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「若葉! 入れ替わりごっこしよ。ほら、服替えて!」 学校から帰宅して、青葉は二人共同の私室でランドセルを下ろすなり妹に命令する。 「え? なんで……」 「なんでもいいじゃん!」 気が乗らない様子の若葉を急かし、二人の着ていたものを交換した。 ──ホントに面倒な子ね! いちいち逆らってばっかりで。はっきり言いたいことも言えないくせに。 「ママ、若葉が図書館行きたいんだって。一緒に行って来るね~」 レース飾りのピンクのワンピースを身に纏い、青葉は玄関先からリビングルームでテレビを観ている母に声を掛けた。 彼女はお気に入りの番組を観ている間は決してこちらへ姿を見せることはない。 「はーい、遅くならないようにね」 「わかってる。じゃあ行って来まーす」 言葉だけ寄越した母に答えるなり、青葉は隣の片割れに目を向けた。 「ほら、行くよ!」 小さな声で指示すると、前ボタンの水色ワンピース姿の「青葉」の腕を掴んで引き、姉妹は二人で玄関ドアの外へ出る。 自宅マンションのすぐ近くには大きな道路の抜け道があった。 スピードを出している車が多いというのに、歩道にはガードレールもない。大人たちはことあるごとに、子どもに対して「あの道は気をつけなさい」と注意していたのだ。 図書館への近道ではあるのだが、青葉も若葉も普段はまず通ることはない。 ──危ないから、普段はね……。 ◇ ◇ ◇ 「よかった! 若葉ちゃん! あなたが無事で本当によかった……」 病院で、急ぎ駆け付けたらしい母が青葉を抱き締めて涙を溢れさせた。 青葉は怪我一つしていない。 バランスを崩してその場に座り込んだのをショックのせいだと思われたらしく、気遣ってストレッチャーに寝かせてくれたのか。 地面に蹲ったため、ワンピースが汚れてしまったかもしれない。それが何よりも気になっていた。その次に。 「青葉、ちゃんは──」 怯えを装い呟いた青葉の口を塞ぐように、母が娘の背中に回した腕にさらに力を込めた。 「青葉ちゃんは……、天国に……」 母が絞り出す声はほとんど聞き取れない。 ああ、上手く行ったのだ。 両掌に若葉の、……「青葉」の背中の温もりが残っている気がする。 翻った水色のワンピース、急ブレーキの耳をつんざくような音。誰かの悲鳴、大勢のざわめき。 それらすべてが、遠い。 ──もうママは、……ううん、他の何もかもがあたしだけのもの。ピンクの可愛い服も、最初からあたしだけの。 青葉の欲しい物を奪って行く妹はいなくなったのだから。 これからは青葉が「若葉」なのだ。おとなしくていい子の振りくらい、青葉ならいくらでもできる。 だからもう──。 「でもママは若葉ちゃんさえいればそれだけで──」 青葉の身を満たしていた喜びが一瞬で霧散した。 ──今なんて言ったの? ママ、「死んだのが青葉の方で良かった」ってそういう意味なの……!? 若葉さえいれば。青葉はいなくてもいい、と? それでは自分、は。いったい、なんだというのか。 生きてここにいるのは間違いなく「青葉」であるのに、周囲の皆が己に見るのは、もうこの世に存在しない妹なのだ。 生まれる前から誰よりも近くにいた相手は、もう手の届かない遠くに行ってしまった。 距離も測れないほどの遠くへ。 それなのに今もこの先も永遠に青葉に付き纏う、運命の片割れの影。 鏡の中のもうひとりを消そうとして、青葉は「自分」を消したのだ。 ──若葉、なんだ。あたしはこれからずっと、一生……。 ~END~
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