「何かあったとは思っていたけど、まさかこうなるとはね」
金子君はコーヒーを一口啜って、淡々とそう話し出した。
対して、対面にいる私と真弓ちゃんは重い表情のままだった。
駅前のショッピングモール、その一階にあるカフェに私たちは来ていた。
この時間、いつも通りなら部活をしているだろう。それを樫田先輩が三人で話す時間に当ててくれた。
それなのに、私も真弓ちゃんも未だに話を切り出せずにいた。
金子君は困ったように笑いながら、話を続ける。
「とはいえ、さっきの演技すごかった。アドリブであそこまで出来るなんて。経験者なのは知ってたけど、なんていうかさ、改めて実感してっていうか」
「「……」」
私たちの反応が鈍いのを感じると、金子君も黙ってしまった。
重っ苦しい静寂が流れる。
何故だろう。私は真弓ちゃんに聞かないといけないことがあるのに、それを言い出せない。
昨日もそうだった。私は何も聞き出せずにいた。
私の中の何かが、ストップをかける。
恐怖? それとも臆病? ……分からない。この胸を支配する感情すら私は分かっていない。
「……このカフェってさ、ゴールデンウィークに杉野先輩と大槻先輩に出会ったカフェだよな」
不意に、金子君がそんなことを言った。
私と真弓ちゃんが彼の方を向く。すぐ最近の出来事のはずなのに懐かしいような感覚を覚える。
それは金子君も同じだったようだ。
「たった一ヶ月前のことなのに俺にはもっと前のように感じる。池本から渇望の話を聞いてさ、三人で話して……たぶん、アレが始まりだったんだろうね」
金子君は少し恥ずかしそうに、それでいて楽しそうに笑う。
その表情を見て、私の胸は少し苦しんだ。
「始まって、未だ何一つ解決せず、ここにいる。渇望についても、演劇部についても、高校生についても、まだまだ知らないことばかりだ……けどさ」
金子君はそこで一度言葉を止めて、私と真弓ちゃんを見る。
穏やかで暖かい笑顔、しかしその瞳の奥には決意を秘めていた。
「約束したじゃん。同志だって。隠し事とか相談事はなるべき共有するって」
それは決して責めるわけでもなく、怒っているわけでもなく、ただ寂しそうな言葉だった。
だからこそ、余計に辛くなる。
金子君が裏方になった時私たちは追及した。そして約束したはずなのに。
それなのに私は――。
「……そうだね。金子の言う通りだ」
真弓ちゃんが力なく肯定した。
何か遠くを見るような表情をしていた真弓ちゃんが頭を下げた。
「金子も春佳ちゃんもごめんなさい。私は二人に隠していたことがあります」
「……」
「……」
その謝罪を私と金子君は黙って受け取った。
頭を上げると、真弓ちゃんはゆっくりと口を開いた。
「私ね、全国に行きたい」
端的に、そう言った。
知っていた私は特段何も感じなかったが、金子君はその言葉を吟味するように真剣な顔で考えだす。
そこでようやく私は、その言葉が特別な意味を持つことに気づいた。
「……それは、果てしない志だね」
金子君はそう返した。
賛同も反対もなく、彼なりの見解だったのだろう。
私にはその意味が分からなかった。
しかし、真弓ちゃんには伝わったのだろう。
「そうだね。でも、決めたんだ」
「そっか、じゃあ実力を隠していたのは……俺たちのため、かな?」
驚くことにそれだけで金子君は真弓ちゃんの意図を汲み取っていた。
私の横で、真弓ちゃんが息を呑んだ。
「そこまで、分かるんだ……」
「分かるさ。本気で全国に行きたいって言えるなら、きっとそうだろうなって」
「金子は……ううん。違うね。私は二人に協力してほしいんだ」
何かを言いかけて、真弓ちゃんは首を横に振り言い直す。
金子君と私を見て訴えかける。
その真剣な瞳に、引き込まれそうになる。
「田島。俺はまだ高校演劇を知らない。演劇で競い合い、勝つことがどういうことか知らないし、分からない。だから、すぐには返答できない」
ああ、その通りだ。
私は金子君の言葉を聞いて冷静になった。
引き込まれそうになった瞳から目を離して、現実を見る。
まだ何も知らないんだから、安易に賛同はできない。
真弓ちゃんも分かっていたかのように、肩を落とす。
「だよねー。私も本当は春大会終わってからこの話しようと思ってたし」
「田島って意外と計算高い?」
「まぁね」
さっきまでの雰囲気が嘘のように、柔らかい空気が流れる。
私はこっそりと安堵する。
「まぁ、二人も春大会を経験すれば、きっと分かるよ」
真弓ちゃんは、悟ったようにそう言った。
そんなものだろうか、と少し疑ってしまう。
人はそんな簡単に分かったり変わったりできるのだろうか。
「……池本は、どうだ?」
急に、金子君が私に話を振ってきた。
抽象的な質問だったけど、なんとなく心配されているのを感じた。
二人の視線が私に集まる。思わず下を向いてしまう。
「私は……ごめん。よく分からない」
「そっか、そりゃそうだ」
「でも! でも……真弓ちゃんが手を抜いているって知って、何というか、その、私は、私が情けなかった……」
言った言葉が正しい表現なのか、自分でも分からなかった。
それでも、二人に何かを伝えたくて堪らなかった。
恐る恐る二人を見る。
「そうだね。俺も似た感じを覚えたよ」
金子君は、穏やかに私に共感してくれた。
同じと言わず、分かるとも言わず、それでも肯定してくれたことが私は嬉しかった。
そんな私たちの言葉を聞いて、真弓ちゃんがゆっくりと口を開いた。
「そう、だよね…………分かった。二人にはちゃんと説明する」
そこから真弓ちゃんは真剣な表情で教えてくれた。
全国に行きたい理由と、彼女の過去を。