新宿の雑居ビルが立ち並ぶ一角に、その店はあった。
看板は「精霊たちのティータイム」と書かれている。
入口を覆い尽くすアイビーは、コンクリートの割れ目を求めて蛇のように這い回り、二階の窓からは見たこともない巨大なシダの葉が、都会の排気ガスを嘲笑うように突き出している。
扉を開けると、そこはもはやカフェというよりは、濃密な湿気を孕んだ「温室」だった。
「いらっしゃいませ。足元に気をつけて」
店主のモリノは、いつも柔和な微笑みを浮かべている。彼の髪には常に小さな木の葉が混じっており、その肌はどこか樹皮のような質感を帯びていた。
客席は、切り株をそのまま加工したもの。テーブルの上には、露を含んだコケが美しく敷き詰められている。
「今日は特別に、森の深淵をイメージしたハーブティーを淹れましょう」
モリノが差し出したカップから、微かな甘い花の香りが立ち上がった。
ふと見ると、隣の席でノートパソコンを叩いていたサラリーマンの足元から、一本のツルが音もなく伸びていた。ツルは彼の靴を愛おしそうに撫で、椅子の脚にしっかりと巻き付いていく。
「最近、街が硬くなりすぎていると思いませんか?」
モリノがカウンター越しに、静かな声で言った。
「アスファルトは呼吸を止め、ビルは空を切り刻む。私はただ、この街に再び『呼吸』を取り戻してほしいだけなのです」
彼の言葉に呼応するように、天井から垂れ下がるポトスが一段と鮮やかな緑を放った。
この店を訪れた客は、皆一様に穏やかな表情で帰っていく。しかし、彼らが店を出た後、その靴底には必ずと言っていいほど、生命力の強い種子が張り付いているのだ。
一人は駅の植え込みで、一人はオフィスビルのエントランスで、その種を無意識に落とす。そして数日後には、そこから異常なまでの速度で緑が芽吹く。
店を出る際、私はモリノに尋ねた。
「いつか、この街は森に戻るのでしょうか」
モリノは目を細め、窓の外の灰色の空を見上げた。
「戻るのではありません。新しい森が、この街を飲み込むのです」
彼の背後で、巨大なモンステラの葉が、獲物を待つ手のようにゆっくりと揺れた。
私は、鞄に忍び込んだ小さな蔦の芽を、あえてそのままにして店を後にした。明日の朝、私の家のベランダは、きっとこれまで以上に騒がしくなっているはずだ。