理不尽な男②
ー/ー カーテンの隙間から差し込む日差しはだいぶ明るい。
プルルルルルル。プルルルルルル。
鳴りやまない電子音に叩き起こされたリン之助は、手探りでスマホを取り出し耳に当てた。
「……もしもし」
『あ、リンリン? 寝てたぁ?』
酔っ払った友人からだ。
『寝てたってことは今日暇ぁ?』
「暇じゃないけど」
『いやぁ、今日オレ休みで暇だから、一緒にギター弾こうかなって思って』
リン之助は溜め息をついた。
安眠から無理やり起こされてこれとは。
「やだよ。だってもう酔っ払ってるじゃん」
『だいじょーぶ。オレまだこのくらいならギター弾けるから』
「いや、俺が嫌なんだって。酔っ払いは大人しくしてなって」
『えー、なんでよ~。いいじゃん~』
「うるさいから」
『冷たいコト言うなよぉ~』
「いいから、じゃあね」
切らないでぇと通話口の向こうで喚いているが、問答無用で通話を切った。
いつも酔っ払った時に連絡してくるのはなんとかならないのか。なんで俺なんだ。キャバクラでも行ってろ。
「はぁ~……」
盛大な溜め息をつくと、疲れがどっとのしかかってくるようだった。
布団から顔を出すと、目線の先に黒いギターケースが見えた。
「あー……」
吐き出すように声を出してのっそりと起き上がる。
寝起きのだるさと、欲しかったあのギターへの期待と嬉しさ、昨夜の不可解な音色に対するうんざりした気持ちと、何よりもすべてへの面倒くささで体が重かった。
とは言え、引き寄せられるようにギターへと近づいていく。
ケースを開けてみると、昨夜と変わらず美しい姿が現れた。
「どうするよ、これ」
店に置きっぱなしにするわけにもいかず、渋々持ち帰ってきたものの本当にそれでよかったのだろうか。黒喪とか言う男は俺にくれるって言ってたけど、どうするべきか。
「とりあえず弾いてみる……か」
手を伸ばすと、ヘッドに描かれた浴衣姿の少女と目が合った。揺らめいて、まばたきしそうなほどリアルだ。
美しい風鈴の涼やかな音色や祭囃子が聞こえてくるような錯覚を覚えた。
「よっ、と」
それでもリン之助は臆することなくギターを抱える。
どれだけリアルだろうと、ギターであることに変わりはない。ギターであるなら、弾くことができる、弾くことでギターとして完成するのだから。
ちゃらん。
先ほどの覚悟からは到底考えつかないような、軽くてひどい音が鳴った。
ちゃらんちゃらんちゃらんちゃらん。
昨夜よりも安っぽい音しかしない。
「んだよこのギター」
悪態をつきつつ、あれこれと試しながら弾いてみる。
ちゃらん。
ぺらんちゃらら。
ぺちん。
弾いてみるものの、どうあがいても黒喪のような深い音色にならなかった。
「意味わかんね」
イラついてギターを戻す。ケースに置いたギターはあの時欲しいと思ったそのままの魅力で、こちらを見ていた。
「にしても、音悪すぎ。鳴らなすぎ。お話になりませ~ん」
見た目がこれだけ美しいギターを仕舞うのは勿体ない気もするが、そっとケースへと置いた。温度と湿度とギターの管理のためには致し方ない。
「ギターを愛でる、ねぇ」
黒喪の言っていたことを口に出してみる。
ギターの教則本やCD、アンプなどの機材が雑多に置かれた部屋に空しく響いた。
好きじゃなければこんなに悩むこともないのに。
「何やってんだか」
ピンポーン。
ラスキンを片付けてマーチンを手に取った時にインターホンが鳴った。
「はーい」
宅配だろうか? 何を頼んだ記憶もないが。
考えながらドアを開くと、先程の電話の相手ニシ村が立っていた。
「来ちゃった」
へらっと笑うニシ村の顔にイラッと来たリン之助は、無言でドアを閉めた。
「ちょちょちょ、待って待って」
慌ててドアを掴むニシ村。
「何?」
「何、じゃないでしょ。一緒にギター弾こうって、わざわざギター担いで電車乗ってきたんだからね」
「頼んでないし」
「いいじゃんいいじゃん、ほら、お土産にたこ焼き買って来たし」
よく見るとニシ村の左手にはビニール袋が下がっている。
なんとなく、風向きでソースと鰹節のいい匂いもする。つられてお腹が鳴るのがわかった。
「じゃあ、たこ焼きだけ」
