第170話 言語化するところ 感覚が知るところ
ー/ー
俺たちは樫田たちの元へと戻った。
そこには、何かを真剣に考えている池本と少し困った様な田島、そしていつも通りの雰囲気の樫田と夏村がいた。
一体何の話をしていたのやら。そんな視線を樫田にぶつける。
しかし樫田はそんなのどこ吹く風といったように笑顔で話し出す。
「さて、こっちも終わったことだし、どうする? 今日はもう解散か?」
「それなのだけれど……」
椎名が一年生たちを見ながら、言葉に詰まった。
それを見た樫田は、その意図をすぐに理解する。
「あー、なるほど……田島に池本。お前さんらも二人で話したこととかできただろう」
「まぁ、そうですね」
「は、はい」
「俺たちもはもうちょっと話したいことあるから残るんだが、二人はどうする?」
樫田の質問に二人は一瞬顔を見合わせたが、すぐに田島が答えた。
「すみませんが、私たちは先に帰ります」
「そっか。じゃあ、気を付けてな」
二人は立ち上がり、俺と椎名に席を譲った。
そしてそれぞれ、俺たち四人に一礼する。
「すみません、お先に失礼します」
「今日はありがとうございました。失礼します」
「おう、お疲れさん」
代表するように樫田がそう言い、俺たちは軽く手を振って二人を見送った。
二人が見えなくなると、空いた席に俺と椎名は座った。
「これで良かったんだろ?」
「ええ、助かったわ」
「で、なんか話があるのか?」
飲み物を口へと運びながら、樫田が率直に聞いてきた。
対して椎名は慎重に、言葉を選びながらゆっくりと口を開く。
「そうね。いくつかあるわ。田島のこと、今年全国に行けないだろうこと……」
「なんだ。それをさっき聞いたんじゃないのか?」
「ええ聞いたわ。でも田島は説明してくれなかったのよ。言語化は樫田の方が分かりやすいからって」
「……」
椎名がそう言うと樫田は何かを考えこんだ。
何か言うのを待っていると、樫田の横から夏村が尋ねてきた。
「田島のことって具体的に何を知りたい?」
「知りたいというより、手を抜いていることを解決したいわ。一番田島のことを理解しているのは樫田でしょ」
「別に田島を理解はしてないぞ。ただなんつーか、田島の行動原理……今年全国に行けないってことを分かるっていうだけだ」
椎名の言葉を樫田が訂正する。
分かっているのは田島のことじゃなくて、全国に行けないってことか。
その差異も気にはなったが、それを聞くよりも早く樫田が俺に質問する。
「杉野。お前は感覚と分かっているんだろ?」
「ああ、だけど俺はそれを言語化できるわけじゃないし、具体的な説明なんてできないんだ」
「……そうか」
腕を組み、再び何かを考えだす樫田。
二秒三秒と沈黙が続いた後、ゆっくりと呟いた。
「……じゃあ、全国に行けないことを言語化してみるか」
その言葉にみんな静かに息を呑んだ。
樫田に視線が集まる。それを気にすることなく、樫田は淡々と説明していく。
「さて、どっから言ったものか……杉野にはこないだ少し話だが、俺たちの劇には高校生らしさがない。これが一番だろうな」
「高校生らしさ?」
「ああ、曖昧で抽象的で、漠然とした概念のような何かさ」
樫田の言葉に納得できなかったのか、椎名は難しい顔をした。
だが、俺はなんとなくその言葉が示す方向性を感じていた。
俺たちの反応を見て、樫田は続ける。
「そもそも、ジャンルもテーマも役者の人数も違う劇の優劣をどうつける? それもきっとテストみたいに点数制じゃなくて審査員が観て一票を投じる投票制で」
「それは……」
「台本の良し悪しか? 役者の技量か? 観客たちの熱狂か? 伝えたいメッセージも引き出したい感情も違う数種類の劇から、何をもって最優秀賞を決める?」
その問いかけはある意味初歩的な事で且つ根本的な事だが、それに対して明確に返答できるほどの言葉を持っていなかった。
「と、疑問を投げかけはしたものの、きっとプロってやつが観たら、素人劇なんてお見通しなんだろう。面白さとか劇に対しての練習量だったり熱量だったりと、見抜けるんだろうな」
自虐的な微笑みを作り樫田は笑う。
それは自分の力量を知っているからこその虚しさだった。
