第13話:ライラ編・証言
ー/ー 息が、震える。
語らなきゃいけない。でも——語れるのは、ほんの一部だけ。言葉が喉に引っかかる。
(魔族。聖穢。——それだけだ。それだけ話せばいい。残りは……墓まで持っていく)
「任務は……洞窟を発見しました。座標通りに」
自分の声が遠い。低く、かすれて。
「中の空気は——異常でした。重くて、息が詰まって。石そのものに、何かおかしなものが……」
「感じた、と?」役人が遮る。羽根ペンで机を叩きながら。「発生源の視覚的確認は、その時点では得られなかった?」
——口ごもる。
「……最初は、見えなかった。奥に進むと……息が……重い。鉄の味。それで——見えた。青い……液体が……天井から……聖穢が、生きてるみたいに……」
「その液体について」また遮られる。ペンを持ち上げて。「欠片、あるいは発生源は視覚的に確認できましたか? 単なる滲出現象でしたか?」
——ひるむ。心の中で。冷たい。この男には、何も伝わってない。
「気力は……液体が最も濃い場所で一番強かった。高いところで。攻撃される前には……明確な欠片は見えませんでした。でも聖穢——あの青い液体は、間違いなく見ました。天井で、まるで生きているかのように、蠢いて……」
一息つく。自分を落ち着かせる。
「それから魔族が来ました。二体。異常に速くて、凶暴で」
(——これは真実。単純な真実。魔族が全ての始まり)
「数の確認を。二体のみでしたか?」役人の目は羊皮紙から上がらない。
(二体のみ? 軍団みたいに感じたけど……でも、そう。二体だ)
「……二体です」
声が硬くなる。
「エララは……最初にやられました。警告もなしに」
(彼女の顔——静かだった。魔族はただ引き裂いただけ。チャンスなんてなかった。誰にも——あんなものを相手にするチャンスなんて——)
「キールは突撃した……彼は……二体目に潰されました」
膝の上で拳を握る。
「アーレンは……あたしたちを守るために戦いました。一体は倒したと思います。あるいは、ひどく傷つけた」
「推測ですか? それとも魔族を倒したのを確認しましたか?」また遮られる。羽根ペンが走る音。
(——この役人。欲しいのは綺麗な報告書だけなんだろう)
(死体の数は合う。アーレンのボルト……ボーリンの喉……)
(——違う)
(違う! あれは……アーレンは魔族を狙っていた。あの液体が顔にかかって……目がやられて。ボーリンは乱戦の中で……魔族にやられた。そうだ。そうでなければならない……)
「混沌でした」
声が出る。
「ボーリンは強かった。一体は倒したんです。でも、もう一体が……奴が一体に集中してる隙に、背後から……。魔族に殺されました」
(——それが物語。それが起きたこと。それが起きたことで|》》なければならない|《《)
「それから青い液体が、また」話を繋がないと。「聖穢です。天井から流れ始めて。洞窟全体が不安定でした」
「その液体の人員への具体的影響は?」役人はまだ書いている。顔も上げずに。「環境の不安定化以外に、どのような症状が確認されましたか?」
(——人員への影響?)
(アーレンの目。耳。あの液体が顔を覆って——)
(——焦点が合ってなかった。反応が遅れてた。でも彼はまだ戦っていた。魔族を。ずっと魔族を)
「アーレンは……紫の目のやつ、大将格と戦っていました。あたしを守ろうとして。あたしたちを外に出そうとして」
(そうだ、彼は戦っていた。あの液体を浴びた後も……でも狙いが定まらなかった。あの毒のせいで。彼のせいじゃない)
「あの青いもの——聖穢が——彼に降り注いだんです。顔に浴びて……目が……耳が……」
一息つく。手が——勝手に動いて、包帯を巻いた脇腹に触れる。
「混乱の中で……震動、魔族の攻撃、あの青い光があたしたちの感覚を狂わせて……アーレンは魔族を追い払おうとしていました。あたしは——」
言葉が喉で止まる。
「彼の剣が、偶然、あたしをかすめました。魔族を狙っていたんです。でも……外れて……」
(——そうに違いない。彼は魔族を狙っていた。空振りみたいに外した。あの液体のせいで。彼があたしを狙うはずがない。アーレンが)
「この『青い物質』の影響を受ける以前の彼の状態に、異常は見受けられましたか?」役人が——ようやく顔を上げた。視線が鋭い。品定めをするような目だ。「聖蝕の兆候、あるいは精神的な不安定さの報告は?」
——心臓が跳ねる。
(慎重に。とても慎重に)
(聖蝕……そう、彼は持っていた。でも彼はいつだってアーレンだった。あの液体を浴びるまでは。彼のせいじゃない。あれは洞窟のせい。魔族のせい。あの青い毒のせい)
「彼は……あたしたち皆と同じく疲れていました。峠は過酷でしたから……でも、彼は——確かにアーレンでした」
(ボーリンに当たったボルトも……魔族を狙っていたはずだ。音が届いてなかった。だから気づかなかった。彼のせいじゃない)
「すべてが狂っていました。洞窟は崩壊していた。最後に見たのは——アーレンはまだ魔族と戦っていて、天井が彼らの真上に落ちてきて……彼と、魔族の大将格の上に」
言葉を切る。声が掠れた。
(——必要な盾。彼のために。あたしのために。これがあたしが耐えられる真実。これが奴らが受け入れる真実。彼は魔族と戦って死んだ。犠牲者だ、あたしたちと同じ)
「アーレンの最期について」役人が言う。尋ねるというより——確認するように。「直接観察されましたか? それとも崩壊と聖穢による状況からの推定ですか?」
(——奴が死ぬのを見たか?)
