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#131 最強の最期 (カグヤ視点)

ー/ー



「終わった……」


 全身の力が抜けて崩れ落ちる巨龍を眺め見て、魂が抜けたようにダスクが呟く。


 アンデッドならば不死身故に心臓を破壊されても活動可能だが、あのドラゴンは異常な巨体ではあるが分類上は通常の魔物であるため、最早死の運命からは逃れられない。


 これにて決着、戦いは私たちの勝利に終わった。
 正直、喜びよりも安堵の方が大きく、それ以上に疲労感がどっと押し寄せてきた。


「ダスクさん、剣が……」
「ああ、壊れてしまったな」


 ダスクの手の中で、剣がピシピシ、バラバラと音を立てて崩壊していく。
『望月』の供与によって飛躍的に威力を高めた技を何度も繰り出したため、剣が耐え切れず自壊してしまったようだ。


 ドラゴンが気管を酷使し続けていたように、ダスクもまた剣を酷使していた。
 もしも剣の耐久限界の方が早く訪れていたら、勝敗は変わっていたかも知れない。


 まさに偶然が味方した、ギリギリの勝利だった。


「まあ仕方無い。フェンデリン家にでも頼んで、ルーンベイルで新しい剣を作って貰うさ」


原点へ立ち返る期(リターン・オブ・ザ・ネイティヴ)』を使えば粉々になろうと元通り修復できるのだが、残念ながら今の私にはその魔力も残っていない。
 遺灰を撒いて供養するが如く、柄に至るまで微塵に砕けた愛剣を彼が風に流す。


 近寄ると、倒れたドラゴンの眼が力無く私たちの方へ動いた。
 胸に空いた巨大な穴からは真っ赤な滝が流れ落ち、ヒューヒューと掠れた呼吸音が笛のように鳴る。


 あれほど激しく戦い合っていたのが嘘のように、私たちは静かに視線を交わしていた。


「一応訊くが、『原点へ立ち返る期(リターン・オブ・ザ・ネイティヴ)』でこいつの時間を戻すことはできないんだよな?」
「ええ、残念ながら」


 普通のアメジスト・ドラゴンと同レベルにまで戻してしまえば、脅威度は大きく下がり、見逃したとしても大した問題にはならなくなるのだが、闇属性同士であるが故に効力が著しく低下して通じないのだ。


 通じるのであれば『原点へ立ち返る期(リターン・オブ・ザ・ネイティヴ)』や『無明の極致(ダーケスト・イグノランス)』などを使って、もっと楽に戦えていた。


 そっとドラゴンに触れる。
 生き物の体とは思えない堅さだが、しかしまだ僅かに熱と脈動を感じる。


「このドラゴンはどのくらいの年月を生きてきたのでしょうか?」
「さあな。ドラゴンは種類や環境によっては数百年生きることもあるそうだからな。ひょっとしたら俺が生まれる遥か以前から、この世のどこかに居たのかも知れない」


『邪神の息吹』のせいで餌が極端に減ってしまったため、餓死しないようアメジストに瘴気を取り込み続けたことで、体は種族の限界を超えてどんどんと成長していった。
 だが、体が大きくなるに連れて基礎代謝も増していったため、時期を問わず大量の闇属性魔素(マナ)を放出する『リュミスの(あぎと)』で暮らさざるを得ず、長い年月を掛けてここまでの巨大化に至った。


 これは私の推測だが、同じように『リュミスの(あぎと)』を求めたアメジスト・ドラゴンが他にも居て、あの胸の古傷はそれらとの縄張り争いで負ったものだったのではないだろうか。
 死への恐怖、生への執着に従って同族との激しい生存競争を繰り広げた末、唯一生き残った勝者が彼。
 エルマーも孤独だったが、このドラゴンもまた暗黒の土地に縛り付けられた孤独な身だったのかと思うと、同情を禁じ得ない。


 やがて、ドラゴンが静かに眼を閉じた。
 掠れた呼吸音も止まり、永遠の静寂が訪れる。


「──どうか安らかにお眠り下さい」


 史上最強生物の最期を看取り、その冥福を祈る。
 彼を上回る生物は、恐らくもう二度と現れないだろう。


「こいつもまた『邪神の息吹』に苦しんだ被害者であり、厄災で育った加害者だった」
「似ていますね、私と。私も『邪神の息吹』があったからこそ『招聖の儀』が行われてこの世界に召喚され、一生命が持つには不相応な力を得てしまいました」


 決して望んで得たものではなく、成り行きで身に付いてしまった力。


 ノトスの街を(おびや)かしていたのも、決して悪意や敵意があった訳ではなく、自分の生活圏の近くにたまたま街があっただけ、という成り行きに過ぎない。


「その意思が無くとも、有り余る力で世の秩序を歪ませてしまう厄災の化身として恐怖され、闇に葬られる──或いはこのドラゴンは、未来の私なのかも知れませんね……」


 前の世界でもこの世界でも、私の行為や存在が原因となって不幸な末路を辿ってしまった者は多い。
 自分のせいで誰かが不幸になるのは気分の良いものではない。


 今回のドラゴン討伐にしても、やらなくてはならないことだと頭では理解していて、戦いの最中も必死で躊躇いなど感じる余裕も無かったが、こうして命が尽きる瞬間と亡骸を目の当たりにした今は、憐れみと罪悪感が胸を締め付け、命を奪わずに済む手立ては本当に無かったのだろうかという考えが込み上げる。


