表示設定
表示設定
目次 目次




第三編 古物商レイエカ

ー/ー



 断崖絶壁に沿うように、その街は築かれていて。
 足場同士を吊り橋でつなぎ、入り組んだ経路を成している。
 シルヴィカは自身の足元に広がる、『イレの樹』で作られた白い床を軽く踏むと。
 上から下へ街を見渡し、目を輝かせていた。

「すごい街ですねぇ」
 なんて言いながら、シルヴィカが笑み混じりに振り返ると。
「外の人からすると、そういうもんなのかい?」
 なんて、露天の店主は不思議そうにする。

 荒いリネンの敷物に、さまざまな雑貨が並んでいて。
 シルヴィカはそのなかで特に目立つナイフを指さすと。
「大貨三枚。質のいいやつだよ」
 普通のイレグラ石じゃなくて、二十年ものを削り出してるんだ。
 と店主は語り出して。

 シルヴィカはその真っ白な刀身を眺めてみると。
 ナイフを構成する『頑丈で燃えない琥珀』は、きめ細やかな結晶を作り上げていて。
 店主の言っていることはおおよそ正しいようだった。

「でも、その、もう少し安くなりません?」
 なんてシルヴィカが眉を下げると、店主はやれやれという感じで。
「別のもんの値段を含んでその値段ならどうだ?」と言って、にやりと笑った。

 シルヴィカは少しの間、じとりとした目をすると。
 敷物の上に並べられた、小物入れや貯金箱などの安価な雑貨たちを見渡してから。
「じゃあその発火具を」と、置き物などで隠すように置かれていたファイアピストンを指さし。
「こいつ地味に高いもんを……」と言いたげな店主に三枚ほど。
 人差し指の先ほどの大きさをした丸い木貨を手渡して。

 店主に頭を下げつつも、そそくさそこから離れると。
 踊り出さんばかりの軽い足取りで、真っ白な通路を歩いていき。
「元取れてよかったぁ……」と、店主から離れるなり明るい調子で洩らした。

 二週間ほど前アンネから贈られた四角い木貨こと方貨(ほうか)
 これは先ほど使った大貨(だいか)の、二十倍の価値がある大金で。
 小指の先ほどの円形をした小貨(しょうか)一枚でその地域の主食が買えるとすると。
 一枚あたり二百四十食ほど食べられる計算になり、しかもそれが四枚ある。
 そのためシルヴィカは、しばらく旅費に困りそうにないと判断し。
 このドーミスという街に補給のため立ち寄ったのだ。

 上機嫌に進んでいると、いつのまにか露天が並んだ路地を抜けており。
 静かで真っ赤な岩肌の道から、シルヴィカが崖っぷちを見下ろす。
 吊り橋の上を、何やら箱を持った人たちがちまちまと動いているが見えて。
 そんな様子を、しばらく眺めていると。

「嬢ちゃん、旅人さんかい?」なんて。
 知らない間に長髪の男が立っていて。
「あっ、はい……っ」と背筋を伸ばすシルヴィカに。
「いや、遺物掘りが気になってたみたいだから、そうかなと」
 なんて言いながら、男は少し申し訳なさそうに頭を掻いた。

「この街、結構遺物が採れるんだよ」と、男は崖際の木柵にもたれて。
「はぇー」と洩らすシルヴィカを、しばらく見つめると。
「……嬢ちゃん、『時を止める機械』に興味はないか?」
 と、男は言いながら不敵な笑みを浮かべて。
 少し、考え込んでから。
「気になります、けど」
 と言ったシルヴィカに対し、ますます笑みを強くするが。
 直後の「まず現物を、見たいです」に対しては、急に焦ったような様子を見せ。
「えっと、あの、いや、現物というか……」とだんだん声を小さくしていった男は、最終的に。
「すんません……その、やっぱ無しで……」と背を丸めていて。
 その様子にシルヴィカは、首をかしげた。

