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第175話 先輩からの発破

ー/ー



 突然、教室中に響き渡ったのはよく通る快活な声だった。
 声の主はもちろん、轟先輩だった。
 何事かとみんなが轟先輩の方を向く。腕を組んで胸を張る彼女の両サイドで、木崎先輩と津田先輩が「あー」と頭を抱えていた。

「うん。黙っていようかと思ったけど、我慢できなくなったから言います!」

 俺たちが状況を飲み込めないまま、轟先輩は話し始めた。

「皆さんが二年生として、先輩として後輩の問題を話し合うことは大変すばらしいと思います! でも! みんな話し合いが下手すぎです! 樫田んはみんなを試し過ぎ! 演出家なら信じることも覚えなさい! 大槻んと山路んも意見があるならはっきりと言いなさい! あなた達だって立派な先輩なのですから! 女子三人! 自分の言いたいことを言うのは結構! でも折り合い付けることや最終的にどうしたいか明確に言いなさい! そして杉野ん! 君は自分の意見を押し通すだけの力を持ちなさい! 周りが必ずフォローするとは限りません! そしてみんな! 例え主義主張が違くても同じ演劇部の仲間であることは常に心に置いとくこと!」

 どんと構えた轟先輩からの叱咤激励(しったげきれい)だった。
 その言葉に驚きながらも俺たちはそれぞれ、その意味を噛み締める。
 轟先輩は俺たち全員を見渡した後、何事もなかったかのように元の位置に戻った。
 ほんの一瞬の、嵐のような出来事だった。

 ただ、なんだか気合が入った様に、体中から熱が沸いた。
 それは俺だけじゃないみたいで、みんな真剣な表情になった。

「話を戻そうか。田島について降板すべきかどうか」

「とはいえ、意見は出揃ったじゃない」

 樫田の言葉に椎名がこれ以上何を話すのかと、暗に聞いた。
 みんなの視線が樫田に集まる。

「そうだな…………轟先輩に激励を貰ったことだし、お前らを信じて一つ、俺の意見を述べよう。田島について、例え手を抜いていても舞台に立ってもいいと俺自身は思っている」

 その発言に、静かに空気が張り詰めた。
 それでも樫田は動じることなく、続ける。

「なぜなら、最低限は出来ていること、それと……田島が演劇部のことを好きだと言っていたからだ。ただ、他の役者に悪影響を及ぼすならそれは考慮しないといけないと思い、みんなに相談した。それにあの雰囲気のままで終わったら、田島へのヘイトが溜まりそうだったからな」

 つまり、樫田なりのケアでもあったわけか。
 俺がこの話し合いの意図を理解していると、夏村が質問を投げ出す。

「もし、反対者が一人でもいるなら降板させる?」

「どうだろうな。そこは役者次第だ……さて、一度それぞれの立ち位置をハッキリさせよう。降板に賛成か反対か、どっちかに分かれてもらう」

 全体を見渡しながら、樫田はそう提案した。
 みんなすでに、決まっているのだろう。考える時間もなく樫田が聞く。

「降板させた方がいいと思う人は手を挙げてくれ」

 当然のごとく手を挙げる増倉。
 そして、意外なことに大槻も手を挙げた。

「あー、悪いんだが、やっぱり俺はこっち側だわ」

 みんなが意外そうにしていると、大槻が気まずそうに呟く。
 それを樫田が表情を変えずに答える。

「意見はそれぞれだからな。他のやつは反対でいいな?」

 椎名と夏村、山路そして俺が頷く。
 確認を取ると、樫田は大槻の方を向く。

「増倉の理由はさっき聞いたから、大槻。理由があれば話してくれないか?」

「……なんつーかさ。舐められているとか先輩としてどうのとか、色んな考えがあるのは分かるんだ。その上で俺は単純に手を抜くぐらいなら出なくていいよって、そう思ったんだ…………(わり)ぃ」

 最後に大槻は気まずくなったのか、小さく謝った。
 そして轟先輩が発破をかけたことによって引き出されたその言葉は、シンプルで誰もが共感できることだった。
 きっとそれは本心なのだろう。

