二話 色見の消失
ー/ー
「これは惨いな……」
冬馬は思わずつぶやく。
目の前に無残に転がる男の死体に、一介の兵士の男である冬馬もさすがに気分が悪くなる。
獣に食い散らかされたらしく、肉片や血がそこかしこに散らばっているのだ。
今も烏が死体をつついており、同僚の兵士たちが追い払っている。
「おい、こっちに土饅頭があったぞ」
同僚の虎次郎に呼ばれ見に行くと、木の下に土が盛り上がった場所があり、そこから二人の男の顔がわずかに覗いていた。二人とも血まみれで、明らかに事切れている様子である。
冬馬は同僚たちと土を掘り遺体を取り出した。遺体の頭は背後から殴られたかのように潰れており、腹は抉れ内臓がない。体中傷だらけで、ほぼ原形を留めていなかった。凄惨な遺体の状況に同僚たちは呻き声を漏らしている。
「腸を食われているな……。緋熊にやられたんだろう。緋熊は食べきれなかった獲物を土饅頭にして、あとから食べるらしいからな。近くにいるかもしれないから気をつけようぜ」
虎次郎は遺体を見下ろしながら顔をしかめ、冬馬は「あぁ……」と頷いた。まさかこんなことになるとは、冬馬は思ってもみなかった。
本日早朝に色見の娘を保護しに娘の家へと向かうと、昨晩娘は逃げ出し、娘の兄と兄の友人たちが捜しに行ったと娘の両親から聞かされた。そして兄と友人たちも行方不明になってしまったとのことだった。地元の兵も娘を捜しているがいまだ見つかっていない。
慌てて森中を捜すとこの有様だ。
朝から捜し続けすでに日は高くなりつつあるが、まだ娘は見つけられていない。
兵士たちの焦燥感は高まっていた。
「この三人が、昨晩逃げた色見の娘を追っていたっていう兄たちだろうな……。娘を捜している最中に運悪く緋熊に襲われたんだろう。娘も襲われてたらやばいぜ。早く見つけないとな」
「そうだな虎次郎……。でも、なんで娘は逃げたんだ? 真夜中にこんな森に逃げるなんて正気の沙汰じゃないぞ」
「さぁな……。色見になった重圧から逃げたかったんじゃないか」
虎次郎はぶっきらぼうに答え、「かもな……」と冬馬も声をこぼした。
色見とは、虚色を示すことができるとみなされ、虚色の王によって選ばれた者のことだ。
色見に選ばれるのはこの幻日国の民だけでなく、幻日国の東に位置する紅味国、西に位置する響国からも選ばれる。
虚色の王とは、幻日国から南に位置する広大な土地を支配し続けている古代の王の亡霊だ。
記録にある限り五百年以上前から亡霊として存在しており、『虚色』を探し続けているため『虚色の王』と呼ばれている。
もし虚色の王に虚色を示すことができたなら、その色見が新たな虚色の王となり、広大な土地を支配する権利が与えられる。
幻日国からすれば領土拡大のためなんとしてでも手に入れたい土地であり、虚色の王となった色見には国から莫大な財産と特権が与えられる。
そして他国も領土が欲しいのは同じであり、自国以外の色見を殺害するため刺客を差し向けている。
「まずいぜ……。今年幻日国から色見になったのは三人で、その内一人は保護する前に他国の刺客に殺された。逃げた一人が獣に襲われて死にでもしたら、もう一人しか残ってないぞ。なんとしてでも王になってもらわなきゃいけないのに……」
虎次郎は苦々しい顔をして言い、冬馬は何も言わず土饅頭にされた男たちを見下ろした。
「……なぁ、虎次郎。彼らは本当に緋熊に殺されたんだろうか」
「はぁ? こんなことするの、緋熊しかいないだろ。まさかお前、色見の娘が男たち三人を殺して、緋熊に襲われたように見せかけたって言いたいのか? 聞いた話じゃ、娘は細身の十五歳で、気弱だっていうじゃないか。大人の男三人をこんな無残に殺せるわけないぞ」
虎次郎は眉を寄せて冬馬を見、冬馬は「そうだよな……」と言いつつも違和感がぬぐえなかった。
緋熊は非常に縄張り意識が強い熊だ。自分の獲物に他の誰かが手を付けようものなら、地の果てまで追いかけてくるという。それなのに、現在兵士たちが土饅頭を掘り返していても、襲ってくる気配がない。
遺体だって、傷つけられすぎているようにも感じる。
まるで何かの傷を隠しているようだ。
「色見は死んだのか」
唐突に背後から声がして、冬馬は驚いて振り返った。
