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理不尽な男③

ー/ー



「リンリーン、おーい、リンリン~?」

 ハッと気がつくと、そこにニシ村の顔があった。

「だいじょ~ぶ~?」

「寝起きでニシくんの顔とか最悪なんですけど」

「え? オレの美しい顔で目覚めるなんて最高じゃん」

「うるせえ」

 半分キレながら、ニシ村を押しのけるようにして起き上がった。机の上には食べかけのたこ焼きが置いてある。

 俺、何してたんだっけ。

「リンリン起きたから、オレ帰るね~」

 リン之助の返事も待たず、ニシ村は部屋を出て行った。

 まるで嵐が去ったように静かになった一人きりの部屋で、冷たくなったたこ焼きを食べる。へにゃへにゃで不味いながらも、なんとなくホッとしてしまった。

「ったく、なんなんだよ」

 ひとりごちて冷蔵庫から飲みかけのコーラを取り出して喉を潤す。

 やっと人心地ついて、顔を上げる。

「ギター弾くか」

 愛器のMartin O-45を手に取り、練習を始める。

 てぃらりん。

「え!?」

 てぃりん。

 てぃらりら。

 ちゃりらりら。

 弾けば弾くほどに、音の悪さが際立っていく。

 昨日までは倍音が美しい、艶やかな音色だったのに。

「なんで!?」

 ちゃりん。

 ちゃりちゃらら。

 慌ててギターを確認する。

 スノーフレークスのポジションマークインレイに、ギターを縁取る渋いインレイがこちらを見ている。表と裏と、ネックとボディのジョイント部分まで確認してみるが、どこにも異常は見られなかった。

