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第六十八話 ぬくもり

ー/ー



<暁は屋敷に戻ってから、北対(きたのたい)で探し物をしていたようですわ。彼女が探していたのは恐らく、この安曇陰陽記。多分、雅章様に盗むように頼まれたのでしょう>

 寒空の下の都を駆け抜けながら、私は雫との会話を思い出していた。懐には彼女から預かった二つのものをしっかりと収めている。
 一つは雫に預けていた安曇陰陽記。暁はこれを雅章殿に渡そうとしたが、恐らく結局それを断って逆上した奴に殺されたのだ。あの男の狙いは父上が莫大な心力を手にした、その方法であろう。

 そしてもう一つは、一通の文であった。

<色々あってお渡ししておりませんでしたが……これは華葉から預かった文です。拓磨様にと思いを込めて書かれておりましたわ>

 そこには彼女の私に対する想いの歌がしたためられていた。華葉らしく潔いよい歌だった。文字の練習をしていたのは私への文のためだったとは。
 命が惜しくないなど言うな。私とて傍にいてほしいのだ、華葉。お前の存在は例えようのない安堵を与えてくれて、私は穏やかな気持ちになれる。

 不思議だ、それは今まで母上の桜の役目であった。
 お前にこんなにも惹かれるのは、やはりあの桜だからではないか。

 否、あの桜でなくとも。

<私はまだ華葉が死んだとは思っておりません。どうか彼女を取り戻して、二人で帰ってきてくださいまし、拓磨様。雫はここで待っております>

 ――あぁ、分かった雫。
 必ず二人でお前の元に帰る。今度こそ約束しよう。

 私は今、陰陽寮へ向かっている。何故なら、すでに雷龍の妖気は都中に広がっており、出所も何も分からなくなっているからだ。
 だが手がかりはある。あの雷龍と華葉を接触させるには、それを仲介する者が必要のはずだ。考えるまでもなく、そんなことができるのは嘉納雅章ただ一人である。まずは奴がいたはずの寮を目指すべきだろう。

 寮に着いた私はその状況に愕然とした。屋敷はほとんど原形を失うほどに破壊され、あちこちに無残に人が倒れている。周囲の民家にも甚大な被害が及んでいた。
 私が怖じ気づいたばかりに、もっと早く来ていれば助けられたのか。

「誰か! 息のある者はいるか!?」

 そう呼びかけてみると応答はなかったが、何かが崩れる音がしてその方向に駆けだした。すると瓦礫の山の下から弱い心力の波動を感じて、咄嗟に塞いでいるものをどかした私は息を飲んだ。
 波動の正体は結界だった。数人の陰陽師が結託して結界を張って凌いでいたのだ。その中には知った顔の者と、あの男の姿もあった。

「蒼士! 他の皆も……」

 声をかけるものの、皆恐怖で震えており〝よくぞ無事で〟とは言えなかった。蒼士は体中に焼け焦げたような傷を負い、入海伝馬(いるみのてんま)殿に肩を担がれて辛そうな顔で呼吸を繰り返している。

「蒼士、まさか雷龍の攻撃を」
「案ずるな。伝馬たちのお陰でまともにはなったが、彼らに無駄な心力を使わせてしまった。僕の不注意だ、でもまさか父上が、あのようなことをするとは」

 蒼士は性にもなく歯を食いしばって涙を溢した。私は周りの入海殿などから、ここで起こったことを聞いた。雅章殿が華葉を串刺しにし、雷龍を呼んだ。そして――。

「拓磨、華葉が……雷龍に食われた」

 最後に蒼士がそう付け足した。
 分かってはいたが、いざ口にされると胸が締め付けられる。

「……あぁ、知っている。だが私は諦めていない、華葉は必ず取り戻す」
「正気か。いくらお前とて、あんな奴に勝てると思うか?」

 複雑な表情でそう言う蒼士に、私は目を閉じてゆっくりと首を横に振った。周りの陰陽師たちも悲しそうに俯く。しかし私は「だが」と続けた。

「私は魁だ、どんな手を使っても奴を倒す。雅章殿と雷龍は何処へ行った?」

 真っ直ぐと蒼士を見つめると、奴は目を見開いて大きく息を飲んだ。
 状況を知らない蒼士の代わりに、入海殿が震える口を開いた。

「雅章様と雷龍は内裏の方へ向かっていきました」
「内裏……何故だ、まさか帝を始末する気か」
「――その答えをお前が知る必要はないぞ。今からここで死ぬのだからな」

 私の疑問に答えたのは仲間ではなく、聞き覚えのある童女(どうじょ)の声だった。その直後、辺りが猛吹雪に襲われる。
 数刻前、あれだけ負傷を与えたというのに、もう奴らが戻ってきたのだ。

