——意気揚々と船を降りて、十数分後のこと。
港街を出てすぐにある、石畳の街道を歩いていたシルヴィカは。
『それ』を見つけるなり、即座に近くの岩陰に隠れた。
そしてしばらく考えて、深ーく息をしてから。
またそれの様子を見て「ひぇっ」と声を洩らす。
実のところ、『それ』は血まみれの青年で、背の高い草の中で倒れ込んだまま。
もはやそういうオブジェかと思うくらい、なんとも自然に紛れていたのだ。
「あの……生きて、ますか?」
シルヴィカは首をかしげて、一応それに声をかけるが。
あいにく、相手からの返事はなく。
岩からゆっくり這い出ると、おずおずそれに近づいて。
目をギュッとつむりながらも、それの手首に指を当てる。
見た目こそひどいがどうやら脈はあるようで。
傷の一つ一つも浅いものに見えたことから、シルヴィカはふぅ、とため息をついて。
「えっと、どういうこと……?」と、それから呟いた。
* * * * *
「——で、君がここに運んでくれたわけだ」
シルヴィカの話を聴き終えると、青年はうんうんとうなずき。
そしてにやにやと笑いながら、藁のベッドの上でそんなことを言って。
「いえ、運んだのは、通りかかった商人さんたちです。私がやったのはそっちですよ」
とシルヴィカは椅子から身を乗り出し、青年の包帯を指さすと。
「蜂蜜漬けの、いい包帯なんです」
なんて言いながら、したり顔をした。
対する青年はマイペースに。
「あっ、ほんとだちょっといい匂い」
とか言いながら自分の身体を嗅いでいたが。
それから少し考え込むと。
「あんた薬師なの?」と言って。
シルヴィカは青年の腕を見ると、ふいっと目線を逸らしながら。
「そ、そうです……」とぎこちなく言い。
「何その反応」と返す青年の腕を、シルヴィカは手でゆっくり指すと。
まだ血が止まっていないのか、そこではじんわりと赤が滲んでいて。
首をかしげる青年に、シルヴィカはうつむきながら。
「血が苦手なんで……」と言った。
「なんで薬師やってんの君」
「治療は頑張ってやりますので!」
「いや、そうじゃなくて……まあいいや」
腕組みをしながらも青年は、少し釈然としない様子で。
「街の薬師さんが今いないそうなので、帰るまでは私が担当しますね」
なんてシルヴィカの言葉も、考え込んでいたのか何度も聞き返す。
そんな様子が、少し気まずく感じたシルヴィカが。
「……なんであの場所で倒れてたんですか?」
なんて、おそるおそる訊いてみると。
青年は、ベッドの向こう側にある窓へ視線を向ける。
シルヴィカの見間違いでなければの話だが。
一瞬、青年の目は見開かれ。
それに、苦々しい表情に見えた。
「——復讐だよ」
窓の外から、ぼんやりと。
子どもの騒ぐ声だとか。
船乗りのかけ声が聞こえて。
窓からそよぎ入った風に、シルヴィカは思わず目をつむる。
青年の黒い短髪が、静かに風に揺られると。
振り返った彼はまた明るい顔に戻っていて。
「まっ、それで負けたからこうなってるってわけ!」
なんて言いながら、恥ずかしそうに笑っていた。
そんな彼に、「えっ、あぁ、あはは」なんて。
シルヴィカが愛想笑いで返すと、それからの青年はずっと。
「領主さんがお忍びで食べたブルーベリーのパイが……」とか。
「そういやあくどい古物商がいるらしくてさ……」とか。
そんな別の話を続けていて、まるで復讐の話なんてないかのように振る舞うので。
シルヴィカは内心、「対応を間違えたのかな」なんて思いながらも。
その日の問診が終わるまで、彼の復讐については訊けなかった。
* * * * *
マコトと名乗った彼は次の日になっても相変わらず。
というより悪化していて。
話題がコロコロと変わるようになっていた。
例えば「黒い建造物ってだいたいいわれがあるらしくて……」という始まりの話が。
「犬ってアホなのか賢いのかわからんよな」というまとめになっていたり。
「その地方じゃサボテンを食べるみたいで……」という話が。
「まっ、信頼の回復には時間がかかるってこった」と締められていたりだ。
そんなことを続けられているうちに。
シルヴィカのほうも、「深掘りは良くないのかなぁ?」と思うようになってきていたが。
それでもなんとなく、いろんなことを話すマコトが楽しそうに見えなくて。
もし、彼に事情があるのなら放ってはおけないとも思ってしまい。
