23話 コナトゥスのための挽歌―9
ー/ー
僕はチャットアプリを立ち上げて連絡をしてみる。既読マークはすぐについたけどその日に返事は返ってこなかった。もちろん予想通りというのは失礼なんだけど、順序というものが大切だ。布石として僕は送った、あとは上手く順序立てていけば想像の通りになるに違いない。
とはいっても上手く行かないことなんて想定内。だからなんとかしていく必要があるわけなんだけど、その時その時に動かなければいけない。計画なんか立てても遂行できることの方が少ないんだ。だって未来なんて誰にも分からないことなんだし、一本の釘で大きく変化することだってある。なら身を流れに任せておいた方が上手くいくに決まっている。
「ちょっといきなり携帯触らないでよ」
ジト目になりながら僕を責め立てる。
「ごめんごめん、連絡しないといけないなって急に思い出しちゃってさ」
「もう! しょうがないなぁ」
「それでなんだけど劇の内容って前回と同じでいいと思う?」
「う~ん、そうだね~。わたしとしては前と同じでいいと思うんだけど、今回は岡崎君とかあやちゃんと一緒にやりたいんだよね」
「前は三人だけだったもんね。二人増えるならちょっと変えてもいいかもしれないね……うん、決めた新しいやつを作ろうか」
「いいじゃん!」
また一つ楽しくなりそうな気がするのか、小雪は弾んだ声をあげる。けれど空き教室には僕と小雪の二人だけ。麗華も呼ぼうとしたけど前回は彼女にBGMを弾いてもらったからそのイメージを押し付けてしまうんじゃなかって、遠慮して僕は呼ばなかった。小雪もどうしていないか聞いてきたけど、話を聞くとすぐに納得してくれた。
劇を作ることに頭を切り替えると僕は一つ取り入れたい要素があることに気付く。それは勧善懲悪のような物語じゃなくて、もっと普遍的なことをテーマにして作りたい。
誰かが得をするようなことじゃなくて、ただこの物語を忘れてしまっても構造としてでも覚えていてもらえるような、そんな物語。きっとかつての文豪や芸術家たちの中でも目指している人はいただろう。僕にはそんな力はない、笑えるような話を書くことも出来ない。それでも僕は書いてみたいと思ってしまった。
「やる気になったんだ」小雪は小声で呟いたけどしっかり聞き取れた。
「そうだよ」
「あらら、聞こえちゃったんだ。なんだか安心もできるし、不安でもあるよ」
「母親みたいなこと言うね」
「そういうこと言うんだ。だったらもっと言ってあげようか?」
「やめてよ」
「あはは、ホントに嫌そう。……で、さっきの連絡ってさくらちゃんだよね。何か返事は来た?」
「ううん、まだ来てないよ。既読は付いたんだけど、こればっかりは賭けみたいなものだから仕方ないよ」
「わたしたちがどうのこうのできる問題じゃないよ。見守っておいてあげようよ、おにーちゃん」
「そうだね、僕の出来ることを出来る分だけさくらにはしてあげたい。結果は分からないけどさくらなら、自慢の妹なら僕を超えていくと思うんだよ」
「あーあ、わたしにも羽野くんみたいなおにーちゃんがいたらよかったな~」
両手で頬杖を付いて瞳を逃さない小雪。目尻の鋭さからして本気で思っているに違いない。僕はそれに気付いているけど、誤魔化すように、お決まりの言葉を言う。
「僕の妹は一人でいいよ」
「ちぇー。ケチー」
「そんなこと言われてもしょうがないよ」
それからずっと僕たちは雑談をして過ごしていたけど、陽もかなり落ちていたから先生に見つかってそのまま帰宅することになった。やっぱりああして小雪と話している時は気楽で楽しい。
家について劇のテーマについて考えようと椅子に座った時に携帯がタイミングよく鳴った。通知を受けて光った画面にはチャットが表示されている。送り主はさくらだ。文章が見切れているからロックを解除して続きを読もうとしたけど、想像出来てしまったから手が震えてしまう。
短くも長くもない文章の最後には「会いたい」とだけまずは見えた。その文字を認めた瞬間に僕は連絡をすぐに送り返そうかと思ったけど、改めて頭から読む。
「おにーちゃんのボイスメッセージで元気がもらえたよ。だから手はちょっと震えちゃったんだけど上手く歩けたし、お外の空気も美味しかった。おにーちゃんに会いたいんだけど、パニックになって不安にさせるのが怖いよ。でも会いたいから会うよ」