 * * * * *

 男は自身の家の裏へシルヴィカを案内すると、『時を止める機械』とやらを見せてくれて。
 それをひと目見るなりシルヴィカは「えっ?」なんて洩らした。
 それは長方形をした真っ白な箱で、正面に二つの扉が付いていて。
 本体はシルヴィカの胸ほどの高さで、上側の扉は小さく、下側の扉は大きいもの。
 箱の下からは、一本の黒い紐のようなものが生えていた。

 そんな箱から視線を動かすと、シルヴィカは男のほうをじっと見て、それから。
「……冷蔵庫、ですよね?」と言うと。
 男は泣きそうな顔でうなずいて。
 上扉を開けながら「ここに氷を?」と言うシルヴィカに。
「そんな上等なものはねぇよ……」と返して、ますます悲しそうにしていた。

 そしてとうとう目元を指で拭い始めた男に、シルヴィカはゆっくり歩み寄り。
「えっと、なんで、騙そうと……?」なんて首をかしげると。
 男はゴシゴシと目をこすって、それから嗚咽混じりに語り出す。

 彼はどうやら『古物商』という遺物を専門的に扱う商人からものを買ったようで。
『時を止める機械』とやらを買ったのだが、騙されていたことにあとで気づき。
 その大損を取り戻すために、シルヴィカを騙そうとしていたそうだ。

「……『現物見たい』って、言っててよかったです」
 シルヴィカは男にじとりとした視線を向けると。
「出来心だったんだ……」という男に対して。
「もうやめてくださいね?」と言いながら。
 男の手にそっと、方貨を一枚握らせる。

 その感触の正体に気づいた男は、あわてて中身を確認し。
 そしてシルヴィカと手元を交互に見ると。

「おまっ、は? えっ? えぇ……?」
 みたいなことを言っていて。

「それで騙す理由もうないでしょう?」としたり顔をしたシルヴィカに。
「そうか、そ、そう! いや、わかってるよ⁉︎」と男は大きな身振り手振りをした。

 やがて、しばらく思いっきりあわてたおかげか、落ち着きを取り戻したようで。
 男は「なんかごめんな?」と言ったあと。
「ところで冷蔵庫……」と続けて。

 シルヴィカは優しく微笑み。
 男の肩に手を置いてから。
「いりません」と言った。

 * * * * *

 ——ともかく。
 シルヴィカは男にいくつか質問をすると。
 それからすぐに、ドーミスの街中へと戻った。

 彼の情報を頼りに、手帳へ記した地図の通り。
 階段を上り、吊り橋を渡り、そして道の奥へ歩く。
 行き止まりのような路地の端に、しれっとかけられた縄はしご。

 ギシギシとそれを鳴らしながら、シルヴィカはそのはしごを下りて。
 トンッ、と硬い岩肌に着地すると、その建物に目を向けた。

 視線の先にあるのは、種類の違う木の板を乱雑につなげたような、そんな建物。
 シルヴィカはそこに向かって、迷わず歩みを進めると。
 やがて建物の入り口に『古物商レイエカ』と書かれた看板があるのが見えて。
 ドアノブにかけられたプレートを見るあたり、営業中のようだった。

 真っ昼間なのにだんだん薄暗くなる路地を進みながら。
 シルヴィカはあたりをちらりと見て。
 それから、建物の扉に手を添える。

 キィ……という音とともに、開いた扉のその先で。
「いらっしゃいませ」なんて、キザったらしい声がして。
「レイエカさんは、あなたですか……?」と。
 首をかしげるシルヴィカに、奥の人影はうなずき。
「どこかでうちが噂になってるのかい?」なんてことを言っていた。

「あなたに、騙された人がいるって……」
「購入前に説明はしているはずだよ」
 案外、説明を聞かない人はいるんだ。
 レイエカは椅子を揺らしながら、そんな言葉をつなげると。
「まあ、遺物っていうのは不確定なものさ」
 と、他人事のように笑っていた。

