第4話:呼吸する山
ー/ー 二日目の夜。火は弱かった。
昨夜より高く、昨夜より寒い。そして昨夜より——静かだ。風すら止んでいた。空気が動かない。煙が逃げ場を失い、目に染みて喉を焼いた。
キールは小石を無目的に地面に投げていた。カチッ。カチッ。静寂の中でひどく耳障りだった。
「斜面が急になってきた。明日は足元に気をつけろ。一歩間違えれば終わりだ」ボーリンが言った。視線は、火の光の向こうの闇をうかがっている。
「静かすぎるわ。今日一日、鳥のさえずりすら聞こえなかった……」エララが付け加えた。声は押し殺されていた。炎の近くにいるのに、震えている。
俺は背中の冷たい石に身じろぎした。「せめて、食い物を狙うケチな獲物がいないだけマシか」
誰も答えなかった。ライラの顔に薄笑いが浮かんだ。すぐに影に消えたが。
「……もうすぐ雪が降るな」
重い灰色の空を見上げた。墓の蓋みたいだ。星も見えない。
沈黙。死にかけた火のぱちぱちという音だけ。
……視線がある。ずっと、どこかから。肌がざわついた——何かに触れられたように。
* * *
三日目。さらに寒い。空気が鋭くなっていた。息を吸うたび、鼻の奥が痛い。
野営を解いた直後、雪が来た。はらはらと軽く、肩に落ちて即座に溶けていく。
(よりにもよって今かよ……!)
俺はマントをきつく引いた。湿った冷気がすでに内側まで染み込んでいる。
「この天気が本格化する前に目的地に着く必要がある」ボーリンが俺の横でつぶやいた。息が白い。
* * *
渦巻く雪と霧を通して、前方に暗い崖が迫り始めていた。でかい。切り立った岩壁が何百尺も聳え立ち、頂は雪雲の中へ消えている。
俺は停止を合図し、岩陰に身を隠した。
その時、かすかで低い震えが、ブーツの底から岩盤を通して直接響いてきた。骨の芯に届く振動——音じゃない。体が直接感じ取っている。空気が重い。肌がぴりぴりと刺される。鼓膜が内から圧される。深い水中にいるかのように、じわりと圧が増してくる。
「ボーリン」
「先行しろ。崖の根元を調べろ。地面の異常、妙な気配、方位磁石はどうか。些細なことでも見逃すな」
ボーリンは一度うなずき、霧の中に消えた。音がなかった。
雪が降る。キールが横で身じろぎし、何か文句を垂れている。声は風に散って聞こえない。左手の震えが戻っていた。さっきより強い。拳を握った。止まらない。
(頼む、ボーリン)
口笛。短く、鋭い。ボーリンの合図だ。
「安全だ。移動するぞ。慎重に」
* * *
崖の基部に近づいた。空気がさらに重い。さらに冷たい。岩盤の振動が、よりはっきりと伝わってきた。
岩壁に、何かが口を開けている——黒い穴。洞窟だ。
中から冷気が流れ出ている。山の空気より湿って、深い。マントの下で肌が粟立った。息が喉の奥で凍りつく。空気が重く、濃く、押し返してくる。湿った石と土の黴臭い匂い、鋭い金属臭、そしてなぜか腐った果実のような甘さが混じっている。稲妻が落ちた後に似た気配。だがもっと冷たい。死んだ匂いだ。
低い唸り。耳の奥ではない。もっと深い——頭蓋骨の内側で、直接震えている。目の奥の圧力が、吐き気を催すほど強く脈打つ。
エララが入口に近づき、黒い口を覗き込んで——凍りついた。
「石が……光が、歪んでる……」彼女は喘いだ。「それにこの苔……見て、この形……自然にはあり得ない。何かが、ここを歪めてる……!」
指先が宙を彷徨い、何かをなぞるように動いている。
(なんて顔してやがる)