「雪音……、氷雨!」
「さっきはよくもやってくれたのう、安曇拓磨。同じ目は二度と食わぬぞ」

 これから雷龍と戦わなければならないのに、この二人がいることが完全に抜けていた。大口を叩いてここまできたが、実は私は先の雪音たちとの戦いから、あまり心力を回復させていないのだ。暁のこともあってそんな余裕などなかった。
 雷龍に全力を注げば何とかなると己を誤魔化してきたが、この二人の相手をしてはそれも厳しくなるだろう。

 だがここで予想外のことが起きた。私の前に蒼士が立ち塞がったのだ。

「お前は例の方法で心力を回復させろ、その間に僕たちがあの二人を止める」

 蒼士の言葉に、入海殿や他の陰陽師たちも強く決心したような表情をして、次々と立ち上がる。そして私を囲うように後ろへ追いやり、楯となった。

「阿呆! お前たちの力ではあの二人には勝てぬ!」
「阿呆はお前だ、僕だって勝てるとは思っておらん。時間稼ぎしてやるから、さっさと心力を戻せと言っておるのだ。どれくらいの時間があれば良いのか言え、拓磨」

 少しだけこちらに顔を振り向かせ、蒼士は真剣な顔でそう言った。満身創痍のこの男に言われるのは悔しいが、蒼士の言うとおり心力がなければ戦うこともできない。回復させてもらえるのであれば有り難いが、大した時間も取れないのは重々承知だ。

「……十回でも呼吸をさせてもらえば」
「承知した。――聞いたな、お前たち! 死力を尽くして拓磨を守れ!!」
「はッ!」
 
 蒼士の鼓舞するような叫びに、入海殿たちも気合いを入れて答えた。皆が一斉に火の術を展開する様を、その先で氷雨が不機嫌そうに眺めていた。

「あぁっ、反吐が出る! だからお前らみたいな人間は大嫌いなんだよ。姉さんはやることがある、貴様らなど俺一人で十分だッ!」

 鬼のような形相でこちらを睨みつけてくる氷雨だが、彼らは決して挫けなかった。氷雨も氷の妖術を展開し、彼らに襲いかかる。火の術と氷の術の攻防を肌で感じながら、私はゆっくりと目を閉じた。
 とにかく今は集中しろ、五行の気を感じるために。そう念じるのだが蒼士たちの様子が気になって、なかなか全ての気を上手く捉えることができない。

 氷雨の攻撃を受けて悲鳴を上げる声を聞く。……駄目だ、視覚を閉じても音が。

<集中しろ、拓磨。大丈夫だ>

 ハッと目を開くと、そこは瓦礫の中の戦地のはずなのに、私は長閑な風が流れる己の屋敷の庭にいた。淡い桃色の花びらがハラハラと目の前を舞い、優しい香りと共に背中が温かい何かに包まれる。
 誰かが後ろから首に手を回し、私を抱きすくめている感覚だ。そこにいるはずはないのに、彼女の栗色の髪が私の肩を滑った。

<私が傍にいる、落ち着け。ここはお前の庭と思って、呼吸を続けるんだ>

 その言葉で心は正常を取り戻し、途端に体に五行の気が流れ込む。
 息を大きく吸う間に、(もく)()()(ごん)(すい)の循環で気を取り込む。そしてゆっくりと吐く時も同じ動作を繰り返す。

 一回、二回、三回と重ねるごとに、私の中に濃化した心力が溜まっていく。
 あと五回……。

「――嘉納式陰陽術、百火箭(ひゃっかせん)ッ!」
「えぇい、しつこい虫けら共め……! 姉さんっ、作業はまだなのか!?」
「もう少しじゃ、外回りはもう完了した。あと少しでここまで到達する」

 あと三回……。

「お前たち耐えろ! 続けて火の術を打ち込め!!」
「うぉおおおおおお!!!!」

 あと一回……!