そのせいでシルヴィカは、彼との話を終えるたびに頭をかかえて。
「どうすりゃいいのよこれ……」なんて呟くのが日課と化してしまっていた。
そんな進展のない、葛藤まみれの生活をしていても、時間は残酷なまでに進むもので。
いつのまにか、彼と会ってからすでに四日も経過していて。
その日の朝もシルヴィカは、大荷物を持って経過観察に来ていた。
荷物の内容は主に果物や野菜などを含む食料品であり。
マコトの部屋を貸してくれている『聖火の会』への差し入れだった。
彼らはどうやら傷病者の受け入れも行なっているようで。
マコトをかかえていたシルヴィカたちを見るなり、保護を買って出てくれたのだ。
石で作られたドーム状の寺院の前で、シルヴィカは荷物を脇にかかえ。
それからいつものように、暗い色の木戸をノックしようとするが。
その日はそれよりも先に、シルヴィカの肩が叩かれる。
振り向いた先にいたのは、灰色のローブを着た女性で。
シルヴィカは彼女を見るなり、すぐに誰かわかった。
それはこの寺院で暮らす女性で、マコトを診ているうちに仲良くなった女性だ。
「レッカさん、どうかしました?」なんてシルヴィカが首をかしげると。
レッカはシルヴィカを手招いて。
「ちょっと告げ口したいことが……」と、寄ってきたシルヴィカの手首を掴み。
そのままそそくさと、どこかへ移動を始める。
「えっ、あの、レッカさん?」
「ここじゃマズいと思うの」
という会話をしながら、シルヴィカたちは寺院の裏にきて。
レッカは生垣の裏や花壇を見渡すと、またシルヴィカを手招いて。
それからそっと、耳打ちをした。
「マコトさん、夜中に出歩いてるみたいなの」
シルヴィカは振り向いて。
「見逃したんですか……?」と言うが。
レッカは「まさか!」と返し。
耳を押さえるシルヴィカに、レッカは小さく謝ると。
「同じ部屋の子が見たのよ。あの子夜の火番だから」
なんて腰に手を当てて、又聞きの話を続けた。
いわく、少なくとも二日目の時点で彼は外出していたようで。
レッカは手をひらひらとさせながら。
「あの人、一応安静なのよね?」と続け、シルヴィカはそれにうなずいた。
「あの傷だと、歩くだけで痛むはずですし……」
むむむと声を洩らしながら、シルヴィカはしばらく首をかしげ。
それから、ハッとしたような顔になり。
「この告げ口、マコトさん本人は知ってるんですか?」
という問いに、レッカが首を横に振ると。
シルヴィカは胸に手を当てて。
「なら、私に任せてください!」と彼女に言い切った。
「止めてくれるならまあいいけど……」と洩らすレッカに。
「そこまではちょっと、自信ないですね」とうつむくが。
すぐに、眉根を寄せる相手を見上げて。
「私は英雄でも探偵さんでもありませんけど」
——やれることを、やりたいんです。
なんて、シルヴィカは微笑む。
そんな様子のシルヴィカに、レッカは。
「つまり、『任せて』っていうのはただのお願い……?」なんて腕を組んでいて。
「……はい」と、消え入りそうな声でシルヴィカはそれにうなずいた。
* * * * *
ともかく。
失敗できないことに、事前情報は必須だ。
マコトの経過観察を終えるなり、シルヴィカはすぐに街へ繰り出すと。
しばらくうろちょろしてから覚悟を決めて、手当たり次第にいろんな人へ声をかけていく。
例えば港で雑談をしている漁師たちだとか。
客が一瞬途絶えた八百屋の店主だとか。
そういう『この街に住む人』を中心に、シルヴィカは声をかけていったのだが。
この街のあらゆる商売人たちによる「冷やかしに言うことはないよ」という。
面白いくらいの異口同音に晒されて、どんどんシルヴィカの荷物は増えていき。
太陽が真上に浮かぶ頃には、カゴいっぱいの荷物をかかえて歩くはめになっていた。
ヨタヨタとした歩きかたで、左右に小刻みに揺れながら。
シルヴィカはようやく着いたベンチに荷物を置くと。
「ふぃーっ」と、変なため息を洩らして、そのまま崩れるように座り込む。
ベンチからの眺めは海で。
太陽に照らされキラキラと白んだ波と水面の上には、ときどき、小さな影が浮かんでいて。
ちいさな白いマストたちが、ちまちま行き来をしていた。
そんな光景を見ていると、時間のせいかお腹が鳴っていて。
シルヴィカは荷物を崩さないよう慎重な手つきでカゴを漁ると。
