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#133 魔力過多 (カグヤ視点)

ー/ー



「私たちには何の異常も見られないのは、瘴気に対して完全耐性を持つからでしょうか?」
「或いは生物には作用しないのか……。何にせよ、害が無いのならそれでいい」


 重力の理を狂わせてしまうほどの瘴気を吸収し尽くして『リュミスの(あぎと)』を鎮めるには、可能な限り源泉に近付かなくてはならず、この裂け目の最深部を目指して七百メートルを下らなくてはならない。


 ダスクと言えどもそんな高さから飛び降りれば死は免れないのだが、この重力の異常が幸いした。


 地上では、重い物ほど軽く、軽い物ほど重くなるといった具合に重力負荷が掛かっていたが、地表が境界になっているのか、地下──すなわち裂け目の内側では軽い岩ほど地上に近い位置、重い岩ほど深い位置で浮くという状態になっていた。
 何故このようなことになっているかなど全く知る由も無いが、ともかく裂け目の底に続く岩々の多くは人が二人乗るには充分な大きさで、これらに飛び移っていけば源泉がある最深部まで安全に下れそうだ。


「しかし邪魔な岩も多い。帰りはこれを登って行く訳だから、適度に配置を調整していこう」


 巨岩にダスクが『獄炎の飛球(ヘルファイヤー・ボール)』を軽くぶつけると、弾かれた巨岩が吹き飛んだ先にあった別の岩に激突した。
 その岩も弾かれてまた別の岩に激突、という具合に、さながらビリヤードのような連鎖的な衝突が起きて、邪魔な岩が次々に追い遣られる。


「これで良し」


 そうやって岩々の配置を調整しつつ、私を抱えたダスクが軽やかに飛び移って下を目指していき、遂に到達した。
 私たちが立つ岩の下には、墨汁を満たした巨大湖とでも言うような、夜の闇よりもなお暗い暗黒が漠然と広がり、瘴気を放っている。


 ブラックホールの如く一切の光を呑み込んでしまっているのか、その光景が眼で窺い知れないため、本当に(まぶた)を開けているのか自分を疑ってしまうこの場所こそが、裂け目の最深部──西大陸最大の源泉『リュミスの(あぎと)』。


「凄い場所ですね……」
「ヴァンパイアにならなければ、こんな光景はお目に掛かれなかっただろうな。今までの源泉を遥かに超える、凄まじい瘴気だ……」


 今立っている岩から眼下の暗黒へ飛び込んだら、果たしてどうなるのだろうか。
 瘴気に完全耐性があったとしても、無事では済まないような気がする。


 それ以上の想像をやめて、私は必要な作業を開始した。


「『朔に誘われる黒き潮汐(ハイ・タイド・オブ・クレセント)』」


 広範囲に(わた)って闇属性魔素(マナ)を吸収する、私が新たに編み出した──『望月』を宿す私以外に使えない魔法。
 ここまで来る道中もこまめに発動して瘴気を得ていたが、今からやるのはパワー全開、本気も本気だ。


 上手くいくのかと不安はあったが、ギュンギュンと凄まじい勢いで瘴気が私の身に取り込まれ、闇の魔力に変換されていく。


 と、ここまでは良かったのだが、


「どうしたカグヤ? 吸収の勢いが衰えてきたようだが、ひょっとして……」


朔に誘われる黒き潮汐(ハイ・タイド・オブ・クレセント)』の減衰と私の苦しそうな表情を見て、ダスクが気付いた。


「はい、早くも魔力保有力の限界間近です。魔力の満腹状態、とでも言えばいいのでしょうか……」
「魔力過多だな。俺も魔力回復魔導薬(エナジー・ポーション)の飲み過ぎでなったことがある」


 今までの源泉であれば、一度の吸収で瘴気を余さず取り込むことができたのだが、流石は『リュミスの(あぎと)』と言うべきか、私の魔力保有力の限界まで吸収したというのに全体の半分も消えていない。


