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第176話 俺たちの方向性

ー/ー



 静まり返った教室で、けん制し合うかのようにお互いの出方をうかがう。
 始めに動いたのは、椎名だった。

「私から、いいかしら」

「構わない頼む」
 樫田から許可を取ると、椎名はゆっくりと口を開いた。

「私にとって譲れないのは、それが田島にとって良い経験になるかどうかよ。先輩として仲間として……私は劇に出ることが全てとも思っていないわ。出れないこともまた一つの経験だもの。だからもし降板することが彼女にとって必要な経験だというなら、私は降板させてもいいと思うわ」

 動揺が空気を揺らしたと思ったほど、みんな驚いていた。
 もちろん俺もだ。
 まさか、あの椎名が自分の意見に折り合いをつけるなんて、想像だにしていなかった。
 てっきり降板しない方向で話が進むと思っていた。

「……香奈。どういうつもり?」

「別に。私なりに譲れないものと、そうでないものを分けただけよ」

「……」

 増倉が訝しげに椎名を睨む。対して平然としている椎名。
 ただ、言っていること自体に変なところはなかった。
降板されるだけの正しい理由があれば納得する。そういうことだろう。

「次に案のある奴はいるか?」

「なら、私いい?」

「ああ、構わないぞ増倉」

 まるで椎名に対抗するかのように、樫田の質問に名乗り出た。
 敵対心むき出しで椎名を見ながら、増倉は口を開いた。

「私は、やっぱり降板すべきだと思う。そこは譲れない。さっきも言ったけど真剣さを感じないから。実力のあるなしとか舐められているからとかじゃなくて、演劇部っていう集団に居ながら田島は自分個人の意見を優先した。今までずっと真剣じゃなかった人と一緒に劇をするのは集団において悪影響でしかない」

 それは、決して間違ってはいなかった。俺たちはもう田島が手を抜いていたことを知っている。その上で一緒に劇をするのは、気持ちや気分を下げる要因でしかない。
 だが――。

「じゃあ、田島がこれから真剣になったら栞は板にのることを認めるのかしら?」

「それはありえない」

「なぜ言い切れる? そうとは限らないでしょ」

「それは!」

「二人ともストップだ。まだ掘り下げる時じゃない。それは後でやるから」

 一触即発な二人を、樫田が止めにかかった。
 椎名と増倉はそれぞれ、目をそらし黙った。
 それを確認した樫田は、話を戻した。

「他に案のあるやつはいるか?」

 他のみんなは迷っているのか、沈黙を貫いた。
 俺は拳を握りながら覚悟を決める。

「俺、いいか」

「ああ頼む杉野」

 樫田の言葉に、みんなの視線が俺に集まる。
 それは疑念やら期待やら、色んな感情だった。
 心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、俺は自分の意見をぶつける。

「俺は、田島には劇に出てほしいと思っている……けど、降板した方がいいっていう大槻と増倉の意見も分かる。手を抜くぐらいなら出ない方がいいのかもしれない。だけど、俺は田島には――」

 そう言いながら、さっきの田島との演技を思い出す。
 あの時、彼女は心の底から楽しそうだった。どこまでも自由だった。
 あれがあるべき姿だと、俺は感じた。
 気づくと、俺は言葉が止まっていた。

「杉野?」

 誰かが心配そうに俺の名前を呼ぶ。
 そんな遠くのことは気にしない。
 心の内から何かが訴えてくる。
 ――ああ、違うだろ俺。そんな周りに合わせるような言葉じゃないだろ。
 響いたのはそんな言葉だった。
 そうだ。その通りだ。

「……さっきの演技、あれが本番で出来たら最高だと思わないか?」

 そんなことを、俺は言っていた。
 みんなはその言葉を、静かに飲み込んだ。
 いい。それでいい。
 轟先輩が言ったように、今の俺に必要なのは、自分の意志を押し通す力だ。
 なら――。

