断崖絶壁に沿うように、その街は築かれていて。
足場同士を吊り橋でつなぎ、入り組んだ経路を成している。
シルヴィカは自身の足元に広がる、『イレの樹』で作られた白い床を軽く踏むと。
上から下へ街を見渡し、目を輝かせていた。
「すごい街ですねぇ」
なんて言いながら、シルヴィカが笑み混じりに振り返ると。
「外の人からすると、そういうもんなのかい?」
なんて、露天の店主は不思議そうにする。
荒いリネンの敷物に、さまざまな雑貨が並んでいて。
シルヴィカはそのなかで特に目立つナイフを指さすと。
「大貨三枚。質のいいやつだよ」
普通のイレグラ石じゃなくて、二十年ものを削り出してるんだ。
と店主は語り出して。
シルヴィカはその真っ白な刀身を眺めてみると。
ナイフを構成する『頑丈で燃えない琥珀』は、きめ細やかな結晶を作り上げていて。
店主の言っていることはおおよそ正しいようだった。
「でも、その、もう少し安くなりません?」
なんてシルヴィカが眉を下げると、店主はやれやれという感じで。
「別のもんの値段を含んでその値段ならどうだ?」と言って、にやりと笑った。
シルヴィカは少しの間、じとりとした目をすると。
敷物の上に並べられた、小物入れや貯金箱などの安価な雑貨たちを見渡してから。
「じゃあその発火具を」と、置き物などで隠すように置かれていたファイアピストンを指さし。
「こいつ地味に高いもんを……」と言いたげな店主に三枚ほど。
人差し指の先ほどの大きさをした丸い木貨を手渡して。
店主に頭を下げつつも、そそくさそこから離れると。
踊り出さんばかりの軽い足取りで、真っ白な通路を歩いていき。
「元取れてよかったぁ……」と、店主から離れるなり明るい調子で洩らした。
二週間ほど前アンネから贈られた四角い木貨こと|方貨《ほうか》。
これは先ほど使った|大貨《だいか》の、二十倍の価値がある大金で。
小指の先ほどの円形をした|小貨《しょうか》一枚でその地域の主食が買えるとすると。
一枚あたり二百四十食ほど食べられる計算になり、しかもそれが四枚ある。
そのためシルヴィカは、しばらく旅費に困りそうにないと判断し。
このドーミスという街に補給のため立ち寄ったのだ。
上機嫌に進んでいると、いつのまにか露天が並んだ路地を抜けており。
静かで真っ赤な岩肌の道から、シルヴィカが崖っぷちを見下ろす。
吊り橋の上を、何やら箱を持った人たちがちまちまと動いているが見えて。
そんな様子を、しばらく眺めていると。
「嬢ちゃん、旅人さんかい?」なんて。
知らない間に長髪の男が立っていて。
「あっ、はい……っ」と背筋を伸ばすシルヴィカに。
「いや、遺物掘りが気になってたみたいだから、そうかなと」
なんて言いながら、男は少し申し訳なさそうに頭を掻いた。
「この街、結構遺物が採れるんだよ」と、男は崖際の木柵にもたれて。
「はぇー」と洩らすシルヴィカを、しばらく見つめると。
「……嬢ちゃん、『時を止める機械』に興味はないか?」
と、男は言いながら不敵な笑みを浮かべて。
少し、考え込んでから。
「気になります、けど」
と言ったシルヴィカに対し、ますます笑みを強くするが。
直後の「まず現物を、見たいです」に対しては、急に焦ったような様子を見せ。
「えっと、あの、いや、現物というか……」とだんだん声を小さくしていった男は、最終的に。
「すんません……その、やっぱ無しで……」と背を丸めていて。
その様子にシルヴィカは、首をかしげた。
* * * * *
男は自身の家の裏へシルヴィカを案内すると、『時を止める機械』とやらを見せてくれて。
それをひと目見るなりシルヴィカは「えっ?」なんて洩らした。
それは長方形をした真っ白な箱で、正面に二つの扉が付いていて。
本体はシルヴィカの胸ほどの高さで、上側の扉は小さく、下側の扉は大きいもの。
箱の下からは、一本の黒い紐のようなものが生えていた。
そんな箱から視線を動かすと、シルヴィカは男のほうをじっと見て、それから。
「……冷蔵庫、ですよね?」と言うと。
男は泣きそうな顔でうなずいて。
上扉を開けながら「ここに氷を?」と言うシルヴィカに。
