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第174話 降板という選択肢

ー/ー



 静かに、されど強烈な動揺が教室中を支配した。
 それほどに樫田の言ったことは衝撃的だった。
 そんな中で始めに、動いたのは椎名だった。

「つまり、降板させたいってことかしら?」

「誰も好き好んでそうしたいわけじゃない。だが、もうお前らは田島の実力の一端を観てしまった。これ以上、手を抜いて演技することを許せるのか?」

 椎名の質問に、樫田は全体に投げかけて返した。
 俺は樫田の問いに答えられなかった。
 今さっきの出来事に、感情の整理がまだできていなかった。

「言いたいことは分かるけどさ樫田。代役はどうするんだよ?」

 大槻が現実的な問題を提示した。
 確かに田島を降板したら、空席が出来てしまう。それを誰が補うのだろうか。
 その疑問を予測していたかのように、樫田は即答する。

「役どころ的に可能な夏村か増倉が代役だな。実質的な一人二役、ダブルロールってやつだ」

「本気?」

「本気だ。といってもこれは相談だ。決定事項ではない」

 夏村が不安そうに確認するが、樫田はすでに覚悟を持っているのだろう。真剣な表情で頷いた。
 ただ樫田以外は誰一人として覚悟なんて持ってなく、みんな悩む。
 難しい話だ。今回は田島の実力を引き出せたが、明日以降また手を抜くかもしれない。実力を知った俺たちはそれを許せるだろうか。そして、その状態で稽古が出来るだろうか。
 それで雰囲気が悪くなるなら、いっそ降板させるのも一つの手ではないだろうか。
 頭の中で、そんな考えが浮かぶ。

「相談って言うけどさー。樫田的には降板した方が良いと思っているー?」

「それはお前ら次第だ。みんなが田島と変わらず稽古できるというなら、俺は何も言わない」

「なるほどねー」

 山路は樫田の言葉を聞いて、口に手を当て考え出す。
 つまり、あくまでも樫田的には提案しただけということか。
 いや提案をしたということは、それほど今の俺たちの空気が悪いということだ。
 このままじゃ稽古にならないほど。

「…………私は、田島を降板させてもいいと思う」

 増倉が呟くように言ったその言葉は、やけに耳に響いた。
 みんなが注目すると、増倉は深刻な顔つきで話す。

「私は許せそうにない。あんな実力を持っていたのに、それなのに手を抜いていたなんて。舐めていたこともそうだし、何より、田島からは演劇に対する真剣さを感じない」

 はっきりと怒気の宿った声だった。
 増倉の言うことも分からなくはなかった。あれだけの実力を持っていて、それを隠されていた事の怒りは俺の心にもあった。
 だが、それでも――。