「確かに君の『望月』は絶大だ。世に知れ渡れば、君を危険視して排除を考える者は数多く現れるだろう」


 力そのものに善悪は無いが、度を超えた力は厄災と変わりが無い。


「だが、このドラゴンと君では決定的に違う点がある」
「……それは?」
「奴はただ自分が生きることしか考えていなかった。自分の力の大きさに恐怖することも無ければ、周囲に及ぼす影響について悩むことも無く、自分以外の誰かを救おうとも思わなかったに違い無い」


 力に善悪が無いように、自然界にも善悪は無い。


「不安や恐怖に苛まれ、重責に悩み迷いながらも、我欲ではなく人々のために力を使う。そうやって力の大きさと責任への自覚がある限り、君が道を踏み外すことは無いだろう。だからこそ、君にこのドラゴンのような末路は辿らせない。俺が必ず護ってみせる」


 かつての主君カルディス王弟も、優れた才覚を王族としての責任のために使う人物だったと聞いている。
 その彼を護れず非業の死を遂げてしまったダスクだからこそ、二度と繰り返させないという決意がその言葉からは感じられた。


「……私とドラゴンの違いは、力への自覚や責任感の有無──そう言いましたね。でも、それだけじゃありませんよ」
「それは?」


 ダスクの問いに、しかし私は言葉ではなく笑みで返した。


 ドラゴンは孤独だった。
 私もかつては孤独だった。
 しかし、この世界に来てからはそうではなくなった。


「そう言えば、二時間経ったらフェテログリムへ戻るという約束でしたが……」
「すっかり忘れていたな。どれどれ……」


 ダスクが懐中時計を取り出して時間を確かめる。


「……案の定、()うの昔に過ぎていたな」


 時間が過ぎても私たちがフェテログリムに帰って来ないということで、オズガルドたちもさぞ心配しているに違い無い。


「とは言え、魔力が尽きて『夜陰を急ぐ密行者(シークレット・エクスプレス)』が使えない以上、回復するまでここに留まるしか無いのですが……」


 魔力だけでなく精神的にも肉体的にも疲労していて、少し休みたい。


 かつて無い戦いを終えた後の夜は、実に静かなものだった。


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次のエピソードへ進む #132 リュミスの咢 (カグヤ視点)