欠片の圧は知っている。何度も浴びてきた。だが、これは違う。強い。この圧力、この臓腑まで届く冷気……ただの寒さじゃない。内側から頭蓋骨を締め上げられている。吐き気が腹の中で渦巻く。
(近い。俺たちの真下だ。欠片だ。でかいやつだ)
ボーリンと目が合った。
「……引き返すなら今だ。だが、俺は行く」
「配置はこうだ。ボーリン、先頭で道を開け。エララ、聖蝕の兆候を見逃すな。キール、松明を頼む、しくじるなよ。ライラ、最後尾だ。いざという時は任せた」
紐を確認し、鞘の武器を緩める。キールが松明でもたつき、指の関節が白くなるのも構わず柄を強く握りしめていた。
ライラが横目でキールを見た。「ここから生きて出られた奴がいたら、覚えておきな。死因は『キールの呼吸がデカすぎて怪物を叩き起こしたせい』って報告するんだよ」
キールは、大げさな手つきで松明を調整した。「そりゃどうも。俺が最後の生き残りになったら、あんたがションベン漏らして命乞いしてたって言いふらしてやるからな、姫様」
ライラの唇に、冷たい薄笑いが浮かんだ。
「みんな帰るぞ」俺は闇に向かって歩を進めながら言った。
ライラの声が、俺の背中に刺さった。
「……帰れる前提で話してんのか」
「俺はいつだって、必ず帰るつもりでいる。そうでなきゃ、最初から何も始められねえ」振り返らずに言った。
「入るぞ」
* * *
暗い。
最初の数歩、ブーツが緩い瓦礫を踏みしめて反響した。すぐに柔らかく吸い付くような泥の音に変わった。キールが松明に火をつけた。下へ向かう一歩ごとに空気は重く、冷たくなる。まとわりつく金属的な甘さが濃くなり、喉の奥に膜を張るようだった。
ボーリンが先頭を進んだ。いつもと同じ足取りで。重いブーツで床の感触を確かめ、籠手で滑りやすい壁を叩く。音は鈍く、響かない。
足音と、水音だけ。ポタッ……ポタッ……
通路が狭くなっていく。壁が湿気で松明の光にかすかに輝いている。匂いが強まる。やがて通路がわずかに広がり、水の滴る音が反響し始めたところで、分岐点に到達した。二つのトンネルが、前方の闇に口を開けている。
ボーリンはまず右のトンネルでしゃがみ込み、緩い岩を落とした。カラカラという音が長く、深く反響する。顔をしかめた。「右は急斜面だ。足場も悪い。崩れるかもしれん」
左の通路へ体を向けようとした。
目の奥で、圧力が脈打った。
「右だ」
俺はボーリンの言葉を遮った。振り返るより早く、俺は右の穴へと踏み出していた。「危険なのは分かってる。だが……間違いなくこっちだ」
エララが息を呑んだ。「アーレン、あなたの目……血が……」
俺は頬に手を当てた。濡れていた。目の端から、血が滲んでいる。
「問題ない。進め」
ボーリンは俺の顔と、右の暗闇を見比べた。うなずいた。
キールが震える手で松明を掲げ直す。俺たちは右へ降りた。
「落ちるなよ、キール。誰も受け止めないから」ライラの声が、湿った空気の中で冷たく響いた。
* * *
右側のトンネルは、緩い瓦礫の上を急傾斜で下っていた。一歩ごとに足場が滑り、動く。頭蓋骨の奥で、圧力が着実に強まっていく。もはやはっきりとした痛みだ。こめかみが脈打つたびに、視界の端が明滅する。
滑り、支え、止まる。会話はない。ただ呼吸と、ブーツが砂利を擦る音だけ。
斜面がさらに狭くなった時、低い唸りが足元の岩を通して振動した。最初は微かに、それからより強く。
その揺れで、キールの足元が崩れた。
「うわっ!」
エララがもう動いていた。キールの腕を掴み、自らの体重を後ろに預けて引き止める。二人はもつれ合い、数秒間、不安定な足場で踏ん張った。
