第9話 消えそうな、最後の希望

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 王都セント・フォンの歴史上、これほどまでの極寒は記録にない。
 午後六時。大聖堂の鐘の音さえ、凍りついた空気の中で鈍くひび割れて聞こえる。
 空を覆うのは、単なる雪雲ではなかった。魔力的なゆらぎを孕んだ、銀色の魔吹雪だ。

「……息をするだけで、肺が凍りそうだ」

 騎士ジルは、広場の中心で、折れそうな膝を叱咤して立っていた。
 今日の彼は、騎士団の制服の上に、モニカから「利息代わり」に渡された毛皮を三枚重ねにし、リネが魔法で温めた使い捨てのカイロ(という名の熱い石)を全身に貼り付けている。

 だが、それでも足りない。街の魔導暖房は凍結して停止し、人々は家の中で震え、祈るしかなかった。

「ごめんなさい……私のせいです。私の魔力が、この冬の寒さを吸い込んで、勝手に大きくなっちゃって……」

 噴水の陰で、リネが今にも消えそうな声で泣いていた。

 彼女の持つマッチ箱は、すでに空に近い。

 彼女が街を温めようと無理な魔法を使うたびに、周囲の寒気と反発し、吹雪はより一層激しさを増すという悪循環に陥っていた。

「リネさんのせいではありませんわ。……この異常な寒波は、わたくしの商会が輸入した『永久氷晶』が、リネさんの魔力に反応して共鳴した結果ですの。……つまり、わたくしの責任ですわ」

 モニカが、初めて自信なさげに唇を噛んだ。彼女はビジネスのために強力な魔導冷却材を大量に倉庫へ集めていたが、それがリネの暴走魔法と化学反応を起こしてしまったのだ。

「……いいえ。一番の責任は、私にあるわ」

 闇の中から、クララが姿を現した。彼女の手には、銀色の投擲剣ではなく、組織から下された「魔女処刑用の大鎌」が握られていた。

「私の組織が、リネを誘き出すために、王都全体の温度を下げる禁呪を広場に仕掛けた。……リネ、あなたはもう限界よ。これ以上魔法を使えば、あなたの魂がマッチと一緒に燃え尽きてしまう」

「クララさん……。でも、私がやらなきゃ、騎士様が……街の人が、凍っちゃいます!」

 リネのルビー色の瞳に、決意の火が灯る。彼女は震える手で、最後から二本目のマッチを取り出した。

「待て、リネ君! 無茶をするな!」

 ジルが彼女の腕を掴もうとする。だが、その瞬間、空から組織の魔女狩り部隊――銀の仮面を被った騎士たちが、吹雪と共に舞い降りてきた。

「標的を確認。……クララ、退け。その魔女を処理し、冬を終わらせる」
「断るわ!!」

 クララがジルの前に立ち、大鎌を構えた。

「私はこの騎士と、この騒がしい広場に『マッチング』しちゃったの。私の獲物に手を出す奴は、組織の人間でも許さない!」
「クララ……!」

 ジルは驚き、そして彼女の背中を守るように抜剣した。

「リネさん! モニカさん! 恥を忍んで提案しますわ! 三人で同時に、最後の一本に想いを乗せるのですわよ!」

 モニカが懐から、黄金に輝く「家宝の聖マッチ」を取り出した。それはどんな魔法をも増幅させる、伝説の触媒だった。

「リネさんの魔力、クララさんの術式、そしてわたくしの黄金の加護! これを合わせれば、王都を包む暖炉が作れますわ!」
「三人同時……!? 騎士様、危ないから離れててください!」
「……いや、僕も手伝おう。僕の『不運』を、全部そのマッチの燃料にしてくれ!」

 四人が、噴水の前で円陣を組んだ。

 リネがマッチを擦る。三人の手が重なり、ジルの不運なオーラが、魔法の種火へと注ぎ込まれる。

 シュッ!!!

 これまでで最大の、太陽のような輝きが王都を包み込んだ。
 リネがイメージしたのは「世界で一番大きな、家族の団らん」。

 だが、そこにモニカの「贅沢三昧」とクララの「冷徹な狙撃」、ジルの「不運な巻き込まれ体質」が混ざり合い、奇
 跡はあらぬ方向へと超進化した。

 ドォォォォォォォン!!

 王都を包んだのは、暖炉ではなかった。
 リネの魔力によって実体化したのは、王都の城壁そのものを「土台」とした、「全街規模・自動追尾型・巨大アロマ加湿暖房システム」だった。

「な、なんだこれ!? 街中がラベンダーの香りでポカポカするぞ!」
「見て! 吹雪が、ピンク色の綿あめに変わって降ってきてるわ!」

 空から降るのは、冷たい雪ではなく、食べられる「温かな綿あめ」。
 広場の地面からは、天然の床暖房として「温泉」が湧き出し、魔女狩り部隊の銀の仮面は、あまりの心地よさに曇って使い物にならなくなった。

「……ふぅ。……なんだか、すごく眠い……」

 リネが膝を突き、ジルの腕の中に倒れ込んだ。

「よくやった、リネ……。みんなも……」

 ジルは綿あめの雪が舞う中、三人の少女を抱き寄せるようにして、温かな蒸気に包まれた。
 組織の追手は、温泉の心地よさと綿あめの甘さに戦意を喪失し、鼻歌を歌いながら撤退していった。

 冬の王都。午後十時。

 吹雪は消えた。

 残されたのは、ピンク色の雪に埋もれた甘い街と、最後のマッチを使い切った、少しだけ大人になった少女たち。
 いよいよ明日、この奇跡の十日間の、最後の日がやってくる。