「なら、あれを使わない手はないだろ」

 全ての引力が俺に向いているように、みんなが俺に注視する。
 押し通せ、俺。

「降板させるかどうか? 違うだろ。俺たちは演劇部だ。なら、議題はこうだ。最高の劇が出来るかどうか、だ」

「……でも、田島が本気を出さなかったらどうするの?」

 増倉が聞いてくる。不安をぶつけるように、震えた声で。
 俺は背筋に痺れを感じながら、笑顔で答える。

「俺が責任もって、本番で本気を出させる」

 言い切った。根拠もどうやってかも言わずに断言する。
 そんな俺の様子に、みんな驚く。
 増倉は俺の答えを認めないのか、不満げに言い返してきた。

「答えになってない」

「じゃあ、増倉はどう思うんだよ。あれを本番で見たくないのか?」

「それは……」

 言葉に詰まる増倉。
 彼女も演劇部だ。最高の劇をしたいという欲は持っている。それ故、易々(やすやす)と否定できない。

「俺は、杉野がそういうならそっちに賛成かな」

「ちょっと大槻!」

「だって杉野には田島に本気を出させた実績あるじゃん」

「それは、そうだけど……」

 どうやら、大槻は俺の意見に同意してくれたようだ。
 だが増倉はまだ納得していない様子だった。
 どうする。何を言えばいい? 俺は必死に言葉を考える。

「栞。信じることも協調性」

「佐恵……」

 意外なことに、夏村が静かに助け舟を出してくれた。
 そして、俺は増倉が迷い揺らいでいるのを見逃さなかった。

「増倉頼む……お前だって部活始まる前、作戦が上手くいくこと願ってくれたじゃないか。本当はみんなで一緒に劇をしたいんだろ? だから、ここは俺に賭けてくれないか」

「…………分かった」

 増倉は数秒の沈黙を経て、小さくそう呟いた。
 俺はその声をしっかりと聞いた。

「ただし! 言ったことは守ってよ!」

「! 必ず田島には――」

「じゃなくて……最高の劇を創るんでしょ?」

「ああ。約束だ!」

 こうして、俺たち二年生の方向性が決まったのだった。



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 静まり返った教室で、けん制し合うかのようにお互いの出方をうかがう。
 始めに動いたのは、椎名だった。
「私から、いいかしら」
「構わない頼む」
 樫田から許可を取ると、椎名はゆっくりと口を開いた。
「私にとって譲れないのは、それが田島にとって良い経験になるかどうかよ。先輩として仲間として……私は劇に出ることが全てとも思っていないわ。出れないこともまた一つの経験だもの。だからもし降板することが彼女にとって必要な経験だというなら、私は降板させてもいいと思うわ」
 動揺が空気を揺らしたと思ったほど、みんな驚いていた。
 もちろん俺もだ。
 まさか、あの椎名が自分の意見に折り合いをつけるなんて、想像だにしていなかった。
 てっきり降板しない方向で話が進むと思っていた。
「……香奈。どういうつもり?」
「別に。私なりに譲れないものと、そうでないものを分けただけよ」
「……」
 増倉が訝しげに椎名を睨む。対して平然としている椎名。
 ただ、言っていること自体に変なところはなかった。
降板されるだけの正しい理由があれば納得する。そういうことだろう。
「次に案のある奴はいるか?」
「なら、私いい?」
「ああ、構わないぞ増倉」
 まるで椎名に対抗するかのように、樫田の質問に名乗り出た。
 敵対心むき出しで椎名を見ながら、増倉は口を開いた。
「私は、やっぱり降板すべきだと思う。そこは譲れない。さっきも言ったけど真剣さを感じないから。実力のあるなしとか舐められているからとかじゃなくて、演劇部っていう集団に居ながら田島は自分個人の意見を優先した。今までずっと真剣じゃなかった人と一緒に劇をするのは集団において悪影響でしかない」
 それは、決して間違ってはいなかった。俺たちはもう田島が手を抜いていたことを知っている。その上で一緒に劇をするのは、気持ちや気分を下げる要因でしかない。