「私は反対だわ」

 真正面から椎名が増倉の意見を否定した。
 鋭く睨む増倉に対して、椎名は落ち着いた様子だった。

「私は、田島は田島なりに演劇と向き合っていると思うわ……手を抜くことを肯定するわけじゃないけど、だからといってそんな理由で降板させるのも違うと思うわ」

「なにそれ。じゃあ他にいい案でもあるわけ?」

「変わらず、過ごせばいいじゃない」

 さらっと椎名は言った。
 俺たちは驚き、増倉は怒り狂う。

「簡単に言わないでよ! それが出来る雰囲気じゃないから樫田が提案したんでしょ!」

「そうね。簡単ではないわ……けど、先輩としてしないといけないんじゃないかしら」

 真っ向から睨み合う二人。
 俺には、どちらの言い分も間違っていないように感じた。
 結局のところ俺たちの在り方の問題なのだろう。

「椎名と増倉の意見は分かった。他のみんなはどうだ?」

 樫田が二人をよそに、他へと話を振る。

「まぁ、思うところがないわけじゃないけど、俺は降板までしなくていいかな。春大会まで時間ないし、なんかそれって最終手段って気がするし」

「僕は降板してもいいと思うけどー。でも夏村か増倉に負担がかかったり劇に影響が出たりするのはどうかなって思うー」

 大槻と山路は、それぞれ意見を述べる。
 どっちも田島だけでなく、劇のこと、演劇部のことを考えてのことだった。
 次に、夏村が真摯に語る。

「私は降板させたくない……先輩として、仲間として、田島が演劇部のこと好きだと信じているから」

 それはおそらく私情であったが、それと同時に何よりも先輩らしい言葉だった。
 誰もが、その言葉に惹かれるように静かになった。
 静寂の中、樫田が俺に聞く。

「杉野は、どうだ?」

「俺は――」

 言いながら、考えはまとまっていなかった。
 けど、田島との演技が感じた熱が、まるで血流のように体中を巡っていた。
 その焼かれるような熱が、俺の答えなのだろう。

「正直、今も悩んでいる……ていうのも、たぶん田島は、降板しろというなら受け入れると思うから」

 きっと、彼女にとって春大会は自分のためではなく池本と金子のための行事になのだろう。
 だから劇に自分で出る出ないは二の次のはずだ。

「……けど、さっきの稽古で確信した。本当の田島は心の底から演劇を楽しめるやつだ。自分の自由を示したい表現者だ。だから俺は、田島は劇に出るべきだと思う。それが田島のためになるだろうから」

「田島のためって……杉野は今の状況分かってるの?」

 俺の意見に増倉が敵意むき出しに聞いてきた。
 そうだな。手を抜かれて、そんでふたを開ければ驚くほどの実力で、複雑な気分だよな。
 心の中で増倉の疑問に理解を示しながらも、俺は答える。

「確かに部活のことを考えたら、手を抜いているやつなんて悪影響しかないだろうな」

「なら!」

「けどさ増倉。俺たちは先輩なんだ。そして田島は後輩だ」

「だから何? 後輩なら尚更甘やかしちゃダメでしょ」

 言葉が上手く伝わっていないのだろう。増倉は厳しいことを言う。
 違う、そうじゃない。俺が伝えたいのは。

「栞。杉野が言いたいこと、本当は分かっているでしょ」

 椎名が(いさ)めるように落ち着いて、増倉の名前を呼んだ。
 その一言に増倉は何とも言えない顔になって止まった。

 場が再び静寂に包まれる。

 俺はそんな彼女の表情を見て、ようやく理解する。
 ああ、そりゃそうだ。増倉だって先輩だ。言葉にしなくても感覚で分かるか。
 そう思うのと同時に俺も増倉の心中を察した。
 みんなで楽しむこと、集団の協調性を重んじるからこそ、手を抜かれたことが許せないのだろう。
 お互いを知るからこそ、俺たちは言葉を掛け合えなくなっていた。
 そして、いたずらに時間が過ぎようとしたときだった。

