4.外の動き

ー/ー



 カルミリス王国。
 大国とは言えずとも、それなりの国家規模を持つ国。
 昔から周辺環境をうまく利用して、繁栄してきた古くからの国家。

 ――現在、王城の作戦会議室の空気は重く淀んでいた。

「申し上げます……派遣した騎士団が二隊も壊滅しました」

 会議室で、一人の大臣が声を上げる。
 どこに派遣したというと、ヴァルデリン森林に発生した迷宮(ラビリンス)にだ。

 現在、迷宮(ラビリンス)の魔物が異常に強いことが問題となっている。
 迷宮自体が発生することはあまり異常ではないが、雑魚とも言うべきの魔物すら恐ろしく強いことがおかしいのだ。


「また、か」

「最近、迷宮(ラビリンス)が王国に発生する頻度が多くはないか?」

 会議室にいる大臣がざわつく中、国王リチャード・カルミリスが重い息を吐いた。

「迷宮が発生してから、魔物の強さが明らかに変わった。以前なら苦戦しなかったはずの低級魔物ですら、数人の騎士隊が壊滅するほどだと聞いたが?」

「ハッ……報告では、身体能力・魔力量共に異常強化が見られるそうです。まるで――ッ!」

 大臣の言葉が詰まる。ある日、リチャードが言っていた説が的中していることを、信じたくなくて。

「〝迷宮が魔物を強化している〟可能性があるという仮説の(しん)(ぴょう)(せい)が、増してきた……で間違いないな?」

 沈黙する。報告した大臣も、それを聞いていた者も、誰も否定できなかった。

「あ、あの……陛下……」

 別の官僚が、震えて報告する。

「ヴァルデリン森林奥部で、み、未知の神樹らしき反応が観測されました。樹齢(じゅれい)は、不明。成長速度やその力も、桁外れです――!」

「神樹……このタイミングでか!?」

 官僚の一人が声を荒げると同時に、リチャードは(ひたい)に手を当てる。

「神樹だと? 我が王国にもついに、神樹が誕生したのか! これはめでたいことだ!!」

「言っとる場合か、(つつし)め! 今は非常事態であるというのに……!」

「迷宮、魔物強化、そして神樹……何かが同時進行で動き始めています。陛下、対応を急がねばなりません!」

 騒ぐ官僚たちを鎮めるように、リチャードが「静まれ」と声を発する。

「へ、陛下…………!」

「結論を言う。被害を減らすために迷宮(ラビリンス)の閉鎖。そしてヴァルデリン森林に神樹調査隊を編成せよ。民に被害を(こうむ)らんためにも、より気合を入れて警備をさせろ。以上だ」

 リチャードは焦らないのだ。どんな事態でも、常に冷静な判断力を兼ね備えている。だからこそ、どんな国でも、大国も、リチャードを一目置いているのだ。



 会議が終了し、官僚が続々と会議室を退出していく中、リチャードは自慢の髭を撫でながら思案していた。

(神樹、最近神樹が出てきたというのに……またか。しかし、他の国が侵攻しない限り、我らにも希望がある。その神樹とやらにもコンタクトを取らないとな……)

 リチャードが考えているのをよそに、風は冷たく吹くのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 『迷宮(ラビリンス)』や『地下迷宮(ダンジョン)』は、基本は魔物の死体などが積み重なってできた魔物たちの巣窟(モンスタースポナー)である。稀に上位存在が作ることもあるのだが……それは極めて低い確率なので、無いと言っても過言ではない。