「ありがとう! お邪魔します!」
言うが早いか、ズカズカと上がり込むニシ村。どさりと荷物を下ろすと、自分もどっかりと座り込んだ。
「リンリン、ビールある?」
「居酒屋じゃないです」
「うそうそ、冗談だって」
そう言って部屋を見渡す。
「そのギターケース、前もあったっけ?」
目ざとく見つけて聞いてくる。
「いや、昨日うちに来た」
「え、何それ見ていい?」
リン之助の返事も待たず、ケースを開けるニシ村。
輝くような、ラスキンのギターがそこにある。
「うわあ! すっげ綺麗なギターじゃん! 高そう! いくらしたのこれ」
「まぁ、うん」
黒喪とかいう不審な男からタダでもらったと言うのはなんだか違う気がした。適当な言い訳も思いつかず、ごにょごにょと答えたがニシ村は気にしていないようだった。
「めっちゃいいじゃんこれ。ね、ちょっと弾いてみていい?」
「あ、うん」
ニシ村がラスキンを抱え、音を鳴らす。
てぃらん。
「音悪くない!?」
てぃらんてぃらてぃ。
ぺちんちゃらり。
「なにこのギター」
ニシ村が一人で騒いでいる声が、リン之助には入って来なかった。
リン之助が弾いた音よりも、ニシ村が最初に弾いた一音の方が確実に良い音だったからだ。
なぜだ。あれだけ色々試したのに俺の時は一度も鳴らなかった音色が、どうして。
「ねぇ、リンリン聞いてる?」
ニシ村の問いかけでハッと我に返った。
「このギター、なんか変だねって」
「それより、もう一回弾いてみてよ」
「えー? やだよ、オレ下手だし、このギター鳴らないし。リンリンもこんなギター買うなんて珍しいね」
「いいから弾けって」
「なんだよもう」
ぶつくさ言いながらも弾き始めるニシ村。
ぺちん。
ぺちぺち。
ちゃらりぺん。
「ほら、な?」
「ちょっと貸して」
ニシ村からひったくるようにしてギターを抱える。
ちゃらん。
ちゃらりんらん。
ぺちんぺちりん。
「リンリンでもそんな音になるなんて、このギター、ダメなんじゃないの?」
ぺち。
ぺちぺち。
ぺちぺちんぺちん。
どんどん音が鳴らなくなる。
「んだよこれ」
苛立ちながらも弾き続ける。
が、どんどん音は悪くなる一方だった。
「まあ落ち着いて。ほら、たこ焼きでも食べなよ」
「うるせえ! まじなんなんだよ」
忌々しく見つめながらケースへ戻した。
「買ったんじゃないの?」
たこ焼きを頬張りながらニシ村が呑気に聞いてきた。
「買ってない。仕方なく、もらったんだ」
「そんな高そうなギターくれる奴がいるんだ! すごいね」
「すごくない。こんなに鳴らないクソギター、ゴミだよゴミ。無理やり押し付けられただけじゃん。むかつく」
ケースの中のラスキンの輝きが、鈍ったように感じた。
「欲しかったギターなんじゃないの?」
「だとしても、これじゃ見た目だけだろ。音が鳴らなきゃギターとして価値ないだろ」
「何もそこまでいわなくても」
「俺にとっては、応えてくれるギターじゃなきゃ意味がないんだよ。このギターはイライラするばっかりで、俺にとって価値なんてこれっぽっちもないね。まじゴミ。ゴミです」
ピシッと乾いた音がした気がした。
「こんな見かけだけのゴミクズギター、いらねえよ。あーあやってらんね」
ガチャンとケースを閉じ、リン之助はたこ焼きを食べ始めた。
「まあ、ギターはいっぱいあるんだし、これじゃなくても良い音のやつあるっしょ」
ニシ村の慰めより、目の前のたこ焼きの方がリン之助の心を癒してくれた。
と、同時になぜか黒喪の顔が浮かんで来た。
『アナタ、約束を破りましたね?』
脳内で黒喪の顔が何重にも重なり、思考をすべて埋め尽くしていく。
『あれほどご説明したのに、破ってしまいましたねえ』
それがどうした。訳の分からないことを言っているんじゃない。
『約束を破ったら、大変なことになりますよお?』
うるさい。だからなんだって言うんだ。俺には関係のないことだ。
何も起こりはしない。何も。
『ドーーーーーン!!!!!』
「わああああああああ」
リン之助の意識は遠くなっていった。
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