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#132 リュミスの咢 (カグヤ視点)

ー/ー



 ドラゴン討伐を終えた夜から数時間後、同日の夕刻。


 魔力が充分に回復した後、『夜陰を急ぐ密行者(シークレット・エクスプレス)』でフェテログリムに帰還した私とダスクは、時間に遅れたことを詫びつつも、オズガルドたちにドラゴン討伐に成功した旨を報告した。


「何と、まさか本当に倒してしまうとは……」


 七十メートル級のアメジスト・ドラゴンに勝利したと聞かされ、オズガルドも他の者たちも大いに驚いていた。
 ドラゴンの亡骸は、あのまま放置しておくと腐敗やアンデッド化の恐れがあるため、私が収納魔法『亜空の秘蔵庫(エア・ストレージ)』で保管している。


 報告を終えた後はヴェセルの計らいでシュナイン家の館に部屋を借り、現在に至るまで泥のように眠っていた。


「お二人共、本当にありがとうございました。シュナイン家及び全領民を代表して御礼申し上げます」


 ヴェセルが慇懃に一礼する。
 だが、ドラゴンを討伐したからと言って問題が解決した訳ではない。


「そうなると次こそ『リュミスの(あぎと)』の吸収ですね」


 このシュナイン領に於ける本来の目的は『邪神の息吹』を鎮めることであり、エレノアの言う通り、領内最後の源泉『リュミスの(あぎと)』を吸い尽くして涸らす作業がまだ残っている。


「日が暮れ次第、早速また向かおうと考えています」
「昨日の今日で行くの? 大丈夫?」


 ジェフが心配するが、


「魔力は現地で瘴気を吸収すれば問題ありませんし、体力はエレノア様が回復魔法を掛けて下さったお陰で万全です」


 現地は依然として高濃度の瘴気が満ちているせいで、近付けるのは完全耐性を持つ私とダスクだけだ。


「済まんね。君たちにばかり負担を掛けてしまって」
「今回は大した負担にはならないだろう。あのドラゴンを討伐した今、最早アンディアラ荒野にカグヤの脅威となる存在は居ない。『リュミスの(あぎと)』までは楽に到達できるはずだ」


 先の戦いでダスクは剣を失ってしまったが、格闘と魔法だけでも彼は充分に強い。


「それよりもヴェセル、例の件はどうだった?」
「ええ、引き受けてくれました。預かった品にも問題は無いとのことです。特急料込みで結構な値を吹っ掛けられましたが……」
「それはシュナイン家で負担してくれ。ドラゴン討伐の謝礼と思えばタダ同然だろう」


 私が眠っている間に、ダスクはヴェセルを通してシュナイン家にある依頼をしていた。
 結果はすぐに現れるものではないが、やがて彼の大きな力になってくれることだろう。





 太陽が西の地平線に没し、空が闇に染まったのを見計らって、私たちは再び()の地を訪れた。
 高濃度の瘴気が満ちる魔境、アンディアラ荒野。


「これが『リュミスの(あぎと)』……」


 ダスクの読み通り、ここまでの道程は()したる妨害にも遭わず、実に容易く来られた。


 私の眼前に広がるのは、大地がばっくりと口を開けたような、馬鹿馬鹿しいほどに大きな裂け目。
 まるで大いなる神が地面に愛剣を突き立てた痕跡のような、或いはあのアメジスト・ドラゴンが放ったような強力なブレスで地面を斬り裂き抉って作り上げたような、超巨大な溝だ。


 過去に誰一人として、この源泉の間際まで近付いた人間は居ないため、この溝の具体的なサイズは不明だ。
 ただ、恐らく今私が立っている地点から溝を挟んだ対岸までの距離だけでも一、二キロはあるのではないだろうか。


 その巨大さに相応しく、暗黒の裂け目から湧き上がる莫大な瘴気は、これまでに訪れた源泉などとは比べ物にならない量と濃度で、絶えず周囲の瘴気を吸収し続けていなければ、景色が覆い尽くされて完全に見えなくなるほどだ。
 だが、私たちを驚かせたのは裂け目の大きさや放出される瘴気だけではない。


「何だこれは……でかい岩がゴロゴロ宙に浮いているぞ。一体どうなってるんだ……?」


 実に異様な光景だった。


 数メートルはある巨大な岩が、風の吹くまま漂う雲の如く、或いは海中のプランクトンの如く、裂け目の周囲をゆったりと漂っているのだ。
 中には私がドラゴンにぶつけたような数十メートル級の岩もあり、何かの拍子に落ちて来やしないかと冷や冷やせずにはいられなかった。


