表示設定
表示設定
目次 目次




39頭目 甥っ子と賢者の石

ー/ー



 俺は今、チーズを納品するために喫茶本須賀へ来たところ。決して多くはないが、この店ではコンスタントにチーズが売れる。
 物好きな常連客がいるのか、はたまた蒲田さんの顔があってこそか。いずれにしても、ウチのチーズを必要としてくれることはとても喜ばしい。
「ほぇ〜、こりゃあ面白ぇなぁ」
 常連客と言えば、この頃は錬師の姿を見ることが当たり前になってきた。蒲田さんと同年代という事もあって、2人の会話は弾んでいる。
「だろぅ~?」
 蒲田さんが毎回話に食い付くものだから、錬師も得意げに話している。2人の様子を見ていると、童心に返っているようで微笑ましいんだよな。
「せっかくだからよぉ、拓馬も試してみろ」
 傍観していたら、蒲田さんから何かを手渡された。それは消しゴムのような形をしているけれど、文鎮のようにずしりと重みがある。
「どうだ馬面。体が軽くなる感じがしてこないか?」
 錬師はドヤ顔で俺を見つめている。残念ながら、俺には何一つ変化を感じられない。
「おっかしいなぁ……馬面がでくの坊だからか?」
 よく分からないが、とりあえずディスられていることだけは分かる。馬面とでくの坊は、もはや悪意しかないだろ。
「何それぇ?」
 傍らで見ていた牛郎が食いついた。子供が目新しい物に食いつくのは、もはや習性と言っていいだろう。
「この石は、持ち主の思念を変換して磁力を生み出す。それによって、例えばこんな風に浮遊することが出来る。言うなれば『賢者の石』ってとこだ」
 錬師は浮遊を披露しているつもりなのだろうが、その高さはせいぜい爪先立ち程度。ホバリングでも、もう少し浮くと思うのだが……。
 ……待てよ? 仮にその数式が正しければ、俺はボーッとしていることにならないか?
「賢者の石!? すごいねぇ!!」
 どうやら、牛郎は厨二心をくすぐられているようだ。甥っ子よ、ネーミングの良さに惑わされてはいけない。
 そして、嬉々として賢者の石を受け取る牛郎。だが……。
「うわぁーっ!!!」
 それを掴んだ刹那、牛郎はレジの方まで吹き飛ばされた。当然、レジカウンターは見るも無残な姿に……こりゃあ後で弁償だな。
「坊主には刺激が強すぎるか……。こりゃあ、大人の玩具(おもちゃ)だなぁ」
 蒲田さん、その言い方は誤解を招くと思うぞ? これだから年寄りってやつは……。
「俺の(ブツ)は、玩具じゃないぜぇ〜!?」
 そこのハゲ頭、どさくさに紛れてタイツを下ろそうとするんじゃない。そんなことしたら、甥っ子はミ(この)ノタウルス(世界)の存在が危うくなるぞ!!
『カランカラン……』
 混沌とした空気の中、小暮が入店してきた。視線を下に落として俯いているようだが、彼女に一体何があったのだろうか?
「教会から、破門されました……」
 小暮の力無い一言。青菜に塩とは言うが、まさにこのことか。
「おお神よ、なぜ私達の愛は阻まれてしまうのでしょうか……」
 あぁ、そう言うことか。おそらく悪魔との婚約が教会から問題視されたか。
 悪魔との契りは、教会からすれば神への冒涜だ。異端として小暮が破門されるのは、当然のことだろうな。
「小暮よ、今は上を向いて歩こう。涙が溢れぬように……」
 ハエがブンブン……じゃなかった、悪魔は小暮の傍にそっと寄り添っていた。本来ならば胸が熱くなる場面なのだが、単にハエが引っ付いているようにしか見えないのが悲しい。
「お嬢さん、そんな時こそ心を軽くするんだ」
 重苦しい空気を読まずに、錬師は小暮に賢者の石を手渡した。そんなことをして、どうなっても俺は知らないぞ。
「……!」
 その光景、不覚にも俺は目が点になった。何ということだろう、小暮の全身が宙に浮いているじゃないか!
「これは、天使の羽ですねっ!」
 水を得た魚のように、小暮は天井を自由自在に飛び回っている。先程まで俯いていたとは思えないほど、彼女の表情は活き活きとしている。
「すごいやーっ!」
 アクロバティックに飛び回る小暮に、牛郎も思わず歓声を上げている。こんなシーン、ファンタジー作品でしか見られないもんな。
「小暮と空を飛ぶ、これは儂の悲願だった。まさか、こんな日が来ようとは……」
 おそらく、悪魔も喜びのあまり感涙しているのだろうな。ただ、残念ながら口を拭っているようにしか見えないけれど。
「それは俺からのご祝儀だ! 持っていけいっ!!」
 錬師、なかなか粋な計らいをするじゃないか。俺は思う、この2人の未来はきっと明るい。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 40頭目 甥っ子と裁判所