携帯を握りしめる手に力が込もってしまう。僕の妹はやっぱり僕なんかよりもずっと凄いじゃないか。だって一ヶ月も経たないでこれまで出来なかったことにどんどん立ち向かっている。もしかしたらずっと、あのままなんじゃないかって思っていたのに、今じゃ遅いとさえ考えてしまうくらいだから。
けどここで僕が強要してしまうのが一番まずい。これまで積み上げてきたものが一気に瓦解する可能性だってある。しかもそれは僕にしか、僕だけしか出来ないことなんだ。兄妹だからこそ繋がっている強固な絆は使ってはならない。使うんじゃなくて結果として絆があるべきなんだ。
それでも僕はただ、「ありがとう」と返事した。
休日の公園は意外にも人がいる。子供から老人、運動をする若い人、ペットと散歩をする人とその人その人によって行っていることは大きく異なる。その中でも僕とさくらはとても異質に見えただろう。
「久しぶりだね、さくら」と俯くさくらに声をかけるも反応はない。あの日以来こうして姿を見ることがなかったけど、さくらは全然変わっていなかった。身長だって伸びている。何なら少し痩せてしまったのではないかと思ってしまうけど、何より芯にあるものはちっとも変わってはいなかった。
「おにっ……」
声が裏返ってそのまま喋らなくなってしまう。これは恥ずかしいんだろう。そんな前のような妹の姿を見て僕は思わず涙ぐんでしまったけれど、そんな情けない姿は見せられない。
「ゆっくりでいいよ。今まで元気だった?」
「……ツラかったことも沢山あったけど、今は少し違う。こうしておにーちゃんにも会えたし」
「そっか。さくらは凄いよ。流石自慢の妹だ」
「うん、ありがとう。おにーちゃんに会うためにね、ここに来る前に髪を切ったの」
「大丈夫だった?」
「会えるって思ったから、それ以外なんにも思わなかったよ。どう? 似合う?」
「よく似合ってるよ。元々さくらは素材がいいから何でも似合うけどね」
「もう、そういうことを言うんじゃないよおにーちゃん」
褒めるとプリプリ怒るところも昔のままで、過去と現在を繋ぎ合わせるのに時間はかからない。すっぽりとその間に空白があるだけだ。
「こうしておにーちゃんに会えるようにはなったけど、これからどうすればいいのか?」
「だったら、僕の劇に来てくれないかな?」
「劇っておにーちゃん何処かで舞台でやるの?」
「いやいや流石にそんなことはないよ。ただボランティア活動の一環で、児童施設ですることになったんだ。是非さくらに見てもらいたくてね」
「そっか……うん。わたし、見に行くよ」
「ありがとう、さくら」
少しの時間だったけど、僕とさくらは長い歳月を経て再会し、これからのことについて話し合うことが出来た。まだまだ先は暗いままだけど、それでも、さくらは進んでいる。だから僕も伝えたいメッセージを……いや、そんな大それたものじゃない。ただ僕が、僕だけが知っていることをさくらにも麗華にも知って欲しいだけなんだ。
さくらと実際に話すことにより、更にインスピレーションを得た。今なら上手く言葉に出来るかもしれない。思いついたことをメモでもなんでも、この少し言葉になった輪郭を繋ぎ止めておきたい。
*
「それで出来たの?」
「うん、それはもう」
「おお! いいじゃん。で、その内容はどんなものなの?」
「これだよ」と渡した内容をじっくりと読む小雪。なんだか他人に読まれるのは毛恥ずかしくて、退出したい気持ちになるけどこのまま座って待つ。今回も小雪とだけで劇について会議をしているけど、やはり空き教室の空気は独特だ。生活感がないからなのか、錆びついている。錆びついているのに過去の青い春の匂いだけはしている。ただ流れていく時間の中で、そっと僕たちのような生徒を待っているような気がする。
「これ凄いよ。羽野くんらしくて、でも羽野くんじゃないというか。メッセージがよく分かるよ」
「ありがとう、褒めてくれて」
「褒めてなんていないよ。ただ事実を言ったの。それで配役はもちろん神無月がアレだよね」
「そう。でもう一つがさくら」
「やっぱりね。……羽野くんはどこまでも優しいね」
「そんなことはないよ。ただ思ったことをしたいだけ。それだけなんだ」
小雪は席を立ち、「私も早速準備をするよ。ありがとう作家さん!」と言い鞄を持って去っていった。彼女なら僕がどういうことをして欲しいか分かっているだろう。だから安心して任せられる。僕も綾音や麗華、岡崎に連絡をしなくては。
