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#128 神を穿つ月刃 その4 (カグヤ視点)

ー/ー



「魔力が尽きる前に決着を、か……。だが君の魔力は全力の半分以下、俺も同じく万全ではない。ドラゴンの方も余力は乏しいだろうが、生物としての力が違い過ぎる」


 追い詰められているのは互いに同じだが、優位に立っているのはドラゴンの方だ。


「奴に致命的なダメージを与えられる攻撃となると、撃ててせいぜい一、二発と言った所か。いや、それ以前にこうして次々に攻撃を放たれてしまって、間合いを詰めることすら難しい」
「そうですね。『魔手を躱す舞踊(ダンス・オブ・アヴォイダンス)』で回避を余儀無くされている今の状況自体がドラゴンの術中。周囲の残り少ない瘴気と私の魔力が失われていく訳ですから」


 互いに魔法を使うほど、状況はドラゴン優位に傾いていく。


「最もシンプルな手は、ドラゴンの胸の弱点に渾身の一撃を喰らわせることだ。先程も言ったが、あと一撃でも入れれば確実に心臓を破壊できる。だが……」
「だからこそ、ドラゴンもそれを一番に警戒しているのは間違いありません」


 誰もが最善と思う策は最善ではない──確か『孫子』の一節だったと思うが、敵でも簡単に思い付くような作戦が通じるはずが無い。


「次に思い付くのは、また空を飛んだ所を撃墜する、という手ですが……」
「二度も叩き落とされて痛手を(こうむ)った以上、もう迂闊に飛んではくれないだろうな」


 これまでに使った手は通じないと考えるべきだ。


「一つだけ考えがあります」
「聞こうか」


 ダスクに作戦を聞かせる間も攻撃は止まないが、『魔手を躱す舞踊(ダンス・オブ・アヴォイダンス)』を発動し続ければ確実な回避が可能。
 ドラゴンからすれば、このまま互いに時間と魔力を費やし続けるだけで勝利が確定するのだから、こちらが攻撃に転じない限り、敢えて攻め方を変える必要が無いのだ。


「──という作戦です。如何でしょうか?」
「成程な。考え方は悪くない」


 私の作戦を、ダスクは肯定も否定もしなかった。


「このやり方が正解だと思いますか?」
「正解か不正解かじゃない。信じて選んだ道が正解になるよう最善を尽くすだけだ」


 最善を尽くしたとしても、現実は望まぬ結末を迎えてしまうことの方が多い。


「ただし不正解に終わったその時は、尻尾を巻いて潔く逃げる。それだけは誓ってくれ」
「……分かりました」


 私たちが逃げれば、あのドラゴンはノトスの街を襲ってしまうだろう。
 それは、ノトスに迫る脅威を未然に排除する、というこの戦いの意味そのものを失う、最悪の結末だ。
 ヴェセルやエルマーから託された意思を裏切ってしまうことになるが、先程ダスクが言った通り私には他にも為すべき使命があり、この生命と魔力はそのためにこそある。


 使命は遂行する。
 生命も護る。


 両方やらなくてはならないのが、真の『聖女』だ。


「ここが正念場だ。覚悟はいいか?」
「私はできています」


 今からは攻撃の時間だ。


魔手を躱す舞踊(ダンス・オブ・アヴォイダンス)』の転移先をドラゴンの居る方へ切り替え、距離を詰め始める。


 私たちが攻撃に転じたのを見て、ドラゴンも攻撃手段を切り替えた。
 アメジストから放つ『深き怨念の魔波(ディープ・パープル)』の全方位乱射は継続したまま、重力機雷の展開ではなくブレスによる迎撃を開始。


