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第9話

ー/ー



「北くん」
「大丈夫だって」

 俺は席を立った。まだ座ったままの笠木に言う。

「その帳面、笠木が持っててくれないか。それを持っててなんかヤバいことが起きるっていうのは、ないと思う。ずっと部屋に置きっぱで寝起きしてたけど、幽霊が出たり、変な声もしなかった。俺より頭いいんだからさ、なにか分かるかもしれないだろ?」

 それに、俺は二十六日を過ぎれば死んでいる可能性もある。一番確実なのは、死のリストに記名のない笠木が持っていることだろう。

「うん。……分かった」

 頷いてくれたのを見て、俺は安心した。もし死ぬとして、未練がないわけはないが、ちょっとだけすっきりとした気分になる。

 鞄を肩に掛け、トレイを持ち上げて片づけようとしたとき、笠木は一言、聞いてきた。

「あのときに聞いた声。……あれって、私たちにこれを見つけさせたかったのかな」
「どうだろうな。そうかもしれないし、違うかもしれない」
「お賽銭を、呪われた賽銭箱に入れたから、私たちの死ぬ日を見せられたのかな」
「お前は入ってないだろ?」
「そうだけど……」
「呪いの賽銭箱に賽銭を入れたから、なんか怨念みたいなのが、揃って俺たちを同じ日に死ぬように呪いをかけたのかもしれない」
「最初、そうかもしれないって思った。でもそれなら、私の名前も入っていないとおかしいし、鈴木くんだけが最初に亡くなったのって、変だと思う」
「賽銭は、鈴木の金だった」
「でも投げ入れたのは、佐藤くんだよ。乱暴に」

 言われて、俺は首を傾げた。そう言われると、確かに変なのかもしれない。
 笠木もトレイを持って立ち上がった。帳面は、もう鞄にしまったらしい。

「一緒に帰らない? ダメ?」
「そりゃ、いいけど。どうせなら、家まで送ってくよ」
「あ……。ありがとう」

 そして、俺たちは店を出た。道を歩きながら、話の続きをした。

「私、思うんだけど。これって、呪いなんかじゃないんじゃないかって」
「呪いじゃない?」
「うん。ムシのよすぎる話かもしれないけど、やっぱり、神社って、ご利益がある場所でしょ? 考えようによっては、あれだけボロボロになったのに、まだ参拝に来る人がいて、お賽銭まであげてくれるって、ありがたいことなんじゃないかなって」

 かなり前向きな笠木の考えに、少し笑ってしまった。が、確かに、そういう考え方もありだろう。馬鹿にはできない。

「そのお礼に、俺たちに危険が迫っていることを教えてくれたって?」
「うん。そういうふうに考えるのって……やっぱり、ムシがよすぎるよね」
「どうかな。そうだったらいいのは、間違いないけど」

 と、そこで笠木の住んでいるマンションに着いた。彼女はマンションの入口に進み出て、俺のほうを振り向いた。

「だから、北くん。北くんも、前向きに考えてね」
「ああ。分かった。いざとなったら、当日、お前んちに転がり込むよ。名前の載ってない笠木といれば、安全かもしれないしな」

 冗談のつもりだったが、彼女は頷いた。
 そして、搾り出すような、懸命な声で、心を込めて言ってきた。

「うん。それでもいいから。私にできることなら、なんでも、協力するから。だから、北くん――」

 そこで、笠木は言葉を切ってしまった。そこから先の言葉は、なかなか出てこないようだった。
 俺はみなまで言わせないように、頷いて答えた。

「ああ。……ありがとう」

 それだけ言って、俺は笠木と別れた。

 ひとりで帰り道を歩きながら、ぼんやり考える。
 当日俺が笠木と行動を共にすれば、彼女に危険が及ばないまでも、目の前で死んだりすることになる可能性はある。そうなれば、とんでもないトラウマになるだろう。

 結局、自分はどうしたいのか。

 二十六日で死ぬ運命だというなら、それに殉じるべきなのだろうか。よくよく考えれば、二十六日を回避したとしても、次の日に死ぬのかもしれない。あるいは、首尾よく八十くらいまで生きられるのかもしれない。

 あの帳面には、俺の命日が書かれている。が、裏を返せば、それ以外のことはなにも書いていない。全ては、まだ白紙なのかもしれない。二十六日にどうするのか。それまでになにを考え、どう行動するのかも、俺次第であるはずだ。

 今は、そう思いたかった。

 自分の知らない場所で全てが決定されているとしても、俺は自分で考えて、生きている。少なくとも、そう自分で思えているうちは、抵抗を諦めてはいけない。そうも思えた。

 鈴木が事故に遭った交差点に差し掛かる。へし曲がったガードレールの傍に、花や、お菓子、飲み物が置かれていた。まだ新しい。

 俺は、顔を上げた。
 空を見ると、赤い夕焼けが目に染みた。



                           (おわり)