「……来たぞ、氷雨」

 その瞬間、周囲一帯から()の気がピタリとその存在を絶った。皆が火属の術を一切放てなくなったのは勿論、私も火の気を失い循環生成をやむなく中断させる。
 気を感じるには、その気を放つ物体が必要だ。都ではどこかで誰かが火を焚いており、それを感じる範囲には限度があると言えど、今は夜間。明かりを灯すために火は至る所に溢れるもの。

 それが全て絶たれたのだ。見渡しても辺りは一帯暗闇に包まれている。

「もう小賢しい火の術は使えぬぞ、陰陽師ども」
「雪音、お前一体何をした。まさかこの吹雪……都から火を奪ったのか」

 蒼士の言葉に雪音はわざとらしくほくそ笑んだ。なるほど、火の気を奪えば自分たちに一番不利な火術を使えなくするだけでなく、私に五気術も発生させぬ魂胆か。
 入海殿たちは一気に戦意を喪失させ、もう限界だと言わんばかりに腰を抜かした。ただ蒼士だけが最後の力を振り絞って樹巣刃(じゅそうじん)を発動するが、氷雨の氷術で敢えなく凍結させられる。

「覚悟するのじゃ、もうお前たちは終わりぞ。――妖術、狂おしの雪獄(せつごく)ッ!」

 雪音の背後に巨大な雪の塊が盛り上がり、我々に向かって襲いかかってきた。咄嗟に蒼士が結界壁を展開するも薄皮のように簡単に破られ、私たちはその雪獄に埋もれて急激に体温を奪われる。外から雪音と氷雨が高らかに笑う声が響いた。

 ……いや、笑うのは早いぞ。お前たち。

急々如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)()(しょう)・光り(ほむら)……!!」

 私が放った五気混合術は、雪獄と二人を再度熱で吹き飛ばした。




 内裏は巨大な龍の登場に大混乱の最中にあった。家臣から女官まで縦横無尽に逃げ惑い、雷龍の落雷から逃れようとしている。
 誰が死のうが構わないが、目的の人物まで死なれては困るので早急に姿を探した。

『雅章、こんなところに何の用だ』
「すみませんなぁ、雷龍殿。少々確認したいことがございまして……」

 そう適当にはぐらかしながら、私はようやく内裏に張られた結界を突破して、雷龍と内裏に押し入っていた。結界は桛木(かせぎ)に襲撃された後、魁である拓磨が巡らせた特殊な結界であった。これを破るのに少々手間がかかり、ようやく今に至っている。