いつの間にか少年が立っており、感情の読めない瞳で土饅頭を見下ろしている。
「うわっ、びっくりした……。急に背中に立つなよな」
虎次郎は顔をしかめ少年に言うが、少年は返事をせず虎次郎に黒い瞳を向けただけだった。
全く気配を感じさせない少年だ。冬馬は気味悪さを感じながら口を開く。
「まだ死んだかは分からない。飛炎と言ったか、お前は確か『森』だったよな。この状況をどう見る」
冬馬の問いかけに、飛炎は視線を虎次郎から冬馬に移す。
「俺はもう『森』じゃない。今はただの色見だ」
飛炎は淡々と答える。
彼こそが、幻日国の色見であった。
国の指示で暗躍する『森』と呼ばれる集団の一員であり、本来は日の目を見ることがなく、誰にも存在を知られぬ存在であった。
しかし、彼は色見に選ばれたため森を抜けることになったのだ。
冬馬は色見の保護と監視をするために編成されたこの『色見部隊』に入るまで、森の存在など露ほども知らなかった。色見の情報は決して他言してはならぬと国王から直々に言われており、もちろん森のことも他言できない。他言しようものなら、その者は即座に処刑されてしまうだろう。
「そうか。じゃぁただの飛炎、この遺体は緋熊に襲われたものだと思うか?」
冬馬はさらに問うが、飛炎は「さぁな」と興味なさげに返してきた。
この飛炎という男は名前と元森であったこと以外なにも分からないが、二十歳である冬馬や虎次郎よりも少し若そうだ。
だが、異常なほど落ち着き払っていて、存在感がまるでない。
顔立ちは悪くなくむしろ整っている方なのだが、どうにも印象に残らない顔だ。
飛炎は土饅頭を見た後、冬馬たちから離れて行った。
「……気味の悪いやつだな。気配がまったくないぜ」
飛炎の背を見ながら虎次郎は言葉を吐く。
「それが『森』なんだろう。誰にも知られず、影に生き影のまま死ぬらしいからな。今まで気配を消して生きて来たんだろう」
「そうだとしても、人間らしさってもんが感じられない。どういう生き方をすればあぁなるんだ?」
虎次郎の問いに、冬馬は「さぁな……」とだけ返す。虎次郎と同じく、冬馬も飛炎に人間らしさというものを感じられなかった。彼と話していても、まるで感情の無い傀儡と会話しているような気分になる。一体どのような環境で育てば彼のようになるのかと冬馬も考えてみるが、想像できなかった。
虎次郎は小さく息を吐き、「あれをしばらく見守らなきゃいけないなんて、気が重いぜ……」と苦々しげに言い、「そう言うな、この国の将来を左右する重要な任務だぞ」と冬馬は苦笑して虎次郎の肩を叩いた。
「お前たち、一旦集合しろ‼」
隊長の声に、冬馬たちはすぐに隊長の元へと向かう。
「見ての通り色見の兄たちは獣に襲われたようだが、一応検死を行う。今から地元猟師の協力をもらい、森での娘の探索を続ける。梅班は猟師とともに森の探索をし、松班は飛炎を護衛しながら最初の試練の場所へ向かえ!」
隊長の指示に、兵士たちは「はい!」と大きく返事をする。
色見には虚色の王から三つの試練が与えられ、それを全て突破できなければ虚色の王の元へと辿りつけない。
二日前幻日国から三名の民が色見に選ばれた際、色見部隊はすぐさま『松班』、『竹班』、『梅班』の三班分かれ、それぞれ色見を保護しに向かった。松班の担当である飛炎はすぐに保護できたため、梅班と合流し幻日国の西にある試練の場所へ向かっていた。その途中で梅班の担当である『篠月あぐり』と言う名の色見を保護する予定だったが、今回の事態になったのだ。
竹班の担当であった色見は、昨日竹班が到着する少し前に何者かに殺されてしまっていたため、現在竹班は松班に合流すべく移動している。
すでに色見を一人失っており、色見部隊には緊張と焦燥感が漂っていた。
あぐりがすでに死んでいるという最悪の事態を想定すれば、なんとしてでも飛炎を守り抜き、彼に虚色の王となってもらわなければならない状況だ。
松班である冬馬と虎次郎は隊長の指示通り班員とともに森を出て、飛炎を守りながら試練の場所へと向かって行った。
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「これは|惨《むご》いな……」
