雨ざらしになった約束

ー/ー



 ファーグリンの街の門をくぐったら、にぎやかな広場が目にひろがった。
お日さまがのぼったばかりの青空には、たくさんの大人たちのはやし声がこだましている。

「ノウリメンの村で獲れた新鮮なトマトだよー! 今日の朝食はトマトスープで温かくなろう!」
「冬の季節にぴったりな毛皮の靴があるよー! これを履けばどんな長旅もへっちゃらさぁ!」
「さぁさぁそこのご婦人、きれいなルビーの宝石はいかがですか? あなたの美しいお顔立ちなら、きっとこの首飾りもお似合いですよ!」

 りっぱな服をきこなした人たちが、都会の街をあるいて買いものを楽しんでいる。こんな絵本みたいな景色、私の村では見たことがない。
お祭りみたいにさわぐ街にあっとうされて、私はおたけびのような声をあげた。

「わーい! 街だー!!」

 石でできた道をふみならし、私は両手をあげて走りだす。
ワンピーススカートを風になびかせ、大人たちのむれにちいさな体をとっしんさせた。ドレスやズボンの林をかきわけると、めずらしい品物がならぶお店がつぎつぎと目にとびこんできた。

「エルザ、危ないからあんまり走り回っちゃだめよ」

 つぎのお店へ走りだそうとすると、うしろから私を注意する声が聞こえた。
――私のお母さんだ。

 私はくるりと後ろにふりむいて、人だかりのなかピタっと足をとめる。
長い黒髪をゆらすお母さんが小走りにやってくると、私の肩をポンとつかまえた。

「もう、エルザは本当にお転婆さんね。あなたが村から出かけるのははじめてだけど、そんなに街が楽しみだったの?」

「うんっ! だって私、ずっとお外の街におでかけしてみたかったもん! ねぇねぇ見て見てお母さん! いろんなものがいっぱい売ってるよ。村じゃ見たことないものばっかり!」

「フフッ、そうねエルザ。でも、あんまりはしゃぎすぎて転ばないようにね」

 お母さんは腰をかがめ、やさしく私に目をあわせる。
私とおそろいの、長い黒髪と紫の瞳がキラキラした、きれいな顔立ち。
そんな村でも自慢のお母さんに、私はニカッとはにかんで自信満々にこたえた。

「もうっ、だいじょうぶだよお母さん! 私そんなにドジじゃないもん!」

「エルザ、そう言ってあなたはこの前もケガしちゃったでしょ? 『ファーグリンの街に着いたらお母さんと手を繋ごうね』って約束したのちゃんと覚えてる?」

「だいじょうぶだいじょうぶ! 私ひとりでも平気だもん!
――あっ、あっちにもお店があるよ!」

 私はお母さんの手をはなれて、またお店のまえまでとっしんする。
ジュージューとぶあついお肉があみの上でやかれており、こうばしいにおいが私の鼻のあなをくすぐった。

「うわぁ~っ、いいにおいがする~! お母さん、これなんのお肉かな?」

「それは羊の肉よ。ウチの村じゃ見かけないけど、西のほうへ行くとたくさん獲れるって聞いたわ。ちょっとクセはあるけど、柔らかくて美味しいわよ」

「へぇ~そっかぁ! 私、ひつじのお肉なんてはじめて見たよ~」

 とたんに、私のお腹がぐぅ~っとなる。
そういえば、昨日の夜馬車にのってからなにも食べてない。

 お肉のちかくには、木の板でつくられた値札がおかれている。
……村で売られているお野菜よりも、とってもたかい。
私はちょっとドキドキしながら、お母さんのほうへふりむいた。

「……ねぇねぇお母さん、これ買ってもいい? あんまりお金使ったら、やっぱりお父さんにもしかられちゃうかな?」

「ううん、いいわよエルザ。だって今日はあなたの誕生日なんだもの。エルザが欲しいもの、何でも買ってあげる」

「えぇっ、ホントに!? やった~!!」

 私はさっそくひつじのくし焼きを2本買ってもらい、お母さんと手をつないで食べ歩く。うん! お肉のしるがジュワッとでて、かみごたえたっぷり!

 こんなにおいしいものが食べられるなんて街ってサイコー!
今日は私が5才になる誕生日、しあわせいっぱいな気分になった!

