表示設定
表示設定
目次 目次




第172話 鎖を解くアドリブ

ー/ー



「お前……チャレンジャーだな」

「言うは易く行うは難しって思うけどねー」

 部活が始まる前、俺は大槻と山路に昨日思い浮かんだ案を説明する。
 二人は呆れたのか尊敬してくれたのか、何とも言えない様子だった。
 特に、山路の言う通りこれは難しいことだろう。

「まぁ俺はいつも通りでいいなら、頑張れって感じだけどさ」

「だねー。大変なのは杉野だからねー」

「分かっている。それでもやる価値はあるだろ?」

 俺がそう言うと、二人は笑顔で拳を突き出してきた。
 頑張れ、ということだろう。それぞれと拳を合わせて返答する。
 そんなことをしていると増倉が近づいてきた。

「杉野、佐恵から聞いた」

「おう、今二人にも説明したところ」

「そう……」

 どうやら夏村が話してくれたようだ。
 増倉は真剣な表情で俺を見てきた。

「こないだも言ったけど、私はほっとけばいいと思っている」

「……ああ」

「でも、上手くいくことを願っているから」

「! ああ!」

 それだけ言うと増倉は去っていった。
 見ていた大槻が分からんといった感じで呟く。

「……なんだ? 今の……」

「大槻は複雑な乙女心が分かってないねー」

「だな」

「んだと!? 今のどこに乙女の要素があったんだよ!?」

 そういう話じゃないのよ、と心の中でツッコむ。
 増倉なりに後輩のことを心配しているってことだよ。全く。

「……なに騒いでんだ?」

「おお樫田! 聞いてくれ二人が酷いんだ!」

「はいはい、聞いてやるからちょっと待て」

 今度は樫田がやってきた。ロッカーにカバンを置き、俺たちにまざる。
 樫田は大槻を宥めて、俺に話しかけてきた。

「悪い、日直で遅れた。杉野、昨日のこと話したか?」

「ああ、今話し終わったところだ」

「そうか。こっちも先輩たちには話して許可取ったから」

「おう、ありがとう」

 流石樫田。根回しは完璧だな。
 俺が礼を言うと、なぜか樫田は不安そうだった。

「先輩たちは好きにすればいいと言っていたが……あまり無理はするなよ」

「分かっているよ。出来る限りにするって」

「…………杉野は分からないと思うが、それを有言実行出来るやつは異常だ」

 樫田は何かを釘指すように、俺にそう言った。
 意図を汲み取れなかったがそれでも既に俺は結論を出していた。

「だとしても、今俺が出来ることをやるだけだ」

「そうか。なら何も言わん。思いっきりやって来い」

 樫田は笑顔になって俺に拳を突き出す。
 おう、と俺は返事をするように、俺は拳を軽くぶつけた。
 そして今日も部活が始まったのだった。


  ――――――――――――――


 今日も通し稽古(本番と同じように最初から最後まで通す稽古のこと)を行う。
 何も変わらない、いつも通りの部活風景。
 一年生の三人はそう感じているだろう。
 しかし俺たち二年生と先輩たちは、その時を静かに待っていた。
 そして、俺と田島の演技のシーンになった。
 今までと変わりない、瞳の奥でつまらなそうにしている田島。
 どこか冷めていて憂鬱感(ゆううつかん)のある彼女へ俺は動く。

【―――】

 アドリブをかます。
 田島は一瞬動揺したが、すぐに対応する。
 会話を合わせて、元の方向へ持ってこうとする。

「―――」

【―――、――?】

 しかし、俺はそれを許さない。
 更にアドリブを加える。田島の目を見て訴える。
 本気を出せ、己がままに演じろ、熱を持て。
 田島の心に向かって俺は精一杯穿つ。
 感情を、意志を、思いっきり。
 それはまるで削岩機(さくがんき)で岩石に穴をあけるかのように、力強く激しかった。

【―――!】

「―――、――」

 俺のアドリブを必死に軌道修正する田島。
 演技に自信があるだけのことはある。こんな状況なのにうまく立ち回っている。
 だが、田島の中にある灯が(くすぶ)っているを感じた。

 吐け! (さら)せ! 表せ!

 閉ざされた門を必死に叩くように、何度も何度も俺はぶつける。
 そして――彼女の瞳の奥に熱が宿った。

!』

 まるで心を縛っていた鎖から解かれたように、自由な表現だった。
 田島の瞳には楽しさで溢れていた。
 俺はそれに合わせて演技をする。

【―――】

『――――』

【――】

『――――――――、――』

【―――!】

 それはそれはとても楽しい会話のキャッチボールだった。
 ああ、そうだ。演劇っていうのは、表現っていうのはこんなに楽しいんだ。
 そう思えるほど、心躍っていた。
 もはや俺は目的など関係なく楽しんでいた。
 このまま続くと思っていた。だが。

 パン!

