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初詣と馬と君

ー/ー



 画用紙に描くとすれば、空を灰色に塗り、白色の丸を散りばめたような空模様だった。
 ふわりふわりと、雪が降り始めてきた。僕は和美の髪に降り積もった分を降り払ってやると、彼女は微笑んだ。
「降ってきたねぇ」
「そうだね」
 背後を見ると道路の先、横断歩道の手前まで行列ができていた。道路に人がはみ出さないように、誘導員が点滅する赤い棒を振っている。僕たちの位置は石段の手前だった。
「後ろにどんどん人が並んでいくね。こんなに混んでいるとは思わなかったよ」和美は頭を掻く。「朝に、のんびりしすぎちゃった」
「寒かったし、仕方ないよ。せっかくの二人休みだもん。朝は布団でゴロゴロしたくなるよ」
 三が日が過ぎた一週目の土曜日に、妻の和美と初詣に来ていた。ピークは過ぎていると思っていたので、朝は和美と布団でのんべんだらりと過ごしてしまった。横になり、ああでもないこうでもない、と雑談している内に起床してから一時間は経過していた。それを活動時間に充てていれば、この目の前の行列に巻き込まれずに済んだのかもしれない。まあ、過ぎたことを言っても仕方ない、と自身に言い聞かせる。和美は「何を食べようかな」と目で屋台を物色していた。
 石段を上がった先には踊り場があり、その先に、再び石段。上がった先に境内がある構造になっていた。和美が目を向けたのは踊り場の左右の空きスペースだ。焼き鳥、クレープ、チョコバナナ、ポテト、祭りでお馴染みの屋台が展開されている。その誘惑に負けなかった者たちが、境内へと進めるのだ。 
「和美、お参りが終わったら、買って帰ろうか。何が食べたい?」
「クレープ!」
「即答だ」僕は苦笑する。
「卓司君は?」
「うーんどうしよう」
 僕は腕を組む。冷たい風と共に、炭火の香りが鼻をくすぐった。「焼き鳥が食べたいんだけど……」
「だけど?」
「出来立てが食べたいんだよね。だってこんなに寒いのに、冷たい焼き鳥を渡れたら嫌じゃないか」
「それは運次第だね。お店の方も、作ったものを無駄にしたくないだろうし」そういえば、と和美は付け足す。「運といえば、おみくじ引く?」
「引かないかな」
「えー、そうなの。卓司君って、占いとか信じないタイプだっけ?」
「いや、寧ろ信じる方だよ」
「じゃあ、引けばいいじゃん」
「だからこそだよ。凶とかを出してしまったら、ずっと引きずっている自分の姿が想像できるんだ。だったらプラマイゼロの状態でいた方がいいじゃないか」
「卓司君って、面倒くさいね」
「うん。自分でも思った」
「話を戻すと、他に食べたいのはないの?」
「和美と同じ、クレープかな」
「面倒で優柔不断な食いしん坊だねえ。そうだ。どっちも食べればいいじゃん」
「それは、食い合わせが悪いでしょ」
「良い案だと思ったんだけどなあ」和美は唇を尖らせる。「訂正。卓司君は面倒で優柔不断でわがままな食いしん坊だ」
「ただの悪口じゃないか」
 
 それから十五分は経っただろうか。最初は石段の一番下から並び始めていたが、気がつくと境内下まで進んでいた。和美と過ごす中で分かったことは、待ち時間が苦にならないことである。今朝のように話しているだけで、時間がどんどん進んでいく。境内から行列を見下ろすと、僅かに左右にうねっており、まるで大蛇のように見えた。その大蛇の胴体から、頭の先に辿り着いた。僕たちは小銭を片手に参拝を済ませると、賽銭箱の横にプラスチックの箱があることに気づく。和美がそれに近づいた。
「あったよ。おみくじ」和美は財布から百円玉を取り出した。「私は引いちゃうよー」
 箱に手を差し入れ、取り出した。和美が開けようとするところで僕は止めた。
「待って。やっぱり引くよ」
 和美は小さく笑った。
「ふーん」
「人がやってるのを見ると、やりたくなる」
「はいはい」
 僕も箱に手を差し入れ、がさがさと音を立てる紙の山を掘り進んでいく。紙の角が手の甲にちくちくと刺さりながらも、一番下にある用紙を取り出した。二人で境内の隅に移動してから、紙を開く。
「おぉ」僕は言い、「え?」と和美は驚いた。
「びっくりした。卓司君、こんなことってあるんだね」
 僕は頷き、もう一度紙を見た。
「大吉だ」
「ほら、引いてよかったでしょ」
「うん。よかった」僕は素直に頷いた。「大吉パワーが二倍だ」
「すぐに調子乗るんだから」和美は呆れたように笑った。
 屋台へ向かおうと、境内を出たところで、僕は決意した。大吉パワーの見せ所だ、と。
「よし。決めた!」
「焼き鳥を食べることにするって?」
「え?」僕はまじまじと和美を見てしまう。きっと鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしているのだろう。彼女は得意げに微笑み、足元の雪を手に取った。
「優柔不断なお調子者。そんな卓司君の考えてることは、何でもわかるんだよ」
 手のひらで丸めた雪を、ころころと転がしてみせた。
「和美には一生、敵わないな。何でもかんでもお見通しだ」
「そうだよ。嘘ついたら、すぐにバレるんだからね」
 僕たちは笑いながら、大蛇もとい、行列から離れていく。その時に、おやと気づく。こじつけだろうか。外から見ると、大蛇が馬のような形に見えなくもない。向かっている踊り場の屋台は、馬の胴体に位置していた。和美はぽつりと呟く。
「卓司君、今年も良い一年になるといいね」
 僕は頷き、顔を上げる。雲間から差し込んだ光に、目を細めた。