「謝ることはない。立派な意見だ……あと明確に自分の意見を言っていないのは」

「僕だけだねー」

 みんなが山路の方を向いた。
 大槻も意外だったが、さっきの言いぶりからして山路も降板に賛成でもおかしくなかった。

「……本当のこと言うとさ。僕的には田島個人のことより演劇部の全体のことの方が大切なんだ。だから降板して他の人に負担が増えたり劇のバランスが崩れたりするなら、このまま板にのるのもありかなって」

 それもまた一つの意見だった。
 全体と考えた時に、山路の言葉は至極当然のこと。そして田島一人のためにそこまでの労力を消費すべきかという問題の提起でもあった。

「確かにな。真っ当な問題ではあるな」

 代表するように樫田が同意した。
 ようやく、みんなの意見が出揃った。
 それぞれが何かを考えて黙る中、進行役の樫田が話を進める。

「俺たちに多数決はない。だが、かといって時間もない。だからこうしよう。轟先輩が言っていたように折り合いをつけてもらう。それぞれ自分の中で譲れないものを決めて折衷案を出してくれ」

「それは全員が意見を出す?」

「いや、折衷案があるやつだけでいい。要は全員を納得させた者の案を採用するってことだ。だから他人の案に乗っかってもいい」

 樫田が即答すると、質問した夏村は「分かった」と頷く。
 他のみんなからも反論はなく、その方向で話が決まる。

「少し時間を貰えないかしら」

「そうだな……五分だけ、考える時間を取ろう。それでどうだ?」

「ええ、ありがとう」

 椎名の提案で、考える時間が与えられた。
 俺は必死に頭を回転させる。

 まず、俺としては田島にはこのまま劇に出てほしいと思っている。これが譲れない部分だ。
 反対するのは大槻と増倉。
 大槻は手を抜くぐらいなら降板でいいという考え。なら本気を出させればそれは解決する。だが、どうやって? そしてどうそれを証明する?
 増倉は田島から真剣さを感じないと言っていた。けど俺は知っている。さっきの演技で田島から感じた演劇に対する想いを。それをどう言葉にしたものだろうか。
 ……………………。