 ただし今までと放ち方が異なり、花壇に水を撒くホースのように、吐き出し続けたまま首を振って広範囲を薙ぎ払ってきた。


「ダスクさん、分かっていますね? 攻撃のタイミングを間違えてはなりません」
「ああ。そろそろその時が来るはずだ。既にブレスの勢いが弱まり始めているからな」


 彼の言う通り、吐き出し続けるブレスの勢いが減衰していくのが私にも感じ取れた。
 永遠に息を吸い続けることができないように、永遠に吐き出し続けることもまた不可能。


 そして遂に、ブレスが完全に止む。


「それを待っていました。ブレスを吐き出し終えたその瞬間を……!」


 どんな強者だろうと、攻撃直後は必ず無防備な瞬間が生じ、大技であるほどその時間は長くなる。
 それを見計らって『夜陰を急ぐ密行者(シークレット・エクスプレス)』を発動、文字通りドラゴンの眼と鼻の先まで転移する。


 狙うは、ブレスを吐き終えて開いたままの口。


 ここへ飛び立つ前に私が引き起こしたブレスの暴発によって、そこが脆弱だということは既に証明されておりダメージも受けているため、追撃を加えてやれば確実に決着が付く。


「『陰影の(アンノウン)──』」


 三メートル、二メートル、そして残り一メートルに差し掛かり、ダスクが攻撃の構えを取った瞬間、ドラゴンの口が妖しい輝きを放ち出した。


「これは……ッ!?」


 今放ったブレスほどではないが、強烈な魔力の波動。
 直感が警報を鳴らす。


「『超越する次元(ヴォイド・ディメンション)』ッ……!!」


 考えるより先に時を飛ばし、再び時空の狭間へ逃れた直後、ドラゴンの口元で爆発が起こる。


「暴発……!? 口を痛め過ぎない程度に威力を抑えて、意図的にやった……!?」
「ブレスを吐き出した時に口に少しだけ魔力を残しておいて、それを俺たちの接近に合わせて暴発、口の周囲に拡散させたらしいな」


超越する次元(ヴォイド・ディメンション)』で回避しなければ、間違い無くあれに巻き込まれていた。
 つまり、私たちが口を狙うであろうことをドラゴンは読み切っていて、敢えてブレスを放って隙を作り、暴発の射程まで引き寄せたのだ。


 勝利を確信したことへの喜びと安堵か、或いは敗者への嗤笑(ししょう)か、ドラゴンの双眸(そうぼう)が細められる。


 かくして、乾坤一擲の攻撃は読み切られて失敗したかに思えるが──


「──何だ? その『お前ら人間の浅知恵などお見通しだ』とでも言うような、勝ち誇った(ツラ)は?」
「残念ながら、まだ作戦は終わっていません。むしろここからが本番です」


 狙うは口の中──それも全くの演技だった訳ではないが、どちらかと言えば油断を誘うためのフェイントだ。
 既に一度口に攻撃を加えてしまっていた以上、警戒されて失敗する可能性の方が大きいと思ったからこそ、二段構えの策を講じた。


 私たちが真に攻撃したかった部位は口の中でもなければ、胸の傷でもなく、


「お前の種族名の由来にもなっている至宝龍石(スプリームジェム)のアメジスト、そいつをぶっ壊す……ッ!!」


 アメジストからは未だ『深き怨念の魔波(ディープ・パープル)』が放たれているが、今まで通り『魔手を躱す舞踊(ダンス・オブ・アヴォイダンス)』を連続発動させればそれらを無傷で搔い潜って接近が可能。