「しっかりしなさい、この馬鹿」エララが吐き捨てるように言い、キールを突き放すように立たせた。
——声が、わずかに震えていた。
キールは何か言いかけたが、彼女はもう前を向いていた。
「全員、壁に手をつけろ。一歩ずつだ」
手袋が湿った石に触れた。俺たちは進んだ。
* * *
また震動が来た。今回はより強い。
俺はよろめいた。目の奥の圧力が跳ね上がり、上唇に温もりが伝う。血。拭った。
エララが指先を震わせた。「石が今動いた。何かが緩んで外れたわ。空気の味が鋭くなった——砕けた鉱石のような」
「震動が前方の何かを割ったんだ。……そして、下にある何かが目を覚ました」
緩い岩が動き、ブーツの下で滑る。膝が焼けつくように痛い。壁に身を支える肩が軋んだ。
ついに下のより広い、比較的平らな洞窟の床にたどり着いた時、別の震動が走った。今回はより激しい。見えない天井から埃が降り、地面がたわんだ。壁の高所に走る新たな亀裂から、粘つく青白い光の液体がじわじわと染み出し、ゆっくりと床に垂れていた。岩に触れた所で蒸気が上がり、シューと柔らかく音を立てる。
キールが大きく息を呑んだ。「女神様……あれは一体何だ?」
欠片の穢れで木がねじれたり、石が曲がるって話は聞いたことがある。だが流れる液体? こんなの聞いたことがない。
ライラが俺の手を掴んだ。目が見開かれている。
「ここから出ないと……! 頼む、アーレン!」
いつもの棘がない。ただの、悲鳴だった。
ライラが怯えている。なら、ここが限界だ。
「分かった——引き返す」
だが、誰も動く前に、上で波紋が——
* * *
キールの松明が高い棚の一つを照らした時、そこの闇が歪んだ。波打った。光が、そこにあるはずのない表面を反射したかのように。
「あそこ!」エララが鋭く指さした。
影の塊がより深い暗黒から離れ、形へと流れた。細身で、暗い衣装。音もなく。
それが俺たちの方を向いた時、松明の光がその顔を照らした。硝子細工のような顔立ち。黒い髪の間から突き出した二本の角——黒曜石の短剣のような。
そして、あの目だ。
闇の中でさえ鮮烈に輝く、紫の瞳。俺だけを真っ直ぐに見据えていた。
——魔族。
昨夜より高く、昨夜より寒い。そして昨夜より——静かだ。風すら止んでいた。空気が動かない。煙が逃げ場を失い、目に染みて喉を焼いた。
キールは小石を無目的に地面に投げていた。カチッ。カチッ。静寂の中でひどく耳障りだった。
「斜面が急になってきた。明日は足元に気をつけろ。一歩間違えれば終わりだ」ボーリンが言った。視線は、火の光の向こうの闇をうかがっている。
「静かすぎるわ。今日一日、鳥のさえずりすら聞こえなかった……」エララが付け加えた。声は押し殺されていた。炎の近くにいるのに、震えている。
俺は背中の冷たい石に身じろぎした。「せめて、食い物を狙うケチな獲物がいないだけマシか」
誰も答えなかった。ライラの顔に薄笑いが浮かんだ。すぐに影に消えたが。
「……もうすぐ雪が降るな」
重い灰色の空を見上げた。墓の蓋みたいだ。星も見えない。
沈黙。死にかけた火のぱちぱちという音だけ。
……視線がある。ずっと、どこかから。肌がざわついた——何かに触れられたように。
* * *
三日目。さらに寒い。空気が鋭くなっていた。息を吸うたび、鼻の奥が痛い。
野営を解いた直後、雪が来た。はらはらと軽く、肩に落ちて即座に溶けていく。
(よりにもよって今かよ……!)
