◇ ◇ ◇
「ジロー大丈夫?」
広場から直通の空き家ではストーブが焚かれていた。過剰飲食で身を滅ぼした者達のための簡易休憩所である。実際の所その大半は祭り会場の端で家屋に凭れかかって休むので、利用者は皆無であった。
他の民家と大差ないリビングにはシロとリオン、そして玄関口に暑がりのタローが伏せているだけだった。二人は畳まれ立て掛けられていたパイプ椅子を、ストーブのド真ん前特等席に二つ開き、背凭れにパーカを掛けて休んでいた。
「ああ、大分楽になった。まさかこんな所で怪異酔いするとは思わなかったぜ」
「怪異酔い?」
「あー、こっちではなんて言うんだろうな。怪異が妖精だから『妖精酔い』とかで伝わるか?」
リオンはやはり聞いた事がないようで、「そんなの初めて聞くわ」と心配顔でどんな病状なのかシロに説明を求めた。怪異酔い自体が怪異性を保有する者に限定された症状ゆえ、当たり前かとシロは説明を始めた。
「別に隠すつもりはなかったんだが、言う必要もなかったから言わずにいたんだが、まず俺は怪異だ」
「……どのへんが? どっからどう見ても普通の人間に見えるけど」
「今の俺には羽も角もねーからピンとこねーかもしれねーな」
「そうね全然分からないわ。しいて言うなら大柄ってことぐらいかしら。あと腹筋がバキバッキなところ」
「それはネリット族が小柄なだけだし、腹筋は努力の賜物だ。世界には俺くらいの大きさの人間なんざ五万といる。友達兼好敵手なんざ更に頭一つぶんでかい」
「すごいわ。じゃあ皆シロみたいに白熊を倒せるのね」
「流石にそれはねーよ。俺は普段から訓練してるから何匹来ても平気だが、町で普通に暮らしてる人間はライフルでもなきゃ無理だろうな」
「大きな友達さんも?」
「いや、アイツなら一撃で殴り殺せる。やるかどうかは分からんが」
話が逸れ始めたことに気が付きシロは咳払いをした。
「それでだ、俺がさっき倒れかけたのは、俺以外の怪異が出した空気というか、気配とか残滓とかそういうのにあてられたせいだ。村の連中を動物に変えちまった時、誰かが怪異としての力を行使して残り香がまだ滞留してたんだろうな。こんなに濃い残滓を吸ったのは久しぶりだったからクラッときちまった」
「つまり村に悪さをした怪異さんを見つけ出して、お願いすれば皆元に戻るって事?」
「話が早くて助かる。会話できる手合いだったらだがな」
「それで、その怪異さんはどんな見た目なの? シロみたいに大きいの? それとも童話の妖精みたいに羽が生えているのかしら」
「それはわかんねーな。怪異ってのは好きな物で受肉できるし、受肉してないかもしれねえ。広場の動物の中にいるかもしれんし、家の中の観葉植物かもしんねぇな」
「受肉なのに植物でもいいのね」
「家みたいな大きな物でもいいし、掃除道具やキッチンの鍋や竈みたいな無機物でも。まさに何でもござれだ」
「そんなのどうやって見つけるのよ」
「さあな。俺は筋トレしかしてこなかったからこういうのはサッパリだ。自分から私がやりましたって出てきてくれりゃ交渉の余地もあるんだが」
女の身体で受肉した怪異は、両手を頭の上にあげてお手上げのポーズをとってみせた。
リオンはシロのどうしようもないと言いながらも、どこか楽観的な態度に引っ掛かりを覚えた。今はそんなことより悪さをした怪異とやらを探すことが先決だとストーブを睨み黙考し、まず思いついたことを口にした。
「どうして村の皆を動物にしたのかしら」
「いい目の付け所だ。どうやってやったかなんて方法を考えても仕方ねーからな。なんたって相手は何でもありの怪異。初見でどうしてって所に気が付いたのはいいセンスしてるぜ」
「ありがとう。それで本当にどうしてなのかしら。怪異さんってこういうことをよくするの?」
「それは分からんが、こんな行動に出た理由をなくせば戻してくれるかもしんねーな。つっても怪異って一括りに言っても、人間みたいに色々な性格の奴がいるから一筋縄じゃいかねぇかもしれねぇが。頻繁に問題起こすのもいりゃあ、一生何もしないのも大勢いる。それに性格云々は置いといて、怪異性から問題だの事件だのを起こさずにいられないのもな」
「怪異性?」
「その説明すると長くなるんだが、いいか?」
「構わないわ。どうせなら怪異さんがどういう存在なのかからお願い」