「そんな上等なものはねぇよ……」と返して、ますます悲しそうにしていた。
そしてとうとう目元を指で拭い始めた男に、シルヴィカはゆっくり歩み寄り。
「えっと、なんで、騙そうと……?」なんて首をかしげると。
男はゴシゴシと目をこすって、それから嗚咽混じりに語り出す。
彼はどうやら『古物商』という遺物を専門的に扱う商人からものを買ったようで。
『時を止める機械』とやらを買ったのだが、騙されていたことにあとで気づき。
その大損を取り戻すために、シルヴィカを騙そうとしていたそうだ。
「……『現物見たい』って、言っててよかったです」
シルヴィカは男にじとりとした視線を向けると。
「出来心だったんだ……」という男に対して。
「もうやめてくださいね?」と言いながら。
男の手にそっと、方貨を一枚握らせる。
その感触の正体に気づいた男は、あわてて中身を確認し。
そしてシルヴィカと手元を交互に見ると。
「おまっ、は? えっ? えぇ……?」
みたいなことを言っていて。
「それで騙す理由もうないでしょう?」としたり顔をしたシルヴィカに。
「そうか、そ、そう! いや、わかってるよ⁉︎」と男は大きな身振り手振りをした。
やがて、しばらく思いっきりあわてたおかげか、落ち着きを取り戻したようで。
男は「なんかごめんな?」と言ったあと。
「ところで冷蔵庫……」と続けて。
シルヴィカは優しく微笑み。
男の肩に手を置いてから。
「いりません」と言った。
* * * * *
——ともかく。
シルヴィカは男にいくつか質問をすると。
それからすぐに、ドーミスの街中へと戻った。
彼の情報を頼りに、手帳へ記した地図の通り。
階段を上り、吊り橋を渡り、そして道の奥へ歩く。
行き止まりのような路地の端に、しれっとかけられた縄はしご。
ギシギシとそれを鳴らしながら、シルヴィカはそのはしごを下りて。
トンッ、と硬い岩肌に着地すると、その建物に目を向けた。
視線の先にあるのは、種類の違う木の板を乱雑につなげたような、そんな建物。
シルヴィカはそこに向かって、迷わず歩みを進めると。
やがて建物の入り口に『古物商レイエカ』と書かれた看板があるのが見えて。
ドアノブにかけられたプレートを見るあたり、営業中のようだった。
真っ昼間なのにだんだん薄暗くなる路地を進みながら。
シルヴィカはあたりをちらりと見て。
それから、建物の扉に手を添える。
キィ……という音とともに、開いた扉のその先で。
「いらっしゃいませ」なんて、キザったらしい声がして。
「レイエカさんは、あなたですか……?」と。
首をかしげるシルヴィカに、奥の人影はうなずき。
「どこかでうちが噂になってるのかい?」なんてことを言っていた。
「あなたに、騙された人がいるって……」
「購入前に説明はしているはずだよ」
案外、説明を聞かない人はいるんだ。
レイエカは椅子を揺らしながら、そんな言葉をつなげると。
「まあ、遺物っていうのは不確定なものさ」
と、他人事のように笑っていた。
レイエカはシルヴィカの瞳を。
じっと、見透かすように覗き込むと。
「君は誰かに、僕への苦情を頼まれたのかい?」と微笑み。
シルヴィカはそれに、沈黙で返した。
「賢いね。黙るのは時にいい手札となる」
レイエカは自身のあごをしばらくさすりながら。
それからゆっくり、椅子から立ち上がると。
「一つ、昔話をしてあげよう」
なんて、並んだ商品棚の一つを撫でて。
それから『昔話』とやらを語り出す。
昔々あるところに、貧しい母子がおりました。
父はどうやら逃げたようで、借金なんて土産まで残していた。
そんな状況であっても、母親というのは強いものでね。
朝から晩まで、毎日いろんな場所で仕事をしていたんだ。
自分の子どもに言えないような仕事も含めてね。
でも、どんなに純粋な想いであっても、無理は不幸になって祟ってくるものだ。
その母はある日、ほんの少しのミスから、大きなケガをした。
頭への大きなケガをね。
だが不幸中のさいわいが一つあった。
それは彼女の息子が、働ける歳になっていたことだ。
そして、息子は決意をした。
母の生命を、せめてつなぎ止めよう。