「これは、無重力……? いえ、違うようですね……」


 無重力なのだとしたら、直径十メートル以上はある岩が漂っているにも関わらず、その下にある小石は地表に転がったまま不動を保っている説明が付かない。
 それに無重力であれば物体が浮き上がる他にも、火なら丸くなったり、水ならボール状に固まり、人体ならば血液や骨、筋肉、眼球など至る部位に異常が起きるそうだが、私たちの体が浮くことも無ければこれと言った異常も感じない。


「お、重い……何だ、この小石……? まるで地面と一体化してるみたいに、俺の力でも全く持ち上がらない。ビクともしないぞ……ッ!?」


 ヴァンパイアのパワーならば指一本で二百キロ以上を支えることも容易いというのに、この場に於いては五センチ程度の小石を持ち上げることさえできない。
 辺りに浮いている岩をよく観察してみると、大きなものほど高い位置を漂い、小さいものほど地上に近い位置を漂うという具合に、岩のサイズに応じて綺麗に高度が分かれていた。


「どうやら重い物ほど重力負荷が低下して高く浮き上がり、逆に軽い物ほど高負荷が掛かって重量が増しているようですね」
「闇属性の魔力は重力に干渉する。魔素(マナ)もまた然り。超高濃度の瘴気が大量に放出されているせいで、近場の重力が異常を(きた)している、ということかもな」


 私もドラゴンとの戦いで、巨岩に『圧し掛かる罪悪感(バードン・オブ・ギルト)』を掛けて重力負荷を倍増させた。


 魔法であれば術者の意志が働いて制御が為されるが、地脈や源泉から放出される魔素(マナ)は河川や大気の流れと同じく単なる自然現象に過ぎず、意志も制御も存在しない。
 常に闇属性に偏った魔素(マナ)を放出し続けている『リュミスの(あぎと)』だが、この『邪神の息吹』の時代はその最盛期。
 闇属性魔素(マナ)の濃度が更に高くなって瘴気となり、更に放出量も増している。