「……でも、闇雲に練習したって成長しないことはサルでもわかることだ。正しい指導者がいて、正しい方向性を理解して、正しい過程を踏む。これはきっと全国に行くためのマストだ……それでも必ず行けるわけじゃないし、そっから先は実力だけじゃなくて運とか奇跡とかが必要になってくる。そういう世界だぜ。高校演劇ってやつは」
改めて、どうしようもない現実を突きつけられた気がした。
だが、樫田の話はそこで止まらない。
「で、だ。俺たちは正しい指導者がいるわけじゃない。正しい方向性を知っているわけでもない。過程だって正しいか分からない。そんな俺たちが全国を目指すっていうのは中々に雲をつかむような話だ」
「そんなことは重々承知よ」
「だろうな。けど椎名お前は分かっていない。演劇に必要な個性ってやつを」
「個性……?」
「頭に言った高校生らしさのことだよ」
椎名は樫田を睨む。俺にはそれが言葉の意味を必死に探っているようにも見えた。
それを分かっているのか、樫田は落ち着いた様子だった。
「……こっから先は、表現者のテーゼなのかもな。面白いとは何か、評価される劇とは何か、高校演劇に求められるものは何か」
「そんな……そんな答えのないものを考えている時間なんてないわ」
「かもな」
流すようにそう言って、樫田がチラッとこちらを見てきた。
ほんの一瞬、樫田と目が合う。
――ぞくりと、見透かされた気分だ。
「それでも、答えなんてないものに結論を出すことも時には必要だよ」
「樫田は、結論を出したのかしら」
「ああ出したさ。けどそれを言語化してもきっと意味はない。感覚として分かっている杉野の方がよっぽどマシさ」
「そう。あなたもすべてを語る気はないのね」
椎名は残念そうにそう呟くが、俺にはそれが違うように感じた。
言葉にして説明されたからって全てが分かるわけじゃない。
過程を積んで、経験を経て、感覚が知ることがある。
きっと田島が語らなかったのも同じことだろう。
俺は思わず、椎名に向かって言ってしまう。
「椎名、樫田は必要なことは言語化してくれた。あとは俺たちがどう捉えるかだ」
「杉野…………そうね」
椎名は一瞬驚いたが、すぐに頷き納得した。
それを見て、樫田が笑う。
「まぁ、そういうこった。全国についてはこんなところかね」
「次、田島の問題が残っている」
話が一区切りついたところで、黙っていた夏村が次へと話を進めた。
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しかし樫田はそんなのどこ吹く風といったように笑顔で話し出す。
「さて、こっちも終わったことだし、どうする? 今日はもう解散か?」
「それなのだけれど……」
椎名が一年生たちを見ながら、言葉に詰まった。
それを見た樫田は、その意図をすぐに理解する。
「あー、なるほど……田島に池本。お前さんらも二人で話したこととかできただろう」
「まぁ、そうですね」
「は、はい」
「俺たちもはもうちょっと話したいことあるから残るんだが、二人はどうする?」
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「すみませんが、私たちは先に帰ります」
「そっか。じゃあ、気を付けてな」
二人は立ち上がり、俺と椎名に席を譲った。
そしてそれぞれ、俺たち四人に一礼する。
「すみません、お先に失礼します」
「今日はありがとうございました。失礼します」
「おう、お疲れさん」
代表するように樫田がそう言い、俺たちは軽く手を振って二人を見送った。
二人が見えなくなると、空いた席に俺と椎名は座った。
「これで良かったんだろ?」
「ええ、助かったわ」
「で、なんか話があるのか?」
飲み物を口へと運びながら、樫田が率直に聞いてきた。
対して椎名は慎重に、言葉を選びながらゆっくりと口を開く。
「そうね。いくつかあるわ。田島のこと、今年全国に行けないだろうこと……」
「なんだ。それをさっき聞いたんじゃないのか?」
「ええ聞いたわ。でも田島は説明してくれなかったのよ。言語化は樫田の方が分かりやすいからって」
「……」
椎名がそう言うと樫田は何かを考えこんだ。
何か言うのを待っていると、樫田の横から夏村が尋ねてきた。
「田島のことって具体的に何を知りたい?」
「知りたいというより、手を抜いていることを解決したいわ。一番田島のことを理解しているのは樫田でしょ」
「別に田島を理解はしてないぞ。ただなんつーか、田島の行動原理……今年全国に行けないってことを分かるっていうだけだ」