「物申す!」



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 静かに、されど強烈な動揺が教室中を支配した。
 それほどに樫田の言ったことは衝撃的だった。
 そんな中で始めに、動いたのは椎名だった。
「つまり、降板させたいってことかしら?」
「誰も好き好んでそうしたいわけじゃない。だが、もうお前らは田島の実力の一端を観てしまった。これ以上、手を抜いて演技することを許せるのか?」
 椎名の質問に、樫田は全体に投げかけて返した。
 俺は樫田の問いに答えられなかった。
 今さっきの出来事に、感情の整理がまだできていなかった。
「言いたいことは分かるけどさ樫田。代役はどうするんだよ?」
 大槻が現実的な問題を提示した。
 確かに田島を降板したら、空席が出来てしまう。それを誰が補うのだろうか。
 その疑問を予測していたかのように、樫田は即答する。
「役どころ的に可能な夏村か増倉が代役だな。実質的な一人二役、ダブルロールってやつだ」
「本気?」
「本気だ。といってもこれは相談だ。決定事項ではない」
 夏村が不安そうに確認するが、樫田はすでに覚悟を持っているのだろう。真剣な表情で頷いた。
 ただ樫田以外は誰一人として覚悟なんて持ってなく、みんな悩む。
 難しい話だ。今回は田島の実力を引き出せたが、明日以降また手を抜くかもしれない。実力を知った俺たちはそれを許せるだろうか。そして、その状態で稽古が出来るだろうか。
 それで雰囲気が悪くなるなら、いっそ降板させるのも一つの手ではないだろうか。
 頭の中で、そんな考えが浮かぶ。
「相談って言うけどさー。樫田的には降板した方が良いと思っているー?」
「それはお前ら次第だ。みんなが田島と変わらず稽古できるというなら、俺は何も言わない」
「なるほどねー」
 山路は樫田の言葉を聞いて、口に手を当て考え出す。
 つまり、あくまでも樫田的には提案しただけということか。
 いや提案をしたということは、それほど今の俺たちの空気が悪いということだ。
 このままじゃ稽古にならないほど。
「…………私は、田島を降板させてもいいと思う」
 増倉が呟くように言ったその言葉は、やけに耳に響いた。
 みんなが注目すると、増倉は深刻な顔つきで話す。
「私は許せそうにない。あんな実力を持っていたのに、それなのに手を抜いていたなんて。舐めていたこともそうだし、何より、田島からは演劇に対する真剣さを感じない」
 はっきりと怒気の宿った声だった。
 増倉の言うことも分からなくはなかった。あれだけの実力を持っていて、それを隠されていた事の怒りは俺の心にもあった。
 だが、それでも――。
「私は反対だわ」
 真正面から椎名が増倉の意見を否定した。
 鋭く睨む増倉に対して、椎名は落ち着いた様子だった。
「私は、田島は田島なりに演劇と向き合っていると思うわ……手を抜くことを肯定するわけじゃないけど、だからといってそんな理由で降板させるのも違うと思うわ」
「なにそれ。じゃあ他にいい案でもあるわけ?」
「変わらず、過ごせばいいじゃない」
 さらっと椎名は言った。
 俺たちは驚き、増倉は怒り狂う。
「簡単に言わないでよ! それが出来る雰囲気じゃないから樫田が提案したんでしょ!」
「そうね。簡単ではないわ……けど、先輩としてしないといけないんじゃないかしら」
 真っ向から睨み合う二人。
 俺には、どちらの言い分も間違っていないように感じた。
 結局のところ俺たちの在り方の問題なのだろう。
「椎名と増倉の意見は分かった。他のみんなはどうだ?」
 樫田が二人をよそに、他へと話を振る。
「まぁ、思うところがないわけじゃないけど、俺は降板までしなくていいかな。春大会まで時間ないし、なんかそれって最終手段って気がするし」
「僕は降板してもいいと思うけどー。でも夏村か増倉に負担がかかったり劇に影響が出たりするのはどうかなって思うー」
 大槻と山路は、それぞれ意見を述べる。
 どっちも田島だけでなく、劇のこと、演劇部のことを考えてのことだった。
 次に、夏村が真摯に語る。
「私は降板させたくない……先輩として、仲間として、田島が演劇部のこと好きだと信じているから」
 それはおそらく私情であったが、それと同時に何よりも先輩らしい言葉だった。
 誰もが、その言葉に惹かれるように静かになった。
 静寂の中、樫田が俺に聞く。
「杉野は、どうだ?」
「俺は――」
 言いながら、考えはまとまっていなかった。
 けど、田島との演技が感じた熱が、まるで血流のように体中を巡っていた。
 その焼かれるような熱が、俺の答えなのだろう。
「正直、今も悩んでいる……ていうのも、たぶん田島は、降板しろというなら受け入れると思うから」
 きっと、彼女にとって春大会は自分のためではなく池本と金子のための行事になのだろう。
 だから劇に自分で出る出ないは二の次のはずだ。
「……けど、さっきの稽古で確信した。本当の田島は心の底から演劇を楽しめるやつだ。自分の自由を示したい表現者だ。だから俺は、田島は劇に出るべきだと思う。それが田島のためになるだろうから」
「田島のためって……杉野は今の状況分かってるの?」
 俺の意見に増倉が敵意むき出しに聞いてきた。
 そうだな。手を抜かれて、そんでふたを開ければ驚くほどの実力で、複雑な気分だよな。
 心の中で増倉の疑問に理解を示しながらも、俺は答える。
「確かに部活のことを考えたら、手を抜いているやつなんて悪影響しかないだろうな」
「なら!」
「けどさ増倉。俺たちは先輩なんだ。そして田島は後輩だ」
「だから何? 後輩なら尚更甘やかしちゃダメでしょ」
 言葉が上手く伝わっていないのだろう。増倉は厳しいことを言う。
 違う、そうじゃない。俺が伝えたいのは。
「栞。杉野が言いたいこと、本当は分かっているでしょ」
 椎名が|諫《いさ》めるように落ち着いて、増倉の名前を呼んだ。
 その一言に増倉は何とも言えない顔になって止まった。
 場が再び静寂に包まれる。
 俺はそんな彼女の表情を見て、ようやく理解する。
 ああ、そりゃそうだ。増倉だって先輩だ。言葉にしなくても感覚で分かるか。
 そう思うのと同時に俺も増倉の心中を察した。
 みんなで楽しむこと、集団の協調性を重んじるからこそ、手を抜かれたことが許せないのだろう。
 お互いを知るからこそ、俺たちは言葉を掛け合えなくなっていた。
 そして、いたずらに時間が過ぎようとしたときだった。
「物申す!」