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 王都セント・フォンの歴史上、これほどまでの極寒は記録にない。
 午後六時。大聖堂の鐘の音さえ、凍りついた空気の中で鈍くひび割れて聞こえる。
 空を覆うのは、単なる雪雲ではなかった。魔力的なゆらぎを孕んだ、銀色の魔吹雪だ。
「……息をするだけで、肺が凍りそうだ」
 騎士ジルは、広場の中心で、折れそうな膝を叱咤して立っていた。
 今日の彼は、騎士団の制服の上に、モニカから「利息代わり」に渡された毛皮を三枚重ねにし、リネが魔法で温めた使い捨てのカイロ(という名の熱い石)を全身に貼り付けている。
 だが、それでも足りない。街の魔導暖房は凍結して停止し、人々は家の中で震え、祈るしかなかった。
「ごめんなさい……私のせいです。私の魔力が、この冬の寒さを吸い込んで、勝手に大きくなっちゃって……」
 噴水の陰で、リネが今にも消えそうな声で泣いていた。
 彼女の持つマッチ箱は、すでに空に近い。
 彼女が街を温めようと無理な魔法を使うたびに、周囲の寒気と反発し、吹雪はより一層激しさを増すという悪循環に陥っていた。
「リネさんのせいではありませんわ。……この異常な寒波は、わたくしの商会が輸入した『永久氷晶』が、リネさんの魔力に反応して共鳴した結果ですの。……つまり、わたくしの責任ですわ」
 モニカが、初めて自信なさげに唇を噛んだ。彼女はビジネスのために強力な魔導冷却材を大量に倉庫へ集めていたが、それがリネの暴走魔法と化学反応を起こしてしまったのだ。
「……いいえ。一番の責任は、私にあるわ」
 闇の中から、クララが姿を現した。彼女の手には、銀色の投擲剣ではなく、組織から下された「魔女処刑用の大鎌」が握られていた。
「私の組織が、リネを誘き出すために、王都全体の温度を下げる禁呪を広場に仕掛けた。……リネ、あなたはもう限界よ。これ以上魔法を使えば、あなたの魂がマッチと一緒に燃え尽きてしまう」
「クララさん……。でも、私がやらなきゃ、騎士様が……街の人が、凍っちゃいます!」
 リネのルビー色の瞳に、決意の火が灯る。彼女は震える手で、最後から二本目のマッチを取り出した。
「待て、リネ君! 無茶をするな!」
 ジルが彼女の腕を掴もうとする。だが、その瞬間、空から組織の魔女狩り部隊――銀の仮面を被った騎士たちが、吹雪と共に舞い降りてきた。
「標的を確認。……クララ、退け。その魔女を処理し、冬を終わらせる」
「断るわ!!」
 クララがジルの前に立ち、大鎌を構えた。
「私はこの騎士と、この騒がしい広場に『マッチング』しちゃったの。私の獲物に手を出す奴は、組織の人間でも許さない!」
「クララ……!」
 ジルは驚き、そして彼女の背中を守るように抜剣した。
「リネさん! モニカさん! 恥を忍んで提案しますわ! 三人で同時に、最後の一本に想いを乗せるのですわよ!」
 モニカが懐から、黄金に輝く「家宝の聖マッチ」を取り出した。それはどんな魔法をも増幅させる、伝説の触媒だった。
「リネさんの魔力、クララさんの術式、そしてわたくしの黄金の加護! これを合わせれば、王都を包む暖炉が作れますわ!」
「三人同時……!? 騎士様、危ないから離れててください!」
「……いや、僕も手伝おう。僕の『不運』を、全部そのマッチの燃料にしてくれ!」
 四人が、噴水の前で円陣を組んだ。
 リネがマッチを擦る。三人の手が重なり、ジルの不運なオーラが、魔法の種火へと注ぎ込まれる。
 シュッ!!!
 これまでで最大の、太陽のような輝きが王都を包み込んだ。
 リネがイメージしたのは「世界で一番大きな、家族の団らん」。
 だが、そこにモニカの「贅沢三昧」とクララの「冷徹な狙撃」、ジルの「不運な巻き込まれ体質」が混ざり合い、奇
 跡はあらぬ方向へと超進化した。
 ドォォォォォォォン!!
 王都を包んだのは、暖炉ではなかった。
 リネの魔力によって実体化したのは、王都の城壁そのものを「土台」とした、「全街規模・自動追尾型・巨大アロマ加湿暖房システム」だった。
「な、なんだこれ!? 街中がラベンダーの香りでポカポカするぞ!」
「見て! 吹雪が、ピンク色の綿あめに変わって降ってきてるわ!」
 空から降るのは、冷たい雪ではなく、食べられる「温かな綿あめ」。
 広場の地面からは、天然の床暖房として「温泉」が湧き出し、魔女狩り部隊の銀の仮面は、あまりの心地よさに曇って使い物にならなくなった。
「……ふぅ。……なんだか、すごく眠い……」
 リネが膝を突き、ジルの腕の中に倒れ込んだ。
「よくやった、リネ……。みんなも……」
 ジルは綿あめの雪が舞う中、三人の少女を抱き寄せるようにして、温かな蒸気に包まれた。
 組織の追手は、温泉の心地よさと綿あめの甘さに戦意を喪失し、鼻歌を歌いながら撤退していった。
 冬の王都。午後十時。
 吹雪は消えた。
 残されたのは、ピンク色の雪に埋もれた甘い街と、最後のマッチを使い切った、少しだけ大人になった少女たち。
 いよいよ明日、この奇跡の十日間の、最後の日がやってくる。