「だ、駄目です、これ以上は吸い切れません……」


 耐え切れず『朔に誘われる黒き潮汐(ハイ・タイド・オブ・クレセント)』を完全停止。


 魔力変換力に優れる者は、同量同属性の魔素(マナ)からでも、より速く、より多くの魔力を生成できるのだが、そのお陰で生成した魔力があっと言う間に保有上限に達して、これ以上の瘴気を吸収することができなくなってしまった。


「これまでは瘴気を大量に得た分、強力な魔法を使って適度に魔力を消費してきたのですが……」


 食事でも、摂取したカロリーを運動エネルギーに変換するなどして燃焼しなければ生活習慣病に繋がるように、魔力過多状態が長時間続く事でも健康を損なうことがあるそうだ。
 スマートフォンなどの電化製品でも、百パーセント充電を続けているとバッテリーが熱膨張によって寿命が短くなりがちなため、八、九十パーセント程度で止まるように充電制限を掛ける機能があるが、私もできるだけ魔力保有量を百パーセントにしないように調整していた。


「今までの源泉では、瘴気吸収の前後に『不浄なる魂へ響く魔声(デッドマンズ・コントロール)』や『原点へ立ち返る期(リターン・オブ・ザ・ネイティヴ)』を使って魔力を減らす機会があったが、今回は魔物が皆無だからな。……適当に時間操作でもして魔力を消化したらどうだ?」
「確かに『自在なる時空の意志(タイム・アンド・フリー・ウィル)』は絶大な効果を発揮する分、消費する魔力も桁違いに多いのですが、再発動にインターバルを要するなどの制約故に扱いに難があり、魔力を効率良く消費するには向かないのです」
「最大持続時間は十秒程度だったな。いっそ一時間くらい時を操ることはできないのか?」
「流石に不可能です。時間操作は、例えるならば水中に潜るのと同じようなもの。どんなに肺活量のある人でも、一時間も水の中には居られないでしょう? それにそこまで持続させられるのであれば、ドラゴンとの戦いでやっています」
「それもそうか」


 魔力の追加で多少の延長は可能なのかも知れないが、どんなに無理をしても最大持続時間は二十秒にも満たないだろう。


「実は、まだ使ったことの無い、第四の『自在なる時空の意志(タイム・アンド・フリー・ウィル)』があるのですが、それならば魔力が続く限り、一分でも一時間でも一日でも効果が持続するのです。魔力を一気に減らす上では非常に有効でしょう」
「ならこの機会に試してみてもいいんじゃないか?」
「残念ながら、これは気軽に使っていいものではないのです。『自在なる時空の意志(タイム・アンド・フリー・ウィル)』の効力は地球に留まらず宇宙にまで及んでしまうため、発動することで看過できない事態を招かないとも限りません。込められていた特級の魔導書(グリモワール)にも、余程のことが無い限り使ってはならない究極の禁断魔法と記されていました」


静止する世界(ソリッド・ワールド)』も『改変する運命(オルタナティブ・デスティニー)』も『超越する次元(ヴォイド・ディメンション)』も禁断と呼んで差し支えない力だが、私に触れなければ他者からは認識できないそれらとは違い、四つ目の魔法は無関係な者たちにも明確に認識できて影響力も絶大であるため、魔力を効率良く消費する、などという些細な目的で使うことなど絶対にあってはならない。


 私としては、使う機会など永遠に訪れないことを願うばかりだ。


「まあ、別に今夜中に全てを終えなくてはならないという訳でもないんだ。他に救済を必要としている地域がある以上、いつまでもこの地に構ってはいられない」
「そうですね。もう妨げになるような魔物も居ませんし、その気になればいつでも戻って来られます」


 手応えからして、この『リュミスの(あぎと)』を完全に鎮めるにはあと二、三度の吸収で完了するようなものでもなさそうだ。
 他の地域の救済を優先して、この地への対応はその合間にでもやっていけばいい。