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 俺は今、チーズを納品するために喫茶本須賀へ来たところ。決して多くはないが、この店ではコンスタントにチーズが売れる。
 物好きな常連客がいるのか、はたまた蒲田さんの顔があってこそか。いずれにしても、ウチのチーズを必要としてくれることはとても喜ばしい。
「ほぇ〜、こりゃあ面白ぇなぁ」
 常連客と言えば、この頃は錬師の姿を見ることが当たり前になってきた。蒲田さんと同年代という事もあって、2人の会話は弾んでいる。
「だろぅ~?」
 蒲田さんが毎回話に食い付くものだから、錬師も得意げに話している。2人の様子を見ていると、童心に返っているようで微笑ましいんだよな。
「せっかくだからよぉ、拓馬も試してみろ」
 傍観していたら、蒲田さんから何かを手渡された。それは消しゴムのような形をしているけれど、文鎮のようにずしりと重みがある。
「どうだ馬面。体が軽くなる感じがしてこないか?」
 錬師はドヤ顔で俺を見つめている。残念ながら、俺には何一つ変化を感じられない。
「おっかしいなぁ……馬面がでくの坊だからか?」
 よく分からないが、とりあえずディスられていることだけは分かる。馬面とでくの坊は、もはや悪意しかないだろ。
「何それぇ?」
 傍らで見ていた牛郎が食いついた。子供が目新しい物に食いつくのは、もはや習性と言っていいだろう。
「この石は、持ち主の思念を変換して磁力を生み出す。それによって、例えばこんな風に浮遊することが出来る。言うなれば『賢者の石』ってとこだ」
 錬師は浮遊を披露しているつもりなのだろうが、その高さはせいぜい爪先立ち程度。ホバリングでも、もう少し浮くと思うのだが……。
 ……待てよ? 仮にその数式が正しければ、俺はボーッとしていることにならないか?
「賢者の石!? すごいねぇ!!」
 どうやら、牛郎は厨二心をくすぐられているようだ。甥っ子よ、ネーミングの良さに惑わされてはいけない。
 そして、嬉々として賢者の石を受け取る牛郎。だが……。
「うわぁーっ!!!」
 それを掴んだ刹那、牛郎はレジの方まで吹き飛ばされた。当然、レジカウンターは見るも無残な姿に……こりゃあ後で弁償だな。
「坊主には刺激が強すぎるか……。こりゃあ、大人の|玩具《おもちゃ》だなぁ」
 蒲田さん、その言い方は誤解を招くと思うぞ? これだから年寄りってやつは……。
「俺の|刀《ブツ》は、玩具じゃないぜぇ〜!?」
 そこのハゲ頭、どさくさに紛れてタイツを下ろそうとするんじゃない。そんなことしたら、|甥っ子はミ《この》|ノタウルス《世界》の存在が危うくなるぞ!!
『カランカラン……』
 混沌とした空気の中、小暮が入店してきた。視線を下に落として俯いているようだが、彼女に一体何があったのだろうか?
「教会から、破門されました……」
 小暮の力無い一言。青菜に塩とは言うが、まさにこのことか。
「おお神よ、なぜ私達の愛は阻まれてしまうのでしょうか……」
 あぁ、そう言うことか。おそらく悪魔との婚約が教会から問題視されたか。
 悪魔との契りは、教会からすれば神への冒涜だ。異端として小暮が破門されるのは、当然のことだろうな。
「小暮よ、今は上を向いて歩こう。涙が溢れぬように……」
 ハエがブンブン……じゃなかった、悪魔は小暮の傍にそっと寄り添っていた。本来ならば胸が熱くなる場面なのだが、単にハエが引っ付いているようにしか見えないのが悲しい。
「お嬢さん、そんな時こそ心を軽くするんだ」
 重苦しい空気を読まずに、錬師は小暮に賢者の石を手渡した。そんなことをして、どうなっても俺は知らないぞ。
「……!」
 その光景、不覚にも俺は目が点になった。何ということだろう、小暮の全身が宙に浮いているじゃないか!
「これは、天使の羽ですねっ!」
 水を得た魚のように、小暮は天井を自由自在に飛び回っている。先程まで俯いていたとは思えないほど、彼女の表情は活き活きとしている。
「すごいやーっ!」
 アクロバティックに飛び回る小暮に、牛郎も思わず歓声を上げている。こんなシーン、ファンタジー作品でしか見られないもんな。
「小暮と空を飛ぶ、これは儂の悲願だった。まさか、こんな日が来ようとは……」
 おそらく、悪魔も喜びのあまり感涙しているのだろうな。ただ、残念ながら口を拭っているようにしか見えないけれど。
「それは俺からのご祝儀だ! 持っていけいっ!!」
 錬師、なかなか粋な計らいをするじゃないか。俺は思う、この2人の未来はきっと明るい。