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「終わった……」
 全身の力が抜けて崩れ落ちる巨龍を眺め見て、魂が抜けたようにダスクが呟く。
 アンデッドならば不死身故に心臓を破壊されても活動可能だが、あのドラゴンは異常な巨体ではあるが分類上は通常の魔物であるため、最早死の運命からは逃れられない。
 これにて決着、戦いは私たちの勝利に終わった。
 正直、喜びよりも安堵の方が大きく、それ以上に疲労感がどっと押し寄せてきた。
「ダスクさん、剣が……」
「ああ、壊れてしまったな」
 ダスクの手の中で、剣がピシピシ、バラバラと音を立てて崩壊していく。
『望月』の供与によって飛躍的に威力を高めた技を何度も繰り出したため、剣が耐え切れず自壊してしまったようだ。
 ドラゴンが気管を酷使し続けていたように、ダスクもまた剣を酷使していた。
 もしも剣の耐久限界の方が早く訪れていたら、勝敗は変わっていたかも知れない。
 まさに偶然が味方した、ギリギリの勝利だった。
「まあ仕方無い。フェンデリン家にでも頼んで、ルーンベイルで新しい剣を作って貰うさ」
『|原点へ立ち返る期《リターン・オブ・ザ・ネイティヴ》』を使えば粉々になろうと元通り修復できるのだが、残念ながら今の私にはその魔力も残っていない。
 遺灰を撒いて供養するが如く、柄に至るまで微塵に砕けた愛剣を彼が風に流す。
 近寄ると、倒れたドラゴンの眼が力無く私たちの方へ動いた。
 胸に空いた巨大な穴からは真っ赤な滝が流れ落ち、ヒューヒューと掠れた呼吸音が笛のように鳴る。
 あれほど激しく戦い合っていたのが嘘のように、私たちは静かに視線を交わしていた。
「一応訊くが、『|原点へ立ち返る期《リターン・オブ・ザ・ネイティヴ》』でこいつの時間を戻すことはできないんだよな?」
「ええ、残念ながら」
 普通のアメジスト・ドラゴンと同レベルにまで戻してしまえば、脅威度は大きく下がり、見逃したとしても大した問題にはならなくなるのだが、闇属性同士であるが故に効力が著しく低下して通じないのだ。
 通じるのであれば『|原点へ立ち返る期《リターン・オブ・ザ・ネイティヴ》』や『|無明の極致《ダーケスト・イグノランス》』などを使って、もっと楽に戦えていた。
 そっとドラゴンに触れる。
 生き物の体とは思えない堅さだが、しかしまだ僅かに熱と脈動を感じる。
「このドラゴンはどのくらいの年月を生きてきたのでしょうか?」
「さあな。ドラゴンは種類や環境によっては数百年生きることもあるそうだからな。ひょっとしたら俺が生まれる遥か以前から、この世のどこかに居たのかも知れない」
『邪神の息吹』のせいで餌が極端に減ってしまったため、餓死しないようアメジストに瘴気を取り込み続けたことで、体は種族の限界を超えてどんどんと成長していった。
 だが、体が大きくなるに連れて基礎代謝も増していったため、時期を問わず大量の闇属性|魔素《マナ》を放出する『リュミスの|咢《あぎと》』で暮らさざるを得ず、長い年月を掛けてここまでの巨大化に至った。
 これは私の推測だが、同じように『リュミスの|咢《あぎと》』を求めたアメジスト・ドラゴンが他にも居て、あの胸の古傷はそれらとの縄張り争いで負ったものだったのではないだろうか。
 死への恐怖、生への執着に従って同族との激しい生存競争を繰り広げた末、唯一生き残った勝者が彼。
 エルマーも孤独だったが、このドラゴンもまた暗黒の土地に縛り付けられた孤独な身だったのかと思うと、同情を禁じ得ない。
 やがて、ドラゴンが静かに眼を閉じた。
 掠れた呼吸音も止まり、永遠の静寂が訪れる。
「──どうか安らかにお眠り下さい」
 史上最強生物の最期を看取り、その冥福を祈る。
 彼を上回る生物は、恐らくもう二度と現れないだろう。
「こいつもまた『邪神の息吹』に苦しんだ被害者であり、厄災で育った加害者だった」
「似ていますね、私と。私も『邪神の息吹』があったからこそ『招聖の儀』が行われてこの世界に召喚され、一生命が持つには不相応な力を得てしまいました」
 決して望んで得たものではなく、成り行きで身に付いてしまった力。
 ノトスの街を|脅《おびや》かしていたのも、決して悪意や敵意があった訳ではなく、自分の生活圏の近くにたまたま街があっただけ、という成り行きに過ぎない。
「その意思が無くとも、有り余る力で世の秩序を歪ませてしまう厄災の化身として恐怖され、闇に葬られる──或いはこのドラゴンは、未来の私なのかも知れませんね……」
 前の世界でもこの世界でも、私の行為や存在が原因となって不幸な末路を辿ってしまった者は多い。
 自分のせいで誰かが不幸になるのは気分の良いものではない。
 今回のドラゴン討伐にしても、やらなくてはならないことだと頭では理解していて、戦いの最中も必死で躊躇いなど感じる余裕も無かったが、こうして命が尽きる瞬間と亡骸を目の当たりにした今は、憐れみと罪悪感が胸を締め付け、命を奪わずに済む手立ては本当に無かったのだろうかという考えが込み上げる。
「確かに君の『望月』は絶大だ。世に知れ渡れば、君を危険視して排除を考える者は数多く現れるだろう」
 力そのものに善悪は無いが、度を超えた力は厄災と変わりが無い。
「だが、このドラゴンと君では決定的に違う点がある」
「……それは?」
「奴はただ自分が生きることしか考えていなかった。自分の力の大きさに恐怖することも無ければ、周囲に及ぼす影響について悩むことも無く、自分以外の誰かを救おうとも思わなかったに違い無い」
 力に善悪が無いように、自然界にも善悪は無い。
「不安や恐怖に苛まれ、重責に悩み迷いながらも、我欲ではなく人々のために力を使う。そうやって力の大きさと責任への自覚がある限り、君が道を踏み外すことは無いだろう。だからこそ、君にこのドラゴンのような末路は辿らせない。俺が必ず護ってみせる」
 かつての主君カルディス王弟も、優れた才覚を王族としての責任のために使う人物だったと聞いている。
 その彼を護れず非業の死を遂げてしまったダスクだからこそ、二度と繰り返させないという決意がその言葉からは感じられた。
「……私とドラゴンの違いは、力への自覚や責任感の有無──そう言いましたね。でも、それだけじゃありませんよ」
「それは?」
 ダスクの問いに、しかし私は言葉ではなく笑みで返した。
 ドラゴンは孤独だった。
 私もかつては孤独だった。
 しかし、この世界に来てからはそうではなくなった。
「そう言えば、二時間経ったらフェテログリムへ戻るという約束でしたが……」
「すっかり忘れていたな。どれどれ……」
 ダスクが懐中時計を取り出して時間を確かめる。
「……案の定、|疾《と》うの昔に過ぎていたな」
 時間が過ぎても私たちがフェテログリムに帰って来ないということで、オズガルドたちもさぞ心配しているに違い無い。
「とは言え、魔力が尽きて『|夜陰を急ぐ密行者《シークレット・エクスプレス》』が使えない以上、回復するまでここに留まるしか無いのですが……」
 魔力だけでなく精神的にも肉体的にも疲労していて、少し休みたい。
 かつて無い戦いを終えた後の夜は、実に静かなものだった。