 迷宮の魔物はより強く、より多くなり、近いところからどんどん侵略していく。そして、迷宮の規模が大きくなっていくのだ。

 だが、迷宮の危険さを微塵(みじん)も知らずに、封鎖前の迷宮で探検している冒険者(おろかもの)たちがいた。





「……チッ、普通の迷宮(ラビリンス)より魔物が強くねぇか?」

 リーダーの男が呟く。

「そうかもね、C⁺ランクの魔物ですら私達の総力戦でやっとですもの。いつもならばこんなに苦戦することないのに」

「王国の上層部もピリついているしな、何かあったのかもしれないな」

 魔法使いの女性と斧を持つ大男がリーダーに応答する。
 事実、カルミリス王国も迷宮から出たモンスターの強大さに対策を(ろう)しているのだ。





 ……ザッ……ザッ……。

「え、なに!?」

「……お前ら……構えろ」

 男たちが見たものは魔物のソレではなかった。迷宮の魔物の生態と、大きく逸脱していた。
 その黄色い目から放たれる威圧感は、並の冒険者を恐怖で震えさせるように鋭い。全身に纏っている青い甲殻は、魔法使いの女性の『魔法照明(ライトーチ)』でギラギラと光を反射している。
 そしてなにより、虫……蟲に近い、人型の姿だった。

(な――なんなんだよこいつは!!)

 大男の膝がガクガクと震える。
 その直感で感じたことは、『絶対に勝てない』という恐怖であった。

(……人型……魔物か……? 知能はある? ……まさか迷宮の主(ダンジョンボス)……なのか!?)

 リーダーが思案するが――――魔物に、蟲型はいない(・・・)。そして、ソレは迷宮の主(ダンジョンボス)ではない。

 『迷宮の主(ダンジョンボス)』は、魔王級の力を持つ。ランクに直すと『A⁺』くらいだろう。A⁺ランクは、上級熟練(ベテラン)冒険者がパーティ単位で挑まないと勝てないほどの力を持つのだ。

 そして、ソレは『迷宮の主(ダンジョンボス)』を軽く超える力を持つ。
 これが意味することを男たちが知るのは、全てが終わったあとなのだった。



◇◇◇◇◇◇



 ヴァルデリン森林の更に奥……。
 外界から隔絶された、自然と精霊を敬う一族の数少ない里。

 ――そこは、エルフの秘境であった。

 大樹をくり抜いた住居が淡く光を灯し、風と木の匂いが混じり合う。
 その中央に立つ巨大な霊樹は、里の象徴であり守護そのもの。

 だが――



 ドドドドドド……と、大地が揺れる。
 小動物が怯え、強度の弱い木の根が裂ける。

「……ッ! また揺れた……! ラミエル姫! 霊樹の脈動が不安定です!」

 若いエルフが駆け込む。霊樹は脈動していた。鼓動のように、苦しむように。

「ラミエル姫、迷宮で騎士団の死体が発見されました……!」

 ――――コツンコツンと霊樹の中から人が出てくる。金色の長髪がヒラリと舞い、豪華な衣装を身に着け、非常時でもその美貌で人を引き寄せる力を持つエルフ……ラミエル姫だ。

「落ち着きなさい、みんな。まず、霊樹の脈動は迷宮での魔物の活発化が原因でしょう。迷宮で虐殺された騎士団……愚か者のようになりたくなければ、最優先に警戒し誰一人と近寄らないように警備なさい」