 口か胸の傷狙いだと思い込んでいたドラゴンには、最早私たちを止める術は無い。


 時が再始動、私たちは時空の狭間から戻る。


 出し惜しみはしない。
 この一撃に命運を懸ける。


 持ち得る全ての魔力をダスクに供与、受け取った彼が攻撃態勢に入る。


「これが、今の私たちが放てる──」
「最大威力の『陰影の穿破(アンノウン・チャージ)』だッ……!!」


 極限の闇を帯びた剣先は大気を切り裂き、見事アメジストを刺し突いた。
 撃ち込まれたその一点から亀裂が見る見る広がり出し、間を置かず盛大に爆ぜ飛ぶ。


 それはまるで、黒いキャンバスに銀河を描くが如く。


 虚空に無数の輝塵を撒き散らして、巨龍の力の象徴は砕け散った。


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「魔力が尽きる前に決着を、か……。だが君の魔力は全力の半分以下、俺も同じく万全ではない。ドラゴンの方も余力は乏しいだろうが、生物としての力が違い過ぎる」
 追い詰められているのは互いに同じだが、優位に立っているのはドラゴンの方だ。
「奴に致命的なダメージを与えられる攻撃となると、撃ててせいぜい一、二発と言った所か。いや、それ以前にこうして次々に攻撃を放たれてしまって、間合いを詰めることすら難しい」
「そうですね。『|魔手を躱す舞踊《ダンス・オブ・アヴォイダンス》』で回避を余儀無くされている今の状況自体がドラゴンの術中。周囲の残り少ない瘴気と私の魔力が失われていく訳ですから」
 互いに魔法を使うほど、状況はドラゴン優位に傾いていく。
「最もシンプルな手は、ドラゴンの胸の弱点に渾身の一撃を喰らわせることだ。先程も言ったが、あと一撃でも入れれば確実に心臓を破壊できる。だが……」
「だからこそ、ドラゴンもそれを一番に警戒しているのは間違いありません」
 誰もが最善と思う策は最善ではない──確か『孫子』の一節だったと思うが、敵でも簡単に思い付くような作戦が通じるはずが無い。
「次に思い付くのは、また空を飛んだ所を撃墜する、という手ですが……」
「二度も叩き落とされて痛手を|被《こうむ》った以上、もう迂闊に飛んではくれないだろうな」
 これまでに使った手は通じないと考えるべきだ。
「一つだけ考えがあります」
「聞こうか」
 ダスクに作戦を聞かせる間も攻撃は止まないが、『|魔手を躱す舞踊《ダンス・オブ・アヴォイダンス》』を発動し続ければ確実な回避が可能。
 ドラゴンからすれば、このまま互いに時間と魔力を費やし続けるだけで勝利が確定するのだから、こちらが攻撃に転じない限り、敢えて攻め方を変える必要が無いのだ。
「──という作戦です。如何でしょうか?」
「成程な。考え方は悪くない」
 私の作戦を、ダスクは肯定も否定もしなかった。
「このやり方が正解だと思いますか?」
「正解か不正解かじゃない。信じて選んだ道が正解になるよう最善を尽くすだけだ」
 最善を尽くしたとしても、現実は望まぬ結末を迎えてしまうことの方が多い。
「ただし不正解に終わったその時は、尻尾を巻いて潔く逃げる。それだけは誓ってくれ」
「……分かりました」
 私たちが逃げれば、あのドラゴンはノトスの街を襲ってしまうだろう。
 それは、ノトスに迫る脅威を未然に排除する、というこの戦いの意味そのものを失う、最悪の結末だ。
 ヴェセルやエルマーから託された意思を裏切ってしまうことになるが、先程ダスクが言った通り私には他にも為すべき使命があり、この生命と魔力はそのためにこそある。
 使命は遂行する。
 生命も護る。
 両方やらなくてはならないのが、真の『聖女』だ。
「ここが正念場だ。覚悟はいいか?」
「私はできています」
 今からは攻撃の時間だ。
『|魔手を躱す舞踊《ダンス・オブ・アヴォイダンス》』の転移先をドラゴンの居る方へ切り替え、距離を詰め始める。
 私たちが攻撃に転じたのを見て、ドラゴンも攻撃手段を切り替えた。
 アメジストから放つ『|深き怨念の魔波《ディープ・パープル》』の全方位乱射は継続したまま、重力機雷の展開ではなくブレスによる迎撃を開始。