主人公は誰でもない、僕なんだ。それを支えてもらうために役者に演技をしてもらおう。
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
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とはいっても上手く行かないことなんて想定内。だからなんとかしていく必要があるわけなんだけど、その時その時に動かなければいけない。計画なんか立てても遂行できることの方が少ないんだ。だって未来なんて誰にも分からないことなんだし、一本の釘で大きく変化することだってある。なら身を流れに任せておいた方が上手くいくに決まっている。
「ちょっといきなり携帯触らないでよ」
ジト目になりながら僕を責め立てる。
「ごめんごめん、連絡しないといけないなって急に思い出しちゃってさ」
「もう! しょうがないなぁ」
「それでなんだけど劇の内容って前回と同じでいいと思う?」
「う~ん、そうだね~。わたしとしては前と同じでいいと思うんだけど、今回は岡崎君とかあやちゃんと一緒にやりたいんだよね」
「前は三人だけだったもんね。二人増えるならちょっと変えてもいいかもしれないね……うん、決めた新しいやつを作ろうか」
「いいじゃん!」
また一つ楽しくなりそうな気がするのか、小雪は弾んだ声をあげる。けれど空き教室には僕と小雪の二人だけ。麗華も呼ぼうとしたけど前回は彼女にBGMを弾いてもらったからそのイメージを押し付けてしまうんじゃなかって、遠慮して僕は呼ばなかった。小雪もどうしていないか聞いてきたけど、話を聞くとすぐに納得してくれた。
劇を作ることに頭を切り替えると僕は一つ取り入れたい要素があることに気付く。それは勧善懲悪のような物語じゃなくて、もっと普遍的なことをテーマにして作りたい。
誰かが得をするようなことじゃなくて、ただこの物語を忘れてしまっても構造としてでも覚えていてもらえるような、そんな物語。きっとかつての文豪や芸術家たちの中でも目指している人はいただろう。僕にはそんな力はない、笑えるような話を書くことも出来ない。それでも僕は書いてみたいと思ってしまった。
「やる気になったんだ」小雪は小声で呟いたけどしっかり聞き取れた。
「そうだよ」
「あらら、聞こえちゃったんだ。なんだか安心もできるし、不安でもあるよ」
「母親みたいなこと言うね」
「そういうこと言うんだ。だったらもっと言ってあげようか?」
「やめてよ」
「あはは、ホントに嫌そう。……で、さっきの連絡ってさくらちゃんだよね。何か返事は来た?」
「ううん、まだ来てないよ。既読は付いたんだけど、こればっかりは賭けみたいなものだから仕方ないよ」
「わたしたちがどうのこうのできる問題じゃないよ。見守っておいてあげようよ、おにーちゃん」
「そうだね、僕の出来ることを出来る分だけさくらにはしてあげたい。結果は分からないけどさくらなら、自慢の妹なら僕を超えていくと思うんだよ」
「あーあ、わたしにも羽野くんみたいなおにーちゃんがいたらよかったな~」
両手で頬杖を付いて瞳を逃さない小雪。目尻の鋭さからして本気で思っているに違いない。僕はそれに気付いているけど、誤魔化すように、お決まりの言葉を言う。
「僕の妹は一人でいいよ」
「ちぇー。ケチー」
「そんなこと言われてもしょうがないよ」
それからずっと僕たちは雑談をして過ごしていたけど、陽もかなり落ちていたから先生に見つかってそのまま帰宅することになった。やっぱりああして小雪と話している時は気楽で楽しい。
家について劇のテーマについて考えようと椅子に座った時に携帯がタイミングよく鳴った。通知を受けて光った画面にはチャットが表示されている。送り主はさくらだ。文章が見切れているからロックを解除して続きを読もうとしたけど、想像出来てしまったから手が震えてしまう。
短くも長くもない文章の最後には「会いたい」とだけまずは見えた。その文字を認めた瞬間に僕は連絡をすぐに送り返そうかと思ったけど、改めて頭から読む。
「おにーちゃんのボイスメッセージで元気がもらえたよ。だから手はちょっと震えちゃったんだけど上手く歩けたし、お外の空気も美味しかった。おにーちゃんに会いたいんだけど、パニックになって不安にさせるのが怖いよ。でも会いたいから会うよ」