「は、ハハッ!!」

 少なくとも高い地位についているエルフたちが(ひざまず)く。

「ラミエル姫! 迷宮の方向から、謎の魔物が…………!」

 若いエルフが叫ぶ。

「みんなで撃退もしくは時間稼ぎをしなさい! 私達が外へ協力を要請するから、増援が来るそのときまで耐えて!!」

「問題ないですよラミエル姫! 僕たちは姫と霊樹を守るためにここにいるのです!」


 少なくとも、ラミエルがいる限りエルフに絶望の二文字はない。
 この先どんな脅威があろうとも、ラミエルの為ならばなにも怖くないと、そう感じているのだ。


 カルミリス王国、迷宮、エルフ。そして謎の人型(ヒトガタ)
 まだ生まれたばかりの神樹を巻き込み、大きな歯車が動き始める。


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次のエピソードへ進む 5.ラビリンス初攻略


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 カルミリス王国。
 大国とは言えずとも、それなりの国家規模を持つ国。
 昔から周辺環境をうまく利用して、繁栄してきた古くからの国家。
 ――現在、王城の作戦会議室の空気は重く淀んでいた。
「申し上げます……派遣した騎士団が二隊も壊滅しました」
 会議室で、一人の大臣が声を上げる。
 どこに派遣したというと、ヴァルデリン森林に発生した|迷宮《ラビリンス》にだ。
 現在、|迷宮《ラビリンス》の魔物が異常に強いことが問題となっている。
 迷宮自体が発生することはあまり異常ではないが、雑魚とも言うべきの魔物すら恐ろしく強いことがおかしいのだ。
「また、か」
「最近、|迷宮《ラビリンス》が王国に発生する頻度が多くはないか?」
 会議室にいる大臣がざわつく中、国王リチャード・カルミリスが重い息を吐いた。
「迷宮が発生してから、魔物の強さが明らかに変わった。以前なら苦戦しなかったはずの低級魔物ですら、数人の騎士隊が壊滅するほどだと聞いたが?」
「ハッ……報告では、身体能力・魔力量共に異常強化が見られるそうです。まるで――ッ!」
 大臣の言葉が詰まる。ある日、リチャードが言っていた説が的中していることを、信じたくなくて。
「〝迷宮が魔物を強化している〟可能性があるという仮説の|信《しん》|憑《ぴょう》|性《せい》が、増してきた……で間違いないな?」
 沈黙する。報告した大臣も、それを聞いていた者も、誰も否定できなかった。
「あ、あの……陛下……」
 別の官僚が、震えて報告する。
「ヴァルデリン森林奥部で、み、未知の神樹らしき反応が観測されました。|樹齢《じゅれい》は、不明。成長速度やその力も、桁外れです――!」
「神樹……このタイミングでか!?」
 官僚の一人が声を荒げると同時に、リチャードは|額《ひたい》に手を当てる。
「神樹だと? 我が王国にもついに、神樹が誕生したのか! これはめでたいことだ!!」
「言っとる場合か、|慎《つつし》め! 今は非常事態であるというのに……!」
「迷宮、魔物強化、そして神樹……何かが同時進行で動き始めています。陛下、対応を急がねばなりません!」
 騒ぐ官僚たちを鎮めるように、リチャードが「静まれ」と声を発する。
「へ、陛下…………!」
「結論を言う。被害を減らすために|迷宮《ラビリンス》の閉鎖。そしてヴァルデリン森林に神樹調査隊を編成せよ。民に被害を|被《こうむ》らんためにも、より気合を入れて警備をさせろ。以上だ」
 リチャードは焦らないのだ。どんな事態でも、常に冷静な判断力を兼ね備えている。だからこそ、どんな国でも、大国も、リチャードを一目置いているのだ。
 会議が終了し、官僚が続々と会議室を退出していく中、リチャードは自慢の髭を撫でながら思案していた。
(神樹、最近神樹が出てきたというのに……またか。しかし、他の国が侵攻しない限り、我らにも希望がある。その神樹とやらにもコンタクトを取らないとな……)
 リチャードが考えているのをよそに、風は冷たく吹くのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
