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#122 黒き神 その4 (カグヤ視点)

ー/ー



 音と衝撃が止んだのは、それが十秒ほど続いた頃。


隠遁者の住処(アンカレット・ヘイヴン)』の短所は、遮光の特性上、外の様子が全く見えず内部も真っ暗闇という点にある。
 追撃が来るかも知れないと不安に駆られながら、窓のように結界の一部分だけ解除して外の様子を覗き込んだ。


「……敵の位置が分からないのなら、一帯を丸ごと吹き飛ばしてしまえばいい、か……。全くドラゴンらしい発想だ」


 ドラゴンの知能は猿を優に上回るそうだが、猿と違って道具を使ったり群れを形成することは無い。
 何故なら、その必要が無いくらい強いから──強過ぎるからだ。


 眼下に広がるアンディアラ荒野は、今やハンマーで殴り付けた後のガラスのように無惨にひび割れ、生じた亀裂は底が見えない暗黒を湛えていた。
 天にまで達した衝撃波が邪水雨の雲や水分さえ吹き飛ばしてしまったようで、濛々(もうもう)と視界を濁す粉塵を洗い落とすものは最早無い。


 たった一体の生物が、一度の攻撃で辺りの天候も地形も一変させてしまうこの異常な現実に、恐怖と絶望を感じない者が果たして居るのだろうか。


「そして、遂に私たちは捕捉されてしまったようですね」


 矮小にして不遜な反逆者の姿を捉え、暗黒の破壊神の双眸が獰猛に輝く。


「今の攻撃で、攪乱していた霊体アンデッドも全て消し飛んでしまいました。近くに残っていた霊体も然り。ここからは本当に私たち二人だけです」


 アンデッドだろうが変異魔物だろうが、神の前には等しく無力。
 全てが消え失せて無に帰る。


「どうする? 今ならまだ逃げることもできそうだが……」
「……そうですね。ここまで強いのであれば、もう逃げた方がいいのでしょうが──」


 翼が突風を巻き起こして羽ばたき、巨体を丁度私たちの位置の真上、その天高くまで持ち上げる。
 同時に、ドラゴンの口内で再びブレスの(ほとばし)りが生じた。


「──やはり、それを許してくれるような相手ではなさそうですね」


 神への反逆は、死によってのみ償われる。


 先程のブレス攻撃は広範囲に拡散させることに重点を置いたものだったため、威力自体は『隠遁者の住処(アンカレット・ヘイヴン)』でも防ぎ切れる程度だった。
 しかし、私たちの正確な位置が判明した以上、次は威力重視のブレスが確実に来る。


「もう防御できるような威力じゃないな。そして『夜陰を急ぐ密行者(シークレット・エクスプレス)』のような空間転移の魔法は、未だ辺りの瘴気の勢力が強過ぎて使えない。そうだな?」


 死ぬ気で避けなければ死ぬ。


「防御も回避も難しいのなら、道は一つしかありません……!」


安静の幕板(クワイエット・サンバイザー)』を横向きに出現、その上に飛び乗る。


「また階段のように配置して近付く気か? 悠長に登っている間に奴が発射準備を終えてしまうぞ……!」


 加えて、ドラゴンはブレスを放つに当たって、わざわざ私たちの直上へ移動してきた。
 これは命中精度を上げると同時に、先程のように階段状に配置した『安静の幕板(クワイエット・サンバイザー)』で接近されないようにする意図もある。


 階段は斜めに上昇するため、直上の相手に迫ることはできない。
 かと言って螺旋階段状に配置しても、駆け登っている間にタイムアップだ。


「承知しています。ですから『階段』ではなく『エレベーター』で昇ります」
「エレ──何だって?」


 やり方自体は簡単だ。
 新たな『安静の幕板(クワイエット・サンバイザー)』を、今乗っているものの真上に設置する。


 すると、その新しい『安静の幕板(クワイエット・サンバイザー)』は私とダスクの足裏と、今まで立っていた『安静の幕板(クワイエット・サンバイザー)』の間に挿入される形となり、その一枚分の厚さだけ私たちは上へズレる形となる。
 カードや座布団を積み重ねて塔を作っていくのと同じだ。