シロが一度立ち上がり、ずっと同じ姿勢でいたせいで凝った腰の筋肉をほぐし座り直した。リオンは部屋の隅にある段ボールから、ミネラルウォーターを一本取りシロへ手渡した。
女は少女に礼を告げ一口含み、暖房で乾いた喉を潤した。リフレッシュしたシロは内ポケットから手帳を取り出し、図を書き怪異についての説明を始めたのだった。
「まず『怪異』ってのは元々十だが二十だか知らんが、沢山いる『原初』ってのから枝分かれして産まれたもんらしい。その樹形図の頂点はずっと昔に消えちまったらしいが、今も原初は元気に活動してるはずだ。受肉してるかは知らないが」
「『らしい』に『はずだ』だなんて、ずいぶん曖昧なのね」
「仕方ねーだろ。俺どころか俺の母上だって生まれる前の話だ。話に戻るぞ。それでこの原初の怪異達が様々な概念を担当しているし産み出した。例えば原初の怪異『時』は、新たに『未来』『現在』『過去』ってな感じでな。だから原初を『一次怪異』、その直子達を『純正二次怪異』とも呼ぶ。ここまではいいか?」
「なんだか神話みたい」
「実際神みたいなもんだ。原初の『創造』なんかは他の怪異よりやたら人間贔屓だったから、『一神会』とかいうよくわからん団体から神聖視されてやがる」
「それでさっき純正二次怪異って言ってたけど、純粋じゃない二次怪異も居るって事?」
「鋭いな。何を隠そう俺が純正二次怪異に対して『混成二次怪異』と呼ばれる本人だ」
「何が違うの?」
「まず成り立ちが違う。純正は原初単体もしくは原初同士、或いは原初と純正の間に産まれた怪異で、混成二次は生き物の伝承から産まれたもんだ。あと原初や純正二次は概念怪異つって死ぬことがないのに対し、混成二次は受肉してれば殺せば大体死ぬ。元になった伝承が語り継がれなくなっても死ぬってことだな。そんでこの混成二次ってのがややこしいことに甲乙丙の三種類に分かれててだな」
シロがそこまで話し隣に目をやると、リオンはシロの描いた下手糞な図を睨み眉間に皺を寄せ始めていた。一度説明を止め間を置きがてら水を飲み、説明で分からない所があったならと質問を受け付けた。
「じゃあ一つだけ。どうして概念怪異は死なないの? ずっと昔に産まれたといっても混成二次と同じ生き物なんでしょ?」
「ああ悪い、説明不足だったな。そもそも怪異ってのは生物じゃない。死ぬんじゃなくて消えるってのが正しい表現だ。概念怪異は切られようが撃たれようが、受肉していようがいまいが、世界にそいつの担当する概念が存在する限り消えない。人間風に言えば死ねないし、受肉してなきゃ世界中の何処にでも居るといってもいい。逆に混成二次は伝承が土台となって出来てる。伝承と共依存状態で、どちらかが世の中から消えればもう片方も消えて、元となった伝承ごと消えるって感じだ。」
「余計に分からなくなったわ」
「OK。なら超簡単にしてやる。概念怪異の本体は虚無、混成二次の大半は実体だ。手で触れなきゃ壊せないだろ?」
「空気みたいなものって事?」
「まあそれでもいい。なんにせよそういう存在が世界にはうようよいるが、普通の人間には認知出来ねぇ。理由は俺も知らんから聞くな」
「でもジローはこうして見えてるし話せてるじゃない」
「俺は受肉してるからな。基本的に混成二次丙種以外の怪異は人間には見えねーさ。さっきはこの辺りでチンプンカンプンになってたみたいだが、続き聞くか?」
「もう頭が沸騰しそう」
「じゃあちょっと間を置くか。俺は広場の様子見てくるからタローといい子にしてろよ」
取り合えず怪異についても基礎知識を語り終えたシロは、ペットボトルの水を一気に飲み干し、パーカを纏いながら休憩所を一人出て広場へと向かった。聞こえてくる音楽や声の様子から広場では相変わらず祭りが続いているようで、姿を目にしなければ誰も人間が他の動物に入れ替わっていることなど考えもしないだろう。
広場に着いたシロの目に入って来たものは、リオンの語っていた通り幼子の読む絵本の中のような光景であった。本来は追いつ追われつの関係であろう、肉食動物と草食動物がにこやかに話している様子はとても和やかなに見え、まるで最初からこの村はこういったメルヘンな場所だと感じてしまうほど自然で違和感がなかった。
肉屋以外は。