 だが――。
「じゃあ、田島がこれから真剣になったら栞は板にのることを認めるのかしら?」
「それはありえない」
「なぜ言い切れる? そうとは限らないでしょ」
「それは!」
「二人ともストップだ。まだ掘り下げる時じゃない。それは後でやるから」
 一触即発な二人を、樫田が止めにかかった。
 椎名と増倉はそれぞれ、目をそらし黙った。
 それを確認した樫田は、話を戻した。
「他に案のあるやつはいるか?」
 他のみんなは迷っているのか、沈黙を貫いた。
 俺は拳を握りながら覚悟を決める。
「俺、いいか」
「ああ頼む杉野」
 樫田の言葉に、みんなの視線が俺に集まる。
 それは疑念やら期待やら、色んな感情だった。
 心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、俺は自分の意見をぶつける。
「俺は、田島には劇に出てほしいと思っている……けど、降板した方がいいっていう大槻と増倉の意見も分かる。手を抜くぐらいなら出ない方がいいのかもしれない。だけど、俺は田島には――」
 そう言いながら、さっきの田島との演技を思い出す。
 あの時、彼女は心の底から楽しそうだった。どこまでも自由だった。
 あれがあるべき姿だと、俺は感じた。
 気づくと、俺は言葉が止まっていた。
「杉野?」
 誰かが心配そうに俺の名前を呼ぶ。
 そんな遠くのことは気にしない。
 心の内から何かが訴えてくる。
 ――ああ、違うだろ俺。そんな周りに合わせるような言葉じゃないだろ。
 響いたのはそんな言葉だった。
 そうだ。その通りだ。
「……さっきの演技、あれが本番で出来たら最高だと思わないか?」
 そんなことを、俺は言っていた。
 みんなはその言葉を、静かに飲み込んだ。
 いい。それでいい。
 轟先輩が言ったように、今の俺に必要なのは、自分の意志を押し通す力だ。
 なら――。
「なら、あれを使わない手はないだろ」
 全ての引力が俺に向いているように、みんなが俺に注視する。
 押し通せ、俺。
「降板させるかどうか? 違うだろ。俺たちは演劇部だ。なら、議題はこうだ。最高の劇が出来るかどうか、だ」
「……でも、田島が本気を出さなかったらどうするの?」
 増倉が聞いてくる。不安をぶつけるように、震えた声で。
 俺は背筋に痺れを感じながら、笑顔で答える。
「俺が責任もって、本番で本気を出させる」
 言い切った。根拠もどうやってかも言わずに断言する。
 そんな俺の様子に、みんな驚く。
 増倉は俺の答えを認めないのか、不満げに言い返してきた。
「答えになってない」
「じゃあ、増倉はどう思うんだよ。あれを本番で見たくないのか?」
「それは……」
 言葉に詰まる増倉。
 彼女も演劇部だ。最高の劇をしたいという欲は持っている。それ故、易々《やすやす》と否定できない。
「俺は、杉野がそういうならそっちに賛成かな」
「ちょっと大槻!」
「だって杉野には田島に本気を出させた実績あるじゃん」
「それは、そうだけど……」
 どうやら、大槻は俺の意見に同意してくれたようだ。
 だが増倉はまだ納得していない様子だった。
 どうする。何を言えばいい? 俺は必死に言葉を考える。
「栞。信じることも協調性」
「佐恵……」
 意外なことに、夏村が静かに助け舟を出してくれた。
 そして、俺は増倉が迷い揺らいでいるのを見逃さなかった。
「増倉頼む……お前だって部活始まる前、作戦が上手くいくこと願ってくれたじゃないか。本当はみんなで一緒に劇をしたいんだろ? だから、ここは俺に賭けてくれないか」
「…………分かった」
 増倉は数秒の沈黙を経て、小さくそう呟いた。
 俺はその声をしっかりと聞いた。
「ただし! 言ったことは守ってよ!」
「! 必ず田島には――」
「じゃなくて……最高の劇を創るんでしょ?」
「ああ。約束だ!」
 こうして、俺たち二年生の方向性が決まったのだった。