#126 神を穿つ月刃 その2 (カグヤ視点)
ー/ー
しかしながら、『宵月に誘われる宿命』にはあのドラゴンの巨体を受け止められるほどの頑丈さは無い。
激突と同時に黒き月は脆くも砕け散ってしまい、ドラゴン自身にも大したダメージは入っていないが、それも想定の内だ。
「『宵月に誘われる宿命』が砕ければ重力は正常に戻り、今度は地球の重力に引っ張られ、地上を目指して落ちて行きます」
「また地面に叩き付けられるのが理想だが、流石に今度は空中で体勢を戻すだろうな。空中戦じゃ勝ち目が無い」
ダスクの見立て通り、体操選手のように落下したまま体を数回転させ、ドラゴンは正常な飛行姿勢を半ば取り戻しつつあった。
本当に器用だが、勿論これも私の想定の内。
完全に立て直す前に追撃を入れて、墜落に追い込む。
「『深き怨念の魔波』」
私の『望月』を借りて、ダスクの剣先から暗黒の波動が放たれる。
しかし、外殻が帯びる魔力と同じ闇属性では、当たっても威力が減衰してしまい、外殻強度も相まって有効打にはならず、命中こそしたもののドラゴンは少し怯んだ程度の反応しか見せなかった。
「やはり闇属性で纏まったダメージを与えるには、胸の傷や口の中のような脆弱な部位を狙う必要があるか」
互いに空中に居る状態では狙った部位に正確に攻撃を当てるのは、ダスクの腕を以てしても困難と言わざるを得ない。
「では私が攻撃に入ります」
「攻撃? 君は攻撃魔法を使えないだろう」
だからこそ今まで魔力供与という形でダスクに攻撃を任せていたのだが、
「確かに私は攻撃魔法を使えませんが、攻撃手段を持たないという訳ではありません」
防御魔法『安静の幕板』でも移動や攻撃妨害に応用できたように、どんな魔法も使い方次第。
それを今から証明するのが、収納魔法『亜空の秘蔵庫』。
ジッパーでも開くように空間が裂け、真っ黒な大穴から顔を覗かせた物は──
「これを落としてぶつけます」
見上げるほどに大きく、頑丈そうな岩。
「今までずっとそんな岩を持ち運んでいたのか……。よく魔力が続いたものだ」
一般の魔術師たちの『亜空の秘蔵庫』の収納量を部屋のクローゼット程度とするなら、私のそれは物流センターの巨大倉庫を上回るため、より多く、より大きな物体を保管しておける。
『亜空の秘蔵庫』は収納物の総量に応じて常に魔力を消費してしまうため、不要な物は入れておかないのが常識で、こんな岩を何日も収納していられるのは私くらいだろうとジェフにも呆れられた。
何の変哲も無い、どこにでもあるような岩だが、あのドラゴンに対して人体とサッカーボールくらいの比率になるため、ぶつければ流石に無傷では済むまい。
とは言え、ただ巨大な岩を当てた程度では、大した痛手にならないことは想像できる。
「『圧し掛かる罪悪感』」
物質に手で触れることで、それに掛かる重力を倍にする魔法。
費やす魔力を増やせば倍率は上昇、最大で十倍にもなる。
「俺がもう一発『深き怨念の魔波』を当てる。その隙に……!」
「お願いします」
こちらに向かって来ようとするドラゴンに向けて、ダスクが『深き怨念の魔波』を発射。
ダメージを与える目的ではなく、動きを止めて私の追撃を確実に当てるため、ダスクは翼に狙いを定めていた。
同属性だとしても、外殻に覆われていない翼にあの威力の『深き怨念の魔波』が命中すれば、正常な飛行は困難となるはず。
ドラゴンの動きが急停止したその瞬間を見計らって、私は『亜空の秘蔵庫』を完全解除、巨岩を転がり落とした。
落ちて来るそれを捕捉したドラゴンが、回避できないと判断してブレスで迎え撃とうとしたのだろう、口に魔力を溜めたのが見えたが、あのサイズの岩を破壊するだけのブレスを放つには力を溜める暇が無さ過ぎた。
結果、巨岩は狙い違わずドラゴンの頭部に直撃し、豪快な音を立てて砕け散った。
闇属性魔法『圧し掛かる罪悪感』の影響を受けているとは言え、あの岩自体は単なる岩であるため、アメジスト・ドラゴンの外殻が持つ同属性軽減効果も働かない。
悲鳴を上げたドラゴンが滞空姿勢を大きく崩すも、狙っていた墜落には至らず。
「あれを耐え切るのか。石頭め……」
「ではお代わりを召し上がれ」
収納していた巨岩は一つだけではない。