押しつけられたブルーベリーのパイを手に取る。
作ってから時間が経っているのか、湿り気と重さのあるそれを。
シルヴィカはしばらく無心で、もさもさと頬張り。
「明日は焼きたて買おう」なんて決意をしていたのだが。
ふいに、視界の端が気になった。
単純に、人が見えたというのもあるが。
その見える人の中に、剣を帯びた者が多くいるよう感じたのだ。
彼らもシルヴィカと同じように、街の人々に聞き込みをしているようで。
その様子はどこか、一定の真剣さと物騒な雰囲気を感じさせた。
彼らを視界に捉えながら、シルヴィカはパイを水で流し込み。
それからすっくと立ち上がって、すぐに彼らのほうへ駆ける。
寄ってくるシルヴィカを見た彼らは、一瞬怪訝な目をしたが。
旅の薬師だと言うと、すんなりとその事情を話してくれた。
「ああ、実はな——」なんて、武装した彼らが言うには。
この街には『クレス』という隻腕の男がいるそうで。
彼は世話焼きな人で、半ば有名人と化していたそうだ。
しかし、その彼が少し前から行方不明になっていて。
彼らのような街の自警団は、一応殺人の線も考慮してかれこれ四日捜査をしているそうだ。
「前はガラの悪い仕事してたらしいし」
案外それ関連の復讐なのかもな。
なんて、自警の男たちは言っていて。
彼らに礼を述べると、そそくさとその場を立ち去ってから。
しばらく、あごに指を当てながら、シルヴィカはベンチに座って考え始める。
四日間の捜査と。
復讐というワード。
これはシルヴィカとマコトが会ってからの期間と。
他でもないマコト自身の発言と符合している。
これだけならマコトが犯人に思えるのだが……
夜中に外出する理由の説明がまだつかない気がしたのだ。
シルヴィカは頭をかかえながら、しばらくうなって。
「いっそマコトさんが自分で本当のこと言ってくれたら……」と。
そんなことをふと呟いたとき。
「今、マコトさんって……言いました?」
なんて背後から声がして。
振り返るとそこには、初老の女性が立っていた。
シルヴィカがその女性に対して、ぎこちなくうなずくと。
彼女が「隣、いいですか?」と訊くので。
シルヴィカは荷物をよける。
それを見ると初老の女性は、会釈をしてきて。
それから、シルヴィカの隣に上品な仕草で座ると、ゆっくりと語り始めた。
「息子から、置き手紙があったんです」と紙片を取り出しながら。
* * * * *
その日の夜のこと。
ぼんやり浮かぶ満月は、流れる雲で薄明と化し。
黒いベールのように、暗がりが視界を覆っていた。
あたりに人の姿はなくて、風が窓や扉を叩く音と。
あずきを流したような波の音だけが、夜の街に響き渡る。
そんな静けさの中一人、シルヴィカは建物の陰にいた。
ランタンも灯さず、その視界の先に寺院を捉えて。
シルヴィカはひっそりと、真っ白なマントにくるまる。
そんなことを、もう一時間は続けていた。
それでもしばらく待つと、寺院の壁から一つ、影のようなものが飛び降りてきて。
その影はあたりをキョロキョロと見渡したあと、そのままよろよろ歩き始める。
影が向かう先は、どうやら街の門のようで。
それを確認するなりシルヴィカは、その影を追った。
影は門を越えると、そのまま街道を進んでいき。
石畳の道の先で、ペタペタとした足音が鳴る。
やがてそんな足音に、さらさらとした音が混じって。
シルヴィカは影を追って、草むらの中に入っていく。
だんだん道は険しくなり。
それでもペースの崩れない影に。
シルヴィカはなんとか喰らいついて。
上りも、下りも、急カーブも。
何度も滑りそうになりながら。
転びそうになりながらも。
シルヴィカはそれに付いていき。
いつのまにか周りは、針葉樹林になっていた。
湿ってふわふわとした地面を、シルヴィカは慎重に進むと。
やがて、開けた場所が目に入る。
その場所の真ん中に、影はぽつりと立っていて。
朱色の羽織りが、ひらひらと風に揺れていた。
「そんなに俺のこと気になる?」
なんて明るい調子の声で、影は言って。
振り向いた影の顔を見て、シルヴィカは少しそっぽを向く。
「……だって、つらそうだったから」
シルヴィカがようやくランタンに火を灯し。
影が照らされ見えたのは。
案の定、マコトだった。
彼はシルヴィカのほうを、じっと見つめてから。
「技術の発展は常に犠牲が——」と言いかけるが。