俺はマントをきつく引いた。湿った冷気がすでに内側まで染み込んでいる。
「この天気が本格化する前に目的地に着く必要がある」ボーリンが俺の横でつぶやいた。息が白い。
* * *
渦巻く雪と霧を通して、前方に暗い崖が迫り始めていた。でかい。切り立った岩壁が何百尺も聳え立ち、頂は雪雲の中へ消えている。
俺は停止を合図し、岩陰に身を隠した。
その時、かすかで低い震えが、ブーツの底から岩盤を通して直接響いてきた。骨の芯に届く振動——音じゃない。体が直接感じ取っている。空気が重い。肌がぴりぴりと刺される。鼓膜が内から圧される。深い水中にいるかのように、じわりと圧が増してくる。
「ボーリン」
「先行しろ。崖の根元を調べろ。地面の異常、妙な気配、方位磁石はどうか。些細なことでも見逃すな」
ボーリンは一度うなずき、霧の中に消えた。音がなかった。
雪が降る。キールが横で身じろぎし、何か文句を垂れている。声は風に散って聞こえない。左手の震えが戻っていた。さっきより強い。拳を握った。止まらない。
(頼む、ボーリン)
口笛。短く、鋭い。ボーリンの合図だ。
「安全だ。移動するぞ。慎重に」
* * *
崖の基部に近づいた。空気がさらに重い。さらに冷たい。岩盤の振動が、よりはっきりと伝わってきた。
岩壁に、何かが口を開けている——黒い穴。洞窟だ。
中から冷気が流れ出ている。山の空気より湿って、深い。マントの下で肌が粟立った。息が喉の奥で凍りつく。空気が重く、濃く、押し返してくる。湿った石と土の黴臭い匂い、鋭い金属臭、そしてなぜか腐った果実のような甘さが混じっている。稲妻が落ちた後に似た気配。だがもっと冷たい。死んだ匂いだ。
低い唸り。耳の奥ではない。もっと深い——頭蓋骨の内側で、直接震えている。目の奥の圧力が、吐き気を催すほど強く脈打つ。
エララが入口に近づき、黒い口を覗き込んで——凍りついた。
「石が……光が、歪んでる……」彼女は喘いだ。「それにこの苔……見て、この形……自然にはあり得ない。何かが、ここを歪めてる……!」
指先が宙を彷徨い、何かをなぞるように動いている。
(なんて顔してやがる)
欠片の圧は知っている。何度も浴びてきた。だが、これは違う。強い。この圧力、この臓腑まで届く冷気……ただの寒さじゃない。内側から頭蓋骨を締め上げられている。吐き気が腹の中で渦巻く。
(近い。俺たちの真下だ。欠片だ。でかいやつだ)
ボーリンと目が合った。
「……引き返すなら今だ。だが、俺は行く」
「配置はこうだ。ボーリン、先頭で道を開け。エララ、聖蝕の兆候を見逃すな。キール、松明を頼む、しくじるなよ。ライラ、最後尾だ。いざという時は任せた」
紐を確認し、鞘の武器を緩める。キールが松明でもたつき、指の関節が白くなるのも構わず柄を強く握りしめていた。
ライラが横目でキールを見た。「ここから生きて出られた奴がいたら、覚えておきな。死因は『キールの呼吸がデカすぎて怪物を叩き起こしたせい』って報告するんだよ」
キールは、大げさな手つきで松明を調整した。「そりゃどうも。俺が最後の生き残りになったら、あんたがションベン漏らして命乞いしてたって言いふらしてやるからな、姫様」
ライラの唇に、冷たい薄笑いが浮かんだ。
「みんな帰るぞ」俺は闇に向かって歩を進めながら言った。
ライラの声が、俺の背中に刺さった。
「……帰れる前提で話してんのか」
「俺はいつだって、必ず帰るつもりでいる。そうでなきゃ、最初から何も始められねえ」振り返らずに言った。
「入るぞ」
* * *
暗い。
最初の数歩、ブーツが緩い瓦礫を踏みしめて反響した。すぐに柔らかく吸い付くような泥の音に変わった。キールが松明に火をつけた。下へ向かう一歩ごとに空気は重く、冷たくなる。まとわりつく金属的な甘さが濃くなり、喉の奥に膜を張るようだった。
ボーリンが先頭を進んだ。いつもと同じ足取りで。重いブーツで床の感触を確かめ、籠手で滑りやすい壁を叩く。音は鈍く、響かない。
足音と、水音だけ。ポタッ……ポタッ……