 ただし今までと放ち方が異なり、花壇に水を撒くホースのように、吐き出し続けたまま首を振って広範囲を薙ぎ払ってきた。
「ダスクさん、分かっていますね? 攻撃のタイミングを間違えてはなりません」
「ああ。そろそろその時が来るはずだ。既にブレスの勢いが弱まり始めているからな」
 彼の言う通り、吐き出し続けるブレスの勢いが減衰していくのが私にも感じ取れた。
 永遠に息を吸い続けることができないように、永遠に吐き出し続けることもまた不可能。
 そして遂に、ブレスが完全に止む。
「それを待っていました。ブレスを吐き出し終えたその瞬間を……!」
 どんな強者だろうと、攻撃直後は必ず無防備な瞬間が生じ、大技であるほどその時間は長くなる。
 それを見計らって『|夜陰を急ぐ密行者《シークレット・エクスプレス》』を発動、文字通りドラゴンの眼と鼻の先まで転移する。
 狙うは、ブレスを吐き終えて開いたままの口。
 ここへ飛び立つ前に私が引き起こしたブレスの暴発によって、そこが脆弱だということは既に証明されておりダメージも受けているため、追撃を加えてやれば確実に決着が付く。
「『|陰影の《アンノウン》──』」
 三メートル、二メートル、そして残り一メートルに差し掛かり、ダスクが攻撃の構えを取った瞬間、ドラゴンの口が妖しい輝きを放ち出した。
「これは……ッ!?」
 今放ったブレスほどではないが、強烈な魔力の波動。
 直感が警報を鳴らす。
「『|超越する次元《ヴォイド・ディメンション》』ッ……!!」
 考えるより先に時を飛ばし、再び時空の狭間へ逃れた直後、ドラゴンの口元で爆発が起こる。
「暴発……!? 口を痛め過ぎない程度に威力を抑えて、意図的にやった……!?」
「ブレスを吐き出した時に口に少しだけ魔力を残しておいて、それを俺たちの接近に合わせて暴発、口の周囲に拡散させたらしいな」
『|超越する次元《ヴォイド・ディメンション》』で回避しなければ、間違い無くあれに巻き込まれていた。
 つまり、私たちが口を狙うであろうことをドラゴンは読み切っていて、敢えてブレスを放って隙を作り、暴発の射程まで引き寄せたのだ。
 勝利を確信したことへの喜びと安堵か、或いは敗者への|嗤笑《ししょう》か、ドラゴンの|双眸《そうぼう》が細められる。
 かくして、乾坤一擲の攻撃は読み切られて失敗したかに思えるが──
「──何だ? その『お前ら人間の浅知恵などお見通しだ』とでも言うような、勝ち誇った|面《ツラ》は?」
「残念ながら、まだ作戦は終わっていません。むしろここからが本番です」
 狙うは口の中──それも全くの演技だった訳ではないが、どちらかと言えば油断を誘うためのフェイントだ。
 既に一度口に攻撃を加えてしまっていた以上、警戒されて失敗する可能性の方が大きいと思ったからこそ、二段構えの策を講じた。
 私たちが真に攻撃したかった部位は口の中でもなければ、胸の傷でもなく、
「お前の種族名の由来にもなっている|至宝龍石《スプリームジェム》のアメジスト、そいつをぶっ壊す……ッ!!」
 アメジストからは未だ『|深き怨念の魔波《ディープ・パープル》』が放たれているが、今まで通り『|魔手を躱す舞踊《ダンス・オブ・アヴォイダンス》』を連続発動させればそれらを無傷で搔い潜って接近が可能。
 口か胸の傷狙いだと思い込んでいたドラゴンには、最早私たちを止める術は無い。
 時が再始動、私たちは時空の狭間から戻る。
 出し惜しみはしない。
 この一撃に命運を懸ける。
 持ち得る全ての魔力をダスクに供与、受け取った彼が攻撃態勢に入る。
「これが、今の私たちが放てる──」
「最大威力の『|陰影の穿破《アンノウン・チャージ》』だッ……!!」
 極限の闇を帯びた剣先は大気を切り裂き、見事アメジストを刺し突いた。
 撃ち込まれたその一点から亀裂が見る見る広がり出し、間を置かず盛大に爆ぜ飛ぶ。
 それはまるで、黒いキャンバスに銀河を描くが如く。
 虚空に無数の輝塵を撒き散らして、巨龍の力の象徴は砕け散った。