今のと同等の大きさの岩を、同じように『圧し掛かる罪悪感』で十倍の重力を掛けて落とす。
まだ体勢を戻し切っていない内に、再び頭部への衝撃。
脳震盪でも起こしたのか、今度は悲鳴さえ上がらず、四肢と翼から力が抜けた巨体は真っ逆様に転落。
大地を激しく揺らして、巨龍は地に臥せる。
「お見事だ」
起き上がられる前に地上へ降り立ち、ドラゴンの様子を窺う。
まだ生きている、という見立て通り、動かずにいたのはほんの数秒、巨体が再び動き出した。
頭部へのヘヴィな殴打に加えて地面への墜落を二度も経験したのだ、満身創痍なのは間違い無く、それを証明するように身を起こす動作も鈍くぎこちない。
胸の傷も更に悪化して、真っ赤な血が滝のように流れ落ちているのが見えた。
「……まだ立てるとは驚きだが、あと一発──あと一発手痛い奴を喰らわせれば確実に終わる。勝利は目前だ」
しかし、そんな危機的な状態でも依然、ドラゴンの眼には闘志と殺意がギラついている。
百里を行く者は九十里を半ばとす。
勝利を収めるまで気は抜けない。
「ここまで痛め付けられれば、逃げてくれても良さそうなものですが……その気は無さそうですね」
逃げられて別の地域に棲み処を移されたとしても、ドラゴンの脅威からノトスを未然に護る、というこの戦いの目的は果たされるのだが、逃げた先で何をしでかすか分からない。
「あらゆる面に於いて桁外れの能力を持つこの神の如き怪物を、俺たち以外の奴が相手取れるとは思えない。今ここで確実に息の根を止めて、後顧の憂いを絶つことこそ最善だ」
死の数歩手前まで追い込まれた巨龍だが、徹底抗戦の意志を示すその咆哮に衰えは見られない。
大気の震えは、きっとノトスにまで響いていることだろう。
「ええ……決着を付けましょう」
この死闘もいよいよクライマックスだ。
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しかしながら、『|宵月に誘われる宿命《フェイタル・アトラクション》』にはあのドラゴンの巨体を受け止められるほどの頑丈さは無い。
激突と同時に黒き月は脆くも砕け散ってしまい、ドラゴン自身にも大したダメージは入っていないが、それも想定の内だ。
「『|宵月に誘われる宿命《フェイタル・アトラクション》』が砕ければ重力は正常に戻り、今度は地球の重力に引っ張られ、地上を目指して落ちて行きます」
「また地面に叩き付けられるのが理想だが、流石に今度は空中で体勢を戻すだろうな。空中戦じゃ勝ち目が無い」
ダスクの見立て通り、体操選手のように落下したまま体を数回転させ、ドラゴンは正常な飛行姿勢を半ば取り戻しつつあった。
本当に器用だが、勿論これも私の想定の内。
完全に立て直す前に追撃を入れて、墜落に追い込む。
「『|深き怨念の魔波《ディープ・パープル》』」
私の『望月』を借りて、ダスクの剣先から暗黒の波動が放たれる。
しかし、外殻が帯びる魔力と同じ闇属性では、当たっても威力が減衰してしまい、外殻強度も相まって有効打にはならず、命中こそしたもののドラゴンは少し怯んだ程度の反応しか見せなかった。
「やはり闇属性で纏まったダメージを与えるには、胸の傷や口の中のような脆弱な部位を狙う必要があるか」
互いに空中に居る状態では狙った部位に正確に攻撃を当てるのは、ダスクの腕を以てしても困難と言わざるを得ない。
「では私が攻撃に入ります」
「攻撃? 君は攻撃魔法を使えないだろう」
だからこそ今まで魔力供与という形でダスクに攻撃を任せていたのだが、
「確かに私は攻撃魔法を使えませんが、攻撃手段を持たないという訳ではありません」
防御魔法『|安静の幕板《クワイエット・サンバイザー》』でも移動や攻撃妨害に応用できたように、どんな魔法も使い方次第。
それを今から証明するのが、収納魔法『|亜空の秘蔵庫《エア・ストレージ》』。
ジッパーでも開くように空間が裂け、真っ黒な大穴から顔を覗かせた物は──
「これを落としてぶつけます」
見上げるほどに大きく、頑丈そうな岩。
「今までずっとそんな岩を持ち運んでいたのか……。よく魔力が続いたものだ」