「おぉ、こんなところにいらっしゃいましたか。――帝」

 対象の人物を見つけると、私は満面の笑みを浮かべて差し上げた。


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 寒空の下の都を駆け抜けながら、私は雫との会話を思い出していた。懐には彼女から預かった二つのものをしっかりと収めている。
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 否、あの桜でなくとも。
<私はまだ華葉が死んだとは思っておりません。どうか彼女を取り戻して、二人で帰ってきてくださいまし、拓磨様。雫はここで待っております>
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 必ず二人でお前の元に帰る。今度こそ約束しよう。
 私は今、陰陽寮へ向かっている。何故なら、すでに雷龍の妖気は都中に広がっており、出所も何も分からなくなっているからだ。
 だが手がかりはある。あの雷龍と華葉を接触させるには、それを仲介する者が必要のはずだ。考えるまでもなく、そんなことができるのは嘉納雅章ただ一人である。まずは奴がいたはずの寮を目指すべきだろう。
 寮に着いた私はその状況に愕然とした。屋敷はほとんど原形を失うほどに破壊され、あちこちに無残に人が倒れている。周囲の民家にも甚大な被害が及んでいた。
 私が怖じ気づいたばかりに、もっと早く来ていれば助けられたのか。
「誰か! 息のある者はいるか!?」
 そう呼びかけてみると応答はなかったが、何かが崩れる音がしてその方向に駆けだした。すると瓦礫の山の下から弱い心力の波動を感じて、咄嗟に塞いでいるものをどかした私は息を飲んだ。
 波動の正体は結界だった。数人の陰陽師が結託して結界を張って凌いでいたのだ。その中には知った顔の者と、あの男の姿もあった。
「蒼士! 他の皆も……」
 声をかけるものの、皆恐怖で震えており〝よくぞ無事で〟とは言えなかった。蒼士は体中に焼け焦げたような傷を負い、|入海伝馬《いるみのてんま》殿に肩を担がれて辛そうな顔で呼吸を繰り返している。
「蒼士、まさか雷龍の攻撃を」
「案ずるな。伝馬たちのお陰でまともにはなったが、彼らに無駄な心力を使わせてしまった。僕の不注意だ、でもまさか父上が、あのようなことをするとは」
 蒼士は性にもなく歯を食いしばって涙を溢した。私は周りの入海殿などから、ここで起こったことを聞いた。雅章殿が華葉を串刺しにし、雷龍を呼んだ。そして――。
「拓磨、華葉が……雷龍に食われた」
 最後に蒼士がそう付け足した。
 分かってはいたが、いざ口にされると胸が締め付けられる。
「……あぁ、知っている。だが私は諦めていない、華葉は必ず取り戻す」
「正気か。いくらお前とて、あんな奴に勝てると思うか?」
 複雑な表情でそう言う蒼士に、私は目を閉じてゆっくりと首を横に振った。周りの陰陽師たちも悲しそうに俯く。しかし私は「だが」と続けた。
「私は魁だ、どんな手を使っても奴を倒す。雅章殿と雷龍は何処へ行った?」
 真っ直ぐと蒼士を見つめると、奴は目を見開いて大きく息を飲んだ。
 状況を知らない蒼士の代わりに、入海殿が震える口を開いた。
「雅章様と雷龍は内裏の方へ向かっていきました」
「内裏……何故だ、まさか帝を始末する気か」
「――その答えをお前が知る必要はないぞ。今からここで死ぬのだからな」
 私の疑問に答えたのは仲間ではなく、聞き覚えのある|童女《どうじょ》の声だった。その直後、辺りが猛吹雪に襲われる。
 数刻前、あれだけ負傷を与えたというのに、もう奴らが戻ってきたのだ。
「雪音……、氷雨!」
「さっきはよくもやってくれたのう、安曇拓磨。同じ目は二度と食わぬぞ」
 これから雷龍と戦わなければならないのに、この二人がいることが完全に抜けていた。大口を叩いてここまできたが、実は私は先の雪音たちとの戦いから、あまり心力を回復させていないのだ。暁のこともあってそんな余裕などなかった。
 雷龍に全力を注げば何とかなると己を誤魔化してきたが、この二人の相手をしてはそれも厳しくなるだろう。
 だがここで予想外のことが起きた。私の前に蒼士が立ち塞がったのだ。
「お前は例の方法で心力を回復させろ、その間に僕たちがあの二人を止める」
 蒼士の言葉に、入海殿や他の陰陽師たちも強く決心したような表情をして、次々と立ち上がる。そして私を囲うように後ろへ追いやり、楯となった。
「阿呆! お前たちの力ではあの二人には勝てぬ!」
「阿呆はお前だ、僕だって勝てるとは思っておらん。時間稼ぎしてやるから、さっさと心力を戻せと言っておるのだ。どれくらいの時間があれば良いのか言え、拓磨」