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「私たちには何の異常も見られないのは、瘴気に対して完全耐性を持つからでしょうか?」
「或いは生物には作用しないのか……。何にせよ、害が無いのならそれでいい」
 重力の理を狂わせてしまうほどの瘴気を吸収し尽くして『リュミスの|咢《あぎと》』を鎮めるには、可能な限り源泉に近付かなくてはならず、この裂け目の最深部を目指して七百メートルを下らなくてはならない。
 ダスクと言えどもそんな高さから飛び降りれば死は免れないのだが、この重力の異常が幸いした。
 地上では、重い物ほど軽く、軽い物ほど重くなるといった具合に重力負荷が掛かっていたが、地表が境界になっているのか、地下──すなわち裂け目の内側では軽い岩ほど地上に近い位置、重い岩ほど深い位置で浮くという状態になっていた。
 何故このようなことになっているかなど全く知る由も無いが、ともかく裂け目の底に続く岩々の多くは人が二人乗るには充分な大きさで、これらに飛び移っていけば源泉がある最深部まで安全に下れそうだ。
「しかし邪魔な岩も多い。帰りはこれを登って行く訳だから、適度に配置を調整していこう」
 巨岩にダスクが『|獄炎の飛球《ヘルファイヤー・ボール》』を軽くぶつけると、弾かれた巨岩が吹き飛んだ先にあった別の岩に激突した。
 その岩も弾かれてまた別の岩に激突、という具合に、さながらビリヤードのような連鎖的な衝突が起きて、邪魔な岩が次々に追い遣られる。
「これで良し」
 そうやって岩々の配置を調整しつつ、私を抱えたダスクが軽やかに飛び移って下を目指していき、遂に到達した。
 私たちが立つ岩の下には、墨汁を満たした巨大湖とでも言うような、夜の闇よりもなお暗い暗黒が漠然と広がり、瘴気を放っている。
 ブラックホールの如く一切の光を呑み込んでしまっているのか、その光景が眼で窺い知れないため、本当に|瞼《まぶた》を開けているのか自分を疑ってしまうこの場所こそが、裂け目の最深部──西大陸最大の源泉『リュミスの|咢《あぎと》』。
「凄い場所ですね……」
「ヴァンパイアにならなければ、こんな光景はお目に掛かれなかっただろうな。今までの源泉を遥かに超える、凄まじい瘴気だ……」
 今立っている岩から眼下の暗黒へ飛び込んだら、果たしてどうなるのだろうか。
 瘴気に完全耐性があったとしても、無事では済まないような気がする。
 それ以上の想像をやめて、私は必要な作業を開始した。
「『|朔に誘われる黒き潮汐《ハイ・タイド・オブ・クレセント》』」
 広範囲に|亘《わた》って闇属性|魔素《マナ》を吸収する、私が新たに編み出した──『望月』を宿す私以外に使えない魔法。
 ここまで来る道中もこまめに発動して瘴気を得ていたが、今からやるのはパワー全開、本気も本気だ。
 上手くいくのかと不安はあったが、ギュンギュンと凄まじい勢いで瘴気が私の身に取り込まれ、闇の魔力に変換されていく。
 と、ここまでは良かったのだが、
「どうしたカグヤ? 吸収の勢いが衰えてきたようだが、ひょっとして……」
『|朔に誘われる黒き潮汐《ハイ・タイド・オブ・クレセント》』の減衰と私の苦しそうな表情を見て、ダスクが気付いた。
「はい、早くも魔力保有力の限界間近です。魔力の満腹状態、とでも言えばいいのでしょうか……」
「魔力過多だな。俺も|魔力回復魔導薬《エナジー・ポーション》の飲み過ぎでなったことがある」
 今までの源泉であれば、一度の吸収で瘴気を余さず取り込むことができたのだが、流石は『リュミスの|咢《あぎと》』と言うべきか、私の魔力保有力の限界まで吸収したというのに全体の半分も消えていない。
「だ、駄目です、これ以上は吸い切れません……」