携帯を握りしめる手に力が込もってしまう。僕の妹はやっぱり僕なんかよりもずっと凄いじゃないか。だって一ヶ月も経たないでこれまで出来なかったことにどんどん立ち向かっている。もしかしたらずっと、あのままなんじゃないかって思っていたのに、今じゃ遅いとさえ考えてしまうくらいだから。
けどここで僕が強要してしまうのが一番まずい。これまで積み上げてきたものが一気に瓦解する可能性だってある。しかもそれは僕にしか、僕だけしか出来ないことなんだ。兄妹だからこそ繋がっている強固な絆は使ってはならない。使うんじゃなくて結果として絆があるべきなんだ。
それでも僕はただ、「ありがとう」と返事した。
休日の公園は意外にも人がいる。子供から老人、運動をする若い人、ペットと散歩をする人とその人その人によって行っていることは大きく異なる。その中でも僕とさくらはとても異質に見えただろう。
「久しぶりだね、さくら」と俯くさくらに声をかけるも反応はない。あの日以来こうして姿を見ることがなかったけど、さくらは全然変わっていなかった。身長だって伸びている。何なら少し痩せてしまったのではないかと思ってしまうけど、何より芯にあるものはちっとも変わってはいなかった。
「おにっ……」
声が裏返ってそのまま喋らなくなってしまう。これは恥ずかしいんだろう。そんな前のような妹の姿を見て僕は思わず涙ぐんでしまったけれど、そんな情けない姿は見せられない。
「ゆっくりでいいよ。今まで元気だった?」
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「大丈夫だった?」
「会えるって思ったから、それ以外なんにも思わなかったよ。どう? 似合う?」
「よく似合ってるよ。元々さくらは素材がいいから何でも似合うけどね」
「もう、そういうことを言うんじゃないよおにーちゃん」
褒めるとプリプリ怒るところも昔のままで、過去と現在を繋ぎ合わせるのに時間はかからない。すっぽりとその間に空白があるだけだ。
「こうしておにーちゃんに会えるようにはなったけど、これからどうすればいいのか?」
「だったら、僕の劇に来てくれないかな?」
「劇っておにーちゃん何処かで舞台でやるの?」
「いやいや流石にそんなことはないよ。ただボランティア活動の一環で、児童施設ですることになったんだ。是非さくらに見てもらいたくてね」
「そっか……うん。わたし、見に行くよ」
「ありがとう、さくら」
少しの時間だったけど、僕とさくらは長い歳月を経て再会し、これからのことについて話し合うことが出来た。まだまだ先は暗いままだけど、それでも、さくらは進んでいる。だから僕も伝えたいメッセージを……いや、そんな大それたものじゃない。ただ僕が、僕だけが知っていることをさくらにも麗華にも知って欲しいだけなんだ。
さくらと実際に話すことにより、更にインスピレーションを得た。今なら上手く言葉に出来るかもしれない。思いついたことをメモでもなんでも、この少し言葉になった輪郭を繋ぎ止めておきたい。
*
「それで出来たの?」
「うん、それはもう」
「おお! いいじゃん。で、その内容はどんなものなの?」
「これだよ」と渡した内容をじっくりと読む小雪。なんだか他人に読まれるのは毛恥ずかしくて、退出したい気持ちになるけどこのまま座って待つ。今回も小雪とだけで劇について会議をしているけど、やはり空き教室の空気は独特だ。生活感がないからなのか、錆びついている。錆びついているのに過去の青い春の匂いだけはしている。ただ流れていく時間の中で、そっと僕たちのような生徒を待っているような気がする。
「これ凄いよ。羽野くんらしくて、でも羽野くんじゃないというか。メッセージがよく分かるよ」
「ありがとう、褒めてくれて」
「褒めてなんていないよ。ただ事実を言ったの。それで配役はもちろん神無月がアレだよね」
「そう。でもう一つがさくら」
「やっぱりね。……羽野くんはどこまでも優しいね」
「そんなことはないよ。ただ思ったことをしたいだけ。それだけなんだ」
小雪は席を立ち、「私も早速準備をするよ。ありがとう作家さん!」と言い鞄を持って去っていった。彼女なら僕がどういうことをして欲しいか分かっているだろう。だから安心して任せられる。僕も綾音や麗華、岡崎に連絡をしなくては。
主人公は誰でもない、僕なんだ。それを支えてもらうために役者に演技をしてもらおう。