 割れて音がおかしくなったのかと思ったが、そうではなかった。

「弦だって先週替えたばっかりなのに……」

 音が変わるようなことに、何一つ心当たりがなかった。

「ありえない」

 家に置いてあったクラシックギターも弾いてみたが、等しく音が悪くなっていた。

 安っぽく、響かず、弦が震えないような、ピックで弾く音の方が聞こえるような、小さな音。

 どれも素晴らしい音色だったはずなのに。

 絶望にも似た気持ちで、目の前のギターたちを見つめた。

「どうして」

 ふと奥においやられたラスキンの入ったギターケースが目についた。

 このギターを弾いてから、おかしくなった。

 憎々しく思いながら、ギターのケースを開けてみる。

 先程と変わらない佇まいの、美しいギターがそこにあった。

 こんなに美しいギターなのに。

 そう思いながら、リン之助はラスキンを鳴らした。

 ジャラァーン……。

「え!?」

 ティラリーン。

 ジャンジャジャ。

 キラリラキラー。

 あの信じられないくらいひどい音からは想像もつかないほど、多彩な音色が出た。

 思うままに弾けば、狙った音がすんなりと出てくる。

「なんだ、これ」

 同じギターとは到底思えなかった。この短時間に一体何があったのだろうか。

「まじかよ」

 リン之助は時間が経つのも忘れて、ギターに没頭した。



「リン之助さん、それ何本目です?」

 テリ井は怪訝そうな顔で、聞いて来た。

「ぼくだって早く落ち着きたいんですよ。どれだけ良い音だと思っても、時間が経つと最初の輝きが消えてしまう。ぼくだって苦しいんですから」

 そう言って弾いているのは、Meridaだった。

「Meridaってどれもぼくには合わないカッスカスの音しかないと思ってたんですけど、これは結構いいんすよね」

 リン之助は上機嫌でひとりギターを奏でている。どこか憑りつかれたような目でギターを見つめていた。

「そ、そう」

 テリ井はリン之助から遠ざかりながら、

「あれほど嫌っていた音色そのままなのに、リン之助さんはあれのどこがいいんだろう……」

 ほんの少し悲しい表情を浮かべながら、ライブハウスから静かに出て行った。


―――


 おやおや。

 あれほどギターに愛情を持ってくださいと念を押したのに、守ってもらえなかったようですねえ。

 どうやら、どのギターも彼にとって理想の音色を奏でるようですが、時間が経つごとに、その美しい音色が失われ二度と戻ってこないようです。

 彼はそれからどれほどのギターを弾いて来たのでしょうねえ。

 その中には、他人にとってはお世辞にも良い音とは言えないものもたくさんあったでしょう。

 弾きこむほどに理想から遠ざかっていくのは、やりきれない気持ちでしょうなあ。

 失われるとしても理想の音色が弾けるのは、ある意味幸せかもしれません。

 そんな状態になっても、新たにギターを買い求め、常に自分の理想を追い続けるなんて、とんだギター馬鹿ですねえ。

 ヒトの欲望とは恐ろしいものです。

 それでも、この世にギター馬鹿が居る限り、わたくしはその哀しみ(ブルース)をお聞きしていきたいと思います。

 さあ、明日はどんなギター馬鹿でしょうか。

 ほーっほっほっほっほ。


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「リンリーン、おーい、リンリン~?」
 ハッと気がつくと、そこにニシ村の顔があった。
「だいじょ~ぶ~?」
「寝起きでニシくんの顔とか最悪なんですけど」
「え? オレの美しい顔で目覚めるなんて最高じゃん」
「うるせえ」
 半分キレながら、ニシ村を押しのけるようにして起き上がった。机の上には食べかけのたこ焼きが置いてある。
 俺、何してたんだっけ。
「リンリン起きたから、オレ帰るね~」
 リン之助の返事も待たず、ニシ村は部屋を出て行った。
 まるで嵐が去ったように静かになった一人きりの部屋で、冷たくなったたこ焼きを食べる。へにゃへにゃで不味いながらも、なんとなくホッとしてしまった。
「ったく、なんなんだよ」
 ひとりごちて冷蔵庫から飲みかけのコーラを取り出して喉を潤す。
 やっと人心地ついて、顔を上げる。
「ギター弾くか」
 愛器のMartin O-45を手に取り、練習を始める。
 てぃらりん。
「え!?」
 てぃりん。
 てぃらりら。
 ちゃりらりら。
 弾けば弾くほどに、音の悪さが際立っていく。
 昨日までは倍音が美しい、艶やかな音色だったのに。
「なんで!?」
 ちゃりん。
 ちゃりちゃらら。
 慌ててギターを確認する。
 スノーフレークスのポジションマークインレイに、ギターを縁取る渋いインレイがこちらを見ている。表と裏と、ネックとボディのジョイント部分まで確認してみるが、どこにも異常は見られなかった。
 割れて音がおかしくなったのかと思ったが、そうではなかった。
「弦だって先週替えたばっかりなのに……」
 音が変わるようなことに、何一つ心当たりがなかった。
「ありえない」
 家に置いてあったクラシックギターも弾いてみたが、等しく音が悪くなっていた。
 安っぽく、響かず、弦が震えないような、ピックで弾く音の方が聞こえるような、小さな音。
 どれも素晴らしい音色だったはずなのに。
 絶望にも似た気持ちで、目の前のギターたちを見つめた。
「どうして」
 ふと奥においやられたラスキンの入ったギターケースが目についた。
 このギターを弾いてから、おかしくなった。
 憎々しく思いながら、ギターのケースを開けてみる。
 先程と変わらない佇まいの、美しいギターがそこにあった。
 こんなに美しいギターなのに。
 そう思いながら、リン之助はラスキンを鳴らした。
 ジャラァーン……。
「え!?」
 ティラリーン。
 ジャンジャジャ。
 キラリラキラー。
 あの信じられないくらいひどい音からは想像もつかないほど、多彩な音色が出た。
 思うままに弾けば、狙った音がすんなりと出てくる。
「なんだ、これ」
 同じギターとは到底思えなかった。この短時間に一体何があったのだろうか。
「まじかよ」
 リン之助は時間が経つのも忘れて、ギターに没頭した。
「リン之助さん、それ何本目です?」
 テリ井は怪訝そうな顔で、聞いて来た。
「ぼくだって早く落ち着きたいんですよ。どれだけ良い音だと思っても、時間が経つと最初の輝きが消えてしまう。ぼくだって苦しいんですから」
 そう言って弾いているのは、Meridaだった。
「Meridaってどれもぼくには合わないカッスカスの音しかないと思ってたんですけど、これは結構いいんすよね」
 リン之助は上機嫌でひとりギターを奏でている。どこか憑りつかれたような目でギターを見つめていた。
「そ、そう」
 テリ井はリン之助から遠ざかりながら、
「あれほど嫌っていた音色そのままなのに、リン之助さんはあれのどこがいいんだろう……」
 ほんの少し悲しい表情を浮かべながら、ライブハウスから静かに出て行った。
―――
 おやおや。
 あれほどギターに愛情を持ってくださいと念を押したのに、守ってもらえなかったようですねえ。
 どうやら、どのギターも彼にとって理想の音色を奏でるようですが、時間が経つごとに、その美しい音色が失われ二度と戻ってこないようです。
 彼はそれからどれほどのギターを弾いて来たのでしょうねえ。
 その中には、他人にとってはお世辞にも良い音とは言えないものもたくさんあったでしょう。
 弾きこむほどに理想から遠ざかっていくのは、やりきれない気持ちでしょうなあ。
 失われるとしても理想の音色が弾けるのは、ある意味幸せかもしれません。
 そんな状態になっても、新たにギターを買い求め、常に自分の理想を追い続けるなんて、とんだギター馬鹿ですねえ。
 ヒトの欲望とは恐ろしいものです。
 それでも、この世にギター馬鹿が居る限り、わたくしはその|哀しみ《ブルース》をお聞きしていきたいと思います。
 さあ、明日はどんなギター馬鹿でしょうか。
 ほーっほっほっほっほ。