 レイエカはシルヴィカの瞳を。
 じっと、見透かすように覗き込むと。
「君は誰かに、僕への苦情を頼まれたのかい?」と微笑み。
 シルヴィカはそれに、沈黙で返した。

「賢いね。黙るのは時にいい手札となる」
 レイエカは自身のあごをしばらくさすりながら。
 それからゆっくり、椅子から立ち上がると。
「一つ、昔話をしてあげよう」
 なんて、並んだ商品棚の一つを撫でて。
 それから『昔話』とやらを語り出す。

 昔々あるところに、貧しい母子がおりました。
 父はどうやら逃げたようで、借金なんて土産まで残していた。
 そんな状況であっても、母親というのは強いものでね。
 朝から晩まで、毎日いろんな場所で仕事をしていたんだ。
 自分の子どもに言えないような仕事も含めてね。
 でも、どんなに純粋な想いであっても、無理は不幸になって祟ってくるものだ。
 その母はある日、ほんの少しのミスから、大きなケガをした。
 頭への大きなケガをね。
 だが不幸中のさいわいが一つあった。
 それは彼女の息子が、働ける歳になっていたことだ。
 そして、息子は決意をした。
 母の生命を、せめてつなぎ止めよう。
 たとえ元気な母でなくても、その人生に思い出を返そう。
 どんなに人から恨まれようと、母の人生を買い戻そう……とね。

「——その息子は今も、母の治療と延命のために、毎日働いているって話さ」
 レイエカは遠い目をしながら、そんな話を終えると。
「さて、そろそろ店じまいだ。僕には行くところがあるんでね」と言っていたが。
 話を聴いていたシルヴィカは、胸元で拳をギュッと握りながら。
「私、何かできるかもしれません」と。
 うつむいていた顔を、レイエカへ向けた。

「お母様のところに向かうんですよね?」
 真剣な目をしてシルヴィカは。
「ああ、でも介護なら人が——」と返すレイエカに。
「私、薬師です。外傷なら特に詳しく学んでいます」
 私に、あなたのお母様を診せてください。
 と言い放って。

 それを聞いたレイエカが。
「えっ、あの……もう担当の薬師が……」と焦り出すが。
「ならついででいいので、担当さんのところへ連れて行ってくれませんか?」
「ええっ⁉︎ いやでも僕……」
「行くんですよね? お母様のところに」
「なんでそんなやる気あるの……?」
「ほっとけませんもの!」
 とますます熱意を見せ始めるシルヴィカ。

 やがてレイエカのすぐそばにまで詰め寄ってきたシルヴィカに。
 レイエカは「……なんだよ」と小さく言い。
 それに対し、シルヴィカが首をかしげると。

「今言ったの全部嘘なんだよ! だから帰ってくれ‼︎」

 なんて彼は声を荒げ、ツカツカと店内を歩き回ると。
 何かをサッと掴み取って、そのままシルヴィカの近くに戻ってきて。

「いや、あの、私もしかして迷惑……」と洩らすシルヴィカに。
「ああ迷惑だとも。嘘に何本気になってるんだよ」
 僕は金が欲しくてやってるだけだよ‼︎
 と彼は言った。

 眉根を寄せるレイエカに、シルヴィカはしばらく。
「それ、本当ですか?」と繰り返し尋ね。
 レイエカがそのたびに、イラつきながらうなずくと。

「よかった……っ」と、シルヴィカはため息と一緒に、笑みをこぼしてから。
「あっ、でも詐欺はダメですよ。傷つく人いるんですから」
 もうしないって約束してください!
 なんて、胸を撫で下ろしてすぐ腰に手を当てた。

 それを見たレイエカは、自身の手のひらを覗き見ると。
「約束はするよ……約束は」と言ってから。
「だが君には共犯者になって貰う」と続けて。
 手を突き出すと、小さな何かを手渡した。
「これは……?」とシルヴィカが見下ろすと。