安静の幕板(クワイエット・サンバイザー)』は出の速い魔法で、かつ私の魔力に適した闇属性という事もあって、半秒あれば二十個以上の生成が可能だ。
 何百何千という『安静の幕板(クワイエット・サンバイザー)』を高速で積み重ねるに連れて、私とダスクは高層タワーの最上階へ向かう展望エレベーターに乗ったように急上昇、ドラゴンが滞空する場所までぐんぐんと迫っていく。


「よくこんな手を思い付いたな。いや……思い付いたとしても、こんな手を使えるのは無尽蔵の魔力を持つ君くらいか」


 私たちがこんなにも早く空まで昇り詰めて来るとは思っていなかったのだろう、ブレスの発射態勢に入っていたドラゴンが動揺したような唸り声を上げた。


「ここまで迫れば充分だ」


 足場を強く蹴り付けて、宇宙ロケットの如き勢いでダスクが跳躍する。
 無論、私と共に。


 急接近されたドラゴンが、まだ完全に力が溜まり切っていないブレスを咄嗟に吐き出すも、その頃には既に私たちは間合いを詰め終えていた。


「どんなに強力なブレスも、懐に入ってしまえば恐れるに足りません……!」
「そして攻撃中は完全な無防備、当て易いことこの上無しッ!!」


 私の『望月』で爆発的に威力を増した、二度目の『陰影の穿破(アンノウン・チャージ)』が胸の傷に撃ち込まれる。
 痛烈な一撃を受けた巨体から血が噴き出て、フッと力が抜ける。