(……違う)
(崩れ落ちるのを見た。岩が落ちてきた。魔族はまだそこにいた。聖穢がそこら中に。……そうだ、あたしが見たのはそれだけだ。それだけを話す)
「彼は……あの液体に、ひどくやられていました」
声が詰まる。言葉が苦く、喉を焼いた。
「それでも戦い続けていた……最後まで。思うに——彼は崩壊の中で瓦礫に打たれたのです。あるいは魔族がその時彼を捕らえたか。あたしは……確かじゃない。あたしはかろうじて——脱出しました」
声が途切れる。
頬が濡れていた。いつからか、わからない。
* * *
役人は無感動に聞いていた。羽根ペンが走る。
「地点の特定、魔族の存在確認、青色の神聖液体の観察……崩壊……生存者を除く全隊員の喪失、死亡と推定。アーレン、死亡前に急性聖穢曝露により視覚・聴覚障害。生存者の負傷については、感覚を失った味方による偶発的なものの可能性が高い」
いくつか追加の質問が続いた。口調は終始変わらない。「洞窟入口の正確な座標は? 魔族の外見的特徴の詳細は? 青色物質の性状について、『聖穢』以外の観察事項は?」
——彼はあたしの説明を受け入れたようだった。あるいは単に、関心がなかっただけか。
(また失敗したチームか。記録保管所に収めるべき、ありふれた悲劇がまた一つ。日常茶飯事だ)
「全隊員の喪失」役人は最後に言った。帳簿を閉じて。「遺憾ながら。偵察任務の報酬は契約条項に従い処理される。標準控除を差し引いた上で」
声がぼやける。硬貨の袋が、手に置かれた。
(——銀貨150枚)
重い。あるべきよりも、重い。
なのに——中身のない袋みたいに、虚ろだ。
役人が咳払いをした。解散。
あたしの話は、記録された。羊皮紙の上に。それだけ。
(あたしが抱えていくものは——誰にも見せない)
(見せられない)
(そうでなければ——あたしは何を信じればいい?)
語らなきゃいけない。でも——語れるのは、ほんの一部だけ。言葉が喉に引っかかる。
(魔族。聖穢。——それだけだ。それだけ話せばいい。残りは……墓まで持っていく)
「任務は……洞窟を発見しました。座標通りに」
自分の声が遠い。低く、かすれて。
「中の空気は——異常でした。重くて、息が詰まって。石そのものに、何かおかしなものが……」
「感じた、と?」役人が遮る。羽根ペンで机を叩きながら。「発生源の視覚的確認は、その時点では得られなかった?」
——口ごもる。
「……最初は、見えなかった。奥に進むと……息が……重い。鉄の味。それで——見えた。青い……液体が……天井から……聖穢が、生きてるみたいに……」
「その液体について」また遮られる。ペンを持ち上げて。「欠片、あるいは発生源は視覚的に確認できましたか? 単なる滲出現象でしたか?」
——ひるむ。心の中で。冷たい。この男には、何も伝わってない。
「気力は……液体が最も濃い場所で一番強かった。高いところで。攻撃される前には……明確な欠片は見えませんでした。でも聖穢——あの青い液体は、間違いなく見ました。天井で、まるで生きているかのように、蠢いて……」
一息つく。自分を落ち着かせる。
「それから魔族が来ました。二体。異常に速くて、凶暴で」
(——これは真実。単純な真実。魔族が全ての始まり)
「数の確認を。二体のみでしたか?」役人の目は羊皮紙から上がらない。
(二体のみ? 軍団みたいに感じたけど……でも、そう。二体だ)
「……二体です」
声が硬くなる。
「エララは……最初にやられました。警告もなしに」
(彼女の顔——静かだった。魔族はただ引き裂いただけ。チャンスなんてなかった。誰にも——あんなものを相手にするチャンスなんて——)
「キールは突撃した……彼は……二体目に潰されました」
膝の上で拳を握る。
「アーレンは……あたしたちを守るために戦いました。一体は倒したと思います。あるいは、ひどく傷つけた」
「推測ですか? それとも魔族を倒したのを確認しましたか?」また遮られる。羽根ペンが走る音。
(——この役人。欲しいのは綺麗な報告書だけなんだろう)
(死体の数は合う。アーレンのボルト……ボーリンの喉……)
(——違う)
(違う! あれは……アーレンは魔族を狙っていた。あの液体が顔にかかって……目がやられて。ボーリンは乱戦の中で……魔族にやられた。そうだ。そうでなければならない……)
「混沌でした」
声が出る。
「ボーリンは強かった。一体は倒したんです。でも、もう一体が……奴が一体に集中してる隙に、背後から……。魔族に殺されました」
(——それが物語。それが起きたこと。それが起きたことで|》》なければならない|《《)
「それから青い液体が、また」話を繋がないと。「聖穢です。天井から流れ始めて。洞窟全体が不安定でした」
「その液体の人員への具体的影響は?」役人はまだ書いている。顔も上げずに。「環境の不安定化以外に、どのような症状が確認されましたか?」
(——人員への影響?)