 そこには六角形の傘をした、キノコのようなもの。
 柄は何やら溝のようなものがあり、それが螺旋を描いていて。
 親指の半分もないくらいのそれは、鈍く光る灰色をした、奇妙な素材でできていた。

「鉄だよ」ぶっきらぼうなレイエカに。
 シルヴィカは首をかしげて。
「旧時代で使われていた物質だ」
 わかる人に売れば大金になる。
 なんて、彼は補足を入れた。

「ともかく、それは口封じだ……っ」
 持っている限り、通報とかも無しだからな。
 そう言いながらレイエカは、シルヴィカをそのまま押しのけて。
「うわぁっ⁉︎」とシルヴィカは商品棚に手をつく。
「さっさと出るんだよ。店じまいだってば」と。
 背後からイラついたような声がして。
「すみません……」
 とシルヴィカが謝りながら、チラリと商品棚を見つつ店を出ると。

「というか、それ持ってる限りは通報とかなしだし、さっさと街出てくれよ?」
「わ、わかりました……持ってるうちは、約束、守ります」

 なんて言葉を交わしながら。
 カチャリと音を立てて、扉は素早く施錠された。

 * * * * *

 次の日のドーミス。
 街の中は、ある話題で持ちきりだった。

「なあ、聞いたか?」
「ああ、ついに捕まったらしいな」
 おおよその場合、そんな始まりをするこの噂。

 その内容は、『悪徳古物商レイエカ』の逮捕というもので。
 ある被害者とその知り合いによる通報がきっかけらしく。
 通報者の一人である旅人は、彼女と会ったことのある街の薬師いわく。
「特定の患者が本当にいないのか訊いてくる、変な子」だったとのこと。

 ちなみに、捕まった際のレイエカは、何やらキノコのような鈍く光るものを持っていて。
「あのガキ棚に戻してやがった!」と叫んでいたそうな。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第四編 とある日のこと