 耐え切れず『|朔に誘われる黒き潮汐《ハイ・タイド・オブ・クレセント》』を完全停止。
 魔力変換力に優れる者は、同量同属性の|魔素《マナ》からでも、より速く、より多くの魔力を生成できるのだが、そのお陰で生成した魔力があっと言う間に保有上限に達して、これ以上の瘴気を吸収することができなくなってしまった。
「これまでは瘴気を大量に得た分、強力な魔法を使って適度に魔力を消費してきたのですが……」
 食事でも、摂取したカロリーを運動エネルギーに変換するなどして燃焼しなければ生活習慣病に繋がるように、魔力過多状態が長時間続く事でも健康を損なうことがあるそうだ。
 スマートフォンなどの電化製品でも、百パーセント充電を続けているとバッテリーが熱膨張によって寿命が短くなりがちなため、八、九十パーセント程度で止まるように充電制限を掛ける機能があるが、私もできるだけ魔力保有量を百パーセントにしないように調整していた。
「今までの源泉では、瘴気吸収の前後に『|不浄なる魂へ響く魔声《デッドマンズ・コントロール》』や『|原点へ立ち返る期《リターン・オブ・ザ・ネイティヴ》』を使って魔力を減らす機会があったが、今回は魔物が皆無だからな。……適当に時間操作でもして魔力を消化したらどうだ?」
「確かに『|自在なる時空の意志《タイム・アンド・フリー・ウィル》』は絶大な効果を発揮する分、消費する魔力も桁違いに多いのですが、再発動にインターバルを要するなどの制約故に扱いに難があり、魔力を効率良く消費するには向かないのです」
「最大持続時間は十秒程度だったな。いっそ一時間くらい時を操ることはできないのか?」
「流石に不可能です。時間操作は、例えるならば水中に潜るのと同じようなもの。どんなに肺活量のある人でも、一時間も水の中には居られないでしょう? それにそこまで持続させられるのであれば、ドラゴンとの戦いでやっています」
「それもそうか」
 魔力の追加で多少の延長は可能なのかも知れないが、どんなに無理をしても最大持続時間は二十秒にも満たないだろう。
「実は、まだ使ったことの無い、第四の『|自在なる時空の意志《タイム・アンド・フリー・ウィル》』があるのですが、それならば魔力が続く限り、一分でも一時間でも一日でも効果が持続するのです。魔力を一気に減らす上では非常に有効でしょう」
「ならこの機会に試してみてもいいんじゃないか?」
「残念ながら、これは気軽に使っていいものではないのです。『|自在なる時空の意志《タイム・アンド・フリー・ウィル》』の効力は地球に留まらず宇宙にまで及んでしまうため、発動することで看過できない事態を招かないとも限りません。込められていた特級の|魔導書《グリモワール》にも、余程のことが無い限り使ってはならない究極の禁断魔法と記されていました」
『|静止する世界《ソリッド・ワールド》』も『|改変する運命《オルタナティブ・デスティニー》』も『|超越する次元《ヴォイド・ディメンション》』も禁断と呼んで差し支えない力だが、私に触れなければ他者からは認識できないそれらとは違い、四つ目の魔法は無関係な者たちにも明確に認識できて影響力も絶大であるため、魔力を効率良く消費する、などという些細な目的で使うことなど絶対にあってはならない。
 私としては、使う機会など永遠に訪れないことを願うばかりだ。
「まあ、別に今夜中に全てを終えなくてはならないという訳でもないんだ。他に救済を必要としている地域がある以上、いつまでもこの地に構ってはいられない」
「そうですね。もう妨げになるような魔物も居ませんし、その気になればいつでも戻って来られます」
 手応えからして、この『リュミスの|咢《あぎと》』を完全に鎮めるにはあと二、三度の吸収で完了するようなものでもなさそうだ。
 他の地域の救済を優先して、この地への対応はその合間にでもやっていけばいい。