 少しだけこちらに顔を振り向かせ、蒼士は真剣な顔でそう言った。満身創痍のこの男に言われるのは悔しいが、蒼士の言うとおり心力がなければ戦うこともできない。回復させてもらえるのであれば有り難いが、大した時間も取れないのは重々承知だ。
「……十回でも呼吸をさせてもらえば」
「承知した。――聞いたな、お前たち! 死力を尽くして拓磨を守れ!!」
「はッ!」
 蒼士の鼓舞するような叫びに、入海殿たちも気合いを入れて答えた。皆が一斉に火の術を展開する様を、その先で氷雨が不機嫌そうに眺めていた。
「あぁっ、反吐が出る! だからお前らみたいな人間は大嫌いなんだよ。姉さんはやることがある、貴様らなど俺一人で十分だッ!」
 鬼のような形相でこちらを睨みつけてくる氷雨だが、彼らは決して挫けなかった。氷雨も氷の妖術を展開し、彼らに襲いかかる。火の術と氷の術の攻防を肌で感じながら、私はゆっくりと目を閉じた。
 とにかく今は集中しろ、五行の気を感じるために。そう念じるのだが蒼士たちの様子が気になって、なかなか全ての気を上手く捉えることができない。
 氷雨の攻撃を受けて悲鳴を上げる声を聞く。……駄目だ、視覚を閉じても音が。
<集中しろ、拓磨。大丈夫だ>
 ハッと目を開くと、そこは瓦礫の中の戦地のはずなのに、私は長閑な風が流れる己の屋敷の庭にいた。淡い桃色の花びらがハラハラと目の前を舞い、優しい香りと共に背中が温かい何かに包まれる。
 誰かが後ろから首に手を回し、私を抱きすくめている感覚だ。そこにいるはずはないのに、彼女の栗色の髪が私の肩を滑った。
<私が傍にいる、落ち着け。ここはお前の庭と思って、呼吸を続けるんだ>
 その言葉で心は正常を取り戻し、途端に体に五行の気が流れ込む。
 息を大きく吸う間に、|木《もく》・|火《か》・|土《ど》・|金《ごん》・|水《すい》の循環で気を取り込む。そしてゆっくりと吐く時も同じ動作を繰り返す。
 一回、二回、三回と重ねるごとに、私の中に濃化した心力が溜まっていく。
 あと五回……。
「――嘉納式陰陽術、|百火箭《ひゃっかせん》ッ!」
「えぇい、しつこい虫けら共め……! 姉さんっ、作業はまだなのか!?」
「もう少しじゃ、外回りはもう完了した。あと少しでここまで到達する」
 あと三回……。
「お前たち耐えろ! 続けて火の術を打ち込め!!」
「うぉおおおおおお!!!!」
 あと一回……!
「……来たぞ、氷雨」
 その瞬間、周囲一帯から|火《か》の気がピタリとその存在を絶った。皆が火属の術を一切放てなくなったのは勿論、私も火の気を失い循環生成をやむなく中断させる。
 気を感じるには、その気を放つ物体が必要だ。都ではどこかで誰かが火を焚いており、それを感じる範囲には限度があると言えど、今は夜間。明かりを灯すために火は至る所に溢れるもの。
 それが全て絶たれたのだ。見渡しても辺りは一帯暗闇に包まれている。
「もう小賢しい火の術は使えぬぞ、陰陽師ども」
「雪音、お前一体何をした。まさかこの吹雪……都から火を奪ったのか」
 蒼士の言葉に雪音はわざとらしくほくそ笑んだ。なるほど、火の気を奪えば自分たちに一番不利な火術を使えなくするだけでなく、私に五気術も発生させぬ魂胆か。
 入海殿たちは一気に戦意を喪失させ、もう限界だと言わんばかりに腰を抜かした。ただ蒼士だけが最後の力を振り絞って|樹巣刃《じゅそうじん》を発動するが、氷雨の氷術で敢えなく凍結させられる。
「覚悟するのじゃ、もうお前たちは終わりぞ。――妖術、狂おしの|雪獄《せつごく》ッ!」
 雪音の背後に巨大な雪の塊が盛り上がり、我々に向かって襲いかかってきた。咄嗟に蒼士が結界壁を展開するも薄皮のように簡単に破られ、私たちはその雪獄に埋もれて急激に体温を奪われる。外から雪音と氷雨が高らかに笑う声が響いた。
 ……いや、笑うのは早いぞ。お前たち。
「|急々如律令《きゅうきゅうにょりつりょう》、|緋《ひ》の|翔《しょう》・光り|焔《ほむら》……!!」
 私が放った五気混合術は、雪獄と二人を再度熱で吹き飛ばした。
 内裏は巨大な龍の登場に大混乱の最中にあった。家臣から女官まで縦横無尽に逃げ惑い、雷龍の落雷から逃れようとしている。
 誰が死のうが構わないが、目的の人物まで死なれては困るので早急に姿を探した。
『雅章、こんなところに何の用だ』
「すみませんなぁ、雷龍殿。少々確認したいことがございまして……」
 そう適当にはぐらかしながら、私はようやく内裏に張られた結界を突破して、雷龍と内裏に押し入っていた。結界は桛木《かせぎ》に襲撃された後、魁である拓磨が巡らせた特殊な結界であった。これを破るのに少々手間がかかり、ようやく今に至っている。
「おぉ、こんなところにいらっしゃいましたか。――帝」
 対象の人物を見つけると、私は満面の笑みを浮かべて差し上げた。