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「北くん」
「大丈夫だって」
 俺は席を立った。まだ座ったままの笠木に言う。
「その帳面、笠木が持っててくれないか。それを持っててなんかヤバいことが起きるっていうのは、ないと思う。ずっと部屋に置きっぱで寝起きしてたけど、幽霊が出たり、変な声もしなかった。俺より頭いいんだからさ、なにか分かるかもしれないだろ?」
 それに、俺は二十六日を過ぎれば死んでいる可能性もある。一番確実なのは、死のリストに記名のない笠木が持っていることだろう。
「うん。……分かった」
 頷いてくれたのを見て、俺は安心した。もし死ぬとして、未練がないわけはないが、ちょっとだけすっきりとした気分になる。
 鞄を肩に掛け、トレイを持ち上げて片づけようとしたとき、笠木は一言、聞いてきた。
「あのときに聞いた声。……あれって、私たちにこれを見つけさせたかったのかな」
「どうだろうな。そうかもしれないし、違うかもしれない」
「お賽銭を、呪われた賽銭箱に入れたから、私たちの死ぬ日を見せられたのかな」
「お前は入ってないだろ?」
「そうだけど……」
「呪いの賽銭箱に賽銭を入れたから、なんか怨念みたいなのが、揃って俺たちを同じ日に死ぬように呪いをかけたのかもしれない」
「最初、そうかもしれないって思った。でもそれなら、私の名前も入っていないとおかしいし、鈴木くんだけが最初に亡くなったのって、変だと思う」
「賽銭は、鈴木の金だった」
「でも投げ入れたのは、佐藤くんだよ。乱暴に」
 言われて、俺は首を傾げた。そう言われると、確かに変なのかもしれない。
 笠木もトレイを持って立ち上がった。帳面は、もう鞄にしまったらしい。
「一緒に帰らない? ダメ?」
「そりゃ、いいけど。どうせなら、家まで送ってくよ」
「あ……。ありがとう」
 そして、俺たちは店を出た。道を歩きながら、話の続きをした。
「私、思うんだけど。これって、呪いなんかじゃないんじゃないかって」
「呪いじゃない?」
「うん。ムシのよすぎる話かもしれないけど、やっぱり、神社って、ご利益がある場所でしょ? 考えようによっては、あれだけボロボロになったのに、まだ参拝に来る人がいて、お賽銭まであげてくれるって、ありがたいことなんじゃないかなって」
 かなり前向きな笠木の考えに、少し笑ってしまった。が、確かに、そういう考え方もありだろう。馬鹿にはできない。
「そのお礼に、俺たちに危険が迫っていることを教えてくれたって?」
「うん。そういうふうに考えるのって……やっぱり、ムシがよすぎるよね」
「どうかな。そうだったらいいのは、間違いないけど」
 と、そこで笠木の住んでいるマンションに着いた。彼女はマンションの入口に進み出て、俺のほうを振り向いた。
「だから、北くん。北くんも、前向きに考えてね」
「ああ。分かった。いざとなったら、当日、お前んちに転がり込むよ。名前の載ってない笠木といれば、安全かもしれないしな」
 冗談のつもりだったが、彼女は頷いた。
 そして、搾り出すような、懸命な声で、心を込めて言ってきた。
「うん。それでもいいから。私にできることなら、なんでも、協力するから。だから、北くん――」
 そこで、笠木は言葉を切ってしまった。そこから先の言葉は、なかなか出てこないようだった。
 俺はみなまで言わせないように、頷いて答えた。
「ああ。……ありがとう」
 それだけ言って、俺は笠木と別れた。
 ひとりで帰り道を歩きながら、ぼんやり考える。
 当日俺が笠木と行動を共にすれば、彼女に危険が及ばないまでも、目の前で死んだりすることになる可能性はある。そうなれば、とんでもないトラウマになるだろう。
 結局、自分はどうしたいのか。
 二十六日で死ぬ運命だというなら、それに殉じるべきなのだろうか。よくよく考えれば、二十六日を回避したとしても、次の日に死ぬのかもしれない。あるいは、首尾よく八十くらいまで生きられるのかもしれない。
 あの帳面には、俺の命日が書かれている。が、裏を返せば、それ以外のことはなにも書いていない。全ては、まだ白紙なのかもしれない。二十六日にどうするのか。それまでになにを考え、どう行動するのかも、俺次第であるはずだ。
 今は、そう思いたかった。
 自分の知らない場所で全てが決定されているとしても、俺は自分で考えて、生きている。少なくとも、そう自分で思えているうちは、抵抗を諦めてはいけない。そうも思えた。
 鈴木が事故に遭った交差点に差し掛かる。へし曲がったガードレールの傍に、花や、お菓子、飲み物が置かれていた。まだ新しい。
 俺は、顔を上げた。
 空を見ると、赤い夕焼けが目に染みた。
                           (おわり)