「ダメだったな……」
「ええ、そうね」
俺がぼそっと呟くと、椎名が横で頷いた。
フードコートから出て、俺たちはあてもなくショッピングモールを歩いていた。
椎名の横顔はどこか神妙で、何かを考えているようだった。
今頃、樫田たちは何を話しているのだろうか。
そんなことを考えていると、目の前で休憩スペースの椅子が空いた。
「……ちょっと座るか」
「ええ、そうしましょう」
俺たちは一階の見える吹き抜け部分を背にして、イスに腰を下ろした。
正面が雑貨屋で、その出入りする人波を見ながら数秒が経過した。
「なんだか、悔しいわ」
「え?」
突然、椎名が口を開いた。思わず横を向くと、膝の上で手を強く握っていた。
正面を見ながら、椎名は続ける。
「田島が今年全国を目指さないこと、私たちが全国に行けない理由を分かっていないこと……それに田島を説得できなかったこと」
それは、言ってしまえば俺たちの力不足なのだろう。
さっきの会話、田島が心の内を明かしていない。嘘かと問われれば、そうではないだろうが、心の底からの言葉でもないのだろう。
それは、俺たちが信用されていないことを意味している。
「そうだな。樫田ならもっと引き出せたのかもしれないが」
「……正直、それも気に食わないわ。何でそんなに樫田を信用しているのかしら」
「そりゃ……知らないけど」
思えば、何でだろうか? 樫田の実力を認めているから? それとも何かあるのだろうか。
いや、きっと――。
「まぁ、いいわ。ぐだぐだしていても仕方ない。次を考えましょう」
「次?」
「ええ、仲間にはできなかったけど、演技の手を抜いたまま舞台に立たせるわけにはいかないもの」
「ああ、そっちな」
全国の話ではなく目の前の問題の話だった。
とはいえ、現状打つ手があるのだろうか。
田島は心を開いていない。手を抜いているといっても樫田が言うには最低限は出来ている。
「彼女に本気を出させる何かがあるといいのだけれど……」
「池本とか金子から言ってもらうとか?」
「悪くはないけど、さっきの田島の様子的にそれじゃあ解決しないんじゃないかしら」
確かにそうだな。田島的に知られて困る話でもないのだろう。だから池本を同伴して――ってそういえば。
「何で池本同伴だったんだろうな」
「……きっと、知ってほしかったんでしょうね」
「何を?」
「自分のことを、よ」
その言葉の意味がよく分からなかった。
そんな俺に気づいて、椎名は詳しく説明してくれた。
「田島的には知ってほしいことだったのよ。自分が全国目指すこと……たぶん、手を抜いていることも。でも自分の口から言うのもなんでしょ」
「ああ、なるほど。確かにそうだな」
自分から、私来年のために今手を抜いているんだよねー、なんて言えない。
田島的にこのことを池本に知ってほしかったから一緒ならいいという提案をしたのか。
じゃあ、あの時の樫田の言葉の意味は利用されているって感じたってことか?
「……樫田たちは今、どんな話しているんだろうな」
「……そうね。帰り道で佐恵と少し話したけど、演技についてとは言っていたわ。ただ詳細までは分からないわ」
「そっか」
演技について、か。夏村も演劇について一家言あるタイプだ。それを考えると田島に言いたいことの一つや二つあるのだろう。
樫田がいるのなら、激しく揉めることもないだろうが。
「先輩は難しいわね」
「……そうだな」
椎名が疲れを吐くように言ったその一言に、俺は同意した。
まだ田島たちが入ってほんの数ヶ月しか経っていないが、それでも、今更ながら先輩というものの難しさを実感している。
改めて轟先輩たちのすごさを思い知る。
それは分かってた気に、知った気になっていたようで分かっていないことだった。
「ごめんなさい。弱音だったわね。話を戻すわ」
「ああ」
「おそらくだけど、田島のことを一番よく分かっているのは樫田だわ」
「そうだな」
それは間違いないだろう。樫田は俺たちの分かっていない田島のことを知っている。
椎名は少し考えこんでから、俺に提案してきた。
「とりあえず向こうの話が終わったら、佐恵たちと四人で話しましょう」
「おーけー」
二つ返事で頷く。現状、俺たちだけで話しても答えは出ないのだろう。
田島の心情を理解するためには、樫田が必要だ。
「それに、全国に行けない理由も、しっかりと聞きましょう」
どこか遠くを見ながら、椎名は決意を秘めて呟いた。
俺は心の隅に不安を抱いていた。それは樫田が全国に行けないことを言語化した時に、俺たちはそれに対抗できるだけの言葉を、決意を持っているの判断がつかなかったからだ。
ただ、聞くなら今しかないのだろうとも思う。
もう迷っている瞬間も躊躇っている間もないのだ。俺たちには時間がない。大会はすぐそこまで迫っているのだから。
そんなことを考えていると、椎名がポケットからスマホを取り出した。
「終わったみたいだわ」
「よし。じゃあ、行こう」
俺たちは立ち上がり、フードコートへと戻るのだった。