 『|迷宮《ラビリンス》』や『|地下迷宮《ダンジョン》』は、基本は魔物の死体などが積み重なってできた|魔物たちの巣窟《モンスタースポナー》である。稀に上位存在が作ることもあるのだが……それは極めて低い確率なので、無いと言っても過言ではない。
 迷宮の魔物はより強く、より多くなり、近いところからどんどん侵略していく。そして、迷宮の規模が大きくなっていくのだ。
 だが、迷宮の危険さを|微塵《みじん》も知らずに、封鎖前の迷宮で探検している|冒険者《おろかもの》たちがいた。
「……チッ、普通の|迷宮《ラビリンス》より魔物が強くねぇか?」
 リーダーの男が呟く。
「そうかもね、C⁺ランクの魔物ですら私達の総力戦でやっとですもの。いつもならばこんなに苦戦することないのに」
「王国の上層部もピリついているしな、何かあったのかもしれないな」
 魔法使いの女性と斧を持つ大男がリーダーに応答する。
 事実、カルミリス王国も迷宮から出たモンスターの強大さに対策を|弄《ろう》しているのだ。
 ……ザッ……ザッ……。
「え、なに!?」
「……お前ら……構えろ」
 男たちが見たものは魔物のソレではなかった。迷宮の魔物の生態と、大きく逸脱していた。
 その黄色い目から放たれる威圧感は、並の冒険者を恐怖で震えさせるように鋭い。全身に纏っている青い甲殻は、魔法使いの女性の『|魔法照明《ライトーチ》』でギラギラと光を反射している。
 そしてなにより、虫……蟲に近い、人型の姿だった。
(な――なんなんだよこいつは!!)
 大男の膝がガクガクと震える。
 その直感で感じたことは、『絶対に勝てない』という恐怖であった。
(……人型……魔物か……? 知能はある? ……まさか|迷宮の主《ダンジョンボス》……なのか!?)
 リーダーが思案するが――――魔物に、蟲型は|いない《・・・》。そして、ソレは|迷宮の主《ダンジョンボス》ではない。
 『|迷宮の主《ダンジョンボス》』は、魔王級の力を持つ。ランクに直すと『A⁺』くらいだろう。A⁺ランクは、|上級熟練《ベテラン》冒険者がパーティ単位で挑まないと勝てないほどの力を持つのだ。
 そして、ソレは『|迷宮の主《ダンジョンボス》』を軽く超える力を持つ。
 これが意味することを男たちが知るのは、全てが終わったあとなのだった。
◇◇◇◇◇◇
 ヴァルデリン森林の更に奥……。
 外界から隔絶された、自然と精霊を敬う一族の数少ない里。
 ――そこは、エルフの秘境であった。
 大樹をくり抜いた住居が淡く光を灯し、風と木の匂いが混じり合う。
 その中央に立つ巨大な霊樹は、里の象徴であり守護そのもの。
 だが――
 ドドドドドド……と、大地が揺れる。
 小動物が怯え、強度の弱い木の根が裂ける。
「……ッ! また揺れた……! ラミエル姫! 霊樹の脈動が不安定です!」
 若いエルフが駆け込む。霊樹は脈動していた。鼓動のように、苦しむように。
「ラミエル姫、迷宮で騎士団の死体が発見されました……!」
 ――――コツンコツンと霊樹の中から人が出てくる。金色の長髪がヒラリと舞い、豪華な衣装を身に着け、非常時でもその美貌で人を引き寄せる力を持つエルフ……ラミエル姫だ。
「落ち着きなさい、みんな。まず、霊樹の脈動は迷宮での魔物の活発化が原因でしょう。迷宮で虐殺された騎士団……愚か者のようになりたくなければ、最優先に警戒し誰一人と近寄らないように警備なさい」
「は、ハハッ!!」
 少なくとも高い地位についているエルフたちが|跪《ひざまず》く。
「ラミエル姫! 迷宮の方向から、謎の魔物が…………!」
 若いエルフが叫ぶ。
「みんなで撃退もしくは時間稼ぎをしなさい! 私達が外へ協力を要請するから、増援が来るそのときまで耐えて!!」
「問題ないですよラミエル姫! 僕たちは姫と霊樹を守るためにここにいるのです!」
 少なくとも、ラミエルがいる限りエルフに絶望の二文字はない。
 この先どんな脅威があろうとも、ラミエルの為ならばなにも怖くないと、そう感じているのだ。
 カルミリス王国、迷宮、エルフ。そして謎の|人型《ヒトガタ》。
 まだ生まれたばかりの神樹を巻き込み、大きな歯車が動き始める。