椎名の言葉を樫田が訂正する。
分かっているのは田島のことじゃなくて、全国に行けないってことか。
その差異も気にはなったが、それを聞くよりも早く樫田が俺に質問する。
「杉野。お前は感覚と分かっているんだろ?」
「ああ、だけど俺はそれを言語化できるわけじゃないし、具体的な説明なんてできないんだ」
「……そうか」
腕を組み、再び何かを考えだす樫田。
二秒三秒と沈黙が続いた後、ゆっくりと呟いた。
「……じゃあ、全国に行けないことを言語化してみるか」
その言葉にみんな静かに息を呑んだ。
樫田に視線が集まる。それを気にすることなく、樫田は淡々と説明していく。
「さて、どっから言ったものか……杉野にはこないだ少し話だが、俺たちの劇には高校生らしさがない。これが一番だろうな」
「高校生らしさ?」
「ああ、曖昧で抽象的で、漠然とした概念のような何かさ」
樫田の言葉に納得できなかったのか、椎名は難しい顔をした。
だが、俺はなんとなくその言葉が示す方向性を感じていた。
俺たちの反応を見て、樫田は続ける。
「そもそも、ジャンルもテーマも役者の人数も違う劇の優劣をどうつける? それもきっとテストみたいに点数制じゃなくて審査員が観て一票を投じる投票制で」
「それは……」
「台本の良し悪しか? 役者の技量か? 観客たちの熱狂か? 伝えたいメッセージも引き出したい感情も違う|数種類《すうしゅるい》の劇から、何をもって最優秀賞を決める?」
その問いかけはある意味初歩的な事で且つ根本的な事だが、それに対して明確に返答できるほどの言葉を持っていなかった。
「と、疑問を投げかけはしたものの、きっとプロってやつが観たら、素人劇なんてお見通しなんだろう。面白さとか劇に対しての練習量だったり熱量だったりと、見抜けるんだろうな」
自虐的な微笑みを作り樫田は笑う。
それは自分の力量を知っているからこその虚しさだった。
「……でも、闇雲に練習したって成長しないことはサルでもわかることだ。正しい指導者がいて、正しい方向性を理解して、正しい過程を踏む。これはきっと全国に行くためのマストだ……それでも必ず行けるわけじゃないし、そっから先は実力だけじゃなくて運とか奇跡とかが必要になってくる。そういう世界だぜ。高校演劇ってやつは」
改めて、どうしようもない現実を突きつけられた気がした。
だが、樫田の話はそこで止まらない。
「で、だ。俺たちは正しい指導者がいるわけじゃない。正しい方向性を知っているわけでもない。過程だって正しいか分からない。そんな俺たちが全国を目指すっていうのは中々に雲をつかむような話だ」
「そんなことは重々承知よ」
「だろうな。けど椎名お前は分かっていない。演劇に必要な個性ってやつを」
「個性……?」
「頭に言った高校生らしさのことだよ」
椎名は樫田を睨む。俺にはそれが言葉の意味を必死に探っているようにも見えた。
それを分かっているのか、樫田は落ち着いた様子だった。
「……こっから先は、表現者のテーゼなのかもな。面白いとは何か、評価される劇とは何か、高校演劇に求められるものは何か」
「そんな……そんな答えのないものを考えている時間なんてないわ」
「かもな」
流すようにそう言って、樫田がチラッとこちらを見てきた。
ほんの一瞬、樫田と目が合う。
――ぞくりと、見透かされた気分だ。
「それでも、答えなんてないものに結論を出すことも時には必要だよ」
「樫田は、結論を出したのかしら」
「ああ出したさ。けどそれを言語化してもきっと意味はない。感覚として分かっている杉野の方がよっぽどマシさ」
「そう。あなたもすべてを語る気はないのね」
椎名は残念そうにそう呟くが、俺にはそれが違うように感じた。
言葉にして説明されたからって全てが分かるわけじゃない。
過程を積んで、経験を経て、感覚が知ることがある。
きっと田島が語らなかったのも同じことだろう。
俺は思わず、椎名に向かって言ってしまう。
「椎名、樫田は必要なことは言語化してくれた。あとは俺たちがどう捉えるかだ」
「杉野…………そうね」
椎名は一瞬驚いたが、すぐに頷き納得した。
それを見て、樫田が笑う。
「まぁ、そういうこった。全国についてはこんなところかね」
「次、田島の問題が残っている」
話が一区切りついたところで、黙っていた夏村が次へと話を進めた。