「そこまで。五分経った」



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次のエピソードへ進む 第176話 俺たちの方向性


みんなのリアクション



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 突然、教室中に響き渡ったのはよく通る快活な声だった。
 声の主はもちろん、轟先輩だった。
 何事かとみんなが轟先輩の方を向く。腕を組んで胸を張る彼女の両サイドで、木崎先輩と津田先輩が「あー」と頭を抱えていた。
「うん。黙っていようかと思ったけど、我慢できなくなったから言います!」
 俺たちが状況を飲み込めないまま、轟先輩は話し始めた。
「皆さんが二年生として、先輩として後輩の問題を話し合うことは大変すばらしいと思います! でも! みんな話し合いが下手すぎです! 樫田んはみんなを試し過ぎ! 演出家なら信じることも覚えなさい! 大槻んと山路んも意見があるならはっきりと言いなさい! あなた達だって立派な先輩なのですから! 女子三人! 自分の言いたいことを言うのは結構! でも折り合い付けることや最終的にどうしたいか明確に言いなさい! そして杉野ん! 君は自分の意見を押し通すだけの力を持ちなさい! 周りが必ずフォローするとは限りません! そしてみんな! 例え主義主張が違くても同じ演劇部の仲間であることは常に心に置いとくこと!」
 どんと構えた轟先輩からの叱咤激励《しったげきれい》だった。
 その言葉に驚きながらも俺たちはそれぞれ、その意味を噛み締める。
 轟先輩は俺たち全員を見渡した後、何事もなかったかのように元の位置に戻った。
 ほんの一瞬の、嵐のような出来事だった。
 ただ、なんだか気合が入った様に、体中から熱が沸いた。
 それは俺だけじゃないみたいで、みんな真剣な表情になった。
「話を戻そうか。田島について降板すべきかどうか」
「とはいえ、意見は出揃ったじゃない」
 樫田の言葉に椎名がこれ以上何を話すのかと、暗に聞いた。
 みんなの視線が樫田に集まる。
「そうだな…………轟先輩に激励を貰ったことだし、お前らを信じて一つ、俺の意見を述べよう。田島について、例え手を抜いていても舞台に立ってもいいと俺自身は思っている」
 その発言に、静かに空気が張り詰めた。
 それでも樫田は動じることなく、続ける。
「なぜなら、最低限は出来ていること、それと……田島が演劇部のことを好きだと言っていたからだ。ただ、他の役者に悪影響を及ぼすならそれは考慮しないといけないと思い、みんなに相談した。それにあの雰囲気のままで終わったら、田島へのヘイトが溜まりそうだったからな」
 つまり、樫田なりのケアでもあったわけか。
 俺がこの話し合いの意図を理解していると、夏村が質問を投げ出す。
「もし、反対者が一人でもいるなら降板させる?」
「どうだろうな。そこは役者次第だ……さて、一度それぞれの立ち位置をハッキリさせよう。降板に賛成か反対か、どっちかに分かれてもらう」
 全体を見渡しながら、樫田はそう提案した。
 みんなすでに、決まっているのだろう。考える時間もなく樫田が聞く。
「降板させた方がいいと思う人は手を挙げてくれ」
 当然のごとく手を挙げる増倉。
 そして、意外なことに大槻も手を挙げた。
「あー、悪いんだが、やっぱり俺はこっち側だわ」
 みんなが意外そうにしていると、大槻が気まずそうに呟く。
 それを樫田が表情を変えずに答える。
「意見はそれぞれだからな。他のやつは反対でいいな?」
 椎名と夏村、山路そして俺が頷く。
 確認を取ると、樫田は大槻の方を向く。
「増倉の理由はさっき聞いたから、大槻。理由があれば話してくれないか?」
「……なんつーかさ。舐められているとか先輩としてどうのとか、色んな考えがあるのは分かるんだ。その上で俺は単純に手を抜くぐらいなら出なくていいよって、そう思ったんだ…………悪《わり》ぃ」
 最後に大槻は気まずくなったのか、小さく謝った。
 そして轟先輩が発破をかけたことによって引き出されたその言葉は、シンプルで誰もが共感できることだった。
 きっとそれは本心なのだろう。
「謝ることはない。立派な意見だ……あと明確に自分の意見を言っていないのは」
「僕だけだねー」
 みんなが山路の方を向いた。
 大槻も意外だったが、さっきの言いぶりからして山路も降板に賛成でもおかしくなかった。
「……本当のこと言うとさ。僕的には田島個人のことより演劇部の全体のことの方が大切なんだ。だから降板して他の人に負担が増えたり劇のバランスが崩れたりするなら、このまま板にのるのもありかなって」
 それもまた一つの意見だった。
 全体と考えた時に、山路の言葉は至極当然のこと。そして田島一人のためにそこまでの労力を消費すべきかという問題の提起でもあった。
「確かにな。真っ当な問題ではあるな」
 代表するように樫田が同意した。
 ようやく、みんなの意見が出揃った。
 それぞれが何かを考えて黙る中、進行役の樫田が話を進める。
「俺たちに多数決はない。だが、かといって時間もない。だからこうしよう。轟先輩が言っていたように折り合いをつけてもらう。それぞれ自分の中で譲れないものを決めて折衷案を出してくれ」
「それは全員が意見を出す?」
「いや、折衷案があるやつだけでいい。要は全員を納得させた者の案を採用するってことだ。だから他人の案に乗っかってもいい」
 樫田が即答すると、質問した夏村は「分かった」と頷く。
 他のみんなからも反論はなく、その方向で話が決まる。
「少し時間を貰えないかしら」
「そうだな……五分だけ、考える時間を取ろう。それでどうだ?」
「ええ、ありがとう」
 椎名の提案で、考える時間が与えられた。
 俺は必死に頭を回転させる。
 まず、俺としては田島にはこのまま劇に出てほしいと思っている。これが譲れない部分だ。
 反対するのは大槻と増倉。
 大槻は手を抜くぐらいなら降板でいいという考え。なら本気を出させればそれは解決する。だが、どうやって? そしてどうそれを証明する?
 増倉は田島から真剣さを感じないと言っていた。けど俺は知っている。さっきの演技で田島から感じた演劇に対する想いを。それをどう言葉にしたものだろうか。
 ……………………。
「そこまで。五分経った」