「マコトさん」と、シルヴィカがそれを遮って。
「……わかったよ」
なんて返したマコトは、しばらく黙り込む。
彼は指で横を指し、シルヴィカがそこに明かりを向けると。
人の手で埋められたかのように、そこの地面だけ様子が違って。
その中央には、剣が一本刺さっていた。
「クレスさん、ですか?」
「知ってたのか?」
「彼のお母様から、事情は聞きました」
シルヴィカはウエストポーチから紙切れを出し。
それをマコトに手渡すと、彼はぽつりと。
「きったねぇ字……右利きだもんなぁ」
なんて言っていた。
「『正統な決闘だからどっちが勝っても責めないでくれ』だってよ」
あいつらしい。と、マコトは乾いた笑い声を出すと。
その場にへたりと座り込んで。
「横、座んなよ」とシルヴィカに手招きをした。
「そこ、地べたなんですけど」と言いたい気持ちを我慢しながら。
シルヴィカはスカートの裾を上げながらしゃがみ込むと。
湿った土の匂いが、漂っているのを感じた。
そんなシルヴィカをじっと見てから。
視線を刺さった剣に向けると。
「復讐っていうのは、俺がされるほうだったんだ」
なんて。
マコトは妙に穏やかな声で。
他人事のように、語り始める。
「俺、孤児でさ。そういう子どもって奉公とか孤児院に送られるんだけど」
俺の場合はそのまま売られて、傭兵まがいのことしてるやつらに買われたんだ。
クレスと会ったのはそいつらの拠点で……
まあ、俺より年上だったし、あいつはいろいろ知ってたよ。
剣の持ちかたから、応急処置、受け身の取りかた。
事実上俺の教育係みたいになってて、それで仲良くなった。
大人になってからも、腐れ縁みたいになってさ。
二人でよく一緒に飲んだよ。
「——あの日まではな」
* * * * *
マコトいわく、その日の戦場も、ぱっと見はいつも通りで。
いつものように前金を得て。
いつものように目的を果たし。
そして、いつものように報酬も貰う。
そんな、親の顔より見た光景のはずだった。
マコトも仲間たちも、それを疑ってすらいなかった。
だが、敵の砦はいともたやすくマコトたちを招き入れ。
いともたやすく奥へ進軍させ。
そして、内側から爆ぜた。
響くような轟音のあと。
耳がしばらくキンとして。
目の前を進んでいた仲間が、あっという間に声すら上げなくなっていた。
飛び散ったものが当たって、しばらく意識を失っているうちに。
あたりは瓦礫と欠片が散らばっていて。
戦場は、阿鼻叫喚となっていた。
壮絶な光景だった。
自分より強いはずの。
心身を鍛えた男たちが。
まるで子どもみたいに悲鳴を上げていて。
それもだんだん、炎のパチパチとした音にかき消される。
荒い息をしながらも、マコトはなんとか立ち上がって。
向こうからやってくる敵兵を気合いで睨みつけると。
すれ違いざまに腹を割き。
カウンター気味に腕を落とす。
足払いを用いては。
手のサーベルで喉を狩った。
喉の奥が焼けるような。
目が炙られているような。
そんな感覚の中でも、自然と身体は動いていて。
動かなくなった仲間を見つけるたびに。
その戦いぶりは加速していった。
そしてようやく、あたりの敵を殲滅して。
生き残った仲間を探し出したあたりでマコトは。
——クレスを見つけた。
その右半身は瓦礫に潰されていて。
クレスがうめいてもがくたび、イヤな音が響いた。
瓦礫と地面の間に、サーベルの先を刺して。
「まっ、待ってろ‼︎ 今——」
なんて。
マコトが咄嗟に、言いかけたとき。
撤退合図の太鼓が鳴って。
ふいに顔を上げた瞬間。
はるか遠くに、上質な織り物のような。
陣形による幾何学模様が見えて。
マコトは思わず、剣を落とした。
撤退の合図だ。
クレスはどうする。
間に合うわけがない。
友だちなんだ。
増援が来てる。
冷や汗がどんどん湧いてきて。
落ち着いたはずの、息も乱れる。
ぐるぐると回る思考の中、ふいに視線を落とすと。
クレスは何かを言いたそうに、口をパクパクさせていて。
その期待と諦めの混じったような、赤くなった目を見てしまい。
マコトはふるふると首を横に振ると。
「すまん、すまん……っ」と。
クレスに背を向け、走り出した。
仕方なかった。
あいつだってそうした。
死にたくなかった。
どうせ助からない。
そんな言いわけすらかき消すように。