|冬馬《とうま》は思わずつぶやく。
目の前に無残に転がる男の死体に、一介の兵士の男である冬馬もさすがに気分が悪くなる。
獣に食い散らかされたらしく、肉片や血がそこかしこに散らばっているのだ。
今も烏が死体をつついており、同僚の兵士たちが追い払っている。
「おい、こっちに|土饅頭《どまんじゅう》があったぞ」
同僚の|虎次郎《こじろう》に呼ばれ見に行くと、木の下に土が盛り上がった場所があり、そこから二人の男の顔がわずかに覗いていた。二人とも血まみれで、明らかに事切れている様子である。
冬馬は同僚たちと土を掘り遺体を取り出した。遺体の頭は背後から殴られたかのように潰れており、腹は抉れ内臓がない。体中傷だらけで、ほぼ原形を留めていなかった。凄惨な遺体の状況に同僚たちは呻き声を漏らしている。
「|腸《はらわた》を食われているな……。|緋熊《ひぐま》にやられたんだろう。緋熊は食べきれなかった獲物を土饅頭にして、あとから食べるらしいからな。近くにいるかもしれないから気をつけようぜ」
虎次郎は遺体を見下ろしながら顔をしかめ、冬馬は「あぁ……」と頷いた。まさかこんなことになるとは、冬馬は思ってもみなかった。
本日早朝に|色見《いろみ》の娘を保護しに娘の家へと向かうと、昨晩娘は逃げ出し、娘の兄と兄の友人たちが捜しに行ったと娘の両親から聞かされた。そして兄と友人たちも行方不明になってしまったとのことだった。地元の兵も娘を捜しているがいまだ見つかっていない。
慌てて森中を捜すとこの有様だ。
朝から捜し続けすでに日は高くなりつつあるが、まだ娘は見つけられていない。
兵士たちの焦燥感は高まっていた。
「この三人が、昨晩逃げた色見の娘を追っていたっていう兄たちだろうな……。娘を捜している最中に運悪く緋熊に襲われたんだろう。娘も襲われてたらやばいぜ。早く見つけないとな」
「そうだな虎次郎……。でも、なんで娘は逃げたんだ? 真夜中にこんな森に逃げるなんて正気の沙汰じゃないぞ」
「さぁな……。色見になった重圧から逃げたかったんじゃないか」
虎次郎はぶっきらぼうに答え、「かもな……」と冬馬も声をこぼした。
色見とは、|虚色《きょしょく》を示すことができるとみなされ、虚色の王によって選ばれた者のことだ。
色見に選ばれるのはこの|幻日国《げんじつこく》の民だけでなく、幻日国の東に位置する|紅味国《こうみこく》、西に位置する|響国《きょうこく》からも選ばれる。
虚色の王とは、幻日国から南に位置する広大な土地を支配し続けている古代の王の亡霊だ。
記録にある限り五百年以上前から亡霊として存在しており、『虚色』を探し続けているため『虚色の王』と呼ばれている。
もし虚色の王に虚色を示すことができたなら、その色見が新たな虚色の王となり、広大な土地を支配する権利が与えられる。
幻日国からすれば領土拡大のためなんとしてでも手に入れたい土地であり、虚色の王となった色見には国から莫大な財産と特権が与えられる。
そして他国も領土が欲しいのは同じであり、自国以外の色見を殺害するため刺客を差し向けている。
「まずいぜ……。今年幻日国から色見になったのは三人で、その内一人は保護する前に他国の刺客に殺された。逃げた一人が獣に襲われて死にでもしたら、もう一人しか残ってないぞ。なんとしてでも王になってもらわなきゃいけないのに……」
虎次郎は苦々しい顔をして言い、冬馬は何も言わず土饅頭にされた男たちを見下ろした。
「……なぁ、虎次郎。彼らは本当に緋熊に殺されたんだろうか」
「はぁ? こんなことするの、緋熊しかいないだろ。まさかお前、色見の娘が男たち三人を殺して、緋熊に襲われたように見せかけたって言いたいのか? 聞いた話じゃ、娘は細身の十五歳で、気弱だっていうじゃないか。大人の男三人をこんな無残に殺せるわけないぞ」
虎次郎は眉を寄せて冬馬を見、冬馬は「そうだよな……」と言いつつも違和感がぬぐえなかった。
緋熊は非常に縄張り意識が強い熊だ。自分の獲物に他の誰かが手を付けようものなら、地の果てまで追いかけてくるという。それなのに、現在兵士たちが土饅頭を掘り返していても、襲ってくる気配がない。
遺体だって、傷つけられすぎているようにも感じる。