(アーレンの目。耳。あの液体が顔を覆って——)
(——焦点が合ってなかった。反応が遅れてた。でも彼はまだ戦っていた。魔族を。ずっと魔族を)
「アーレンは……紫の目のやつ、大将格と戦っていました。あたしを守ろうとして。あたしたちを外に出そうとして」
(そうだ、彼は戦っていた。あの液体を浴びた後も……でも狙いが定まらなかった。あの毒のせいで。彼のせいじゃない)
「あの青いもの——聖穢が——彼に降り注いだんです。顔に浴びて……目が……耳が……」
一息つく。手が——勝手に動いて、包帯を巻いた脇腹に触れる。
「混乱の中で……震動、魔族の攻撃、あの青い光があたしたちの感覚を狂わせて……アーレンは魔族を追い払おうとしていました。あたしは——」
言葉が喉で止まる。
「彼の剣が、偶然、あたしをかすめました。魔族を狙っていたんです。でも……外れて……」
(——そうに違いない。彼は魔族を狙っていた。空振りみたいに外した。あの液体のせいで。彼があたしを狙うはずがない。アーレンが)
「この『青い物質』の影響を受ける以前の彼の状態に、異常は見受けられましたか?」役人が——ようやく顔を上げた。視線が鋭い。品定めをするような目だ。「聖蝕の兆候、あるいは精神的な不安定さの報告は?」
——心臓が跳ねる。
(慎重に。とても慎重に)
(聖蝕……そう、彼は持っていた。でも彼はいつだってアーレンだった。あの液体を浴びるまでは。彼のせいじゃない。あれは洞窟のせい。魔族のせい。あの青い毒のせい)
「彼は……あたしたち皆と同じく疲れていました。峠は過酷でしたから……でも、彼は——確かにアーレンでした」
(ボーリンに当たったボルトも……魔族を狙っていたはずだ。音が届いてなかった。だから気づかなかった。彼のせいじゃない)
「すべてが狂っていました。洞窟は崩壊していた。最後に見たのは——アーレンはまだ魔族と戦っていて、天井が彼らの真上に落ちてきて……彼と、魔族の大将格の上に」
言葉を切る。声が掠れた。
(——必要な盾。彼のために。あたしのために。これがあたしが耐えられる真実。これが奴らが受け入れる真実。彼は魔族と戦って死んだ。犠牲者だ、あたしたちと同じ)
「アーレンの最期について」役人が言う。尋ねるというより——確認するように。「直接観察されましたか? それとも崩壊と聖穢による状況からの推定ですか?」
(——奴が死ぬのを見たか?)
(……違う)
(崩れ落ちるのを見た。岩が落ちてきた。魔族はまだそこにいた。聖穢がそこら中に。……そうだ、あたしが見たのはそれだけだ。それだけを話す)
「彼は……あの液体に、ひどくやられていました」
声が詰まる。言葉が苦く、喉を焼いた。
「それでも戦い続けていた……最後まで。思うに——彼は崩壊の中で瓦礫に打たれたのです。あるいは魔族がその時彼を捕らえたか。あたしは……確かじゃない。あたしはかろうじて——脱出しました」
声が途切れる。
頬が濡れていた。いつからか、わからない。
* * *
役人は無感動に聞いていた。羽根ペンが走る。
「地点の特定、魔族の存在確認、青色の神聖液体の観察……崩壊……生存者を除く全隊員の喪失、死亡と推定。アーレン、死亡前に急性聖穢曝露により視覚・聴覚障害。生存者の負傷については、感覚を失った味方による偶発的なものの可能性が高い」
いくつか追加の質問が続いた。口調は終始変わらない。「洞窟入口の正確な座標は? 魔族の外見的特徴の詳細は? 青色物質の性状について、『聖穢』以外の観察事項は?」
——彼はあたしの説明を受け入れたようだった。あるいは単に、関心がなかっただけか。
(また失敗したチームか。記録保管所に収めるべき、ありふれた悲劇がまた一つ。日常茶飯事だ)
「全隊員の喪失」役人は最後に言った。帳簿を閉じて。「遺憾ながら。偵察任務の報酬は契約条項に従い処理される。標準控除を差し引いた上で」
声がぼやける。硬貨の袋が、手に置かれた。
(——銀貨150枚)
重い。あるべきよりも、重い。
なのに——中身のない袋みたいに、虚ろだ。
役人が咳払いをした。解散。
あたしの話は、記録された。羊皮紙の上に。それだけ。
(あたしが抱えていくものは——誰にも見せない)
(見せられない)
(そうでなければ——あたしは何を信じればいい?)
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