通路が狭くなっていく。壁が湿気で松明の光にかすかに輝いている。匂いが強まる。やがて通路がわずかに広がり、水の滴る音が反響し始めたところで、分岐点に到達した。二つのトンネルが、前方の闇に口を開けている。
ボーリンはまず右のトンネルでしゃがみ込み、緩い岩を落とした。カラカラという音が長く、深く反響する。顔をしかめた。「右は急斜面だ。足場も悪い。崩れるかもしれん」
左の通路へ体を向けようとした。
目の奥で、圧力が脈打った。
「右だ」
俺はボーリンの言葉を遮った。振り返るより早く、俺は右の穴へと踏み出していた。「危険なのは分かってる。だが……間違いなくこっちだ」
エララが息を呑んだ。「アーレン、あなたの目……血が……」
俺は頬に手を当てた。濡れていた。目の端から、血が滲んでいる。
「問題ない。進め」
ボーリンは俺の顔と、右の暗闇を見比べた。うなずいた。
キールが震える手で松明を掲げ直す。俺たちは右へ降りた。
「落ちるなよ、キール。誰も受け止めないから」ライラの声が、湿った空気の中で冷たく響いた。
* * *
右側のトンネルは、緩い瓦礫の上を急傾斜で下っていた。一歩ごとに足場が滑り、動く。頭蓋骨の奥で、圧力が着実に強まっていく。もはやはっきりとした痛みだ。こめかみが脈打つたびに、視界の端が明滅する。
滑り、支え、止まる。会話はない。ただ呼吸と、ブーツが砂利を擦る音だけ。
斜面がさらに狭くなった時、低い唸りが足元の岩を通して振動した。最初は微かに、それからより強く。
その揺れで、キールの足元が崩れた。
「うわっ!」
エララがもう動いていた。キールの腕を掴み、自らの体重を後ろに預けて引き止める。二人はもつれ合い、数秒間、不安定な足場で踏ん張った。
「しっかりしなさい、この馬鹿」エララが吐き捨てるように言い、キールを突き放すように立たせた。
——声が、わずかに震えていた。
キールは何か言いかけたが、彼女はもう前を向いていた。
「全員、壁に手をつけろ。一歩ずつだ」
手袋が湿った石に触れた。俺たちは進んだ。
* * *
また震動が来た。今回はより強い。
俺はよろめいた。目の奥の圧力が跳ね上がり、上唇に温もりが伝う。血。拭った。
エララが指先を震わせた。「石が今動いた。何かが緩んで外れたわ。空気の味が鋭くなった——砕けた鉱石のような」
「震動が前方の何かを割ったんだ。……そして、下にある何かが目を覚ました」
緩い岩が動き、ブーツの下で滑る。膝が焼けつくように痛い。壁に身を支える肩が軋んだ。
ついに下のより広い、比較的平らな洞窟の床にたどり着いた時、別の震動が走った。今回はより激しい。見えない天井から埃が降り、地面がたわんだ。壁の高所に走る新たな亀裂から、粘つく青白い光の液体がじわじわと染み出し、ゆっくりと床に垂れていた。岩に触れた所で蒸気が上がり、シューと柔らかく音を立てる。
キールが大きく息を呑んだ。「女神様……あれは一体何だ?」
欠片の穢れで木がねじれたり、石が曲がるって話は聞いたことがある。だが流れる液体? こんなの聞いたことがない。
ライラが俺の手を掴んだ。目が見開かれている。
「ここから出ないと……! 頼む、アーレン!」
いつもの棘がない。ただの、悲鳴だった。
ライラが怯えている。なら、ここが限界だ。
「分かった——引き返す」
だが、誰も動く前に、上で波紋が——
* * *
キールの松明が高い棚の一つを照らした時、そこの闇が歪んだ。波打った。光が、そこにあるはずのない表面を反射したかのように。
「あそこ!」エララが鋭く指さした。
影の塊がより深い暗黒から離れ、形へと流れた。細身で、暗い衣装。音もなく。
それが俺たちの方を向いた時、松明の光がその顔を照らした。硝子細工のような顔立ち。黒い髪の間から突き出した二本の角——黒曜石の短剣のような。
そして、あの目だ。
闇の中でさえ鮮烈に輝く、紫の瞳。俺だけを真っ直ぐに見据えていた。
——魔族。
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