 という音で俺は現実に戻った。
 舞台の時が止まり、ただの空間へと変わった。
 気づくと、俺と田島は肩で呼吸をしていた。
 静まり返った教室で、視線は演出席へと集まっていた。
 そう、樫田が手を叩いて通し稽古の中止したのだ。

「今日の稽古は、ここまでにしよう」

 樫田は、落ち着いた声でそう指示した。



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第173話 彼女について


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「お前……チャレンジャーだな」
「言うは易く行うは難しって思うけどねー」
 部活が始まる前、俺は大槻と山路に昨日思い浮かんだ案を説明する。
 二人は呆れたのか尊敬してくれたのか、何とも言えない様子だった。
 特に、山路の言う通りこれは難しいことだろう。
「まぁ俺はいつも通りでいいなら、頑張れって感じだけどさ」
「だねー。大変なのは杉野だからねー」
「分かっている。それでもやる価値はあるだろ?」
 俺がそう言うと、二人は笑顔で拳を突き出してきた。
 頑張れ、ということだろう。それぞれと拳を合わせて返答する。
 そんなことをしていると増倉が近づいてきた。
「杉野、佐恵から聞いた」
「おう、今二人にも説明したところ」
「そう……」
 どうやら夏村が話してくれたようだ。
 増倉は真剣な表情で俺を見てきた。
「こないだも言ったけど、私はほっとけばいいと思っている」
「……ああ」
「でも、上手くいくことを願っているから」
「! ああ!」
 それだけ言うと増倉は去っていった。
 見ていた大槻が分からんといった感じで呟く。
「……なんだ? 今の……」
「大槻は複雑な乙女心が分かってないねー」
「だな」
「んだと!? 今のどこに乙女の要素があったんだよ!?」
 そういう話じゃないのよ、と心の中でツッコむ。
 増倉なりに後輩のことを心配しているってことだよ。全く。
「……なに騒いでんだ?」
「おお樫田! 聞いてくれ二人が酷いんだ!」
「はいはい、聞いてやるからちょっと待て」
 今度は樫田がやってきた。ロッカーにカバンを置き、俺たちにまざる。
 樫田は大槻を宥めて、俺に話しかけてきた。
「悪い、日直で遅れた。杉野、昨日のこと話したか?」
「ああ、今話し終わったところだ」
「そうか。こっちも先輩たちには話して許可取ったから」
「おう、ありがとう」
 流石樫田。根回しは完璧だな。
 俺が礼を言うと、なぜか樫田は不安そうだった。
「先輩たちは好きにすればいいと言っていたが……あまり無理はするなよ」
「分かっているよ。出来る限りにするって」
「…………杉野は分からないと思うが、それを有言実行出来るやつは異常だ」
 樫田は何かを釘指すように、俺にそう言った。
 意図を汲み取れなかったがそれでも既に俺は結論を出していた。
「だとしても、今俺が出来ることをやるだけだ」
「そうか。なら何も言わん。思いっきりやって来い」
 樫田は笑顔になって俺に拳を突き出す。
 おう、と俺は返事をするように、俺は拳を軽くぶつけた。
 そして今日も部活が始まったのだった。
  ――――――――――――――
 今日も通し稽古(本番と同じように最初から最後まで通す稽古のこと)を行う。
 何も変わらない、いつも通りの部活風景。
 一年生の三人はそう感じているだろう。
 しかし俺たち二年生と先輩たちは、その時を静かに待っていた。
 そして、俺と田島の演技のシーンになった。
 今までと変わりない、瞳の奥でつまらなそうにしている田島。
 どこか冷めていて憂鬱感《ゆううつかん》のある彼女へ俺は動く。
【―――】
 アドリブをかます。
 田島は一瞬動揺したが、すぐに対応する。
 会話を合わせて、元の方向へ持ってこうとする。
「―――」
【―――、――?】
 しかし、俺はそれを許さない。
 更にアドリブを加える。田島の目を見て訴える。
 本気を出せ、己がままに演じろ、熱を持て。
 田島の心に向かって俺は精一杯穿つ。
 感情を、意志を、思いっきり。
 それはまるで削岩機《さくがんき》で岩石に穴をあけるかのように、力強く激しかった。
【―――!】
「―――、――」
 俺のアドリブを必死に軌道修正する田島。
 演技に自信があるだけのことはある。こんな状況なのにうまく立ち回っている。
 だが、田島の中にある灯が燻《くすぶ》っているを感じた。
 吐け! 曝《さら》せ! 表せ!
 閉ざされた門を必死に叩くように、何度も何度も俺はぶつける。
 そして――彼女の瞳の奥に熱が宿った。
『《《――――》》、《《―――》》!』
 まるで心を縛っていた鎖から解かれたように、自由な表現だった。
 田島の瞳には楽しさで溢れていた。
 俺はそれに合わせて演技をする。
【―――】
『――――』
【――】
『――――――――、――』
【―――!】
 それはそれはとても楽しい会話のキャッチボールだった。
 ああ、そうだ。演劇っていうのは、表現っていうのはこんなに楽しいんだ。
 そう思えるほど、心躍っていた。
 もはや俺は目的など関係なく楽しんでいた。
 このまま続くと思っていた。だが。
 パン!
 という音で俺は現実に戻った。
 舞台の時が止まり、ただの空間へと変わった。
 気づくと、俺と田島は肩で呼吸をしていた。
 静まり返った教室で、視線は演出席へと集まっていた。
 そう、樫田が手を叩いて通し稽古の中止したのだ。
「今日の稽古は、ここまでにしよう」
 樫田は、落ち着いた声でそう指示した。