「ぷは~、食べた食べたぁ! こんなにおいしいもの食べたのうまれてはじめてだよ~。私の村にもひつじがいたらいいのにぃ」

 私はふっくらとしたお腹をなでながら、お肉のカンゲキをお母さんにつたえる。
そんなこうふんする私にお母さんはウンウンとうなずき、しずかに見おろしてほほえんでいた。

「ふふ、そうねエルザ。ウチの村はお野菜ばっかりだものね」

「うん! トマトスープもおいしいけど、やっぱり私、お肉のほうが好きだよ。あ~あ、もし私がここに住んでたら、きっと毎日おいしいお肉が食べられるんだろうなぁ」

 そう言った時だった。お母さんはいきなりピタリと足を止める。
ものすごく急だったので、私はまえのめりになってグイっと体を引っぱりもどされた。キョトンとしてふりかえると、お母さんはどこか遠くを見ており、笑顔がきえていた。

「……ここが、地図に描いてあった場所ね」

 ちいさな声でつぶやくと、お母さんは街のまわりを見わたしはじめる。
まるでどろぼうみたいにコソコソして、手からじっとり汗をかいていた。
そんないきなりようすが変わってしまったお母さんに、私は不思議になって声をかける。

「どうしたのお母さん? なにかさがしもの?」

「…………」

 けれど、お母さんからなにもへんじがない。
ただ遠くのほうにある建物をじっと見つめたまま、うわの空でかたまっている。
そういえばさっきまでずっとにぎやかだったのに、このあたりはあんまり人がとおってない。

「あっ! もしかしてお父さんのお土産かんがえてるの? 今日は買いだしに来たんだもんね! せっかくだから、お父さんにもひつじのお肉買ってあげたら?」

「……エルザ」

 ぼんやりした表情がフッときえて、お母さんはまたやさしい笑みで私と目をあわせる。つながれていた手がほどかれて、お母さんはそっと一歩うしろにさがった。

「今からお母さんね、大事な用事があってちょっと寄らないといけない場所があるの。だから、エルザはそこのベンチで待っててくれる?」

 お母さんが目をむけたのは、ポツンと街のすみに置かれたベンチだった。
そのベンチには木のかげがチラチラとおちていて、だれも使っているようすがなかった。

「えっ? だったら私もいっしょに行く!」

「ダメ。そこは大人の人しか入っちゃいけない場所だから。エルザとは一緒に行けないの。すぐに戻ってくるから、いい子にして待っててくれる?」

 そう言ってお母さんは、私の頭のうえにポンと手のひらをおいた。
真剣なまなざしで私を見つめて、ただじっと私がへんじするのを待っている。

「うんわかった! 早く帰ってきてねお母さん!」

 私は元気いっぱいに手をふってお母さんをおくりだす。
それを見とどけるとお母さんはニコリと笑い、そのまま街のおくへと遠ざかっていった。



 それからお昼になり、お日さまの日ざしがつよくなった。
冬のさむさが少しやわらぎ、私はベンチにすわってお母さんの帰りを待ちつづけた。

(お母さんおそいなぁ。大事な用事ってなんだろう?
……あっ! もしかして私のプレゼントかな? 今日は私の誕生日だもんね!)

 私はひらめき、ウキウキしながらお母さんがなにを買ってくるのかかんがえる。
ヒントをさがしてみようとあたりを見わたすと、お店はなくて人がすむ家ばっかりだ。あいかわらずこの道は人どおりが全然なくて、まわりの景色はひっそりとしていた。


 それからお日さまがしずみ、夕方になった。
まわりの景色はすっかりうす暗い赤色にかわり、さびしさを感じるほどしずかになった。

(お母さんぜんぜん戻ってこないなぁ……。もしかして迷子になってる? むかえに行ったほうがいい?

 ……ううんダメダメ! 『いい子にして待ってて』って言われたんだもの! ちゃんとお母さんのこと待たなきゃ!)

 私は立ちあがりたい気もちをぐっとこらえて、お母さんの帰りを待ちつづける。
やがて赤い景色はどんどん黒くなっていき、まわりの家の窓からはポツポツと明かりがともりだした。


 それからお日さまがいなくなり、夜になった。
冬のさむさが一気にまし、手がカサカサになるほどつめたくなった。

「…………おかあ、さん」

 白い吐息といっしょに、かぼそい声がもれる。
私のまわりにはだれもおらず、私の声はだれにもとどいていない。
あたりはシンと音のないセカイになって、星空すら見えなくなっていた。