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 画用紙に描くとすれば、空を灰色に塗り、白色の丸を散りばめたような空模様だった。
 ふわりふわりと、雪が降り始めてきた。僕は和美の髪に降り積もった分を降り払ってやると、彼女は微笑んだ。
「降ってきたねぇ」
「そうだね」
 背後を見ると道路の先、横断歩道の手前まで行列ができていた。道路に人がはみ出さないように、誘導員が点滅する赤い棒を振っている。僕たちの位置は石段の手前だった。
「後ろにどんどん人が並んでいくね。こんなに混んでいるとは思わなかったよ」和美は頭を掻く。「朝に、のんびりしすぎちゃった」
「寒かったし、仕方ないよ。せっかくの二人休みだもん。朝は布団でゴロゴロしたくなるよ」
 三が日が過ぎた一週目の土曜日に、妻の和美と初詣に来ていた。ピークは過ぎていると思っていたので、朝は和美と布団でのんべんだらりと過ごしてしまった。横になり、ああでもないこうでもない、と雑談している内に起床してから一時間は経過していた。それを活動時間に充てていれば、この目の前の行列に巻き込まれずに済んだのかもしれない。まあ、過ぎたことを言っても仕方ない、と自身に言い聞かせる。和美は「何を食べようかな」と目で屋台を物色していた。
 石段を上がった先には踊り場があり、その先に、再び石段。上がった先に境内がある構造になっていた。和美が目を向けたのは踊り場の左右の空きスペースだ。焼き鳥、クレープ、チョコバナナ、ポテト、祭りでお馴染みの屋台が展開されている。その誘惑に負けなかった者たちが、境内へと進めるのだ。 
「和美、お参りが終わったら、買って帰ろうか。何が食べたい?」
「クレープ!」
「即答だ」僕は苦笑する。
「卓司君は?」
「うーんどうしよう」
 僕は腕を組む。冷たい風と共に、炭火の香りが鼻をくすぐった。「焼き鳥が食べたいんだけど……」
「だけど?」
「出来立てが食べたいんだよね。だってこんなに寒いのに、冷たい焼き鳥を渡れたら嫌じゃないか」
「それは運次第だね。お店の方も、作ったものを無駄にしたくないだろうし」そういえば、と和美は付け足す。「運といえば、おみくじ引く?」
「引かないかな」
「えー、そうなの。卓司君って、占いとか信じないタイプだっけ?」
「いや、寧ろ信じる方だよ」
「じゃあ、引けばいいじゃん」
「だからこそだよ。凶とかを出してしまったら、ずっと引きずっている自分の姿が想像できるんだ。だったらプラマイゼロの状態でいた方がいいじゃないか」
「卓司君って、面倒くさいね」
「うん。自分でも思った」
「話を戻すと、他に食べたいのはないの?」
「和美と同じ、クレープかな」
「面倒で優柔不断な食いしん坊だねえ。そうだ。どっちも食べればいいじゃん」
「それは、食い合わせが悪いでしょ」
「良い案だと思ったんだけどなあ」和美は唇を尖らせる。「訂正。卓司君は面倒で優柔不断でわがままな食いしん坊だ」
「ただの悪口じゃないか」
 それから十五分は経っただろうか。最初は石段の一番下から並び始めていたが、気がつくと境内下まで進んでいた。和美と過ごす中で分かったことは、待ち時間が苦にならないことである。今朝のように話しているだけで、時間がどんどん進んでいく。境内から行列を見下ろすと、僅かに左右にうねっており、まるで大蛇のように見えた。その大蛇の胴体から、頭の先に辿り着いた。僕たちは小銭を片手に参拝を済ませると、賽銭箱の横にプラスチックの箱があることに気づく。和美がそれに近づいた。
「あったよ。おみくじ」和美は財布から百円玉を取り出した。「私は引いちゃうよー」
 箱に手を差し入れ、取り出した。和美が開けようとするところで僕は止めた。
「待って。やっぱり引くよ」
 和美は小さく笑った。
「ふーん」
「人がやってるのを見ると、やりたくなる」
「はいはい」
 僕も箱に手を差し入れ、がさがさと音を立てる紙の山を掘り進んでいく。紙の角が手の甲にちくちくと刺さりながらも、一番下にある用紙を取り出した。二人で境内の隅に移動してから、紙を開く。
「おぉ」僕は言い、「え?」と和美は驚いた。
「びっくりした。卓司君、こんなことってあるんだね」
 僕は頷き、もう一度紙を見た。
「大吉だ」
「ほら、引いてよかったでしょ」
「うん。よかった」僕は素直に頷いた。「大吉パワーが二倍だ」
「すぐに調子乗るんだから」和美は呆れたように笑った。
 屋台へ向かおうと、境内を出たところで、僕は決意した。大吉パワーの見せ所だ、と。
「よし。決めた!」
「焼き鳥を食べることにするって?」
「え?」僕はまじまじと和美を見てしまう。きっと鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしているのだろう。彼女は得意げに微笑み、足元の雪を手に取った。
「優柔不断なお調子者。そんな卓司君の考えてることは、何でもわかるんだよ」
 手のひらで丸めた雪を、ころころと転がしてみせた。
「和美には一生、敵わないな。何でもかんでもお見通しだ」
「そうだよ。嘘ついたら、すぐにバレるんだからね」
 僕たちは笑いながら、大蛇もとい、行列から離れていく。その時に、おやと気づく。こじつけだろうか。外から見ると、大蛇が馬のような形に見えなくもない。向かっている踊り場の屋台は、馬の胴体に位置していた。和美はぽつりと呟く。
「卓司君、今年も良い一年になるといいね」
 僕は頷き、顔を上げる。雲間から差し込んだ光に、目を細めた。