 姿勢が決定的に崩れ、豪風を巻き起こしていた翼がピタリと止まった。
 そうなれば、後は大地へ向かって落ちるのみ。


「空に陣取ったのが裏目に出たな。お前のその途轍も無い巨体が、この高空から受け身無しで地面に叩き付けられたら、果たしてどうなると思う?」


 物理学に於ける基本中の基本。
 運動エネルギーは速度と質量の二乗に比例──落下速度と体重が増すほど落下時の威力は大きくなる。


「自分自身の重みで潰れて果てろ」


 荒れ果てた大地に大激震が走り、いくつかの場所が崩落した。


 長所と短所は表裏一体。
 あのドラゴンを絶対無敵たらしめていた七十メートル超の堅牢な巨体が、今は彼の骨肉を圧し潰して粉砕する凶器と化した。


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 音と衝撃が止んだのは、それが十秒ほど続いた頃。
『|隠遁者の住処《アンカレット・ヘイヴン》』の短所は、遮光の特性上、外の様子が全く見えず内部も真っ暗闇という点にある。
 追撃が来るかも知れないと不安に駆られながら、窓のように結界の一部分だけ解除して外の様子を覗き込んだ。
「……敵の位置が分からないのなら、一帯を丸ごと吹き飛ばしてしまえばいい、か……。全くドラゴンらしい発想だ」
 ドラゴンの知能は猿を優に上回るそうだが、猿と違って道具を使ったり群れを形成することは無い。
 何故なら、その必要が無いくらい強いから──強過ぎるからだ。
 眼下に広がるアンディアラ荒野は、今やハンマーで殴り付けた後のガラスのように無惨にひび割れ、生じた亀裂は底が見えない暗黒を湛えていた。
 天にまで達した衝撃波が邪水雨の雲や水分さえ吹き飛ばしてしまったようで、|濛々《もうもう》と視界を濁す粉塵を洗い落とすものは最早無い。
 たった一体の生物が、一度の攻撃で辺りの天候も地形も一変させてしまうこの異常な現実に、恐怖と絶望を感じない者が果たして居るのだろうか。
「そして、遂に私たちは捕捉されてしまったようですね」
 矮小にして不遜な反逆者の姿を捉え、暗黒の破壊神の双眸が獰猛に輝く。
「今の攻撃で、攪乱していた霊体アンデッドも全て消し飛んでしまいました。近くに残っていた霊体も然り。ここからは本当に私たち二人だけです」
 アンデッドだろうが変異魔物だろうが、神の前には等しく無力。
 全てが消え失せて無に帰る。
「どうする? 今ならまだ逃げることもできそうだが……」
「……そうですね。ここまで強いのであれば、もう逃げた方がいいのでしょうが──」
 翼が突風を巻き起こして羽ばたき、巨体を丁度私たちの位置の真上、その天高くまで持ち上げる。
 同時に、ドラゴンの口内で再びブレスの|迸《ほとばし》りが生じた。
「──やはり、それを許してくれるような相手ではなさそうですね」
 神への反逆は、死によってのみ償われる。
 先程のブレス攻撃は広範囲に拡散させることに重点を置いたものだったため、威力自体は『|隠遁者の住処《アンカレット・ヘイヴン》』でも防ぎ切れる程度だった。
 しかし、私たちの正確な位置が判明した以上、次は威力重視のブレスが確実に来る。
「もう防御できるような威力じゃないな。そして『|夜陰を急ぐ密行者《シークレット・エクスプレス》』のような空間転移の魔法は、未だ辺りの瘴気の勢力が強過ぎて使えない。そうだな?」
 死ぬ気で避けなければ死ぬ。
「防御も回避も難しいのなら、道は一つしかありません……!」
『|安静の幕板《クワイエット・サンバイザー》』を横向きに出現、その上に飛び乗る。
「また階段のように配置して近付く気か? 悠長に登っている間に奴が発射準備を終えてしまうぞ……!」
 加えて、ドラゴンはブレスを放つに当たって、わざわざ私たちの直上へ移動してきた。
 これは命中精度を上げると同時に、先程のように階段状に配置した『|安静の幕板《クワイエット・サンバイザー》』で接近されないようにする意図もある。
 階段は斜めに上昇するため、直上の相手に迫ることはできない。
 かと言って螺旋階段状に配置しても、駆け登っている間にタイムアップだ。
「承知しています。ですから『階段』ではなく『エレベーター』で昇ります」
「エレ──何だって?」
 やり方自体は簡単だ。
 新たな『|安静の幕板《クワイエット・サンバイザー》』を、今乗っているものの真上に設置する。
 すると、その新しい『|安静の幕板《クワイエット・サンバイザー》』は私とダスクの足裏と、今まで立っていた『|安静の幕板《クワイエット・サンバイザー》』の間に挿入される形となり、その一枚分の厚さだけ私たちは上へズレる形となる。
 カードや座布団を積み重ねて塔を作っていくのと同じだ。
『|安静の幕板《クワイエット・サンバイザー》』は出の速い魔法で、かつ私の魔力に適した闇属性という事もあって、半秒あれば二十個以上の生成が可能だ。
 何百何千という『|安静の幕板《クワイエット・サンバイザー》』を高速で積み重ねるに連れて、私とダスクは高層タワーの最上階へ向かう展望エレベーターに乗ったように急上昇、ドラゴンが滞空する場所までぐんぐんと迫っていく。
「よくこんな手を思い付いたな。いや……思い付いたとしても、こんな手を使えるのは無尽蔵の魔力を持つ君くらいか」
 私たちがこんなにも早く空まで昇り詰めて来るとは思っていなかったのだろう、ブレスの発射態勢に入っていたドラゴンが動揺したような唸り声を上げた。
「ここまで迫れば充分だ」
 足場を強く蹴り付けて、宇宙ロケットの如き勢いでダスクが跳躍する。
 無論、私と共に。
 急接近されたドラゴンが、まだ完全に力が溜まり切っていないブレスを咄嗟に吐き出すも、その頃には既に私たちは間合いを詰め終えていた。
「どんなに強力なブレスも、懐に入ってしまえば恐れるに足りません……!」
「そして攻撃中は完全な無防備、当て易いことこの上無しッ!!」
 私の『望月』で爆発的に威力を増した、二度目の『|陰影の穿破《アンノウン・チャージ》』が胸の傷に撃ち込まれる。
 痛烈な一撃を受けた巨体から血が噴き出て、フッと力が抜ける。
 姿勢が決定的に崩れ、豪風を巻き起こしていた翼がピタリと止まった。
 そうなれば、後は大地へ向かって落ちるのみ。
「空に陣取ったのが裏目に出たな。お前のその途轍も無い巨体が、この高空から受け身無しで地面に叩き付けられたら、果たしてどうなると思う?」
 物理学に於ける基本中の基本。
 運動エネルギーは速度と質量の二乗に比例──落下速度と体重が増すほど落下時の威力は大きくなる。
「自分自身の重みで潰れて果てろ」
 荒れ果てた大地に大激震が走り、いくつかの場所が崩落した。
 長所と短所は表裏一体。
 あのドラゴンを絶対無敵たらしめていた七十メートル超の堅牢な巨体が、今は彼の骨肉を圧し潰して粉砕する凶器と化した。