 恐らく歴史上、この光景を目にした人間は私だけだろう。


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 ドラゴン討伐を終えた夜から数時間後、同日の夕刻。
 魔力が充分に回復した後、『|夜陰を急ぐ密行者《シークレット・エクスプレス》』でフェテログリムに帰還した私とダスクは、時間に遅れたことを詫びつつも、オズガルドたちにドラゴン討伐に成功した旨を報告した。
「何と、まさか本当に倒してしまうとは……」
 七十メートル級のアメジスト・ドラゴンに勝利したと聞かされ、オズガルドも他の者たちも大いに驚いていた。
 ドラゴンの亡骸は、あのまま放置しておくと腐敗やアンデッド化の恐れがあるため、私が収納魔法『|亜空の秘蔵庫《エア・ストレージ》』で保管している。
 報告を終えた後はヴェセルの計らいでシュナイン家の館に部屋を借り、現在に至るまで泥のように眠っていた。
「お二人共、本当にありがとうございました。シュナイン家及び全領民を代表して御礼申し上げます」
 ヴェセルが慇懃に一礼する。
 だが、ドラゴンを討伐したからと言って問題が解決した訳ではない。
「そうなると次こそ『リュミスの|咢《あぎと》』の吸収ですね」
 このシュナイン領に於ける本来の目的は『邪神の息吹』を鎮めることであり、エレノアの言う通り、領内最後の源泉『リュミスの|咢《あぎと》』を吸い尽くして涸らす作業がまだ残っている。
「日が暮れ次第、早速また向かおうと考えています」
「昨日の今日で行くの? 大丈夫?」
 ジェフが心配するが、
「魔力は現地で瘴気を吸収すれば問題ありませんし、体力はエレノア様が回復魔法を掛けて下さったお陰で万全です」
 現地は依然として高濃度の瘴気が満ちているせいで、近付けるのは完全耐性を持つ私とダスクだけだ。
「済まんね。君たちにばかり負担を掛けてしまって」
「今回は大した負担にはならないだろう。あのドラゴンを討伐した今、最早アンディアラ荒野にカグヤの脅威となる存在は居ない。『リュミスの|咢《あぎと》』までは楽に到達できるはずだ」
 先の戦いでダスクは剣を失ってしまったが、格闘と魔法だけでも彼は充分に強い。
「それよりもヴェセル、例の件はどうだった?」
「ええ、引き受けてくれました。預かった品にも問題は無いとのことです。特急料込みで結構な値を吹っ掛けられましたが……」
「それはシュナイン家で負担してくれ。ドラゴン討伐の謝礼と思えばタダ同然だろう」
 私が眠っている間に、ダスクはヴェセルを通してシュナイン家にある依頼をしていた。
 結果はすぐに現れるものではないが、やがて彼の大きな力になってくれることだろう。
 太陽が西の地平線に没し、空が闇に染まったのを見計らって、私たちは再び|彼《か》の地を訪れた。
 高濃度の瘴気が満ちる魔境、アンディアラ荒野。
「これが『リュミスの|咢《あぎと》』……」
 ダスクの読み通り、ここまでの道程は|然《さ》したる妨害にも遭わず、実に容易く来られた。
 私の眼前に広がるのは、大地がばっくりと口を開けたような、馬鹿馬鹿しいほどに大きな裂け目。
 まるで大いなる神が地面に愛剣を突き立てた痕跡のような、或いはあのアメジスト・ドラゴンが放ったような強力なブレスで地面を斬り裂き抉って作り上げたような、超巨大な溝だ。
 過去に誰一人として、この源泉の間際まで近付いた人間は居ないため、この溝の具体的なサイズは不明だ。
 ただ、恐らく今私が立っている地点から溝を挟んだ対岸までの距離だけでも一、二キロはあるのではないだろうか。
 その巨大さに相応しく、暗黒の裂け目から湧き上がる莫大な瘴気は、これまでに訪れた源泉などとは比べ物にならない量と濃度で、絶えず周囲の瘴気を吸収し続けていなければ、景色が覆い尽くされて完全に見えなくなるほどだ。
 だが、私たちを驚かせたのは裂け目の大きさや放出される瘴気だけではない。
「何だこれは……でかい岩がゴロゴロ宙に浮いているぞ。一体どうなってるんだ……?」
 実に異様な光景だった。
 数メートルはある巨大な岩が、風の吹くまま漂う雲の如く、或いは海中のプランクトンの如く、裂け目の周囲をゆったりと漂っているのだ。
 中には私がドラゴンにぶつけたような数十メートル級の岩もあり、何かの拍子に落ちて来やしないかと冷や冷やせずにはいられなかった。
「これは、無重力……? いえ、違うようですね……」
 無重力なのだとしたら、直径十メートル以上はある岩が漂っているにも関わらず、その下にある小石は地表に転がったまま不動を保っている説明が付かない。
 それに無重力であれば物体が浮き上がる他にも、火なら丸くなったり、水ならボール状に固まり、人体ならば血液や骨、筋肉、眼球など至る部位に異常が起きるそうだが、私たちの体が浮くことも無ければこれと言った異常も感じない。
「お、重い……何だ、この小石……? まるで地面と一体化してるみたいに、俺の力でも全く持ち上がらない。ビクともしないぞ……ッ!?」
 ヴァンパイアのパワーならば指一本で二百キロ以上を支えることも容易いというのに、この場に於いては五センチ程度の小石を持ち上げることさえできない。
 辺りに浮いている岩をよく観察してみると、大きなものほど高い位置を漂い、小さいものほど地上に近い位置を漂うという具合に、岩のサイズに応じて綺麗に高度が分かれていた。
「どうやら重い物ほど重力負荷が低下して高く浮き上がり、逆に軽い物ほど高負荷が掛かって重量が増しているようですね」
「闇属性の魔力は重力に干渉する。|魔素《マナ》もまた然り。超高濃度の瘴気が大量に放出されているせいで、近場の重力が異常を|来《きた》している、ということかもな」
 私もドラゴンとの戦いで、巨岩に『|圧し掛かる罪悪感《バードン・オブ・ギルト》』を掛けて重力負荷を倍増させた。
 魔法であれば術者の意志が働いて制御が為されるが、地脈や源泉から放出される|魔素《マナ》は河川や大気の流れと同じく単なる自然現象に過ぎず、意志も制御も存在しない。
 常に闇属性に偏った|魔素《マナ》を放出し続けている『リュミスの|咢《あぎと》』だが、この『邪神の息吹』の時代はその最盛期。
 闇属性|魔素《マナ》の濃度が更に高くなって瘴気となり、更に放出量も増している。
 恐らく歴史上、この光景を目にした人間は私だけだろう。