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 断崖絶壁に沿うように、その街は築かれていて。
 足場同士を吊り橋でつなぎ、入り組んだ経路を成している。
 シルヴィカは自身の足元に広がる、『イレの樹』で作られた白い床を軽く踏むと。
 上から下へ街を見渡し、目を輝かせていた。
「すごい街ですねぇ」
 なんて言いながら、シルヴィカが笑み混じりに振り返ると。
「外の人からすると、そういうもんなのかい?」
 なんて、露天の店主は不思議そうにする。
 荒いリネンの敷物に、さまざまな雑貨が並んでいて。
 シルヴィカはそのなかで特に目立つナイフを指さすと。
「大貨三枚。質のいいやつだよ」
 普通のイレグラ石じゃなくて、二十年ものを削り出してるんだ。
 と店主は語り出して。
 シルヴィカはその真っ白な刀身を眺めてみると。
 ナイフを構成する『頑丈で燃えない琥珀』は、きめ細やかな結晶を作り上げていて。
 店主の言っていることはおおよそ正しいようだった。
「でも、その、もう少し安くなりません?」
 なんてシルヴィカが眉を下げると、店主はやれやれという感じで。
「別のもんの値段を含んでその値段ならどうだ?」と言って、にやりと笑った。
 シルヴィカは少しの間、じとりとした目をすると。
 敷物の上に並べられた、小物入れや貯金箱などの安価な雑貨たちを見渡してから。
「じゃあその発火具を」と、置き物などで隠すように置かれていたファイアピストンを指さし。
「こいつ地味に高いもんを……」と言いたげな店主に三枚ほど。
 人差し指の先ほどの大きさをした丸い木貨を手渡して。
 店主に頭を下げつつも、そそくさそこから離れると。
 踊り出さんばかりの軽い足取りで、真っ白な通路を歩いていき。
「元取れてよかったぁ……」と、店主から離れるなり明るい調子で洩らした。
 二週間ほど前アンネから贈られた四角い木貨こと|方貨《ほうか》。
 これは先ほど使った|大貨《だいか》の、二十倍の価値がある大金で。
 小指の先ほどの円形をした|小貨《しょうか》一枚でその地域の主食が買えるとすると。
 一枚あたり二百四十食ほど食べられる計算になり、しかもそれが四枚ある。
 そのためシルヴィカは、しばらく旅費に困りそうにないと判断し。
 このドーミスという街に補給のため立ち寄ったのだ。
 上機嫌に進んでいると、いつのまにか露天が並んだ路地を抜けており。
 静かで真っ赤な岩肌の道から、シルヴィカが崖っぷちを見下ろす。
 吊り橋の上を、何やら箱を持った人たちがちまちまと動いているが見えて。
 そんな様子を、しばらく眺めていると。
「嬢ちゃん、旅人さんかい?」なんて。
 知らない間に長髪の男が立っていて。
「あっ、はい……っ」と背筋を伸ばすシルヴィカに。
「いや、遺物掘りが気になってたみたいだから、そうかなと」
 なんて言いながら、男は少し申し訳なさそうに頭を掻いた。
「この街、結構遺物が採れるんだよ」と、男は崖際の木柵にもたれて。
「はぇー」と洩らすシルヴィカを、しばらく見つめると。
「……嬢ちゃん、『時を止める機械』に興味はないか?」
 と、男は言いながら不敵な笑みを浮かべて。
 少し、考え込んでから。
「気になります、けど」
 と言ったシルヴィカに対し、ますます笑みを強くするが。
 直後の「まず現物を、見たいです」に対しては、急に焦ったような様子を見せ。
「えっと、あの、いや、現物というか……」とだんだん声を小さくしていった男は、最終的に。
「すんません……その、やっぱ無しで……」と背を丸めていて。
 その様子にシルヴィカは、首をかしげた。
 * * * * *
 男は自身の家の裏へシルヴィカを案内すると、『時を止める機械』とやらを見せてくれて。
 それをひと目見るなりシルヴィカは「えっ?」なんて洩らした。
 それは長方形をした真っ白な箱で、正面に二つの扉が付いていて。
 本体はシルヴィカの胸ほどの高さで、上側の扉は小さく、下側の扉は大きいもの。
 箱の下からは、一本の黒い紐のようなものが生えていた。
 そんな箱から視線を動かすと、シルヴィカは男のほうをじっと見て、それから。
「……冷蔵庫、ですよね?」と言うと。
 男は泣きそうな顔でうなずいて。
