王都セント・フォンの長い冬が、ようやくその重い幕を下ろそうとしていた。
午前六時。大聖堂の鐘が鳴り響くと、昨日までの猛烈な魔吹雪が嘘のように、柔らかな黄金色の陽光が石畳を照らし出した。
「……信じられないな。本当に、平和な朝が来たのか」
騎士ジルは、噴水の縁に立って眩しそうに目を細めた。
昨夜、王都を包み込んだ「ピンク色の綿あめの雪」は、春の予感を含んだ風に溶けて消えていた。代わりに、噴水の周囲には冬を越したばかりの小さな花々が、リネの魔法の残り香に誘われるようにして、一斉に蕾を綻ばせている。
今日のジルは、泥も、コタツの重みも、ホットチョコのベタつきも、栗の殻もついていない。騎士団の倉庫からようやく返ってきた、真っさらな正装に身を包んでいた。
十日間に及ぶ「不運な広場警備」の最終日。彼は、この嵐のような日々を思い返し、深い溜息を一つ吐いた。
「……結局、あいつらはどうしたかな」
その呟きに応えるように、聞き慣れた、だが今までよりもずっと華やかで賑やかな声が広場に響いた。
「騎士様! おはようございます!」
振り返ると、そこには三人の少女が、手を取り合うようにして並んで歩いてくる姿があった。
リネは、いつもの薄汚れた赤いケープを脱ぎ、魔法界の正装である真っ白なドレスを纏っていた。手には「不幸なマッチ売りの少女」の演技用ではない、誇らしげな魔法少女の杖を携えている。
クララは、ボロボロの灰色の布を捨て、モニカの商会で特注したという藍色の気品あるドレスを身に付け、冷徹な魔女狩り屋ではなく一人の美しい令嬢として微笑んでいた。
そしてモニカは、金貨の袋ではなく、三羽の小鳥が描かれた手作りのバスケットを抱え、まるで春を連れてきた女神のような自信に満ちた笑顔を浮かべていた。
「あら、ジル様。そんなに鳩が豆鉄砲を食ったような顔をなさらなくてよろしいのよ。わたくしたち、昨夜の『温泉会議』で、今後の提携案についてじっくりと煮詰めましたの」
「温泉会議……? 提携……?」
「ええ。リネがうっかり魔女で、私が物騒なハンターで、モニカが強欲なのはもうお互い様ってこと。……ジル、私たちはもう、あなたを奪い合って無駄な戦いをするのはやめたの」
クララがリネの肩を抱き、悪戯っぽく微笑む。リネも、以前のような焦りではなく、心からの信頼を込めて頷いた。
「はい! 私、二人という最高の親友を『マッチング』しちゃいました! だから、私たち三人は決めました。これからもずっと、三人一緒にあなたの隣にいるって!」
「……えっ? 全員で、ずっと?」
「当然ですわ。ビジネスにおいても、一極集中より複数社による独占の方が市場は安定しますもの。わたくしたち、もう隠し事もありませんの。……ね、リネさん、クララさん?」
モニカの言葉に、二人は顔を見合わせて笑う。
ジルは戦慄した。今までは三人が牽制し合っていたからこそ、まだ逃げ道があった。だが、彼女たちが「親友」として結束した今、自分の逃げ場は完全に消滅したのではないか。
「さあ、ジル様。今日は修行の千本目。……私の、本当の最後のマッチです」
リネが一歩前に出て、小さなマッチを取り出した。
それは、修行の成功を告げる最後の一本。彼女が願ったのは、これまでのようなパニックを伴う奇跡ではなかった。
シュッ。
灯った火花は、これまでで最も小さく、だが最も力強いオレンジ色の光を放った。
リネが心から願ったのは、目の前の「不運で、でも誰よりも優しい人」の未来が、花のように明るいものであること。
(……温かいな。本当に)
ジルの胸に、スッと柔らかな感覚が広がった。
それは魔法で生み出したジャングルの熱気でも、チョコの甘さでもない。三人の少女が、衝突と騒動を乗り越えて築き上げた、確かな絆がもたらす「本当の春」の温もりだった。
噴水の水がクリスタルのようにキラキラと光り、王都を包んでいた冬の香りが、本物の瑞々しい花の香りと混ざり合っていく。
「卒業、おめでとう。リネ君。……君も、クララ、モニカも。君たちのおかげで、今年の冬は……人生で一番、短く感じたよ」
ジルが照れくさそうに微笑むと、三人の少女は一瞬だけ見惚れたように沈黙し――それから、獲物を見つけた猛獣のような目で同時に彼に飛びついた。
「わあぁ! 騎士様、今の笑顔、ずるいです! 卒業しても、毎日ここで魔法の練習をしますからね!」
「ジル、逃げられると思わないで。私たちの共同戦線は、まだ始まったばかりなんだから。……まずはその制服、私好みに脱がせて……じゃなくて、整えてあげるわ!」
「あら、わたくしとの『無期限・休日独占契約書』の更新がまだですわよ! 春のレジャー資金はたっぷり用意してありますわ!」
「ちょっ……! やめろ! 友情が優先なんじゃなかったのか!? せっかくの正装がシワになる! 誰か助けてくれーっ!」
春の訪れを祝う鐘が鳴り響く中、ジルはやっぱり今日も、三人の少女によって物理的に揉みくちゃにされていた。
だが、青空の下で響く彼の悲鳴は、どこか楽しげでもあった。
「マッチ売りの少女」は、もうどこにもいない。
そこにいるのは、恋と友情を両手に抱え、一人のお人好しな騎士をどこまでも追いかけ回す、最強の三姉妹のような少女たちだ。
王都セント・フォン。
噴水広場の春は、始まったばかり。
そして、ジルと彼女たちの、騒がしくも愛おしい「マッチング」の日々は、これからもずっと続いていく――。
(おわり)