たとえ元気な母でなくても、その人生に思い出を返そう。
どんなに人から恨まれようと、母の人生を買い戻そう……とね。
「——その息子は今も、母の治療と延命のために、毎日働いているって話さ」
レイエカは遠い目をしながら、そんな話を終えると。
「さて、そろそろ店じまいだ。僕には行くところがあるんでね」と言っていたが。
話を聴いていたシルヴィカは、胸元で拳をギュッと握りながら。
「私、何かできるかもしれません」と。
うつむいていた顔を、レイエカへ向けた。
「お母様のところに向かうんですよね?」
真剣な目をしてシルヴィカは。
「ああ、でも介護なら人が——」と返すレイエカに。
「私、薬師です。外傷なら特に詳しく学んでいます」
私に、あなたのお母様を診せてください。
と言い放って。
それを聞いたレイエカが。
「えっ、あの……もう担当の薬師が……」と焦り出すが。
「ならついででいいので、担当さんのところへ連れて行ってくれませんか?」
「ええっ⁉︎ いやでも僕……」
「行くんですよね? お母様のところに」
「なんでそんなやる気あるの……?」
「ほっとけませんもの!」
とますます熱意を見せ始めるシルヴィカ。
やがてレイエカのすぐそばにまで詰め寄ってきたシルヴィカに。
レイエカは「……なんだよ」と小さく言い。
それに対し、シルヴィカが首をかしげると。
「今言ったの全部嘘なんだよ! だから帰ってくれ‼︎」
なんて彼は声を荒げ、ツカツカと店内を歩き回ると。
何かをサッと掴み取って、そのままシルヴィカの近くに戻ってきて。
「いや、あの、私もしかして迷惑……」と洩らすシルヴィカに。
「ああ迷惑だとも。嘘に何本気になってるんだよ」
僕は金が欲しくてやってるだけだよ‼︎
と彼は言った。
眉根を寄せるレイエカに、シルヴィカはしばらく。
「それ、本当ですか?」と繰り返し尋ね。
レイエカがそのたびに、イラつきながらうなずくと。
「よかった……っ」と、シルヴィカはため息と一緒に、笑みをこぼしてから。
「あっ、でも詐欺はダメですよ。傷つく人いるんですから」
もうしないって約束してください!
なんて、胸を撫で下ろしてすぐ腰に手を当てた。
それを見たレイエカは、自身の手のひらを覗き見ると。
「約束はするよ……約束は」と言ってから。
「だが君には共犯者になって貰う」と続けて。
手を突き出すと、小さな何かを手渡した。
「これは……?」とシルヴィカが見下ろすと。
そこには六角形の傘をした、キノコのようなもの。
柄は何やら溝のようなものがあり、それが螺旋を描いていて。
親指の半分もないくらいのそれは、鈍く光る灰色をした、奇妙な素材でできていた。
「鉄だよ」ぶっきらぼうなレイエカに。
シルヴィカは首をかしげて。
「旧時代で使われていた物質だ」
わかる人に売れば大金になる。
なんて、彼は補足を入れた。
「ともかく、それは口封じだ……っ」
持っている限り、通報とかも無しだからな。
そう言いながらレイエカは、シルヴィカをそのまま押しのけて。
「うわぁっ⁉︎」とシルヴィカは商品棚に手をつく。
「さっさと出るんだよ。店じまいだってば」と。
背後からイラついたような声がして。
「すみません……」
とシルヴィカが謝りながら、チラリと商品棚を見つつ店を出ると。
「というか、それ持ってる限りは通報とかなしだし、さっさと街出てくれよ?」
「わ、わかりました……持ってるうちは、約束、守ります」
なんて言葉を交わしながら。
カチャリと音を立てて、扉は素早く施錠された。
* * * * *
次の日のドーミス。
街の中は、ある話題で持ちきりだった。
「なあ、聞いたか?」
「ああ、ついに捕まったらしいな」
おおよその場合、そんな始まりをするこの噂。
その内容は、『悪徳古物商レイエカ』の逮捕というもので。
ある被害者とその知り合いによる通報がきっかけらしく。
通報者の一人である旅人は、彼女と会ったことのある街の薬師いわく。
「特定の患者が本当にいないのか訊いてくる、変な子」だったとのこと。
ちなみに、捕まった際のレイエカは、何やらキノコのような鈍く光るものを持っていて。
「あのガキ棚に戻してやがった!」と叫んでいたそうな。