 上扉を開けながら「ここに氷を?」と言うシルヴィカに。
「そんな上等なものはねぇよ……」と返して、ますます悲しそうにしていた。
 そしてとうとう目元を指で拭い始めた男に、シルヴィカはゆっくり歩み寄り。
「えっと、なんで、騙そうと……?」なんて首をかしげると。
 男はゴシゴシと目をこすって、それから嗚咽混じりに語り出す。
 彼はどうやら『古物商』という遺物を専門的に扱う商人からものを買ったようで。
『時を止める機械』とやらを買ったのだが、騙されていたことにあとで気づき。
 その大損を取り戻すために、シルヴィカを騙そうとしていたそうだ。
「……『現物見たい』って、言っててよかったです」
 シルヴィカは男にじとりとした視線を向けると。
「出来心だったんだ……」という男に対して。
「もうやめてくださいね?」と言いながら。
 男の手にそっと、方貨を一枚握らせる。
 その感触の正体に気づいた男は、あわてて中身を確認し。
 そしてシルヴィカと手元を交互に見ると。
「おまっ、は? えっ? えぇ……?」
 みたいなことを言っていて。
「それで騙す理由もうないでしょう?」としたり顔をしたシルヴィカに。
「そうか、そ、そう! いや、わかってるよ⁉︎」と男は大きな身振り手振りをした。
 やがて、しばらく思いっきりあわてたおかげか、落ち着きを取り戻したようで。
 男は「なんかごめんな?」と言ったあと。
「ところで冷蔵庫……」と続けて。
 シルヴィカは優しく微笑み。
 男の肩に手を置いてから。
「いりません」と言った。
 * * * * *
 ——ともかく。
 シルヴィカは男にいくつか質問をすると。
 それからすぐに、ドーミスの街中へと戻った。
 彼の情報を頼りに、手帳へ記した地図の通り。
 階段を上り、吊り橋を渡り、そして道の奥へ歩く。
 行き止まりのような路地の端に、しれっとかけられた縄はしご。
 ギシギシとそれを鳴らしながら、シルヴィカはそのはしごを下りて。
 トンッ、と硬い岩肌に着地すると、その建物に目を向けた。
 視線の先にあるのは、種類の違う木の板を乱雑につなげたような、そんな建物。
 シルヴィカはそこに向かって、迷わず歩みを進めると。
 やがて建物の入り口に『古物商レイエカ』と書かれた看板があるのが見えて。
 ドアノブにかけられたプレートを見るあたり、営業中のようだった。
 真っ昼間なのにだんだん薄暗くなる路地を進みながら。
 シルヴィカはあたりをちらりと見て。
 それから、建物の扉に手を添える。
 キィ……という音とともに、開いた扉のその先で。
「いらっしゃいませ」なんて、キザったらしい声がして。
「レイエカさんは、あなたですか……?」と。
 首をかしげるシルヴィカに、奥の人影はうなずき。
「どこかでうちが噂になってるのかい?」なんてことを言っていた。
「あなたに、騙された人がいるって……」
「購入前に説明はしているはずだよ」
 案外、説明を聞かない人はいるんだ。
 レイエカは椅子を揺らしながら、そんな言葉をつなげると。
「まあ、遺物っていうのは不確定なものさ」
 と、他人事のように笑っていた。
 レイエカはシルヴィカの瞳を。
 じっと、見透かすように覗き込むと。
「君は誰かに、僕への苦情を頼まれたのかい?」と微笑み。
 シルヴィカはそれに、沈黙で返した。
「賢いね。黙るのは時にいい手札となる」
 レイエカは自身のあごをしばらくさすりながら。
 それからゆっくり、椅子から立ち上がると。
「一つ、昔話をしてあげよう」
 なんて、並んだ商品棚の一つを撫でて。
 それから『昔話』とやらを語り出す。
 昔々あるところに、貧しい母子がおりました。
 父はどうやら逃げたようで、借金なんて土産まで残していた。
 そんな状況であっても、母親というのは強いものでね。
 朝から晩まで、毎日いろんな場所で仕事をしていたんだ。
 自分の子どもに言えないような仕事も含めてね。
 でも、どんなに純粋な想いであっても、無理は不幸になって祟ってくるものだ。
 その母はある日、ほんの少しのミスから、大きなケガをした。
 頭への大きなケガをね。
 だが不幸中のさいわいが一つあった。
 それは彼女の息子が、働ける歳になっていたことだ。
 そして、息子は決意をした。
 母の生命を、せめてつなぎ止めよう。