まるで何かの傷を隠しているようだ。
「色見は死んだのか」
唐突に背後から声がして、冬馬は驚いて振り返った。
いつの間にか少年が立っており、感情の読めない瞳で土饅頭を見下ろしている。
「うわっ、びっくりした……。急に背中に立つなよな」
虎次郎は顔をしかめ少年に言うが、少年は返事をせず虎次郎に黒い瞳を向けただけだった。
全く気配を感じさせない少年だ。冬馬は気味悪さを感じながら口を開く。
「まだ死んだかは分からない。|飛炎《ひえん》と言ったか、お前は確か『森』だったよな。この状況をどう見る」
冬馬の問いかけに、飛炎は視線を虎次郎から冬馬に移す。
「俺はもう『森』じゃない。今はただの色見だ」
飛炎は淡々と答える。
彼こそが、幻日国の色見であった。
国の指示で暗躍する『森』と呼ばれる集団の一員であり、本来は日の目を見ることがなく、誰にも存在を知られぬ存在であった。
しかし、彼は色見に選ばれたため森を抜けることになったのだ。
冬馬は色見の保護と監視をするために編成されたこの『色見部隊』に入るまで、森の存在など露ほども知らなかった。色見の情報は決して他言してはならぬと国王から直々に言われており、もちろん森のことも他言できない。他言しようものなら、その者は即座に処刑されてしまうだろう。
「そうか。じゃぁただの飛炎、この遺体は緋熊に襲われたものだと思うか?」
冬馬はさらに問うが、飛炎は「さぁな」と興味なさげに返してきた。
この飛炎という男は名前と元森であったこと以外なにも分からないが、二十歳である冬馬や虎次郎よりも少し若そうだ。
だが、異常なほど落ち着き払っていて、存在感がまるでない。
顔立ちは悪くなくむしろ整っている方なのだが、どうにも印象に残らない顔だ。
飛炎は土饅頭を見た後、冬馬たちから離れて行った。
「……気味の悪いやつだな。気配がまったくないぜ」
飛炎の背を見ながら虎次郎は言葉を吐く。
「それが『森』なんだろう。誰にも知られず、影に生き影のまま死ぬらしいからな。今まで気配を消して生きて来たんだろう」
「そうだとしても、人間らしさってもんが感じられない。どういう生き方をすればあぁなるんだ?」
虎次郎の問いに、冬馬は「さぁな……」とだけ返す。虎次郎と同じく、冬馬も飛炎に人間らしさというものを感じられなかった。彼と話していても、まるで感情の無い傀儡と会話しているような気分になる。一体どのような環境で育てば彼のようになるのかと冬馬も考えてみるが、想像できなかった。
虎次郎は小さく息を吐き、「あれをしばらく見守らなきゃいけないなんて、気が重いぜ……」と苦々しげに言い、「そう言うな、この国の将来を左右する重要な任務だぞ」と冬馬は苦笑して虎次郎の肩を叩いた。
「お前たち、一旦集合しろ‼」
隊長の声に、冬馬たちはすぐに隊長の元へと向かう。
「見ての通り色見の兄たちは獣に襲われたようだが、一応検死を行う。今から地元猟師の協力をもらい、森での娘の探索を続ける。梅班は猟師とともに森の探索をし、松班は飛炎を護衛しながら最初の試練の場所へ向かえ!」
隊長の指示に、兵士たちは「はい!」と大きく返事をする。
色見には虚色の王から三つの試練が与えられ、それを全て突破できなければ虚色の王の元へと辿りつけない。
二日前幻日国から三名の民が色見に選ばれた際、色見部隊はすぐさま『松班』、『竹班』、『梅班』の三班分かれ、それぞれ色見を保護しに向かった。松班の担当である飛炎はすぐに保護できたため、梅班と合流し幻日国の西にある試練の場所へ向かっていた。その途中で梅班の担当である『|篠月《しのつき》あぐり』と言う名の色見を保護する予定だったが、今回の事態になったのだ。
竹班の担当であった色見は、昨日竹班が到着する少し前に何者かに殺されてしまっていたため、現在竹班は松班に合流すべく移動している。
すでに色見を一人失っており、色見部隊には緊張と焦燥感が漂っていた。
あぐりがすでに死んでいるという最悪の事態を想定すれば、なんとしてでも飛炎を守り抜き、彼に虚色の王となってもらわなければならない状況だ。
松班である冬馬と虎次郎は隊長の指示通り班員とともに森を出て、飛炎を守りながら試練の場所へと向かって行った。