「砕いたぞ。お前の力の源を……ッ!!」
アメジストを破壊されたドラゴンが叫び声を轟かせるが、それは苦悶ではなく単なる驚愕。
人間が頭髪や爪を切られても何の|痛痒《つうよう》も感じないように、体に生えるアメジストはドラゴンの一部ではあるが神経が通っている訳ではなく、破壊しようとも肉体的なダメージは皆無。
アメジストを破壊すること自体は目的ではなく、真の狙いはこの先にある。
「至極単純な話です。|魔素《マナ》が足りないのなら、ある所から奪ってしまえばいい」
アメジスト・ドラゴンを始めとする|宝石龍種《ジュエルドラゴン》は、その身に生やした|至宝龍石《スプリームジェム》を用いて大気中の|魔素《マナ》を吸収、備蓄する生態を持つ。
ならばその|至宝龍石《スプリームジェム》が砕けた時、蓄えられていた大量の|魔素《マナ》は果たしてどうなるだろうか。
「そら、大気中に拡散していくぞ。お前が吸収して溜め込んでいた大量の瘴気が……!」
器が砕けたことで、封じられていた瘴気は解き放たれて自由を得る。
「『|生命を喰らう紫黒の荊棘《ソーンズ・オブ・ライフ》』」
私の腕から生え伸びた紫色の荊が、砕けたアメジストに巻き付く。
ルーンベイルでも使った魔力吸収の魔法だが、魔力だけでなく|魔素《マナ》に対しても強力な吸収作用は有効で、術者の魔力と属性傾向が近いほどその効率は上がる。
「それでは有り難く頂きます」
砂漠の砂が水を吸うが如き勢いで、アメジストから漏洩した|魔素《マナ》が『|生命を喰らう紫黒の荊棘《ソーンズ・オブ・ライフ》』を伝って流れ込んで来る。
勿論ドラゴンも大人しく吸い取らせてくれる訳が無く、私たちを振り払おうと身を|捩《よじ》る。
「そろそろ潮時ですね。ご馳走様でした」
欲張って攻撃を受けてしまう前に『|生命を喰らう紫黒の荊棘《ソーンズ・オブ・ライフ》』を解除、『|夜陰を急ぐ密行者《シークレット・エクスプレス》』で大きく距離を取った。
吸収が行えた時間はほんの十秒程度だったが、元より私は『望月』で広範囲の瘴気を数十秒で吸い切る事が可能な体質。
『|生命を喰らう紫黒の荊棘《ソーンズ・オブ・ライフ》』を使えば吸収可能な範囲こそ限定されるものの、吸収力は格段に上がり、僅か十秒でも放出された瘴気の大半を得られる。
「どうだ? しっかりと吸い取れたか?」
「流石に完全回復とはいきませんが、四割程度には戻りました。これで充分に戦えます」
作戦は成功。
これでドラゴンは溜め込んでいた瘴気を奪われただけでなく、瘴気の吸収量も減ってしまったことになる。
資源の奪取は、敵軍の弱化と自軍の強化を同時に行える一石二鳥の戦法だ。
「これで魔力量ではこちらが優位に立ったな」
とは言え、今の攻撃でドラゴンにダメージが入った訳ではないため、依然として油断が許される状況ではない。
自慢のアメジストを砕かれ、成功を確信していた持久戦が失敗に終わったことを悟ったドラゴンが、怒りの雄叫びで大気を震わせる。
ズドンと前肢を落として大地を揺るがし、二足直立から四足歩行に姿勢を切り替えたかと思うと、猛獣の如く大地を豪快に踏み鳴らしてこちらに突っ込んで来た。
「何だ? 突進して来たぞ……?」
規格外の巨体であるが故に動きが鈍重なドラゴンは、攻撃する際もその場から動くことは少なく、ブレスなどの遠隔攻撃が主だった。
「追い詰められて|自棄《やけ》になったのでしょうか……?」
「さてな。四足歩行に切り替えたのは胸の傷を庇うためだろうが、それとも他にも何か意図が……?」
突進だけでなく、時に尻尾を振り回し、一時停止して細かいブレスも織り交ぜて攻め立てて来るが、そんな|我武者羅《がむしゃら》な攻撃など空間転移を駆使すれば何の脅威にもならない。
猛牛を|往《い》なす|闘牛士《マタドール》のように回避し続けていると、不意にドラゴンが足を止め、ブレスの発射態勢に入った。
大きく開けた口の中にみるみる魔力が溜まっていき、その波動がピリピリと肌を打つ。
「かなりの魔力を溜めていますね」
「ああ。ひょっとしたら残った魔力全てを注ぎ込んでいるのかも知れない」
当然ながらそれだけ破壊力のある攻撃になる訳だが、特に慌てる必要は無い。
「だとしても所詮はブレス。『|魔手を躱す舞踊《ダンス・オブ・アヴォイダンス》』や『|超越する次元《ヴォイド・ディメンション》』で簡単に回避できます。どんな攻撃も触れなければ無意味です」
「だが、その程度のことを奴が理解できていないはずが無い。これも何かの策──」
そう言って何気無く振り返ったダスクが、ハッと硬直した。
「……成程、そういうことか。これが奴の最後の策か……!」
彼に倣って私も振り返ると、その言葉の意味が理解できた。
「これは……!! 私たちはいつの間にか、ノトスを背負う位置に立たせられていた……!?」
振り返った先、遥か後方にはノトスの街明かり。
「ここで私たちが回避を選べば、あのブレスはノトスに命中してしまいます……!」
「派手に暴れて動き回っていたのも、|自棄《やけ》になったように思わせて、俺たちに悟られず位置関係を調整するための演技だ。ここまで狡猾だと、もう褒め言葉しか出て来ないな……!」
自然界には正々堂々も卑怯も無く、どんな手段を使おうが最終的に勝てば良かろうなのだ。
避けたければ避けてみろと言わんばかりに、ドラゴンがブレスに更に魔力を込める。
命中したが最後、ノトスの街は住民と共に地図から消え失せ、この死闘の意味も消え失せる。
かと言って防御を選べば敵の思う壺、渾身のブレスが相手では絶対に押し切られる。
ノトスの街とその住民を人質に取ることで、私たちが避けるに避けられない状況を作り、最大威力の攻撃で仕留める──それがあのドラゴンの正真正銘、最後の策なのだ。