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#37

ー/ー



 リオンは司書に旅人を任せ、伏せていた相棒と連れ立ち帰宅した。炊事の勉強がてら夕飯の手伝いに入ろうとしたのだが、母親はリビングでまったりしていた。少女が理由を聞くと今日は必要が無いという答えが帰って来たのだった。

「今晩は晴れるからね。夜光祭の出店で食べるから、夕飯の準備は必要ないの。オーロラが見れるかは分からないけど、夜更かしするつもりなら今のうちに寝ときなさい」

 リオンは今月の晴れた夜は、毎日祭だというのを忘れていた。二階自室で暇つぶしに借りてきた本をパラパラ捲っていると、次第に睡魔が首をもたげてくる。夜更かしで疲労の溜まっていた身体に抗力はなく、なだらかに眠りの淵に落とされた。
 彼女が仰向けで本に顔を覆われた状態で目を覚ましたのは、すっかり外が暗くなってからだった。窓から見える空にオーロラは見えないが、虹のカーテンが現れようが現れまいが夜祭りは行われる。
 リオンが両親の待つリビングへ降りると、二匹の見慣れぬ獣が父と母が居るはずの椅子の上で丸まっていた。それはこの地域ではリンクスと呼ばれるオオヤマネコだった。

「タロー、お母さん達は?それにこのリンクスは何処から入って来たの?」

 玄関で伏せていた犬は、階段を降りてきた相棒の足元で座ると困ったように首を傾げた。
 軽い足音に首をもたげたリンクスは、リオンの方へ首を回すと、

「この子ったら何言ってるんだか。寝ぼけすぎじゃないかい?早く顔洗ってらっしゃい」
「やっと起きたんだね。それじゃあリオンの準備が出来たら祭りに行こうじゃないか。父さんはもうお腹がペコペコだよ」

 と流暢な人語を話したのだった。
 少女は瞠目した。一瞬どこからか聞こえているのか分からず混乱もした。
 声元を目線で探りながら聞いていると、両親の声は二匹のリンクスから発せられている。リオンはどうやら自分はまだ夢の中に居るようだと思った。これが明晰夢というものかしらと顔を洗って鏡を確認したが、自分だけは変わらず人間のままである。

「どうしたんだいリオン。そんなどんぐりみたいに目を開いては、目玉を落っことしてしまうよ?」
「なにはともあれ夜光祭に行こうじゃないか。父さんはお腹と背中が引っ付いてしまうよ」
「全く口を開いたら腹が減ったばかり。この冬は碌に働いてもいないでしょうに」

 戻ってきたリオンの顔をみた二匹は、まるで本当の家族かのように慣れ親しんだタイミングで椅子から降り、二足歩行ではなく四本足で玄関へ進んだ。ドアノブに付けられた見慣れぬ紐に飛びつき器用に開いて見せる。
 二匹に続いてタローも外で待っているので、リオンは最後に家を出て扉を閉めた。リンクス達は二匹のオオカミと合流し連れ立って話しながら進んでおり、話の内容から察するにオオカミは誰にでも馴れ馴れしい、向いの家族のようだった。リオンはなんだか楽しくなってきていた。まるで絵本の世界に入り込んだみたいで、これから出会う動物達に胸が躍り始めていた。
 四匹の会話を聞きながら広場に着くと、そこは大変メルヘンな光景が広がっていた。水鳥にオットセイ、カリブー、白熊。大きさから食べ物まで、てんでばらばらな生き物達が集まり楽しそうに騒いでいる。リオンは異国で書かれた動物がたくさん出てくる童話のような光景に、感動に胸が打ち震えた。
 リオンはリンクスから離れ、様々な動物の屋台を眺めまわった。カリブーの仕切る屋台ではコケの載ったサラダがあり、ドレッシングはセルフサービス。アザラシの屋台では櫛に刺さった魚が配布されており、お好みの焼き加減で提供してくれるらしい。セイウチの屋台には見たことのないキラキラした結晶が載っており、地元民である少女にすらその正体は分からなかった。
 端から眺めて回った露店は何れも魅力的で、野菜嫌いの彼女ですらサラダは輝いて見えた。不思議な棘だらけの光る結晶を手に取ってみたくもあったが、次の店に目を移した瞬間、血の気が引き広場を立ち去らねばならないと本能が警鐘を鳴らした。
 白熊の仕切っている屋台。売られているのは肉。その形状に言葉と感情を失った。
 冷や水を浴びせられたように脳が覚醒する。こんな世界は読んだことがないし知らない。ならこれは自分の想像ではない。リオンは夢ではないことを悟り、夢であって欲しいと願いながら広場に背を向けた。
 向かうのは村はずれに家を借りている旅人の元。もしかすると村の者でないシロだけは人間のままかもしれないと。