マコトはただ脇目も振らず。
走って。
走り続けて。
やがて知らない場所にたどり着き、ようやく倒れ込んだ。
* * * * *
「——そのときからだよ。クレスの声が聞こえるようになったのは」
この街に来てからはもっとひどくなってさ。
……必死に考えないようにしてるけど。
俺、頭おかしくなってるのかもな。
そう言い終えると、マコトはうつむいて。
震える手を手で押さえながら、彼は深呼吸をしてむせた。
コロコロと変わる、彼の話題。それはきっと、彼なりの正気を保つ方法なのだろう。
シルヴィカは自身の胸に手を当てて、悲しそうな顔で。
「……あなたは、正気過ぎるんですよ」とこぼすが。
「どのみち秒読みだろうよ」とマコトは言う。
彼は折れそうなくらいの力で、自分の手首を握り。
「死んだと思ってた。あいつには母親がいるから、せめて訃報をって……」
それから手を離して、額の脂汗を拭うと。
「でも生きてて、俺を恨んでた」
俺も最初は、やられても仕方ないって。
こいつならまあいいかって。
でも土壇場で、死にたくなくなって……っ。
息を吸って、吸って。
やがてマコトは、絞り出すような声で。
「クレスを……した」と。
何かを、言った。
彼は両手で目元を覆い。
「あいつ、俺より強いんだよ」
俺なんかに、負けるはずないんだよ。
もしかしたら、また生きてるんじゃないかって……
なんてうわ言のように言っていて。
その光景にシルヴィカは、思わず目を背けた。
彼が自分のことを話してくれた理由。
それはきっと観念したからでも、話して楽になりたかったからでもないのだろう。
叱責も、慰めも、どんなに言葉を選んでも、きっと、マコトを傷つけるだけだ。
そう思えてしまったシルヴィカは、ただ何も言えず。
それでも、なんとかしたくて、考えて考えて。
考えても、結局上手い言葉なんて出なくて。
それでも思考を止めずに、しばらく悩んだのち。
シルヴィカは小さく「よしっ」と呟く。
「マコトさん」
「……なんだよ?」
振り向いたマコトを確認して、シルヴィカはまぶたを閉じると。
——そのまま彼に、抱きついた。
「ちょっ、はぁ⁉︎」ともがくマコトに。
「私には、かけられる言葉がなくて……」
その、こういうのしか、思いつかなくて。
それでもよければ、こうさせてください。
なんて優しい声で言って。
シルヴィカは腕の力を強めると。
「私、後悔があって、薬師になったんです」
だから、あなたの気持ちはわかりませんけど。
つらいことだっていうのは、わかるんです。
と言葉を続けて、マコトの背をトントンと叩く。
彼の骨ばった背中の、傷を避けるように。
あやすように、それを続けると。
やがてシルヴィカの肩に、ため息のかかる感触がして。
「血、苦手だったんじゃないのかよ」
というマコトの言葉に。
「もう固まってますよ」とシルヴィカは返して。
マコトは小さく「そうかい」と言った。
雲から顔を出した満月が。
森を明るく照らして。
黄色く染まった光景で。
木々がざわざわ言っていた。
少し肌寒い風の中。
二人はしばらくそうしていて。
あたりには、息の音だけが響く。
やがてまた月が隠れ。
二人の鼓動がゆっくりと。
ペースを遅くする頃に。
どこか遠くで、船鐘の鳴る音がした。
* * * * *
次の日になり、帰ってきた街の薬師への引き継ぎを終えると。
シルヴィカはすぐに、出発の準備を始めた。
地図をしばらく眺めながら、港街の中を歩き。
赤い屋根の家たちを、ぼんやり見渡しながら進む。
やがて、街の門前にまで来ると。
「もう出るのか?」なんて声がして。
振り返ると、マコトが手をひらひらと振っていて。
「やりたいことが、ありますから」とシルヴィカが微笑むと。
「そっか」とマコトは笑いながら、そのまますぐ踵を返し。
「ありがとな」と言った。
シルヴィカはその背を眺めながら。
「お大事に」
と投げかけて。
真っ白なマントをはたいてから、街の外へ踏み出す。
マコトはもう、心配ない。
そう思えていたせいか、その足取りは軽くて。
「最初の街で五日かぁ」なんてぼやきも、どこか明るい声色。
港街から伸びていく、長い長い街道を。
やがてシルヴィカは、のんびりと歩き出す。
深緑色の草たちが、さらさらと風に揺られていて。
潮風香るその道を、真っ白な太陽が、ただうららかに見下ろしていた。