とテルサがそうだったように、同じような環境に身を置いて影響を受け続けていれば、自然と人間性も似通った色に染まっていく。
「そう違ってはおらぬさ。かつての儂もその三人の同類、心の捻じ曲がった売僧じゃった。教皇を目指していたのも、結局は己が欲と野心を満たさんがため。順当にいけば儂が教皇の座を継ぎ、今のラモンと同じことをしていたであろう。されど……」
「そのラモンがあんたを蹴落として教皇の座を横取りした。そうだな?」
クレオーズが自嘲気味な笑みを呈して頷く。
「教団の頂点に上り詰めて全てを得るはずが、ラモンめの謀略によってその野望を潰された挙句、一族から絶縁されて帝都からも追放され、更には聖職者として最も不名誉な破門まで宣告されてしまった。これまでの人生全てを否定されたような絶望感に囚われ、あの時はいっそ死んでしまおうかと本気で思ったものよ」
順風満帆なエリート街道を歩んでいた者ほど、一度そのコースから外れて挫折感を味わった時に、抱いていた理想と突き付けられた現実のギャップに苦しみ、立ち直れなくなると聞いたことがある。
「しかし、遠ざかることで見える景色というものもある。全てを失って初めて、それまでの己が如何に卑しい行為に手を染め、多くの者に理不尽を強いて苦しめ、栄耀教会という組織が腐り果てていたかを自覚することができた。過去の罪を贖い神の赦しを得るには、かの教団に鉄槌を下して人々を解き放つしか無いと、儂の心は生まれ変わった」
自らの過ちに気付き、それを償うための行動に移す。
言うのは簡単だが、実際にそれができる者は稀だ。
私の両親も、クレオーズのように過ちに気付く機会にさえ恵まれていたら、欲と欺瞞に満ちた信仰から目を醒まし、それまでの虐待を詫びてあるべき家族の時間を取り戻そうとしてくれたのだろうか──などと、その機会を最悪の形で永遠に奪ってしまった私が言えることではないが。
薄暗い礼拝室に居るのは、私たちの他に『黄昏の牙』の頭目クレオーズとベリオのみ。
「ではこの後すぐ、私たちは帝都に帰ります。クレオーズ様やベリオさんにはお世話になりました」
一礼する私に、クレオーズは困ったように笑み、
「世話になったのはこちらの方。其方のお陰で我らとシュナイン家は危機を脱した。感謝しておるぞ」
「『黄昏の牙』はこれから、シュナイン家と共に栄耀教会への取り締まりを行っていくのですよね?」
「然様。其方のお陰で『リュミスの咢』を除く全ての源泉が鎮められた以上、シュナイン領の『邪神の息吹』はほぼ終息した。先頃、ヴェセル殿を通じてシュナイン家からも正式に要請が来た。当分は忙しい日々が続きそうじゃ」
実際、先程から地下水路内を、『黄昏の牙』の構成員たちが働き蟻の如く忙しなく動き回っていた。
「できれば、あんたにも一緒に来て貰いたかったんだがな。帝都にも『黄昏の牙』は潜伏してるそうじゃないか。あんたが来てくれればすぐにそいつらの加勢が得られた」
「行きたい気持ちはあるがな。カグヤの『夜陰を急ぐ密行者』ならいつでも行き来できるとは言え、頭が目の前の仕事を放り出して他所へ向かっては、部下に示しが付かぬ。この街が落ち着くまでは離れられぬさ」
「それに大将の図体じゃ悪目立ちしちまうしな」
シュナイン家が陰ながら後ろ盾になってくれていたこのフェテログリムならともかく、帝都エルザンパールではすぐに通報されてしまう。
「代わりと言っては何だが、其方らにはベリオを付けよう。好きに使ってやってくれ」
「えっ、俺が?」
突然の提案にベリオが素っ頓狂な声を上げる。
「我らの内、誰か一人はカグヤの傍に居た方が何かと都合が良い。それには其方が適任じゃ。それに……久し振りに妹の顔を見たかろう?」
栄耀教会の謀略によってファーツ家は滅亡に追い込まれ、生き残った一族はベリオとサリーのみ。
『黄昏の牙』に加わったベリオはフェテログリムを拠点に活動を続けてきたため、遠い帝都エルザンパールで匿われていた妹とは何年も顔を合わせていなかった。
「儂の署名が入った委任状じゃ。其方を儂の代理に任命し、その指示に従うよう記してある。これを見せれば各地の同志たちが助力してくれよう」
「……ありがとよ、大将。任されたからにはきっちり果たしてみせるぜ」
ベリオを私たちの同行者に選んだのは、勿論彼の人柄と能力を信頼してのことだが、クレオーズなりの粋な計らいでもあるのだろう。
私たちとしても、面識の無い他の構成員よりもベリオの方が安心できる。
「何じゃ、儂の顔をまじまじと見て?」
ダスクの視線に気付いたクレオーズが首を傾げる。
「いや。俺がこれまでに会ったズンダルク家の出身者──ラモン教皇と孫のザッキス、ルーンベイルのヌンヴィス司教の三人と、あんたは随分と人間性が異なるんでな。少し不思議に思っていた」
「私もです。何故でしょうか?」
ダスクが挙げた三人の悪行の酷さと、『聖なる一族』の筆頭として栄耀教会を主導していたことで、ズンダルク家に対しては今も良いイメージを持っていない。
血統だけでその者の性質や運命が決定されることなど無いが、私の両親とテルサがそうだったように、同じような環境に身を置いて影響を受け続けていれば、自然と人間性も似通った色に染まっていく。
「そう違ってはおらぬさ。かつての儂もその三人の同類、心の捻じ曲がった売僧じゃった。教皇を目指していたのも、結局は己が欲と野心を満たさんがため。順当にいけば儂が教皇の座を継ぎ、今のラモンと同じことをしていたであろう。されど……」
「そのラモンがあんたを蹴落として教皇の座を横取りした。そうだな?」
クレオーズが自嘲気味な笑みを呈して頷く。
「教団の頂点に上り詰めて全てを得るはずが、ラモンめの謀略によってその野望を潰された挙句、一族から絶縁されて帝都からも追放され、更には聖職者として最も不名誉な破門まで宣告されてしまった。これまでの人生全てを否定されたような絶望感に囚われ、あの時はいっそ死んでしまおうかと本気で思ったものよ」
順風満帆なエリート街道を歩んでいた者ほど、一度そのコースから外れて挫折感を味わった時に、抱いていた理想と突き付けられた現実のギャップに苦しみ、立ち直れなくなると聞いたことがある。
「しかし、遠ざかることで見える景色というものもある。全てを失って初めて、それまでの己が如何に卑しい行為に手を染め、多くの者に理不尽を強いて苦しめ、栄耀教会という組織が腐り果てていたかを自覚することができた。過去の罪を贖い神の赦しを得るには、かの教団に鉄槌を下して人々を解き放つしか無いと、儂の心は生まれ変わった」
自らの過ちに気付き、それを償うための行動に移す。
言うのは簡単だが、実際にそれができる者は稀だ。
私の両親も、クレオーズのように過ちに気付く機会にさえ恵まれていたら、欲と欺瞞に満ちた信仰から目を醒まし、それまでの虐待を詫びてあるべき家族の時間を取り戻そうとしてくれたのだろうか──などと、その機会を最悪の形で永遠に奪ってしまった私が言えることではないが。
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