 それから、朝をむかえた。
灰色にくぐもった空から、どしゃぶりの雨がザァーザァーとふりだす。
冬の雨は突きさすようにいたくて、靴の中まで雨つぶがいっぱいになった。

 それでも私は、ただひたすらお母さんのことを待ちつづける。
ふるえが止まらなくなった体をぎゅっとだき、お母さんがむかえにきてくれる帰りのときを待ちつづける。

 でも、雨はずっとやまない。



 ――それからいくら待っても、お母さんは戻ってこなかった――



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 ファーグリンの街の門をくぐったら、にぎやかな広場が目にひろがった。
お日さまがのぼったばかりの青空には、たくさんの大人たちのはやし声がこだましている。
「ノウリメンの村で獲れた新鮮なトマトだよー! 今日の朝食はトマトスープで温かくなろう!」
「冬の季節にぴったりな毛皮の靴があるよー! これを履けばどんな長旅もへっちゃらさぁ!」
「さぁさぁそこのご婦人、きれいなルビーの宝石はいかがですか? あなたの美しいお顔立ちなら、きっとこの首飾りもお似合いですよ!」
 りっぱな服をきこなした人たちが、都会の街をあるいて買いものを楽しんでいる。こんな絵本みたいな景色、私の村では見たことがない。
お祭りみたいにさわぐ街にあっとうされて、私はおたけびのような声をあげた。
「わーい! 街だー!!」
 石でできた道をふみならし、私は両手をあげて走りだす。
ワンピーススカートを風になびかせ、大人たちのむれにちいさな体をとっしんさせた。ドレスやズボンの林をかきわけると、めずらしい品物がならぶお店がつぎつぎと目にとびこんできた。
「エルザ、危ないからあんまり走り回っちゃだめよ」
 つぎのお店へ走りだそうとすると、うしろから私を注意する声が聞こえた。
――私のお母さんだ。
 私はくるりと後ろにふりむいて、人だかりのなかピタっと足をとめる。
長い黒髪をゆらすお母さんが小走りにやってくると、私の肩をポンとつかまえた。
「もう、エルザは本当にお転婆さんね。あなたが村から出かけるのははじめてだけど、そんなに街が楽しみだったの?」
「うんっ! だって私、ずっとお外の街におでかけしてみたかったもん! ねぇねぇ見て見てお母さん! いろんなものがいっぱい売ってるよ。村じゃ見たことないものばっかり!」
「フフッ、そうねエルザ。でも、あんまりはしゃぎすぎて転ばないようにね」
 お母さんは腰をかがめ、やさしく私に目をあわせる。
私とおそろいの、長い黒髪と紫の瞳がキラキラした、きれいな顔立ち。
そんな村でも自慢のお母さんに、私はニカッとはにかんで自信満々にこたえた。
「もうっ、だいじょうぶだよお母さん! 私そんなにドジじゃないもん!」
「エルザ、そう言ってあなたはこの前もケガしちゃったでしょ? 『ファーグリンの街に着いたらお母さんと手を繋ごうね』って約束したのちゃんと覚えてる?」
「だいじょうぶだいじょうぶ! 私ひとりでも平気だもん!
――あっ、あっちにもお店があるよ!」
 私はお母さんの手をはなれて、またお店のまえまでとっしんする。
ジュージューとぶあついお肉があみの上でやかれており、こうばしいにおいが私の鼻のあなをくすぐった。
「うわぁ~っ、いいにおいがする~! お母さん、これなんのお肉かな?」
「それは羊の肉よ。ウチの村じゃ見かけないけど、西のほうへ行くとたくさん獲れるって聞いたわ。ちょっとクセはあるけど、柔らかくて美味しいわよ」
「へぇ~そっかぁ! 私、ひつじのお肉なんてはじめて見たよ~」
 とたんに、私のお腹がぐぅ~っとなる。
そういえば、昨日の夜馬車にのってからなにも食べてない。
 お肉のちかくには、木の板でつくられた値札がおかれている。
……村で売られているお野菜よりも、とってもたかい。
私はちょっとドキドキしながら、お母さんのほうへふりむいた。
「……ねぇねぇお母さん、これ買ってもいい? あんまりお金使ったら、やっぱりお父さんにもしかられちゃうかな?」
「ううん、いいわよエルザ。だって今日はあなたの誕生日なんだもの。エルザが欲しいもの、何でも買ってあげる」
「えぇっ、ホントに!? やった~!!」
 私はさっそくひつじのくし焼きを2本買ってもらい、お母さんと手をつないで食べ歩く。うん! お肉のしるがジュワッとでて、かみごたえたっぷり!
 こんなにおいしいものが食べられるなんて街ってサイコー!
今日は私が5才になる誕生日、しあわせいっぱいな気分になった!
「ぷは~、食べた食べたぁ! こんなにおいしいもの食べたのうまれてはじめてだよ~。私の村にもひつじがいたらいいのにぃ」