一般の魔術師たちの『|亜空の秘蔵庫《エア・ストレージ》』の収納量を部屋のクローゼット程度とするなら、私のそれは物流センターの巨大倉庫を上回るため、より多く、より大きな物体を保管しておける。
『|亜空の秘蔵庫《エア・ストレージ》』は収納物の総量に応じて常に魔力を消費してしまうため、不要な物は入れておかないのが常識で、こんな岩を何日も収納していられるのは私くらいだろうとジェフにも呆れられた。
何の変哲も無い、どこにでもあるような岩だが、あのドラゴンに対して人体とサッカーボールくらいの比率になるため、ぶつければ流石に無傷では済むまい。
とは言え、ただ巨大な岩を当てた程度では、大した痛手にならないことは想像できる。
「『|圧し掛かる罪悪感《バードン・オブ・ギルト》』」
物質に手で触れることで、それに掛かる重力を倍にする魔法。
費やす魔力を増やせば倍率は上昇、最大で十倍にもなる。
「俺がもう一発『|深き怨念の魔波《ディープ・パープル》』を当てる。その隙に……!」
「お願いします」
こちらに向かって来ようとするドラゴンに向けて、ダスクが『|深き怨念の魔波《ディープ・パープル》』を発射。
ダメージを与える目的ではなく、動きを止めて私の追撃を確実に当てるため、ダスクは翼に狙いを定めていた。
同属性だとしても、外殻に覆われていない翼にあの威力の『|深き怨念の魔波《ディープ・パープル》』が命中すれば、正常な飛行は困難となるはず。
ドラゴンの動きが急停止したその瞬間を見計らって、私は『|亜空の秘蔵庫《エア・ストレージ》』を完全解除、巨岩を転がり落とした。
落ちて来るそれを捕捉したドラゴンが、回避できないと判断してブレスで迎え撃とうとしたのだろう、口に魔力を溜めたのが見えたが、あのサイズの岩を破壊するだけのブレスを放つには力を溜める暇が無さ過ぎた。
結果、巨岩は狙い違わずドラゴンの頭部に直撃し、豪快な音を立てて砕け散った。
闇属性魔法『|圧し掛かる罪悪感《バードン・オブ・ギルト》』の影響を受けているとは言え、あの岩自体は単なる岩であるため、アメジスト・ドラゴンの外殻が持つ同属性軽減効果も働かない。
悲鳴を上げたドラゴンが滞空姿勢を大きく崩すも、狙っていた墜落には至らず。
「あれを耐え切るのか。石頭め……」
「ではお代わりを召し上がれ」
収納していた巨岩は一つだけではない。
今のと同等の大きさの岩を、同じように『|圧し掛かる罪悪感《バードン・オブ・ギルト》』で十倍の重力を掛けて落とす。
まだ体勢を戻し切っていない内に、再び頭部への衝撃。
|脳震盪《のうしんとう》でも起こしたのか、今度は悲鳴さえ上がらず、四肢と翼から力が抜けた巨体は真っ逆様に転落。
大地を激しく揺らして、巨龍は地に臥せる。
「お見事だ」
起き上がられる前に地上へ降り立ち、ドラゴンの様子を窺う。
まだ生きている、という見立て通り、動かずにいたのはほんの数秒、巨体が再び動き出した。
頭部へのヘヴィな殴打に加えて地面への墜落を二度も経験したのだ、満身創痍なのは間違い無く、それを証明するように身を起こす動作も鈍くぎこちない。
胸の傷も更に悪化して、真っ赤な血が滝のように流れ落ちているのが見えた。
「……まだ立てるとは驚きだが、あと一発──あと一発手痛い奴を喰らわせれば確実に終わる。勝利は目前だ」
しかし、そんな危機的な状態でも依然、ドラゴンの眼には闘志と殺意がギラついている。
百里を行く者は九十里を半ばとす。
勝利を収めるまで気は抜けない。
「ここまで痛め付けられれば、逃げてくれても良さそうなものですが……その気は無さそうですね」
逃げられて別の地域に棲み処を移されたとしても、ドラゴンの脅威からノトスを未然に護る、というこの戦いの目的は果たされるのだが、逃げた先で何をしでかすか分からない。
「あらゆる面に於いて桁外れの能力を持つこの神の如き怪物を、俺たち以外の奴が相手取れるとは思えない。今ここで確実に息の根を止めて、後顧の憂いを絶つことこそ最善だ」
死の数歩手前まで追い込まれた巨龍だが、徹底抗戦の意志を示すその咆哮に衰えは見られない。
大気の震えは、きっとノトスにまで響いていることだろう。
「ええ……決着を付けましょう」
この死闘もいよいよクライマックスだ。