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雪翼惨禍 ―4―

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 しまった、そう脳裏に過ぎった時には、もう遅すぎた。手を伸ばせば触れられる至近距離。翼影(オロニクス)を駆使した接近戦を仕掛けられればアリシアに勝ち目は無い。
 ゆらりと黒い翼が揺れる。世界がスローになったみたいに、ゆっくりと情景が動き出す。だと言うのに、思考は澄み渡っていて、驚くほど冷静でいられた。次に何をするべきか、考える時間は山ほどあるように感じられる。
 そして思い当たったのは唯一の打開策。だが、それを実行するのが気に食わない理由があった。

 試合開始の数分前。深呼吸をして緊張を解こうとしているアリシアにある人物が話しかけてきた。


「よう、トルリーン」

「……やっと名前覚えたのね、ブラックハウンド」

「レオノールって呼んでくれよ。それより、調子はどうだ?」

「気安く話しかけないで」

「うわぁ……お前そんなんじゃ友達できねぇぞ?」

「うっさいわね! 余計なお世話よ!」


 アリシアの右ストレートを軽々と躱し、レオノールはにやりと笑ってアリシアの腕を掴んだ。ひんやりとした冷たい肌の感触を感じながら、レオノールはアリシアに顔を近づける。


「ちょっ……! やめなさい! 何する気?!」

「余計なお世話ついでに、一つ助言(アドバイス)だ」


 腕を引っ張り、身を寄せ合う。誰にも聞こえない小さな声で、レオノールはアリシアに耳打ちした。


「至近距離で確実に相手を倒せるような魔法を準備しときな。使い捨て魔法媒体(マジックスクロール)でもいいからどっかに忍ばせとけ」

「……はぁ? 何言ってるの?」

「とにかく、詰められても距離を取ろうとするな。逆に攻めてけ」


 それだけ言い残して、レオノールは去っていった。そして奇しくも、アリシアはレオノールの言っていた通りの状況に置かれているのである。
 そして場面は現在へと戻る。なにより悔しいのは、レオノールの言った通りに事が進んでしまっていること。そして、このまま行けばレオノールの助言(アドバイス)を飲んだことになってしまうということ。アリシアはそれがどうしようもなく許せないのだ。


(あんな男に借りを作るなんて……!)


 それだけはプライドが許さない。トルリーン家の当主として、誰かに拠ることは許されない。けれど――


(もう……迷うな)


 誇りもプライドも、捨てることができないなら邪魔なだけだ。後から拾えばそれでいい。今は勝つことだけを考えろ。

 判断は一瞬。少しのミスも許されない。翼影(オロニクス)が攻撃態勢に入ったその刹那、アリシアは服の袖から、八面体の結晶を取り出して魔力を込める。


「これは……っ!」


 使い捨て魔法媒体(マジックスクロール)とは、事前に魔法陣、魔力を刻み込むことで、どんな時でも一度だけその魔法を発動することができる魔具の一種である。自分の使うことができる魔法なら、使い捨て魔法媒体(マジックスクロール)に刻み込むだけでいつでも使うことができる反面、登録された魔力に反応して発動されるため、他者に使わせることはできない。それに加え、使い捨て魔法媒体(マジックスクロール)の単価が高いことと、威力が減少すること、必要魔力が少し上がることなどが欠点となる。

 だが、この状況においてはそんな欠点も関係ない。

 アリシアが氷色の輝きを放つ結晶を打ち投げる。ほぼ同時にクロウは後ろに飛んで距離を取ろうとするが、それを見逃すアリシアではない。
 投げ捨てられた使い捨て魔法媒体(マジックスクロール)をキャッチして手に収めたまま、クロウの首に掴みかかる。


「ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してよね」

「……まじ?」


 返事を待たずして、刻み込まれていた魔法が発動される。


 ”白の静寂(シレシオン・ブランク)