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 リオンは司書に旅人を任せ、伏せていた相棒と連れ立ち帰宅した。炊事の勉強がてら夕飯の手伝いに入ろうとしたのだが、母親はリビングでまったりしていた。少女が理由を聞くと今日は必要が無いという答えが帰って来たのだった。
「今晩は晴れるからね。夜光祭の出店で食べるから、夕飯の準備は必要ないの。オーロラが見れるかは分からないけど、夜更かしするつもりなら今のうちに寝ときなさい」
 リオンは今月の晴れた夜は、毎日祭だというのを忘れていた。二階自室で暇つぶしに借りてきた本をパラパラ捲っていると、次第に睡魔が首をもたげてくる。夜更かしで疲労の溜まっていた身体に抗力はなく、なだらかに眠りの淵に落とされた。
 彼女が仰向けで本に顔を覆われた状態で目を覚ましたのは、すっかり外が暗くなってからだった。窓から見える空にオーロラは見えないが、虹のカーテンが現れようが現れまいが夜祭りは行われる。
 リオンが両親の待つリビングへ降りると、二匹の見慣れぬ獣が父と母が居るはずの椅子の上で丸まっていた。それはこの地域ではリンクスと呼ばれるオオヤマネコだった。
「タロー、お母さん達は?それにこのリンクスは何処から入って来たの?」
 玄関で伏せていた犬は、階段を降りてきた相棒の足元で座ると困ったように首を傾げた。
 軽い足音に首をもたげたリンクスは、リオンの方へ首を回すと、
「この子ったら何言ってるんだか。寝ぼけすぎじゃないかい?早く顔洗ってらっしゃい」
「やっと起きたんだね。それじゃあリオンの準備が出来たら祭りに行こうじゃないか。父さんはもうお腹がペコペコだよ」
 と流暢な人語を話したのだった。
 少女は瞠目した。一瞬どこからか聞こえているのか分からず混乱もした。
 声元を目線で探りながら聞いていると、両親の声は二匹のリンクスから発せられている。リオンはどうやら自分はまだ夢の中に居るようだと思った。これが明晰夢というものかしらと顔を洗って鏡を確認したが、自分だけは変わらず人間のままである。
「どうしたんだいリオン。そんなどんぐりみたいに目を開いては、目玉を落っことしてしまうよ?」
「なにはともあれ夜光祭に行こうじゃないか。父さんはお腹と背中が引っ付いてしまうよ」
「全く口を開いたら腹が減ったばかり。この冬は碌に働いてもいないでしょうに」
 戻ってきたリオンの顔をみた二匹は、まるで本当の家族かのように慣れ親しんだタイミングで椅子から降り、二足歩行ではなく四本足で玄関へ進んだ。ドアノブに付けられた見慣れぬ紐に飛びつき器用に開いて見せる。
 二匹に続いてタローも外で待っているので、リオンは最後に家を出て扉を閉めた。リンクス達は二匹のオオカミと合流し連れ立って話しながら進んでおり、話の内容から察するにオオカミは誰にでも馴れ馴れしい、向いの家族のようだった。リオンはなんだか楽しくなってきていた。まるで絵本の世界に入り込んだみたいで、これから出会う動物達に胸が躍り始めていた。
 四匹の会話を聞きながら広場に着くと、そこは大変メルヘンな光景が広がっていた。水鳥にオットセイ、カリブー、白熊。大きさから食べ物まで、てんでばらばらな生き物達が集まり楽しそうに騒いでいる。リオンは異国で書かれた動物がたくさん出てくる童話のような光景に、感動に胸が打ち震えた。
 リオンはリンクスから離れ、様々な動物の屋台を眺めまわった。カリブーの仕切る屋台ではコケの載ったサラダがあり、ドレッシングはセルフサービス。アザラシの屋台では櫛に刺さった魚が配布されており、お好みの焼き加減で提供してくれるらしい。セイウチの屋台には見たことのないキラキラした結晶が載っており、地元民である少女にすらその正体は分からなかった。
 端から眺めて回った露店は何れも魅力的で、野菜嫌いの彼女ですらサラダは輝いて見えた。不思議な棘だらけの光る結晶を手に取ってみたくもあったが、次の店に目を移した瞬間、血の気が引き広場を立ち去らねばならないと本能が警鐘を鳴らした。
 白熊の仕切っている屋台。売られているのは肉。その形状に言葉と感情を失った。
 冷や水を浴びせられたように脳が覚醒する。こんな世界は読んだことがないし知らない。ならこれは自分の想像ではない。リオンは夢ではないことを悟り、夢であって欲しいと願いながら広場に背を向けた。
 向かうのは村はずれに家を借りている旅人の元。もしかすると村の者でないシロだけは人間のままかもしれないと。