ユリは、地面に落ちていた「種」をそっと拾い上げた。
瞬間、凍てついていた指先に、ちりちりと痺れるような感覚が走った。
それはシリウスが最期に放った、記憶の余熱だった。
よろめきながら、自分の席へと戻る。
画面には、先ほどまで執着していた「トレンドのキーワード」や、誰かの気を引くための「嘘の虚飾」が並んでいる。
彼女は迷わず、それらをすべて消去した。
バックスペースキーを叩くたびに、白紙が広がっていく。
数字を稼ぐための武装を脱ぎ捨て、最後の一文字が消えたとき、彼女は本当の意味で「0」になった。
(……書こう)
誰のためでもない。
自分の心の中にだけ灯っている、あの温かさを。
ユリは目を閉じ、意識を「アーカイブ」の外側へと向けた。
この薄暗い底辺のずっと先。自分がかつて、確かに座っていた部屋。
そこには、ずっと、彼女の足元に体を擦りつけてくる小さな存在がいる。
キーボードを叩く指に、リズムが戻ってきた。
今もそこにいる愛猫の描写。
食事が遅いと文句を言うように鳴き、膝の上に乗ってはキーボードの邪魔をする。
喉の奥から「ゴロゴロ」と響く、独楽を回しているような、独特の振動。
その振動が、冷え切っていたユリの指先を、手首を、そして胸の奥を、ゆっくりと解かしていく。
一文、また一文と、言葉が画面に置かれるたびに、ユリの体から透明な部分が消えていった。
皮膚に赤みが差し、血管が脈打ち、確かな重力が彼女を椅子に繋ぎ止める。
ランキングの青白い光ではなく、彼女自身の内側から溢れ出す、ロウソクのような淡い光。
机の隅に置いていた「シリウスの欠片」が、微かな音を立てて弾けた。
そこから伸びてきたのは、光で編まれたような細い緑の蔓だった。
プラットフォームの無機質な床を割り、ユリの指先を追うようにして、静かに、けれど力強く芽を広げていく。