 私はふっくらとしたお腹をなでながら、お肉のカンゲキをお母さんにつたえる。
そんなこうふんする私にお母さんはウンウンとうなずき、しずかに見おろしてほほえんでいた。
「ふふ、そうねエルザ。ウチの村はお野菜ばっかりだものね」
「うん! トマトスープもおいしいけど、やっぱり私、お肉のほうが好きだよ。あ~あ、もし私がここに住んでたら、きっと毎日おいしいお肉が食べられるんだろうなぁ」
 そう言った時だった。お母さんはいきなりピタリと足を止める。
ものすごく急だったので、私はまえのめりになってグイっと体を引っぱりもどされた。キョトンとしてふりかえると、お母さんはどこか遠くを見ており、笑顔がきえていた。
「……ここが、地図に描いてあった場所ね」
 ちいさな声でつぶやくと、お母さんは街のまわりを見わたしはじめる。
まるでどろぼうみたいにコソコソして、手からじっとり汗をかいていた。
そんないきなりようすが変わってしまったお母さんに、私は不思議になって声をかける。
「どうしたのお母さん? なにかさがしもの?」
「…………」
 けれど、お母さんからなにもへんじがない。
ただ遠くのほうにある建物をじっと見つめたまま、うわの空でかたまっている。
そういえばさっきまでずっとにぎやかだったのに、このあたりはあんまり人がとおってない。
「あっ! もしかしてお父さんのお土産かんがえてるの? 今日は買いだしに来たんだもんね! せっかくだから、お父さんにもひつじのお肉買ってあげたら?」
「……エルザ」
 ぼんやりした表情がフッときえて、お母さんはまたやさしい笑みで私と目をあわせる。つながれていた手がほどかれて、お母さんはそっと一歩うしろにさがった。
「今からお母さんね、大事な用事があってちょっと寄らないといけない場所があるの。だから、エルザはそこのベンチで待っててくれる?」
 お母さんが目をむけたのは、ポツンと街のすみに置かれたベンチだった。
そのベンチには木のかげがチラチラとおちていて、だれも使っているようすがなかった。
「えっ? だったら私もいっしょに行く!」
「ダメ。そこは大人の人しか入っちゃいけない場所だから。エルザとは一緒に行けないの。すぐに戻ってくるから、いい子にして待っててくれる?」
 そう言ってお母さんは、私の頭のうえにポンと手のひらをおいた。
真剣なまなざしで私を見つめて、ただじっと私がへんじするのを待っている。
「うんわかった! 早く帰ってきてねお母さん!」
 私は元気いっぱいに手をふってお母さんをおくりだす。
それを見とどけるとお母さんはニコリと笑い、そのまま街のおくへと遠ざかっていった。
 それからお昼になり、お日さまの日ざしがつよくなった。
冬のさむさが少しやわらぎ、私はベンチにすわってお母さんの帰りを待ちつづけた。
(お母さんおそいなぁ。大事な用事ってなんだろう?
……あっ! もしかして私のプレゼントかな? 今日は私の誕生日だもんね!)
 私はひらめき、ウキウキしながらお母さんがなにを買ってくるのかかんがえる。
ヒントをさがしてみようとあたりを見わたすと、お店はなくて人がすむ家ばっかりだ。あいかわらずこの道は人どおりが全然なくて、まわりの景色はひっそりとしていた。
 それからお日さまがしずみ、夕方になった。
まわりの景色はすっかりうす暗い赤色にかわり、さびしさを感じるほどしずかになった。
(お母さんぜんぜん戻ってこないなぁ……。もしかして迷子になってる? むかえに行ったほうがいい?
 ……ううんダメダメ! 『いい子にして待ってて』って言われたんだもの! ちゃんとお母さんのこと待たなきゃ!)
 私は立ちあがりたい気もちをぐっとこらえて、お母さんの帰りを待ちつづける。
やがて赤い景色はどんどん黒くなっていき、まわりの家の窓からはポツポツと明かりがともりだした。
 それからお日さまがいなくなり、夜になった。
冬のさむさが一気にまし、手がカサカサになるほどつめたくなった。
「…………おかあ、さん」
 白い吐息といっしょに、かぼそい声がもれる。
私のまわりにはだれもおらず、私の声はだれにもとどいていない。
あたりはシンと音のないセカイになって、星空すら見えなくなっていた。
 それから、朝をむかえた。
灰色にくぐもった空から、どしゃぶりの雨がザァーザァーとふりだす。
冬の雨は突きさすようにいたくて、靴の中まで雨つぶがいっぱいになった。
 それでも私は、ただひたすらお母さんのことを待ちつづける。
ふるえが止まらなくなった体をぎゅっとだき、お母さんがむかえにきてくれる帰りのときを待ちつづける。
 でも、雨はずっとやまない。
 ――それからいくら待っても、お母さんは戻ってこなかった――