俺は椎名から連絡が来たのを、佐恵に知らせた。
「向こう終わったって」
「そう。行こう秀明」
短くそう言って俺たちは時間潰しのために入った本屋を出た。
意外と早く終わったな。
それが何を意味しているのか、俺はなんとなく想像がついた。
フードコートに向かいながら、俺は佐恵に確認をする。
「で、基本的には俺が喋るでいいのか?」
「うん。任せる」
「ったく。自分で話してもいいんだぜ?」
「ダメ。田島は秀明の言葉の方が効く」
「そんなもんかねぇ」
口ではそう言いながらも、俺は佐恵の意図を理解していた。
そうこうしていると、すぐにフードコートへと辿り着く。
杉野たちのところへと戻る。一番初めに気づいたのは、妙な空気の重さだった。
ああ、やっぱり失敗したんだな。
「よお、思ったより早かったな」
「樫田。まぁ、な……」
杉野は何とも言えない様子だった。
後輩たちに視線を向けると、池本は会釈して田島は笑顔だった。
「私たちは席を外した方がいいかしら?」
「お願い」
椎名の質問に夏村が答える。
二人は立ち上がり、席を空けた。
「杉野と椎名はどうするんだ? 帰るか?」
「いいえ。少し杉野と話したいことがあるから、まだ近くにいるわ」
「分かった。じゃあ、一応こっちが終わったら連絡するわ」
「ありがとう」
二人がフードコートから出ていくのを見送って、俺と夏村は席に座る。
俺が田島と向かい合うように座るのを見て、驚かれた。
「あれ? 夏村先輩が話すんじゃないんですか?」
「違う。話すのは樫田」
「そうですか……」
予想外だったのか、田島は困惑した様子だった。
さてと、いきなり本題に入ってもいいが、念のため情報収集と行くか。
「杉野と椎名の様子からして、話は上手くいかなかったみたいだな」
「ええ、まぁ」
「どうぜ、一緒に全国目指そうとか、そんな話だろ?」
「さすがですね。そんな感じです」
「で。断ったのか?」
「はい」
悪びれる様子もなく、堂々とした態度で答える田島。
その横では池本が何で知っているんだろうという風に俺を見ていた。
もう少しだけ探るか。
「良かったのか? 別に悪い話じゃないだろ」
「それ、分かって聞いてません? 少なくとも今のままじゃ全国に行くことは無理です」
その言葉に、俺の横の夏村が苛ついたのを感じた。
やべぇ、地雷だったか。俺は慌てて話を変える。
「はっきり言うねぇ。まぁいいや。じゃあ、本題に入ろうか」
「はい。先輩たちは何を言いに来たんですか?」
「単刀直入に言って、田島。お前の演技についてだ」
田島は表情を変えずに、しかし少し動揺したようだった。
池本は、何のことだろうと不思議そうにしている。
ああ、話しにくいな。そう思いながらも、俺は淡々と続ける。
「さて、もう気づいていると思うが、お前の演技については二年生全員に共有させてもらった」
「はい」
「怒っているか?」
「いえ、そうなるだろうとは思っていました」
「
賢しいな」
田島は、臆することなく平然としていた。
彼女なりの信念の表れなのかもしれない。
これを瓦解させるための一瞬を見逃さないように気を付けながら話す。
「分かった上で再度尋ねるが、何故本気で演技しない?」
「え……?」
声が上げたのは池本だった。
そりゃそうか。寝耳に水だろうし、言葉の意味を理解できないのだろう。
「池本に説明していいか?」
「……はい」
俺は田島に許可を取ると、出来るだけソフトに池本へ説明した。
池本は、本当に驚いた様子だった。まぁ、そうなるよな。
何か言いたげに田島を見ながら、されど池本は何も言わずにいた。
「……三度の質問で悪いが、何故本気で演技しない?」
「私の答えは変わりません。来年全国を目指すための布石であり、下準備です」
はっきりと答える。それは揺るがない意志が宿っていた。
だが、いやだからこそ、夏村の
癇に障ったのだろう。俺の横で静かに憤慨していた。
池本がじっと田島の横顔を見て、何かを推し量っていた。
異様な雰囲気の中で、俺は田島へ質問する。
「来年のために今本気を出さないってことか?」
「はい」
「……なぁ田島。俺と夏村は、杉野たちとは違う。全国を目指しているわけじゃない……けどな。それでも、だからって手を抜いて演技をしているわけじゃない」
「…………」
「来年全国を目指す? 上等。確かにそれは自由だ。だが、そのために今、俺らとの劇で手を抜くっていうなら、俺らはそれを怒って、注意して、本気を出させないといけない」
「……どうしてですか?」
「先輩だからだ」
俺の言葉をどう受け取ったのか、田島は何も言い返さなかった。
ただ真っ直ぐに俺を見ていた。
これじゃあ、ダメか。あんまり夏村の前で話したくないが、仕方ないか。
そう判断して切口を変えることにした。
「田島。高校生になった二ヶ月、どうだ? 思ったよりは難しいだろ?」
「そうですね。正直舐めてました」
「そうか。でも、そう実感するのはこれからだぞ?」
「私は、まだ分かっていないってことですか」
少しだけ、田島の感情が動いた。
シニカルな笑顔を意識しながら、俺は答える。
「まぁ、そういうこった。春大会を経験すれば、きっと価値観が変わるだろうな」
「信じられません」
「今はそうだろうな。けど、変わるさ……だから、まぁ、その実俺はお前さんについてそんなに心配はしていない」
田島だけじゃなくて、俺の横で夏村も驚いた様子だった。
今の言葉に嘘はない。きっと田島は春大会で変わる。
「じゃあ、さっきの話は何だったんですか」
「そりゃ、あれだ。先輩として言わなきゃいけないことを言ったまでだ。どっちの言葉にも嘘はないし、心の底から思っている。心配もしているし、信じてもいるそれだけだ」
先輩としての立場、仲間としての信用。それらは両立する。ただそれだけの話なのかもしれない。
ただ、夏村は納得してないようで、横からすごい俺を睨んでくる。
はいはい。先輩として責務は全うしますよ。
「あくまでも、俺個人の話だ。演劇部として見た時、先輩としての立場として考えた時、手を抜く役者を舞台に上げることはできない。分かるな?」
「私の演技が他の人より劣るとは思っていません」
「そうだな。抜きん出て見劣りするわけじゃない。だが、問題はそこじゃないことは分かっているだろ?」
「……」
俺たちが演技の上手い下手で判断しているわけじゃないことは、分かっているだろう。
釘は十分刺しただろう。俺は夏村に視線を送る。
彼女は田島の方を向き、率直に聞いた。
「演劇部、好き?」
「はい、好きです」
「なら、演劇は好き?」
「どうですかね」
二つ目の質問を田島は、どこかぎこちない笑顔で誤魔化した。
それだけで、十分だった。