 たとえ元気な母でなくても、その人生に思い出を返そう。
 どんなに人から恨まれようと、母の人生を買い戻そう……とね。
「——その息子は今も、母の治療と延命のために、毎日働いているって話さ」
 レイエカは遠い目をしながら、そんな話を終えると。
「さて、そろそろ店じまいだ。僕には行くところがあるんでね」と言っていたが。
 話を聴いていたシルヴィカは、胸元で拳をギュッと握りながら。
「私、何かできるかもしれません」と。
 うつむいていた顔を、レイエカへ向けた。
「お母様のところに向かうんですよね?」
 真剣な目をしてシルヴィカは。
「ああ、でも介護なら人が——」と返すレイエカに。
「私、薬師です。外傷なら特に詳しく学んでいます」
 私に、あなたのお母様を診せてください。
 と言い放って。
 それを聞いたレイエカが。
「えっ、あの……もう担当の薬師が……」と焦り出すが。
「ならついででいいので、担当さんのところへ連れて行ってくれませんか?」
「ええっ⁉︎ いやでも僕……」
「行くんですよね? お母様のところに」
「なんでそんなやる気あるの……?」
「ほっとけませんもの!」
 とますます熱意を見せ始めるシルヴィカ。
 やがてレイエカのすぐそばにまで詰め寄ってきたシルヴィカに。
 レイエカは「……なんだよ」と小さく言い。
 それに対し、シルヴィカが首をかしげると。
「今言ったの全部嘘なんだよ! だから帰ってくれ‼︎」
 なんて彼は声を荒げ、ツカツカと店内を歩き回ると。
 何かをサッと掴み取って、そのままシルヴィカの近くに戻ってきて。
「いや、あの、私もしかして迷惑……」と洩らすシルヴィカに。
「ああ迷惑だとも。嘘に何本気になってるんだよ」
 僕は金が欲しくてやってるだけだよ‼︎
 と彼は言った。
 眉根を寄せるレイエカに、シルヴィカはしばらく。
「それ、本当ですか?」と繰り返し尋ね。
 レイエカがそのたびに、イラつきながらうなずくと。
「よかった……っ」と、シルヴィカはため息と一緒に、笑みをこぼしてから。
「あっ、でも詐欺はダメですよ。傷つく人いるんですから」
 もうしないって約束してください!
 なんて、胸を撫で下ろしてすぐ腰に手を当てた。
 それを見たレイエカは、自身の手のひらを覗き見ると。
「約束はするよ……約束は」と言ってから。
「だが君には共犯者になって貰う」と続けて。
 手を突き出すと、小さな何かを手渡した。
「これは……?」とシルヴィカが見下ろすと。
 そこには六角形の傘をした、キノコのようなもの。
 柄は何やら溝のようなものがあり、それが螺旋を描いていて。
 親指の半分もないくらいのそれは、鈍く光る灰色をした、奇妙な素材でできていた。
「鉄だよ」ぶっきらぼうなレイエカに。
 シルヴィカは首をかしげて。
「旧時代で使われていた物質だ」
 わかる人に売れば大金になる。
 なんて、彼は補足を入れた。
「ともかく、それは口封じだ……っ」
 持っている限り、通報とかも無しだからな。
 そう言いながらレイエカは、シルヴィカをそのまま押しのけて。
「うわぁっ⁉︎」とシルヴィカは商品棚に手をつく。
「さっさと出るんだよ。店じまいだってば」と。
 背後からイラついたような声がして。
「すみません……」
 とシルヴィカが謝りながら、チラリと商品棚を見つつ店を出ると。
「というか、それ持ってる限りは通報とかなしだし、さっさと街出てくれよ?」
「わ、わかりました……持ってるうちは、約束、守ります」
 なんて言葉を交わしながら。
 カチャリと音を立てて、扉は素早く施錠された。
 * * * * *
 次の日のドーミス。
 街の中は、ある話題で持ちきりだった。
「なあ、聞いたか?」
「ああ、ついに捕まったらしいな」
 おおよその場合、そんな始まりをするこの噂。
 その内容は、『悪徳古物商レイエカ』の逮捕というもので。
 ある被害者とその知り合いによる通報がきっかけらしく。
 通報者の一人である旅人は、彼女と会ったことのある街の薬師いわく。
「特定の患者が本当にいないのか訊いてくる、変な子」だったとのこと。
 ちなみに、捕まった際のレイエカは、何やらキノコのような鈍く光るものを持っていて。
「あのガキ棚に戻してやがった!」と叫んでいたそうな。