 凄まじい威力の魔法の余波で結界が振動する。濃い霧の中、人影が一つ立ち尽くす。そこに立っていたのは――


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 しまった、そう脳裏に過ぎった時には、もう遅すぎた。手を伸ばせば触れられる至近距離。|翼影《オロニクス》を駆使した接近戦を仕掛けられればアリシアに勝ち目は無い。
 ゆらりと黒い翼が揺れる。世界がスローになったみたいに、ゆっくりと情景が動き出す。だと言うのに、思考は澄み渡っていて、驚くほど冷静でいられた。次に何をするべきか、考える時間は山ほどあるように感じられる。
 そして思い当たったのは唯一の打開策。だが、それを実行するのが気に食わない理由があった。
 試合開始の数分前。深呼吸をして緊張を解こうとしているアリシアにある人物が話しかけてきた。
「よう、トルリーン」
「……やっと名前覚えたのね、ブラックハウンド」
「レオノールって呼んでくれよ。それより、調子はどうだ?」
「気安く話しかけないで」
「うわぁ……お前そんなんじゃ友達できねぇぞ?」
「うっさいわね! 余計なお世話よ!」
 アリシアの右ストレートを軽々と躱し、レオノールはにやりと笑ってアリシアの腕を掴んだ。ひんやりとした冷たい肌の感触を感じながら、レオノールはアリシアに顔を近づける。
「ちょっ……! やめなさい! 何する気?!」
「余計なお世話ついでに、一つ|助言《アドバイス》だ」
 腕を引っ張り、身を寄せ合う。誰にも聞こえない小さな声で、レオノールはアリシアに耳打ちした。
「至近距離で確実に相手を倒せるような魔法を準備しときな。|使い捨て魔法媒体《マジックスクロール》でもいいからどっかに忍ばせとけ」
「……はぁ? 何言ってるの?」
「とにかく、詰められても距離を取ろうとするな。逆に攻めてけ」
 それだけ言い残して、レオノールは去っていった。そして奇しくも、アリシアはレオノールの言っていた通りの状況に置かれているのである。
 そして場面は現在へと戻る。なにより悔しいのは、レオノールの言った通りに事が進んでしまっていること。そして、このまま行けばレオノールの|助言《アドバイス》を飲んだことになってしまうということ。アリシアはそれがどうしようもなく許せないのだ。
(あんな男に借りを作るなんて……!)
 それだけはプライドが許さない。トルリーン家の当主として、誰かに拠ることは許されない。けれど――
(もう……迷うな)
 誇りもプライドも、捨てることができないなら邪魔なだけだ。後から拾えばそれでいい。今は勝つことだけを考えろ。
 判断は一瞬。少しのミスも許されない。|翼影《オロニクス》が攻撃態勢に入ったその刹那、アリシアは服の袖から、八面体の結晶を取り出して魔力を込める。
「これは……っ!」
 |使い捨て魔法媒体《マジックスクロール》とは、事前に魔法陣、魔力を刻み込むことで、どんな時でも一度だけその魔法を発動することができる魔具の一種である。自分の使うことができる魔法なら、|使い捨て魔法媒体《マジックスクロール》に刻み込むだけでいつでも使うことができる反面、登録された魔力に反応して発動されるため、他者に使わせることはできない。それに加え、|使い捨て魔法媒体《マジックスクロール》の単価が高いことと、威力が減少すること、必要魔力が少し上がることなどが欠点となる。
 だが、この状況においてはそんな欠点も関係ない。
 アリシアが氷色の輝きを放つ結晶を打ち投げる。ほぼ同時にクロウは後ろに飛んで距離を取ろうとするが、それを見逃すアリシアではない。
 投げ捨てられた|使い捨て魔法媒体《マジックスクロール》をキャッチして手に収めたまま、クロウの首に掴みかかる。
「ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してよね」
「……まじ?」
 返事を待たずして、刻み込まれていた魔法が発動される。
 ”|白の静寂《シレシオン・ブランク》”
 凄まじい威力の魔法の余波で結界が振動する。濃い霧の中、人影が一つ立ち尽くす。そこに立っていたのは――