「え……?」
変わらず、肩で呼吸しながら俺は呟いた。
樫田の言っていることの意味がよく理解できなかったからだ。
そんな俺の様子を見て、樫田は溜息をついた。
「……杉野、とりあえず休憩にするから水飲んで来い」
「でも……」
「でもじゃねーよ」
「杉野―、いいから水飲んでくるよ―」
いつの間にか近づいていた大槻と山路が俺の肩を持って体を引っ張る。
流れるまま、俺はロッカーの方へと行く。
その間に樫田は次の指示を出していた。
「ほら、いったん休憩だ……ああ、それと悪いが一年生たちは三人とも集まってくれ」
そんな言葉を後ろに受けながら、俺は水を飲む。
喉を通る生温い温度が、少しだけ現実感を覚えさせてくれた。
ああそうか、俺は興奮していたのか。
大槻と山路に目をやると、二人は心配そうにしていた。
「……悪い。助かった」
「いいってことよ」
「貸し一だねー」
俺が謝ると、二人は軽口を言う。
どうやら俺は入り過ぎていたらしい。
もう一度水を口に含む。スイッチが徐々にオフになっていくのを感じた。
落ち着いた俺は、演出席の方へ目をやった。
そこには座る樫田を囲うように、一年生三人が立っていた。
そして、何やら話しているようだったが、その声は聞こえなかった。
今度は女子たちの方へ目をやる。それぞれ、台本を確認したり水を飲んだりしていた。
ただ、その表情はどこか暗かった。少し気になりながらも俺は休憩しながら、次の指示を待った。
数分後、一年生たちと話が終わったようで、樫田が立ち上がり全体に聞こえるように叫んだ。
「悪いが今日の稽古はここまでにする。それと一年生たちには先に帰ってもらう……いいですよね? 轟先輩」
「オーキードーキー!」
樫田が轟先輩に尋ねると、親指を立てながら即答した。
許可を得ると、一年生たちは帰りの準備を始める。
俺たちは黙ってそれを見ていた。
そして、三人は「失礼します」と言って教室を出ていった。
残って俺たち二年と三年生たちは樫田に注目する。
すると樫田は落ち着いたようですが演出席に戻り、頭を抱えながら言った。
「さて、一年生たちは一年生たちで話し合いたいことがあるから帰したが、こっちもこっちで話さないとだな……」
何を、とは誰も聞かなかった。
そんなの決まっている田島についてだ。
さっきのアドリブで俺は、いやみんな初めて楽しそうな田島を見ただろう。
はたして、外から見たらどうだったのだろうか。
「あれが、田島の本気ということかしら」
そんなことを考えていると、椎名が樫田に尋ねた。
樫田は一瞬、俺の方を見た後に答えた。
「さぁな。だが、みんなが観たかったであろう実力の一端ではあるだろうな……」
「そう……ねぇ杉野。あなたからしてどうだったのかしら」
突然、椎名が俺に振ってきた。
みんなの視線が集まる。俺は冷静に、呼吸と整える。
「そうだな。本気かどうかは分からないが、楽しそうに演技していたとは思う」
「楽しそうに、ね……そうね。その通りだわ」
椎名は、何かに納得したようにそう呟いた。
その表情は複雑そうで、決して喜んではいなかった。
徐々に現実に戻ってきた俺は、ようやく状況を理解しつつあった。
たぶん、田島の演技が強烈だったんだ。
手を抜くことで田島が俺たちを舐めていたというなら、きっと俺たちは田島の演技を舐めていた。
想像以上だった。
それは、同じ役者として複雑な感情を抱かずにはいられなかった。
特に女子たちの想いは、俺には計り知れなかった。
「ねぇねぇコウ。なんでこんな暗い雰囲気なの?」
「……未来。静かにね。今大切なところだから」
「まぁ、轟ちゃんの言いたいことも分かるけど」
三年生たちが何やら小声で喋っていた。
しかし誰も気にすることなく、話は進んでいく。
「逆に女子たちはどうなんだよ。田島の演技観て、思うところあんだろ?」
「……」
樫田の質問に答えにくいのか、女子たちは黙った。
感情を整理してか言葉を選んでか、静寂が流れる。
最初に答えたのは夏村だった。
「正直、あそこまで
演るとは思ってなかった。率直に、驚いてる」
「驚いてる? それだけじゃないでしょ」
対して、増倉が反応した。
その顔は苦虫を嚙み潰したような渋い顔をしていた。
「私は苛立ってる……あんな、あんな実力を隠していたなんて」
拳を強く握って、吐き捨てるように言った。
その言葉に反論する者はいなかった。きっとみんなそれぞれ思うところがあるのだろう。
いつもなら言い過ぎだって注意するはずの椎名でさえ、難しそうな顔をしていた。
その様子を見て、樫田は椎名の答えを待たずして、話を進めた。
「言わんとしていることも分かるがこのままじゃ話が進まん。だから先に俺が話したいことを、お前らに相談したいことを言う」
色んな感情が混濁する中で、樫田に再び視線が集まる。
樫田は真剣な表情で一つの提案をする。
「もし、これ以上田島が手を抜くようなら、役を降りてもらおうと思う」