表示設定
表示設定
目次 目次




ー ゼロの庭、シリウスの種 ー Episode 6

ー/ー



​*自分の光*


 「あと少し、あと三つあれば」
​そう呟いていた影たちが、一人、また一人と、ユリの机の周りに集まってくる。



 彼らは普段、互いの器の中にある「数字」しか見ていなかった。

それなのに、彷徨える視線が吸い寄せられるように見つめているのは、液晶に並ぶ無機質なカウントではない。

端末から溢れ出し、無機質な床に根を張った、柔らかな緑の光だ。
影たちは、戸惑うように足を止めた。


ある影は、透けきった指先を恐る恐る伸ばし、ユリが綴った「ネコの喉の振動」という言葉の端に触れようとする。


指先が文字に触れた瞬間、影の輪郭が一瞬だけ、かつての「人間」だった頃の輪郭を取り戻したかのように見えた。

 彼らは、忘れていたのだ。

数字という秤にかける前の、
言葉そのものが宿していた温度を。


誰かに見せるためではなく、自分が愛したものに触れた時の、あの心の震えを。
「……暖かいな」
誰かが、掠れた声で呟いた。

震える呟きは、ランキングの通知音よりもずっと静かに、確かな重さを持って、底辺の空気を揺らした。

ユリは、集まってきた影たちを拒むことはしない。


ただ、足元で眠る現実の愛猫の温もりを思い出しながら、最後の一行を書き終えた。


完結の打鍵とともに、机の上に芽吹いた小さな植物が、いっそう強く光を放った。


眩いばかりの爆発的なランキングの輝きとは違う。闇の中でじっと目を凝らしている者にだけ届く、夜明け前の予兆のような光だ。

ユリは、そっと画面を閉じた。

不思議と、もう不安はなかった。

画面上の「0」という数字が不動のまま横たわっていようと、彼女の身体はもう霧に溶けたりしない。

ふと顔を上げると、影たちの幾人かが、自らの席へと戻っていくのが見えた。


彼らはもう、他人の器を覗き込んではいない。

胸の奥にあるはずの、いつかどこかでこぼし落としてしまった「種」を、暗闇の中に探し始めているようだった。

「アーカイブ」の底辺は、相変わらず薄暗いままだ。


けれども、現実世界の窓からは、
今、本物の朝が訪れようとしていた。








スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む おやすみ、Wi-Fi


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



​*自分の光*
 「あと少し、あと三つあれば」​そう呟いていた影たちが、一人、また一人と、ユリの机の周りに集まってくる。
 彼らは普段、互いの器の中にある「数字」しか見ていなかった。
それなのに、彷徨える視線が吸い寄せられるように見つめているのは、液晶に並ぶ無機質なカウントではない。
端末から溢れ出し、無機質な床に根を張った、柔らかな緑の光だ。
影たちは、戸惑うように足を止めた。
ある影は、透けきった指先を恐る恐る伸ばし、ユリが綴った「ネコの喉の振動」という言葉の端に触れようとする。
指先が文字に触れた瞬間、影の輪郭が一瞬だけ、かつての「人間」だった頃の輪郭を取り戻したかのように見えた。
 彼らは、忘れていたのだ。
数字という秤にかける前の、
言葉そのものが宿していた温度を。
誰かに見せるためではなく、自分が愛したものに触れた時の、あの心の震えを。
「……暖かいな」
誰かが、掠れた声で呟いた。
震える呟きは、ランキングの通知音よりもずっと静かに、確かな重さを持って、底辺の空気を揺らした。
ユリは、集まってきた影たちを拒むことはしない。
ただ、足元で眠る現実の愛猫の温もりを思い出しながら、最後の一行を書き終えた。
完結の打鍵とともに、机の上に芽吹いた小さな植物が、いっそう強く光を放った。
眩いばかりの爆発的なランキングの輝きとは違う。闇の中でじっと目を凝らしている者にだけ届く、夜明け前の予兆のような光だ。
ユリは、そっと画面を閉じた。
不思議と、もう不安はなかった。
画面上の「0」という数字が不動のまま横たわっていようと、彼女の身体はもう霧に溶けたりしない。
ふと顔を上げると、影たちの幾人かが、自らの席へと戻っていくのが見えた。
彼らはもう、他人の器を覗き込んではいない。
胸の奥にあるはずの、いつかどこかでこぼし落としてしまった「種」を、暗闇の中に探し始めているようだった。
「アーカイブ」の底辺は、相変わらず薄暗いままだ。
けれども、現実世界の窓からは、
今、本物の朝が訪れようとしていた。